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第二王子という人

 ユーグ様は困ったような顔をした。


「そうだとは思う。依存や執着はある。それだけなら良かった」

「マザコンの上に、更に何かあるんですか?」


 エリアーヌ様が心底嫌そうにしている。私も同じ気持ちだけど、もう少し柔らかく表現して欲しい。


「王妃殿下以外の興味が全くないんだ。王妃殿下と親しくしている人を見ると、敵意を向ける。でも、その場の感情しかない。好き嫌いがないんだ。王妃殿下が望むから婚約はしても、婚約者と仲良くはならない。嫌いもしない」

「ちょっと理解できませんわね」

「僕もだよ」


 エリアーヌ様がちらりと私を見る。


「リゼットは理解できる?」

「できません。でも、ユーグ様の仰る意味は分かります」

「分かるの⁉︎」


 エリアーヌ様は驚きの顔で私を見た。


「アドルフ様は私に少しも興味がないんです。先日王宮で倒れた時、近くにいらっしゃいましたが、そのまま通り過ぎて行かれました。私が床に倒れた後でも、顔色一つお変わりなく……」


 エリアーヌ様が急に立ち上がった。目が据わっている。


「エリアーヌ様?」

「やってくるわ」

「何をですか⁉︎」

「リゼット、あなたは何も心配しなくて良いの」


 エリアーヌ様が可憐に笑った。と思ったら、目が笑ってなかった。瞳に暗い光が見える。


「僕も同じ気持ちだけど、今行っても返り討ちに合うだけだよ。相手は王族だ。計画は慎重に進めよう」

「エリアーヌ様、一度失敗すると次の機会が失われます」

「ユーグ様とガスパルの言う通りね。念入りに計画を立てて、確実に仕留めましょう」

「穏便に! 穏便に婚約破棄だけお願いします!」


 私は大声で懇願した。三人はそれぞれにため息をついて、やれやれと言った顔をする。

 え、私? 私の方がおかしいの?


「君はもっと怒って良いんだよ」

「怒る? なぜですか」

「あの男に蔑ろにされてるじゃない! リゼットは婚約者なのに!」

「で、でもアドルフ様は第二王子です。私は平民で、婚約して貰っている立場で……」

「リゼットさんは聖女でしょう。それに婚約は王家からの提案のはずです」

「聖女は唯一無二の存在だ。この国にリゼット以上に大切な人はいない」

「聖女でなくても婚約者には優しくするし、気を使うものよ。それができないなんて、貴族として、人として失格! 本当に、今すぐ崖から落ちてくれないかしら」


 みんなが口々に私を褒めて、アドルフ様をけなしている。アドルフ様に無視されるのも、睨まれるのも仕方がないことだと思っていた。すごく非常識なことだったんだ。私は何も分かっていなかったのか。だけど。


「でも、ほら、私はアドルフ様がエストリラの刺繍をお好みだと知りませんでした。私もアドルフ様の好み一つ知りませんから、おあいこです」

「リゼットとアドルフは全く違う」


 ユーグ様にばっさりと否定された。優しく諭すような眼差しを向けられる。


「リゼットは歩み寄ろうと話しかけたり、贈り物をしたりしただろう。でもアドルフはそれらを全てしていない。全く違う」

「違うわね」

「違いますね」

「……はい」


 思わず肯定してしまった。

 

「それにしても、婚約破棄の方法が難しいですね。この婚約に第二王子の意志がないのなら、王妃殿下が望まない限り第二王子は婚約破棄を承諾しない、と言うことですか」


 ガスパル様はユーグ様に尋ねた。考え込んでいるように見えるのに、手元は流れるように給仕をしている。

 ユーグ様は深くため息をつく。


「そうなんだよ。王妃殿下が望まないから、アドルフは婚約破棄をしない。ついでに言うと、王妃殿下が望むから、お茶会はする。贈り物も贈れと言われればする。でも王妃殿下が望んでも、リゼットと仲良くはしない」

「何かしらその線引き。理解に苦しみますわ」

「事務的なことができても感情が伴いませんね、第二王子は」

「伴えないんじゃないかと言われた」

「かんじょうがともなえない?」


 テーブルに頬杖をついているエリアーヌ様は、口が空いたまま固まった。私もユーグ様の言葉に理解が追いつかない。


「相手に気持ちを汲むとか、どう思われるとか、そう言ったことが分からないんだ。更にアドルフは王妃殿下以外の人間に無関心で、それは国王陛下も例外ではない。人間に対する興味の全てを王妃殿下に向けている。執着と言っても良い」

「う……」


 エリアーヌ様が何か言いかけてやめた。眉間に皺が寄り、口元がひくひく動いている。 


「エリアーヌ様、淑女とはほど遠い顔をなさっています」


 ガスパル様は静かに指摘した。エリアーヌ様は両手を頬に当てて、ぎこちなく笑う。目が死んでいる。


「王妃殿下に婚約破棄をお願いしてみますか」

「ガスパル、それは無理だ。王妃殿下が本当は望んでいないと、アドルフは分かるだろう」

「そこは察せるのね」

「残念ながらね。そうだな、たとえば王妃殿下に嫌われる、とか」


 ユーグ様の提案に心臓がどきりとした。それは嫌だと言いたい。でも、みんなが色々考えてくれているのに、私が我儘を言っても良いんだろうか。

 どう話せば良いか迷っていると、エリアーヌ様がイライラした声でキッパリと言う。


「リゼットは王妃殿下と仲が良いのでしょう? わざと嫌われるなんておかしいですわ」

「それもそうだ。リゼットが傷つく必要はないな」


 それからも特に良い案が浮かばず、次第に雑談になった。ユーグ様もエリアーヌ様もガスパル様も、みんな楽しそうに話している。大好きな人たちの輪の中にいれて、とても嬉しい。

 会が終わろうとした頃、ガスパル様が空いた皿を片付けていた手を止めた。


「ユーグ様、第二王子の詳しい話をどちらでお知りになったのですか」

「ラウルにエストリラ伯爵邸に行くと話したら、アドルフのことかと聞かれたんだ。その流れで色々教えて貰った」

「ラウルってラウル殿下ですか⁉︎」

「そうだよ、リゼット。この国の王太子ラウル•エタンセルだ」

「王太子殿下にまでバレてる⁉︎ やっぱり私のせいだわ! リゼットごめんなさああい‼︎」


 エリアーヌ様が叫んだ。

 なだめる私の隣で、ユーグ様が肩を震わせて笑っていた。

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