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優しい人たち

「今日は本当に、ありがとうございます」


 私はエリアーヌ様とガスパル様に頭を下げた。


「会いに来てくださって、とても嬉しいです」

「ええ、私もリゼットに会えて嬉しいわ」

「それに才女の噂も知れて、良かったです。何でしたっけ、虹色のしかばね?」

「虹色の至宝です」

「あはは、それです」


 ガスパル様の言葉に、私は力無く笑った。エリアーヌ様が心配そうな顔をしている。


「リゼット、大丈夫?」

「大丈夫です。これから歴史の先生が来られるので、そろそろ失礼します。少ししか時間が取なくて、ごめんなさい」

「私たちが急に押しかけたんだから、気にしないで。次はゆっくり話しましょう」





 楽しい時間はすぐに過ぎる。気の重いことの前だと余計にそう感じる。

 先生にどう説明しよう。今日の歴史の先生は気難しくて特に怖い。黒髪に白髪が混じり、眉間に深い皺がある長身の男性で、授業内容以外の会話がほぼない。

 今まで少し無理をしていた。これからは体に無担がないようにしようと思う。だから今までのように勉強に時間が割けない。申し訳ないが、覚え切れないことや理解できないことが増える。それでも今まで通り、教えを乞いたい。

 これをそのままは言えない。ぼかして伝える?でも伝わらなかったら困る。

 自室に戻って、私は部屋中うろうろ歩き回っていた。ベッドにもテーブルにもキャビネットにも、探している答えはない。知っていても、歩かずにはいられない。

 何も良い案が浮かばないまま、ドアがノックされた。


「どうぞ」

「リゼット様、先生がいらっしゃいました」

「はい。今行きます」


 呼びに来た侍女さんに返事をして、私は先生の待つ部屋へと向かった。




 私は今、自室のベッドの上に仰向けに寝ている。

 歴史の授業を終え、夕食を済ませ、体を洗い、夜着を着た。勉強の復習も予習も簡単に終わらせた。後は眠るだけだ。

 歴史の先生は、それはもう素早く理解してくれた。私が、今まで少し無理をしていたのですが……と言っただけでうろたえて心配し、今日の授業は止めましょうと言い始めた。どうにか授業はしてもらえたけど、いつもよりかなりゆったりとしたものだった。気負っていた分、拍子抜けした。と言うか、あまりに心配されて恐縮してしまった。

 私が勝手に身構えていただけで、優しい先生だったんだなあ。

 エリアーヌ様もガスパル様も歴史の先生も、もちろん神官様たちも侍女さんも、皆優しい。考えるだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。

 目を閉じると、ふわふわの優しさに包まれた。心地良い。このまま眠れば良い夢が見られるだろう。

 私は布団をかぶり、目を閉じた。


 布団をかぶり直す。


 右へ寝返りを打つ。


 ゆっくりと深呼吸を五回する。


 枕の位置を少しだけずらす。


 左へ寝返りを打つ。


 ……眠れない。

 眠れないな。眠れないぞ。眠らないと。眠ろう。眠りたい。

 どうしよう、全く眠れる気がしない!!

 いつもと違って疲れていない。祈りの力がなくても眠れるはずだ。眠ろう。


 やっぱり眠れないな!

 祈りの力、使っちゃう?いやいやいや、だめだめ。エリアーヌ様と約束したんだから、駄目だ。今日はいつもより早いから、仕方ないんだ。きっともう少ししたら眠くなる。眠くなる。眠くなーる。私は眠くなーる。


 うわーん、眠くならないよう。あっ、悲観的になると駄目かな。私は眠れる!できる!すぐ眠れる!さあ眠ろう!眠ることができる!私はできる!


 結局、大神殿の食堂で働く料理人が出勤するまで起きていた。




 太陽の光と物音で目が覚めた。重たい瞼を開けると、光が目にしみた。


「リゼット様、おはようございます」


 侍女さんがカーテンを開けている。

 ゆっくりと体を起こすと、侍女さんたちが朝の準備をしていた。ひどく頭痛がする。


「リゼット様がまだお休みだなんて、初めてのことです。調子がお悪いのですか」

「寝不足なだけです」

「ご無理をなさったのですね。もう少しお休みください」

「いいえ。予定がありますから、このまま起きます」


 むしろ無理を止めてこうなったんだけど、話したら余計心配をかけそうで黙っておいた。

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