未来の家族
王宮の従者さんが扉を開けた。
南東に位置するこの部屋は、王宮の中では比較的狭い。窓からのあたたかな光が、深い赤色の絨毯や白地のテーブルセットを照らしている。その光の中に王妃様が立っていた。
「この度はお招きいただ……」
「リゼット!」
挨拶が終わる前に、駆け寄った王妃様に抱きしめられた。
「虹色の導きを!おばあ様のこと聞いたわ。辛かったでしょう。こんな大変な時に会いにきてくれて、ありがとう」
「お休みは頂きましたし、葬儀も終わりましたから」
だから王妃様が気にされることはない。一般的にも、葬儀が終われば皆日常へ戻る。私もそれに倣っただけだ。
王妃様は、私の背中に回した腕の力を強めた。
「王妃様?」
初めて出会った頃は王妃様を見上げていた。でも今は、王妃様の頭が私の鼻先くらいにある。ピンクかがった金色の髪がくすぐったい。
王妃様は私から離れて、両手で私の右手を強く握った。
「お茶にしましょう。リゼットの好きなお菓子もあるのよ」
「楽しみです」
王妃様は私の手を引いた。そして、椅子に座る私を流麗な所作でエスコートする。姿は可愛らしいのに、騎士のように様になっている。ありがとうございますとお礼を言うと、王妃様は目を細め、少しだけ口角を上げた。第一王子のラウル様と同じ笑い方だ。
続いて王妃様が従者に椅子を引かれて座った。私に向かってニコリと笑う。もう、騎士のような雰囲気はない。
「どれが良いかしら。食べたい物はある?」
目の前に十数種類のお菓子が並んでいる。パイ、タルト、ケーキ、クッキー。目移りしそうだ。王妃様は私の好きなお菓子もあると言ったけど、違う。私の好きなお菓子しかない。
アップルパイをお願いすると、メイドさんが皿に盛り付けてくれた。まだあたたかそうなパイに生クリームが添えられている。フォークでパイを刺すと、サクリと良い音がした。口に含むとバターの香りが鼻に抜け、甘酸っぱいりんごが口の中に広がる。
「美味しです」
「そう、良かったわ」
王妃様はティーカップをソーサーに戻して微笑んだ。
「全て小さめに作ってもらったから、たくさん食べて。持って帰っても良いのよ」
「次は何にする?」
「そちらタルトはナッツですか」
「ええ、ナッツのチョコレートタルトよ」
「ではそちらをお願いします」
王妃様が目配せをすると、メイドさんはタルトを皿に乗た。それからタルトの横にソースを引く。私が生クリームを付けてアップルパイを食べている間に、皿の上にソースの大輪の花が咲いた。
小さなアップルパイは三口で食べ終わった。空の皿がナッツのチョコレートタルトの皿に替えられる。ソースの花が綺麗で、そのまま残しておきたい。残しておきたいけど、ソースも味わいたい。私はフォークでタルトを刺し、少しの気合でソースをすくい取った。
ソースはベリーソースだった。濃厚な香りと酸味がふわっと香る。それからチョコレートが舌に溶け、噛むとナッツが香ばしく砕けた。
「ソースは何だったかしら」
「ラズベリー、カシス、クランベリーなど十種類ほど使用しております。タルトのナッツはクルミ、カシューナッツ、アーモンドです」
王妃様の問いに、メイドさんがスラスラ答える。
「リゼット、気に入った?」
「はい。とても美味しいです」
「リゼットはナッツのお菓子が特に好きよね」
なぜ分かったんだろう。今まで王妃様に話したことはない。
私が目をぱちぱちさせると、王妃様が悪戯っぽく笑った。
「好きな子のことは些細なことでも気付くものよ」
「そんな、私にはもったいないです」
「ただの好意よ。素直に受け取って」
「ありがとうございます」
「かしこまって欲しい訳でもないの。ねえ、リゼット。ブラン村にはいつ行きたい?リゼットの希望に沿うよう、取り計らうわ」
王妃様の眼差しは優しい。今すぐ、と言っても快く送り出してくれそうだ。
「春が過ぎた頃に、夏の前でお願いします」
「それでは遅過ぎるわ」
「いいえ、黒の炎が絶えるのを見届けた後、ゆっくりと向かいたいと思います」
「そう、分かった。リゼットがそう望むなら」
王妃様は手元のケーキに乗ったオレンジをフォークでつついた。
「私を、私たちを頼ってね。家族になるんだから」
やっぱり王妃様の眼差しは、どこまでも優しかった。
お菓子の持ち帰りをお願いしたら、王妃様のご厚意で考えていた十倍の量になった。さすがに持って帰れないから、後で神殿に届く。私一人では食べられない量だ。侍女さんや神官様に手伝ってもらおう。
従者さんの案内で王宮内を歩く。この従者さんは護衛も兼ねていて、大神殿まで送ってくれる。
長い廊下の向こうから、アドルフ様が歩いてきた。私に気付いたアドルフ様は面倒そうな顔でため息をつき、私の前で止まった。
「虹色の導きを」
「ありがとうございます」
いつも目も合わさず通り過ぎるのに、今日は立ち止まって声をかけてきた。アドルフ様にとって、婚約者に対する最低限のマナーなのかも知れない。それならどうして。
今日会わなければ、立ち止まらなければ、話さなければ、私は考えなかった。でも会って、立ち止まって、話してしまった。
「先日のお約束は、どうなったのでしょうか」
「約束?」
「私が祖母に会いに行く話です。国王陛下にお話すると、お約束してくださいました」
「ああ、あったな。約束した覚えはないが」
「そんな!確かに、あの時」
アドフル様は私の言葉を遮るように睨んだ。
「もう葬儀も済んだと聞いている。私が父にすぐ話した所で、葬儀にすら間に合わなかっただろう」
私は言葉を失った。
その通りだ。私だって考えた。早馬で丸三日近くかかるのだ。手紙が届いたその日に馬車に乗っても、間に合わなかった。私が馬に乗れたとしても、単身で駆けてギリギリ間に合うかどうかだ。それは分かっている。その通りだけど、それでも行きたかった。
用が済んだと判断したのか、アドルフ様は何も言わずに行ってしまった。
アドルフ様は私に興味がないんじゃない。私のことなんて、どうでも良いんだ。今まで不思議に思っていたことが、はっきりとした。それと同時に、これからあの人と家族となることに、目の前が真っ暗になる。
「リゼット様」
従者さんが気遣いながら声をかけてくれた。私は笑顔を作って返事をする。足取りは重いけど、前には進める。
それから三日後、大神殿にエリアーヌ様とガスパル様が来た。




