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エリアーヌの楽しみ

エリアーヌ視点です。

 朝食を食べたあと、私は葉が茂った垣根の裏に隠れていた。


「エリアーヌ様!エリアーヌお嬢様!」


 メイドたちが私の名前を呼ぶ。私は更に体を小さくして、足音が通り過ぎるのを待った。声が遠ざかり、人の気配が消える。

 音を立てないように、素早く木に登る。前回はここで見つかってしまった。慎重に周囲を見る。人はいない。私はニヤリとして木から飛び降り、我が家の塀を越えた。


「さあ、旅の始まりよ」


 今日の私は一番動きやすい服を着て、走りやすい靴を履いている。全く非の打ち所がない旅人だ。それに、先月の八歳の誕生日にもらった、猫の形の斜めかけ鞄までかけている。

 口元が緩まるままにして、私は意気揚々と歩き出した。


 メイン通りはいつも賑わっている。半年前に行ったカフェ、お父様が絶賛する食堂、お母様がお得意様の服屋。隣の通りにも別の食堂や服屋がある。それにパン屋の匂い。左に曲がると、診療所、薬屋、雑貨屋。路地を私と同じくらいの子たちが走りまわり、大柄な女性が大きな籠を持って歩く。

 馬車の中から見るだけじゃない。メイドや護衛に囲まれて動きにくくもない。自分の気になる場所へ、好きな時に行ける。楽しい!

 私は気の向くままに歩き、気づけば太陽が真上にあった。そろそろ街の端だ。街の中心から離れると、食堂もカフェも屋台も見当たらない。その代わり、民家から良い匂いがする。きっと昼食の時間だ。パンの焼ける匂い。肉を焼く匂い。


「お腹が空いた」


 事実が口から出た。言葉にすると、途端に実感する。お腹がぐうっとなった。シチューの匂い。香草焼きの匂い。苦手な香辛料の匂いまで、美味しそうに思える。


「ステーキとポトフと、溶けたチーズをパンに乗せて食べたい」


 欲望が口から出た。今ならサラダのチコリでさえ、ボールいっぱいに食べられる気がする。

 二度目のお腹の音を聞いて、私は決心した。


「旅はおしまい!長い旅を終え、旅人は帰路につくのであった」


 街の端の方まで来たんだから、今回の旅は大成功だ。でもどうせなら、街から北東にある山の麓まで行きたかったな。見上げると家の屋根の向こうに山々が見えた。いつかあの山を越えて隣の国にも行きたい。よし、次の通りまで行こう。山は無理でも街の端までなら行ける!

 街の端だと思って角を曲がると、まだまだ先へ続く通りがあった。


 来た道をとぼとぼ歩く。空き過ぎてお腹がちょっと痛い。喉も乾いた。

 街は活気があって、私以外の誰もが楽しそうに見える。家へは近づいて来た。あと二つ通りを過ぎれば良いだけだ。でも足が動かなくなってきた。

 私はふらふらと歩き、食堂の前に置かれた木箱に座った。食堂は休みらしく、今は人の気配がない。店先だからと追い払われることはないだろう。

 大きく息を吐いた。背中が丸くなると同時にお腹が鳴る。こんなに空腹がつらいとは思わなかった。それに、こんなに自分の体力がないとは思わなかった。周りからはよく動くとか、元気だとか言われていたのに。


「お腹空いたなあ」

「大丈夫?お腹空いてるの?」


 独り言だと思ったのに、返事が返って来た。顔を上げると、同い年くらいの女の子が心配そうに見ていた。


「お母さん、私のクッキーを渡しても良いかな」


 女の子は後ろにいる母親に話しかけた。母親から確認が取れると、今度は私に向かって紙袋を差し出す。紙袋には手のひらくらいの長さの細長いクッキーが五本入っている。


「このクッキーはナッツとレーズンが入っているんだ。ちょっとパサパサしてるから、何か飲むと良いかも。飲み物はある?」


 私は首を横に振った。


「水ならあるよ。私が一口飲んじゃったけど、それでも良い?」


 今度は首を縦に振る。

 女の子はにっこり笑って、紙袋と水の入った皮袋を差し出した。




「この時私は思ったわ。女神はきっとこの女の子のような姿に違いないと!太陽のように輝く髪、若葉のような鮮やかな瞳」

「エリアーヌ様、女神グフナの髪は赤色です」

「もう!そんなことは知ってるわ!リゼットの存在が女神だと言ってるのよ!!」


 私はガスパルに言い返した。本当にこの従者は私の揚げ足ばかり取る。そして、言うことを聞かない。


「すみません、理解できませんでした。あと、その話は聞き過ぎて飽きたので、他の話をお願いします」

「ええっ⁉︎ 何度聞いても良い話でしょう?」


 私は信じられないものを見る目でガスパルを見る。横柄な従者はため息を一つして、横を向いた。

 私は自室でソファに座り、庭を見ながらリゼットについて考えていた。リゼットの為に何ができるか、どうすれば良いのか。そのはずだった。ガスパルに考えを話すうち、どんどん話の方向を見失っていった。

 ソファの肘置きに頬杖をつく。


「私は、リゼットに笑っていて欲しいのよ」

「それなら、もう一度お話を聞いたらどうでしょうか。リゼットさんの気持ちを勝手に想像するより、本人に聞くのが一番です」

「それもそうね」

「今は神殿のお仕事以外されていないようなので、こちらに呼ばれてはいかがですか」

「ちょっと、ガスパル。それ……」


 私は身を乗り出した。


「最高だわ!リゼットにおもてなしができるじゃない!」


 首都アルゲントにあるエストリラ伯爵邸は、領地の本邸と比べると見劣りする。それでも他家と比べるとそこそこ大きい。使用人たちの手で管理もしっかり行き届いている。今は冬だから残念ながら庭に彩りが少ないが、それでも美しい庭だと私は思う。


「他所で不敬な言動を取られると困りますが、こちらなら多少は融通が効きます。近づく使用人を最小限にして緘口令を敷きましょう」

「何のお茶にしようかしら。お菓子は?カーテンも替えちゃう?」

「エリアーヌ様、エリアーヌさまー。聞いてないですね」


 ガスパルが横で何か言っているけど、私の耳には入らない。ああ、楽しみ!

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