賞賛と後悔
窓から差し込む朝日。鳥の鳴き声。人の動く気配。何が原因かは分からないけど、私は自然と目を覚ました。
体は疲れている。まだ睡眠時間は少ないし、寝つきもそれほど良くなかった。でも、頭はすっきりしている。一度しか起きなかったからだろうか。その一度も、目を閉じるとすぐに眠れた。それに、夢を見なかった。
「君のおかげかな」
私は、隣に転がる狼の抱き枕に話しかけた。黒色の糸で刺繍された口元と鼻、ひげは狼というより犬に見える。空色の糸で刺繍された目は、小さくてちょっと離れている。この離れた目が、狼らしくないゆるんだ顔の原因だろうか。
指で抱き枕の頬の辺りをつつく。柔らかくてふわふわで、指がズブっと埋まった。顔が歪んでも幸せそうな顔の抱き枕は、ますます威厳のない顔になった。
部屋に入ってすぐ、目が合うより先に騎士団副団長のモルガン様がニカッと笑う。
「顔色が良くなったな!」
二人がけのソファの真ん中に座り、嬉しそうにしている。モルガン様の右隣には金色の英雄ユーグ様がいる。ユーグ様は一人用ソファに座り、笑顔で私を見ている。
先日、竜討伐の話し合いのため会う約束をしていた。でもその日に私が倒れてしまい、二人には会えていない。人を介して、お見舞いの言葉をベッドで聞いただけだ。私の体調管理不足で、予定を崩してしまった。
「先日はご迷惑をおかけしました。討伐準備で忙しい中、二度も予定を空けていただいて」
「気にするな。体調が悪いと聞いていたのに、面会を希望したのはこっちだ。疲れた時は寝るに限る。祈りの力を使うよりずっと良い」
「祈りの力は、疲れや睡眠不足を治せるんですか」
ユーグ様はモルガン様の方へ体を向ける。
「ああ、治る。疲れや睡眠不足、腰痛、肩こり、肌荒れ、便秘まで治る」
「便利ですね。怪我や一部の病気だけだと思っていました。今度お願いしてみようかな」
「やめとけ。休息や日常生活の見直しで改善できることだ。な、リゼット」
耳が痛い。
私は笑顔で肯定し、モルガン様の向かいのソファに座る。ローテーブル越しのモルガン様の笑顔が見れらない。
「祈りの力は有限だ。しばらくすれば元に戻るが、必要な時に使えない恐れがある」
「祈ればいつまでも使える、って言う訳ではないんですね」
「走り続けると疲れて動けなくなるのと同じだな。なんにしても、日常的に使うのは危険だ。頼り続けると祈りの力なしで生活できなくなる。薬に頼るしかない病人とは違うんだ。自分の努力を怠って祈りの力に頼るのは怠慢だ」
モルガン様の言葉が胸に突き刺さる。もしかして、私の前の生活を知っている?
そう思ってモルガン様を見ても、私に対しての叱責や警告の意図はなさそうだ。と言うことは、もしかして……。
「竜討伐のことで不安だろうに、自分で乗り越えたな。リゼットは偉い。良く頑張った」
あああああ、ごめんなさい! ずっと祈りの力に頼ってました。頼りっぱなしでした。私の良心がグイグイえぐられる。モルガン様の温かな眼差しがつらい。
礼儀作法で鍛えられた表情筋で、笑顔を作る。
「私なんてまだまだです」
「そんなことはない。もっと自信を持つべきだ」
えええん、ごめんなさい。もうしません。優しい言葉がしんどいよう。
それから五分間、モルガン様は賞賛で私の心をえぐり続けた。うわああん、ごめんなさい。
ユーグ様がパチンと手を打つ。
「さて、討伐の話をしましょう」
「お、そうだな」
「はい、そうですね」
話が切り替わって安堵する。良かった。そろそろ泣きながら謝罪しそうだった。
ユーグ様はローテーブルに地図を広げた。地図はエタンセル王国の首都アルゲントを中心に描かれている。
「ここが今いる所だ」
モルガン様が首都アルゲントを指差す。
「深き黒の竜がいる谷はここ」
次は灰色の谷を指した。
「馬車で四日ってとこだな。途中こことここの街で泊まる。最後は谷の手前で野営だ。野営はしたことあるか」
「ありません」
「まあ、聖女用に色々準備してるらしいから、そんなにキツくはないだろう。もし寝不足にでもなったら、祈りの力でしのいでくれ」
「使って良いのですか」
「緊急事態だろう」
確かに。討伐目前で聖女が寝不足だなんて大変だ。
私はうなづいた。
「野営地からしばらくはほぼ全員で向かい、途中からは精鋭部隊のみが竜の元へ向かう。八人の予定だ。この時、加護を与えてくれ」
「リゼットの加護は数ヶ月持つけど、与えられた瞬間が一番強いんだ」
「知りませんでした」
「リゼットはそこで待機。怪我人が出たら治療をお願いする」
「もちろんです」
「危なくなったらすぐに退避できるようにしておく。安心して良い」
「そうならないよう、頑張るけどね」
今の話は竜の討伐に失敗した時のことだ。どきりと胸が鳴った。何があっても、私は安全な場所で生かされる。でも英雄であるユーグ様は? 副団長のモルガン様は? 急に血の気が引き、手に嫌な汗がにじむ。
「僕は負けない。気楽に待ってて」
「うちの甥は強いぞ。虹の聖女の加護がある金色の英雄だからな」
二人が似た笑顔を向ける。顔は全然似てないのに、とても似ている。私も笑顔を作ってうなずいた。二人が言うなら大丈夫だ。きっと上手くいく。
「そうそう、リゼットの護衛は結構面倒くさいけど、良い人だから」
「かなり面倒だが、面白いやつだな」
二人が更に笑顔になる。私は言葉の意味を掴みかねて、ぎこちなく笑った。




