諦める
ユーグ様の抑えた笑い声が聞こえる。笑ってないで一緒にエリアーヌ様をなだめて欲しい。呆れ顔のガスパル様に目で助けを求める。目が合った。
「ちょっと! 笑ってますね!」
聞こえたのはエリアーヌ様の声だ。口を開きかけたガスパル様は、呆れ顔から心配顔になった。エリアーヌ様がユーグ様に失礼なことを言わないか、気が気でなさそうだ。
「ごめん。エリアーヌ嬢がリゼットから聞いていた以上に面白い人で、笑ってしまった」
「まあ、リゼット! 私のことを話してくれてたの? ありがとう!」
「あははは、本当にリゼットのことが好きなんだね」
「当たり前ですわ!」
エリアーヌ様が胸を張る。嬉しいけど話が変わっています、エリアーヌ様。今はその話じゃあない。
「なぜラウル殿下は婚約破棄のことをご存知なんですか」
「リゼット、違うよ。ラウルは婚約破棄のことを知らない。知っているのはリゼットとアドルフの仲が良くないことと、リゼットが最近疲れていることだ。もちろん、僕は何も話していない」
「それは分かってます」
私は即答した。エリアーヌ様も私の言葉にうなずく。ユーグ様がにこやかに笑う。
「うわあ、信用してくれて嬉しいなあ」
「リゼットが信じられると言ったので、信用しますよ」
「本当にエリアーヌ嬢はブレないなあ」
ユーグ様は朗らかに言って、一つ咳払いをする。
「僕はアドルフの人となりを聞いたんだよ。そしたらさっき話したことを教えて貰った。ラウルもアドルフに思う所があるみたいで、できることは協力する、エストリラ伯爵邸に行くんだろうって」
「ユーグ様がこちらに来ることはご存知だったんですね」
私はラウル殿下の情報網に驚いた。一体いくつの手札をお持ちなのか。
「そのようだね。竜の討伐前にわざわざ僕が行くんだ。ただ親交を深めるだけじゃないと思ったんだろう。そこに僕がアドルフについて聞いたものだから勘付いた、そんな所だね」
「弟と違って、王太子殿下は頭の切れる方なのねえ」
「アドルフも仕事だけはできるよ」
お二人とも言い方が真っ直ぐすぎませんか。貴族なんだから柔らかく遠回しに表現してください。
「リゼットさん、諦めましょう」
私の心の内に気付いたのか、疲れた顔のガスパル様から助言を受けた。エリアーヌ様とユーグ様はまだわいわいと話している。時々物騒な単語が飛び交う。
「そうですね」
私は助言通り諦めることにした。
話し合いは情報の交換で終わり、具体的な案は出なかった。
私が成人し婚姻を結ぶまでにまだ少し時間がある。急いで行動し、失敗してはいけない。相手は第二王子だ。慎重に作戦を練ることになった。
エタンセル王国は男女ともに十六で成人し、婚姻が可能となる。この春に十五になる私に残された時間は約一年。成人してすぐに結婚、とは多分ならない。でも念のため、それまでに婚約破棄をする必要がある。
「じゃあ、次に集まる時までに、各自で作戦を考えておきましょう!」
エリアーヌ様が胸の前で握り拳を作った。
次の集まりは、きっと竜の討伐が終わった後になる。物語で読んだ深き黒の竜を思い描く。体の奥に冷たい熱を感じた。その熱が指先が冷やし、小刻みに震えさせる。テーブルの下で固く手を組んだ。
「ガスパル、リゼットを送ってちょうだい。私はユーグ様にお話があるの」
「かしこまりました」
「リゼットが望むなら、いつでも会いに行くわ。少しでも必要だと感じたら私を呼んで」
エリアーヌ様は優しく笑った。
ガスパル様と二人で歩く。時に他愛のない会話を一言二言するだけで、静かな廊下に足音が響いた。どこまで人払いをしていたのだろう。屋敷の外に出るまで誰にも会わなかった。
太陽が庭園を照らし、ぽかぽかしている。庭師に軽く挨拶を交わしたガスパル様は、門とは違う方向へ歩く。
「リゼットさん、こちらへ」
「はい」
ガスパル様がハンカチを取り出し、ベンチの上に敷いた。促されるままハンカチの上に座る。いったい、どうしたんだろう。
私が戸惑っていると、ガスパル様は私の前にかしずいた。空色の目がやや下から見上げてくる。
「少しお時間良いですか」
「ええっと」
「ああ、これだと気になりますか」
そう言ってガスパル様は立ち上がり、私の隣に座った。大きなベンチだから適度に距離はある。それでも私の心臓は大きく音を立てて鳴り続けている。
「お時間よろしいですか」
改めてガスパル様が聞いた。
「……はい」
やっとできた返事は、消え入りそうな声だった。聞こえなかったのか、ガスパル様は何も言わず庭園を眺めている。
まだ冬なのに、今日はとても暖かい。穏やかで澄んだ空気を太陽が温めている。背中が青く腹の白い小さな鳥が、チチチと鳴いて枝から飛び立った。
しばらくしてガスパル様と目が合った。
「リゼットさんは第二王子のことをどう思っていますか」
「どうって」
「第三者から見て、第二王子の対応はかなり不適切だと思います。でもリゼットさんは怒っていませんし、第二王子のことを嫌ってもいませんね」
事実確認をするようにガスパル様は私の返事を待った。
「私はアドルフ様を嫌っていません」
ガスパル様は特に反応することもなく、私が続きを話すのを待っている。
青い鳥が少し離れた木の枝に止まった。さっきの鳥が帰って来たのだろうか。チッと鳴いたきり、首を動かしてキョロキョロしている。
「婚約が決まった時は、アドフル様と仲良くなろうと私なりに頑張りました。でも何をしても駄目で、一年か二年は頑張ったんですけど、今はもう諦めたんです。アドルフ様が私を嫌っていないのと同じです。どうでも良いんです。何度か期待して、やっぱり駄目なんだなあって思い知って、アドルフ様に期待することを諦めました」
「何を期待したんですか」
「家族です」
初めて言葉にして、涙がにじんだ。




