おまじない
ガスパル様は領主様に仕える従者で、よくエリアーヌ様の護衛をされている。
幼いエリアーヌ様は何かと街へ繰り出そうとしてメイド達を困らせ、何度か本当にメイドの目を盗んでお屋敷を抜け出した。領主様は自分の娘を閉じ込めるより、いつ娘が外へ行きたくなっても良いように、腕の立つガスパル様を日頃から護衛につけることを選んだらしい。
歳は確か私の12上の22歳。髪は黒に近い茶色で、薄い青い目をしている。ガスパル様はいつも私たちから少し距離を取り、静かに立っていた。でも時々会話に混ざってくる。
そう言う時は決まってエリアーヌ様が小さな見栄を張る時で、そうではない真相を私に教えてくれた。いつもは落ち着いた雰囲気なのに、この時だけはちょっとだけ意地悪そうにほほえむ。
「もう!どうしてガスパルはリゼットに教えてしまうの!!」
「隠すことでもないでしょう。ねえ、リゼットさん」
「はい。それにうさぎに驚くエリアーヌ様の方が、私は好きです」
「えっ、そうなの?何事にも動じない淑女の方が、格好良いんじゃないの?」
「格好良さは分からないですけど、エリアーヌ様の良さはそこじゃないです、きっと」
「ならどこなのかしら」
エリアーヌ様は腕を組んで考え込んだ。
そう言う可愛らしいところですよ、と思うけど、口には出さない。多分、私に年上として格好良いところを見せたいんだと思う。
でもやっぱりエリアーヌ様は可愛いし、平民の私に対して距離を置かないところが嬉しい。
「そうだ。見本を持ってきましたよ」
私はポケットからハンカチを取り出した。白いハンカチの縁には小さな花のレースが付いている。
「これが前に言ってたレース?すごい!とっても可愛い!!」
「よく見ると編み目が均一じゃないし、少し曲がってるんです」
「いや、綺麗ですよ。売り物にできるくらいです」
二人が手放しに褒めてくれるから、私は顔が熱くなった。
「本当に私が編んだレースで良いんですか」
「リゼットの編んだレースだから良いのよ。レース糸のお金は、先が良いかしら」
「完成してからでお願いします。ハンカチがあれば、それに合わせて作ります」
「分かったわ。次までに用意するわね」
「あと、どんな柄にしますか」
「そうね。柄、がら、がら」
またエリアーヌ様が考え込む。
「ねえ、見本より小さい花もできる?」
「できますよ」
「それなら、ライラックが良いわ。一番好きな花なの」
「あっちに咲いてた紫のライラックですか」
「ええ。レース作りに必要なら、少し枝を切って持って帰って」
「私の村にもたくさんライラックが咲いています。村のは白いライラックで、私の一番好きな花です」
「そうなの!?」
私とエリアーヌ様は、おでこがぶつかりそうなくらい近づいて笑い合う。その時ふわっと風が吹いて、ライラックの甘い香りがした。私は香りが来た方向を見ると、優しくほほえむガスパル様と目が合った。
なぜだか胸の奥にまでライラックの甘い香りが届いた気がした。
「痛っ」
「エリアーヌ様、大丈夫ですか」
私がエリアーヌ様に向き直ると、エリアーヌ様は右手で左手首を押さえていた。
「今日のダンスレッスンで少し捻ってしまって。何もしなければ痛くないのだけど」
「私がおまじないをしましょうか」
「おまじない?」
「最近、おまじないをすると元気になるんです」
エリアーヌ様はきょとんとした顔をして、それからすぐに笑って左手を出した。
「そんなに効くなら、ぜひお願い」
私はエリアーヌ様の左手首に両手を重ねると、おまじないを唱える。
「良くなあれ」
エリアーヌ様は笑顔をすぐに驚きの表情へと変えた。
「えっ、すごい!えええっ!!」
左手首をぶんぶんと振って、目をパチパチさせている。
その様子を見ていたガスパル様が私の側に来た。
「私もお願いできますか」
「はい」
ガスパル様は私の近くで膝をつくと、右腕を前へ出した。
私はエリアーヌ様の時のように、ガスパル様の腕に両手を重ねた。少し緊張する。
「良くなあれ」
ガスパル様は立ち上がり、右腕を上げたり下げたりしている。
「これは、すごいですね」
考え込むようにつぶやき、私を見た。
「ありがとうございます」
「良くなりましたか。自分以外にしたことなかったから、良かったです」
思った以上の反応にどぎまぎしていると、横から明るい声がした。
「リゼット、ありがとう!!」
「もう痛くないですか」
「ええ、全く痛くないわ」
その後もエリアーヌ様はずっとご機嫌だった。