二人の神官様
領主様のお屋敷へ行った五日後、私は昼食の片付けをしていた。時々、窓から見えるライラックの花を眺める。どんなデザインが可愛いのか、エリアーヌ様に似合うのか。難しいけど、とても楽しい。
片付けが終わり一息ついた時、誰かが家のドアを叩いた。
「リゼット様はいらっしゃいますか」
私はどきりとした。
知らない声だけど、優しそうで嫌な感じはしない。でも、様付けで呼ばれたことなんて生まれて一度もない。
私が動けないでいると、もう一度ドアを叩く音がした。
「はい、います!」
我にかえってドアを開ける。そこには二人の神官様と、その後ろに一人の従者らしき人がいた。
「あなたがリゼット様ですね」
「はい」
「私たちは神殿から参りました。あなたの祈りの力を確認させていただけますか」
「え?」
何を言われたのか理解できない。
私が言葉に詰まっていると、神官様の後ろからおばあちゃんの声がした。
「リゼット!そこにいるのかい?」
「おばあちゃん!」
「初めまして、リゼット様のおばあ様ですね。私たちは神殿から参りました」
「ここではなんですから、狭いですが中へお入りください」
私を確認してホッとしたおばあちゃんは、すぐに神官様に向き直り、少し強張った顔で言った。
二人の神官様はやわらかい笑顔でお礼を言い、家の中へ入った。従者らしき人は、神官様が乗って来たらしい馬車の横に立っている。
おばあちゃんは家のドアを閉めると、神官様に椅子を勧めた。
「ありがとうございます」
二人の神官様はそれぞれお礼を言う。それから、私とおばあちゃんも座るよう促した。
私たちよりはるかに身分の高い神官様が、うちの椅子に座っている。私はそわそわしながら神官様の向かいに座った。
「改めまして、私はリュカ・ヴァリグリーズと申します。彼女はモニク・プレリーです。リゼット様には先程もお伝えしましたが、祈りの力を確認させていただきたいのです」
リュカ様はおばあちゃんと私の顔を交互に見ながら言った。
「リゼットに祈りの力ですか」
「はい。領主様よりリゼット様には強い祈りの力があると伺いました。その力を見せていただきたいのです」
「そんな力があるのかい」
おばあちゃんは戸惑った様子で私に聞いた。
おまじないのことかなと思ったけど、うまく話せない。
「私が言うことをやっていただけますか」
「はっはい!!」
うわずった声で返事をしたら、思ったより大きな声が出た。
リュカ様は椅子から立ち上がり、私の隣に来た。そして膝をつくと、恥ずかしくてうつむく私と目線を合わせる。
「難しいことはありません。こちらの石に祈りを捧げてくださいませんか」
「何を祈れば良いですか」
「そうですね。それでは春の恵みを」
リュカ様は卵のような形の石を私の手に乗せた。
私は石を両手で包む。
「春の恵みを」
手に意識を集中させて、祈る。
おばあちゃんが良い薬草があったと喜ぶ姿、エリアーヌ様がライラックの花の下で笑う姿、ガスパル様が春の日差しに目を細める姿を祈った。
すると手の中がじんわりと温かくなって、指の間から光がこぼれた。
そっと手を開くと、青みがかった黒色の石は透き通る鮮やかな赤い石に変わっていた。石の中心部にはキラキラと輝く虹色の粒が見える。
私はこの不思議な石をどうすれば良いのか分からなくて顔を上げた。リュカ様は目を見開き、固まっている。
ガタンと音がして振り向くと、勢いよく立ち上がったモニク様が椅子を倒していた。
「リュカ様!これは!!」
「ええ、すぐに大神官様にお話しなくてはなりません」
二人の慌てた様子に私は恐くなった。隣に座ったおばあちゃんも顔色を悪くして戸惑っている。
私の視線に気付いたおばあちゃんは手を握ってくれた。私は少し落ち着いて、それから深呼吸をする。
「あの、これ」
「失礼いたしました」
私が石をリュカ様へ差し出すと、リュカ様は元の優しい笑顔に戻って石を受け取った。
そして席に戻って姿勢を正し、まっすぐに私を見る。
「リゼット様には大神殿へお越しいただき、聖女になっていただきます」