頭痛の種
自分に祈りの力を使わなくなって三日経った。寝不足が続いて、体が重く、頭が痛い。
「顔色が悪い」
エリアーヌ様が心配そうに私を見た。
前回と同じ大神殿の一室で、私はエリアーヌ様、ガスパル様と一緒にお茶を飲んでいる。明日の授業後の時間が空いたのでお話しませんか、と連絡したら二つ返事で承諾してくれた。それが昨日のことだ。急な誘いなのに、エリアーヌ様は本当に優しい。
私はにっこり笑った。
「少し寝不足なだけです。元気ですよ」
「そんな目と声と表情で言われても、説得力ないわよ」
ビシッと言い返されてしまった。確かに、窓ガラスに映る私は幽霊のようだ。
「祈ればすぐに元気になるんですけどね」
「リゼットには元気になってもらいたいけど、それは止めて欲しいわ」
「祈りの力がないと生活ができなくなりますよ」
「それは……私もそう思います」
二人に止められて、祈りの力を使う道が断たれた。
「寝不足だけ? 他に体調不良の原因は?」
「多分、ないです」
「寝不足の原因は分かりますか」
「何でしょう。予習も復習も早めに切り上げて、ベッドには入っているんですけど」
「眠れないのね」
エリアーヌ様が腕を組んで、うーんと考えている。ガスパル様はエリアーヌ様を見た後、私に目線を移し、それから口を開いた。
「春に竜の討伐があるそうですね」
「情報が開示されましたか」
「まだです。でも確実だろう、と噂になっています。街中が深き黒の竜の話で持ちきりです」
「不安なことがあると眠れないわよね」
二人とも竜の討伐が原因で眠れないと思っているみたいだ。
「それは多分違います。竜の討伐は騎士団から選出された特別部隊で、私は聖女として付き添うだけです。むしろ日程が明確になって、逆に気持ちが引き締まりました」
「はあ、格好良いわ」
「リゼットさんは落ち着いていますね」
「そんなことないですよ。私にできることが限られていて、やることも分かっているから、全力で頑張るしかないだけです」
私が否定しても、エリアーヌ様はやっぱり格好良いと褒めた。ガスパル様はエリアーヌ様を肯定するように微笑んでいる。持ち上げられて気恥ずかしい。
役目が果たせる。周りの人に良くしてもらった恩返しができる。やっと聖女として役に立てる。ただそれだけだ。命をかけるのも傷つくのも討伐部隊の人で、討伐中も私は守ってもらう予定になっている。もし討伐が失敗したら、私は次の討伐部隊に加護を与えなければならない。聖女の替えはいない。それが守ってもらう理由だ。
「本当に格好良いのは討伐部隊の方々ですよ」
「それならどっちも格好良い、で良いじゃない」
エリアーヌ様が満面の笑みで言い切ったから、私は諦めて曖昧に笑った。ガスパル様は我関せず、といった感じでお茶を飲んでいる。誤解を解けなかったことは気になるけど、気持ちを切り替えて私もお茶を一口飲んだ。エリアーヌ様はお茶請けのカヌレをフォークで突いている。
「そう言えば、今日は何の授業だったの?」
「国語です」
「何を習うの? もう読み書きはできるでしょう? 古代語とか?」
「建国史から読み解く接続詞の変遷と用法です」
「何でそんな専門的なことを勉強してるの⁉︎」
エリアーヌ様は勢いよくテーブルに両手を付いて立ち上がった。エリアーヌ様のカップがカチャリと音を立て、数滴お茶がこぼれる。ガスパル様はハンカチを取り出して、テーブルを拭いた。とても慣れている。
「エリアーヌ様、落ち着いてください。リゼットさんが驚いています」
「ああ、ごめんなさい」
エリアーヌ様が座り直すと、私も気になっていたことを聞いてみる。
「あの、やっぱり専門的なことですか」
「そうよ。そんなの学者が研究することだわ」
「貴族や王族には必要なことだったり」
「しないわね」
そうか。やっぱり。薄々気付いていたけど、貴族にも王族にも必要ないのか。言われるままに勉強していた。第二王子のラウル様と結婚するなら、いっぱい勉強しないといけない。役に立てない。と思っていたけど、どうもやり過ぎだったらしい。
「ねえ、リゼット。誰かの嫌がらせ、なの?」
「違うと思います。私が頑張って勉強したからです」
「どういうことですか」
「多分ですが、必要なことは勉強し終わったんです。でもそのまま、先生方の得意分野や研究対象についての授業に移行したんだと思います。どの先生も、それはもう生き生きと教えてくださいますから」
「リゼットは賢明だから」
「打てば響く生徒は、先生方にとって嬉しいでしょうね」
私は大きくうなだれた。
「私は祈りの力使って睡眠時間を削らないと勉強できない、ただの凡人ですよ」
「そんなに勉強できるのってすごいわ!」
「どんな知識も無駄なことはありません!」
二人の励ましが嬉しい。でもつらい。
下げた頭がぐわんぐわん痛んだ。
「次に会うまでに、よく眠れる方法を考えておくわ!」
「よろしくお願いします」
任せて!とエリアーヌ様の元気な声が部屋に響いた。




