表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/63

未来の家族

 王宮の従者さんが扉を開けた。

 南東に位置するこの部屋は、王宮の中では比較的狭い。窓からのあたたかな光が、深い赤色の絨毯や白地のテーブルセットを照らしている。その光の中に王妃様が立っていた。


「この度はお招きいただ……」

「リゼット!」


 挨拶が終わる前に、駆け寄った王妃様に抱きしめられた。


「虹色の導きを!おばあ様のこと聞いたわ。辛かったでしょう。こんな大変な時に会いにきてくれて、ありがとう」

「お休みは頂きましたし、葬儀も終わりましたから」


 だから王妃様が気にされることはない。一般的にも、葬儀が終われば皆日常へ戻る。私もそれに倣っただけだ。

 王妃様は、私の背中に回した腕の力を強めた。


「王妃様?」


 初めて出会った頃は王妃様を見上げていた。でも今は、王妃様の頭が私の鼻先くらいにある。ピンクかがった金色の髪がくすぐったい。

 王妃様は私から離れて、両手で私の右手を強く握った。


「お茶にしましょう。リゼットの好きなお菓子もあるのよ」

「楽しみです」


 王妃様は私の手を引いた。そして、椅子に座る私を流麗な所作でエスコートする。姿は可愛らしいのに、騎士のように様になっている。ありがとうございますとお礼を言うと、王妃様は目を細め、少しだけ口角を上げた。第一王子のラウル様と同じ笑い方だ。

 続いて王妃様が従者に椅子を引かれて座った。私に向かってニコリと笑う。もう、騎士のような雰囲気はない。


「どれが良いかしら。食べたい物はある?」


 目の前に十数種類のお菓子が並んでいる。パイ、タルト、ケーキ、クッキー。目移りしそうだ。王妃様は私の好きなお菓子もあると言ったけど、違う。私の好きなお菓子しかない。

 アップルパイをお願いすると、メイドさんが皿に盛り付けてくれた。まだあたたかそうなパイに生クリームが添えられている。フォークでパイを刺すと、サクリと良い音がした。口に含むとバターの香りが鼻に抜け、甘酸っぱいりんごが口の中に広がる。


「美味しです」

「そう、良かったわ」


 王妃様はティーカップをソーサーに戻して微笑んだ。


「全て小さめに作ってもらったから、たくさん食べて。持って帰っても良いのよ」

「次は何にする?」

「そちらタルトはナッツですか」

「ええ、ナッツのチョコレートタルトよ」

「ではそちらをお願いします」


 王妃様が目配せをすると、メイドさんはタルトを皿に乗た。それからタルトの横にソースを引く。私が生クリームを付けてアップルパイを食べている間に、皿の上にソースの大輪の花が咲いた。

 小さなアップルパイは三口で食べ終わった。空の皿がナッツのチョコレートタルトの皿に替えられる。ソースの花が綺麗で、そのまま残しておきたい。残しておきたいけど、ソースも味わいたい。私はフォークでタルトを刺し、少しの気合でソースをすくい取った。

 ソースはベリーソースだった。濃厚な香りと酸味がふわっと香る。それからチョコレートが舌に溶け、噛むとナッツが香ばしく砕けた。


「ソースは何だったかしら」

「ラズベリー、カシス、クランベリーなど十種類ほど使用しております。タルトのナッツはクルミ、カシューナッツ、アーモンドです」


 王妃様の問いに、メイドさんがスラスラ答える。


「リゼット、気に入った?」

「はい。とても美味しいです」

「リゼットはナッツのお菓子が特に好きよね」


 なぜ分かったんだろう。今まで王妃様に話したことはない。

 私が目をぱちぱちさせると、王妃様が悪戯っぽく笑った。


「好きな子のことは些細なことでも気付くものよ」

「そんな、私にはもったいないです」

「ただの好意よ。素直に受け取って」

「ありがとうございます」

「かしこまって欲しい訳でもないの。ねえ、リゼット。ブラン村にはいつ行きたい?リゼットの希望に沿うよう、取り計らうわ」


 王妃様の眼差しは優しい。今すぐ、と言っても快く送り出してくれそうだ。


「春が過ぎた頃に、夏の前でお願いします」

「それでは遅過ぎるわ」

「いいえ、黒の炎が絶えるのを見届けた後、ゆっくりと向かいたいと思います」

「そう、分かった。リゼットがそう望むなら」


 王妃様は手元のケーキに乗ったオレンジをフォークでつついた。


「私を、私たちを頼ってね。家族になるんだから」


 やっぱり王妃様の眼差しは、どこまでも優しかった。




 お菓子の持ち帰りをお願いしたら、王妃様のご厚意で考えていた十倍の量になった。さすがに持って帰れないから、後で神殿に届く。私一人では食べられない量だ。侍女さんや神官様に手伝ってもらおう。

 従者さんの案内で王宮内を歩く。この従者さんは護衛も兼ねていて、大神殿まで送ってくれる。

 長い廊下の向こうから、アドルフ様が歩いてきた。私に気付いたアドルフ様は面倒そうな顔でため息をつき、私の前で止まった。


「虹色の導きを」

「ありがとうございます」


 いつも目も合わさず通り過ぎるのに、今日は立ち止まって声をかけてきた。アドルフ様にとって、婚約者に対する最低限のマナーなのかも知れない。それならどうして。

 今日会わなければ、立ち止まらなければ、話さなければ、私は考えなかった。でも会って、立ち止まって、話してしまった。


「先日のお約束は、どうなったのでしょうか」

「約束?」

「私が祖母に会いに行く話です。国王陛下にお話すると、お約束してくださいました」

「ああ、あったな。約束した覚えはないが」

「そんな!確かに、あの時」


 アドフル様は私の言葉を遮るように睨んだ。


「もう葬儀も済んだと聞いている。私が父にすぐ話した所で、葬儀にすら間に合わなかっただろう」


 私は言葉を失った。

 その通りだ。私だって考えた。早馬で丸三日近くかかるのだ。手紙が届いたその日に馬車に乗っても、間に合わなかった。私が馬に乗れたとしても、単身で駆けてギリギリ間に合うかどうかだ。それは分かっている。その通りだけど、それでも行きたかった。

 用が済んだと判断したのか、アドルフ様は何も言わずに行ってしまった。

 アドルフ様は私に興味がないんじゃない。私のことなんて、どうでも良いんだ。今まで不思議に思っていたことが、はっきりとした。それと同時に、これからあの人と家族となることに、目の前が真っ暗になる。


「リゼット様」


 従者さんが気遣いながら声をかけてくれた。私は笑顔を作って返事をする。足取りは重いけど、前には進める。


 それから三日後、大神殿にエリアーヌ様とガスパル様が来た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ