表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/63

賞賛と後悔

 窓から差し込む朝日。鳥の鳴き声。人の動く気配。何が原因かは分からないけど、私は自然と目を覚ました。

 体は疲れている。まだ睡眠時間は少ないし、寝つきもそれほど良くなかった。でも、頭はすっきりしている。一度しか起きなかったからだろうか。その一度も、目を閉じるとすぐに眠れた。それに、夢を見なかった。


「君のおかげかな」


 私は、隣に転がる狼の抱き枕に話しかけた。黒色の糸で刺繍された口元と鼻、ひげは狼というより犬に見える。空色の糸で刺繍された目は、小さくてちょっと離れている。この離れた目が、狼らしくないゆるんだ顔の原因だろうか。

 指で抱き枕の頬の辺りをつつく。柔らかくてふわふわで、指がズブっと埋まった。顔が歪んでも幸せそうな顔の抱き枕は、ますます威厳のない顔になった。




 部屋に入ってすぐ、目が合うより先に騎士団副団長のモルガン様がニカッと笑う。


「顔色が良くなったな!」


 二人がけのソファの真ん中に座り、嬉しそうにしている。モルガン様の右隣には金色の英雄ユーグ様がいる。ユーグ様は一人用ソファに座り、笑顔で私を見ている。

 先日、竜討伐の話し合いのため会う約束をしていた。でもその日に私が倒れてしまい、二人には会えていない。人を介して、お見舞いの言葉をベッドで聞いただけだ。私の体調管理不足で、予定を崩してしまった。


「先日はご迷惑をおかけしました。討伐準備で忙しい中、二度も予定を空けていただいて」

「気にするな。体調が悪いと聞いていたのに、面会を希望したのはこっちだ。疲れた時は寝るに限る。祈りの力を使うよりずっと良い」

「祈りの力は、疲れや睡眠不足を治せるんですか」


 ユーグ様はモルガン様の方へ体を向ける。


「ああ、治る。疲れや睡眠不足、腰痛、肩こり、肌荒れ、便秘まで治る」

「便利ですね。怪我や一部の病気だけだと思っていました。今度お願いしてみようかな」

「やめとけ。休息や日常生活の見直しで改善できることだ。な、リゼット」


 耳が痛い。

 私は笑顔で肯定し、モルガン様の向かいのソファに座る。ローテーブル越しのモルガン様の笑顔が見れらない。


「祈りの力は有限だ。しばらくすれば元に戻るが、必要な時に使えない恐れがある」

「祈ればいつまでも使える、って言う訳ではないんですね」

「走り続けると疲れて動けなくなるのと同じだな。なんにしても、日常的に使うのは危険だ。頼り続けると祈りの力なしで生活できなくなる。薬に頼るしかない病人とは違うんだ。自分の努力を怠って祈りの力に頼るのは怠慢だ」


 モルガン様の言葉が胸に突き刺さる。もしかして、私の前の生活を知っている?

 そう思ってモルガン様を見ても、私に対しての叱責や警告の意図はなさそうだ。と言うことは、もしかして……。


「竜討伐のことで不安だろうに、自分で乗り越えたな。リゼットは偉い。良く頑張った」


 あああああ、ごめんなさい! ずっと祈りの力に頼ってました。頼りっぱなしでした。私の良心がグイグイえぐられる。モルガン様の温かな眼差しがつらい。

 礼儀作法で鍛えられた表情筋で、笑顔を作る。


「私なんてまだまだです」

「そんなことはない。もっと自信を持つべきだ」


 えええん、ごめんなさい。もうしません。優しい言葉がしんどいよう。

 それから五分間、モルガン様は賞賛で私の心をえぐり続けた。うわああん、ごめんなさい。


 ユーグ様がパチンと手を打つ。


「さて、討伐の話をしましょう」

「お、そうだな」

「はい、そうですね」


 話が切り替わって安堵する。良かった。そろそろ泣きながら謝罪しそうだった。

 ユーグ様はローテーブルに地図を広げた。地図はエタンセル王国の首都アルゲントを中心に描かれている。


「ここが今いる所だ」


 モルガン様が首都アルゲントを指差す。


「深き黒の竜がいる谷はここ」


 次は灰色の谷を指した。


「馬車で四日ってとこだな。途中こことここの街で泊まる。最後は谷の手前で野営だ。野営はしたことあるか」

「ありません」

「まあ、聖女用に色々準備してるらしいから、そんなにキツくはないだろう。もし寝不足にでもなったら、祈りの力でしのいでくれ」

「使って良いのですか」

「緊急事態だろう」


 確かに。討伐目前で聖女が寝不足だなんて大変だ。

 私はうなづいた。


「野営地からしばらくはほぼ全員で向かい、途中からは精鋭部隊のみが竜の元へ向かう。八人の予定だ。この時、加護を与えてくれ」

「リゼットの加護は数ヶ月持つけど、与えられた瞬間が一番強いんだ」

「知りませんでした」

「リゼットはそこで待機。怪我人が出たら治療をお願いする」

「もちろんです」

「危なくなったらすぐに退避できるようにしておく。安心して良い」

「そうならないよう、頑張るけどね」


 今の話は竜の討伐に失敗した時のことだ。どきりと胸が鳴った。何があっても、私は安全な場所で生かされる。でも英雄であるユーグ様は? 副団長のモルガン様は? 急に血の気が引き、手に嫌な汗がにじむ。


「僕は負けない。気楽に待ってて」

「うちの甥は強いぞ。虹の聖女の加護がある金色の英雄だからな」


 二人が似た笑顔を向ける。顔は全然似てないのに、とても似ている。私も笑顔を作ってうなずいた。二人が言うなら大丈夫だ。きっと上手くいく。


「そうそう、リゼットの護衛は結構面倒くさいけど、良い人だから」

「かなり面倒だが、面白いやつだな」


 二人が更に笑顔になる。私は言葉の意味を掴みかねて、ぎこちなく笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ