信頼
竜討伐の詳しい道程を聞き、身が引き締まる。私がここにいる価値が、やっと証明できる。良くしてもらった恩が返せる。
「そんなに固くならなくても大丈夫だ。必ず上手くいく」
モルガン様が地図を片付けながら微笑んだ。また心配をかけたみたいだ。気遣うような目をしている。
「質問はあるか」
「ありません」
「こう言うのは後から、やっぱり聞いておけば良かったってなるからな。その時は騎士団へ知らせてくれ。早急に返事をする」
「ありがとうございます」
モルガン様とユーグ様が立ち上がった。私も席を立ち、二人を見送る。
ドアの前まで来ると、前にいたモルガン様が振り向く。
「俺は大神官様に挨拶へ行ってくる。リゼット、春までにもう一回くらい会おうな」
モルガン様はたくましい腕を軽く上げ、返事も聞かずに部屋を出て行った。
心配されることも、褒めてもらうこともすごく嬉しい。ただ私にその価値があるのか、自信がない。もっともっと頑張ろう。良くしてもらっている分だけでも、役に立つようにしよう。
「さっきのあれ、自分の体験談だと思うよ」
隣にいるユーグ様がため息混じりに苦笑いをしている。
「ほら、祈りの力を自分に使うなって話。あの人のことだから日常的に頼り切って、必要な時に使えなくなったんでしょ」
「えっ」
「さっきの賞賛は、自分は頼って失敗したけどリゼットは自分で乗り越えて偉いな、ってこと。だから、そんなに気負わなくて良いよ。便利なものは使いたくなるものだし」
ユーグ様は、私が祈りの力に頼っていたことを知っている! モルガン様の話より、そのことに衝撃を受けた。どうして? いつ?
「あれ? 違った?」
「いえ、あの、合っています」
「やっぱり。あれだけ褒められているのに表情が固くなってたから、そうかなあって。何にしてもリゼットは、もっと肩の力を抜くべきだよ」
ユーグ様の笑顔がまぶしい。金色の髪と目、それから秀麗な顔がキラキラしている。
「お気遣いありがとうございます」
「ほら、固いなあ」
そんなことを言われても困る。お世話になっている人に軽率な態度なんてとれない。ましてユーグ様は貴族で、公爵家の人で、金色の英雄だ。
「エストリラ伯爵の令嬢と同じように、僕にも接して欲しいんだけどな」
「?」
意外な人の話が出て、何の反応も出来なかった。エリアーヌ様と親しいんだろうか。いや、もしそうならエリアーヌ様と話している時に、話題になっていたはずだ。なぜエリアーヌ様のことが出てきたんだろう。言いようのない不安が襲う。
「紹介してよ。話してみたいんだ」
「エリアーヌ様と、ですか」
「と言うより、リゼットと三人でかな。あ、彼女の従者も入れると四人か。僕なら多少のことは全く気にしないから、不敬にはならないよ」
心臓が叩かれたように鳴った。ユーグ様が言う「僕なら」の意味に動揺する。それなら誰だと「不敬」になるのか。つい最近、エリアーヌ様と話したばかりだ。
逃げ出したい気持ちを抑えて平静を装う。
「前回の面会、リゼットの体調が気になって僕だけここに来てたんだ。先客がいたから、部屋の近くまでしか行ってないけど」
「そうでしたか」
「僕、他人よりかなり耳が良いんだ」
ユーグ様はいつもの調子で微笑みながら話す。続きを聞きたくない。聞きたくないけど、体が動かない。逃げても仕方がないことも分かっている。
「僕も参加させてよ。したいんでしょ? 婚約破棄」
キラキラの笑顔が降ってくる。英雄はこの国で一番強い。逃げ場なんて始めからない。
首都にあるエストリラ伯爵邸に甘い香りが広がる。味も見た目も様々なお菓子がずらりと並び、テーブルを彩る。
「何、えっ……ちょっと、理解できなかったわ」
「ユーグ・アンブル様がエリアーヌ様とお会いしたいそうです。先日の私たちの会話を聞いたみたいで、自分も参加したいと仰っていました」
テーブルの向かいに座るエリアーヌ様に、もう一度説明をした。エリアーヌ様は明らかにうろたえている。忙しなく視線が泳ぎ、合わせた両手の指先が絶えず動く。森のリスのようで可愛らしい。
近くに控えているガスパル様は、困っている様子のエリアーヌ様を気にする風はない。
「名前が金色の英雄と一緒ね」
「ご本人ですから」
「聞いたって何をかしら。覚えがないわあ」
「私の婚約についてです」
「うっ」
エリアーヌ様が声を詰まらせる。パチンと両頬を叩き、動きが止まった。両手と、流れ落ちた栗色の髪で顔が見えない。
「……エリアーヌ様?」
「リゼット、ごめんなさあああい」
上げた顔が悲しげで、エリアーヌ様の目に涙が浮かぶ。
「私って声が大きいからあ。いつも振る舞いに気を付けなさいって言われてるのにいぃ。めっ、迷惑かけるつもりは、なかったの。本当よぅ」
「エリアーヌ様の声は大きくありませんし、迷惑もかけられていません。いつも助けてもらってばかりです」
「うわああ、ありがとう。やっぱりリゼットは女神様だわああ」
「私は聖女ですよ?」
「それは、そうなんだけどお」
「ぶふっ」
小さく吹き出した音がした。音の方を見ると、ガスパル様が口元を押さえていた。
「ああ、すみません。続けてください」
「私とリゼットの会話に入らないで」
エリアーヌ様が睨んだ。ガスパル様は気せず、そのまま会話に入る。
「リゼットさん、ユーグ様は何と仰っていましたか」
「ええっと、協力してくださるそうです」
「してくれるの、金色の英雄が?」
「はい」
「信じて良いの?」
僕きっと役に立つと思うよ、と笑った顔を思い出す。何を考えてのことかは分からない。でもユーグ様は味方だ。偉い人だし、すごい人だけど、私にもずっと優しい。朗らかで面白くて誠実で、人を騙すようなことはしない。
私は自信を持って「はい」と答えた。




