気付いた真実
大神殿の一室、貴族の対応用に使われるこの部屋は、上等な家具が置かれている。赤みがかった茶色の絨毯に映える家具は、光沢のある木目が美しい。ローテーブルの側面には草木の模様が彫られ、濃い青色のカバーのソファにも同じ彫りがある。
エリアーヌ様は二人がけのソファから立ち上がり、淑女の礼をした。
「虹色の導きをお祈りします」
遺族に対する挨拶をし、それから小さく私の名前を呼んだ。泣きそうな顔をしている。
「虹色の導きをお祈りいたします」
続けてガスパル様が挨拶をした。エリアーヌ様の斜め後ろに立ち、少しだけ悲しそうな顔をしている。
「ありがとうございます。あの、お二人はなぜここへ?」
「リゼットが心配だからに決まってるじゃない!お父様にお願いして、葬儀の後すぐ馬車に乗ったのよ!」
エリアーヌ様は私の近くまで駆け寄った。
「おばあちゃんの葬儀に参列されたんですか! ありがとうございます」
「当たり前じゃない。リゼットのおばあ様だし、ロラの薬草にはお世話になってたんだから」
「葬儀を行った神殿には多くの人が来ていました。慕われていたんですね」
エリアーヌ様は怒った顔をしていて、ガスパル様は微笑んでいる。
神殿は、領主様の住む街エストリラにある。ブラン村から歩いて一時間かかるのに、村の皆は歩いたんだろうか。
通常、ブラン村の葬儀は各家で行う。遺族が中心となって神官様の手配などの準備をし、村人が総出で手伝う。お母さんの時もそうだった。馴染みのない所でお別れだなんて、おばあちゃんは寂しくなかったんだろうか。
薬草の納品に街へ行った時、神殿での葬儀を見たことがある。神殿の白い壁と重厚な扉、そこから運び出される木の棺。あの時は全く知らない人の葬儀だった。でも、その棺の中には、おばあちゃんが……。
「リゼット、大丈夫?」
名前を呼ばれて目を瞬くと、エリアーヌ様がいた。心配そうな目で、下から覗き込むように私を見ている。
出会った時からずっと、エリアーヌ様は私より背が低い。初めはよく見れば私の方が高いと分かる程度だったけど、成長とともに差が大きくなった。今ではエリアーヌ様の目が私の鎖骨くらいにある。私は女性にしては少し高いくらいだけど、エリアーヌ様がとても小柄なのだ。
「大丈夫です。少しぼうっとしただけですよ」
「そう? なら良いんだけど。疲れてるんじゃない?」
エリアーヌ様は私の顔をマジマジと見た。一つ歳上で小柄なエリアーヌ様は、すぐに私の心配をする。一緒に坂道で転んだ時も、急な雨に打たれた時も、自分のことより私を優先してくれた。それが少しくすぐったくて、すごく嬉しい。身分が違いすぎておこがましいけど、お姉ちゃんがいたらこんな感じかな、って村にいた頃は考えていた。
「良かった。顔色は良いし、肌も綺麗だわ」
「むしろエリアーヌ様の方が肌が荒れていますね」
「うるさい、ガスパル。馬車移動で疲れたんだから、仕方ないでしょう」
「大変な旅だったんですか」
「そうでもないです。エリアーヌ様が早くリゼットさんに会いたいと言うので、八日かける日程を六日にしただけです」
「えっ、それはやっぱり大変だったんでは?」
「いいえ、平民の移動なら七日で着きます。そこを馬を替えながら移動して距離を増やし、街を選ばず宿のランクをやや落としました。それで六日にしただけです。共に来た御者もメイドも、誰も体調を崩していませんし、とても元気です」
黙り込んだエリアーヌ様を見る。口を尖らせて、だってベッドが固かったのよ、と言った。
私はエリアーヌ様の頬の横に、包むように両手を添える。温かい風と光が手のひらからこぼれた。
「えっ? 何? リゼット」
「急いで来てくださって、ありがとうございます」
「そんなの当然よ。ん? あれ? 肌が!」
「祈りの力ですか。やっぱりすごいですね」
「いつもの肌より調子が良いくらいだわ」
「疲れや不眠は肌が荒れますから。でもこれで元通りです」
二人が驚きながら感心している。役に立てて良かった。
「リゼットさん」
嬉しく思っていると、ガスパル様が考え込みながら話し始めた。険しい表情をしている。どきりと心臓が跳ねた。
「もしかして、リゼットさんは自分に祈りの力を使っていますか」
「えっ」
「どう言うこと?……あっ」
「別に責めるつもりはありません。ですが、話してくれませんか」
「リゼット、ちゃんと眠れてるの?」
二人の視線が痛い。
誤魔化そうか。言い訳をしようか。でも私がリゼットである為には、それはしてはいけないことだと思った。二人の前では嘘はつけない。つきたくない。
「少しですが、眠れては、います」
「少しって? 毎日夜遅いの?」
「毎日ではないです。明け方前に眠れることもあります」
「それは毎日遅いってことじゃない!!」
エリアーヌ様の声に体がびくりとした。ガスパル様が嗜めるようにエリアーヌ様の名前を呼ぶ。
「ごめんなさい」
エリアーヌ様に謝られ、罪悪感にかられる。私を心配してくれる人を悲しませているのは、私だ。
「いえ、大丈夫です」
「いつからですか。いつから祈りの力を使って、体調を管理していますか」
「いつからかは覚えていません。毎日使うようになったのは、こっ婚約が決まってからだったと思います」
「結婚が嫌で眠れなくなったの?」
「そう言う訳ではないです。婚約が決まって、王宮に入っても苦労しないよう、とても良い先生方をつけてもらいました。でも私の頭では覚えも理解も遅くて、できるまで勉強をしました。ダンスも苦手で、ステップを覚える為に夜中に練習をしてました」
そうだ、王都に来て初めの一年はのんびりしていた。ユーグ様の姉ソフィア様に、基本的なことを楽しく教わっただけだった。でも婚約してから、先生が変わってから、覚えることもやることも難しくなった。課題が一つできたら、三つ、五つと増えていった。
「待って、リゼット。あなた才女って言われているわよ」
「さいじょ?」
「聖女様は才女で、作法やダンスも美しい。まさに虹色に輝く至宝だ、って」
「えええええええええ!! そんな、嘘です! ただの噂です!」
「私も屋敷の中でも外でも、ここ王都に着いてからも聞きましたね」
「ひぇっ」
「打てば響くと思われて、次から次へと課題を出されたんじゃない?
「どんなことでも次までに完璧にしてきたら、先生方の指導もより高度になりそうですね」
「そんな……」
あまりのことに、私は床に座り込んだ。焦って頑張ったことが、自分の首を絞めていたなんて。なんて笑えない。いや、むしろ笑ってしまう。
「ははは」
「今日はゆっくり寝てください」
「自分への祈りの力は禁止ね」
二人の優しい眼差しに、私はこくりと頷いた。




