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届いた手紙

 ユーグ様と別れて、私は自分の部屋へ戻った。

 これから経済と流通についての勉強がある。先生が来るまで前回渡された本をパラパラとめくった。難しいことが難しい言葉で書かれている。一回では理解できそうにない。理解できるまで復習しよう。今日はいつ寝られるだろうか。

 本をテーブルの端に寄せて、私は長くて深いため息をついた。


「リゼット様、雪です!」


 侍女さんの叫びで目線を上げると、窓の外に粉雪が舞っていた。風がないのか、粉雪は少し揺れながら静かに落ちている。


「リゼット様、冷めたお茶を入れ直しましょう」

「お茶はまだ温かいですから、大丈夫ですよ」

「しかし雪が降っています。羽織物はどれになさいますか」

「この程度の寒さなら必要ありません」

「しかし、雪が」

「大丈夫ですよ。寒さには強いんです!」


 右手で握り拳を作って、大袈裟に胸を叩いて見せた。私が得意げに笑うと、侍女さんはしぶしぶ引き下がった。チラチラと、窓の外の粉雪と羽織物が入ったタンスを交互に見ている。

 侍女さんが心配してくれるのはありがたいし嬉しい。でも私がいた村ではもっと大きな雪がしんしんと降っていた。これくらいの粉雪では雪だと言う気がしない。それに肌に痛みを感じないと寒いとも思わない。部屋の中は暖炉があるし、ローブは保温性のある冬用の生地で温かい。これ以上着ると汗をかきそうだ。


「村の冬はここより厳しくて、雪がいっぱい降ったんです。雪かきは大変でしたが、雪玉を作って投げたり、そりで滑ったりして遊んでいました」

「それほど雪が降るのですね」

「はい。寒さで川が凍るので、川でも滑って遊んでいました」

「川が、凍る。人が乗れるほど」

「凍ります」


 村の冬はここより寒くて長い。おばあちゃんが秋に採取した薬草を紐でくくり、家中に干して乾燥させていた。私はそれを手伝ったり、暖炉の前でレースを編んだりして冬を過ごした。備蓄していた食料を少しずつ食べ、春を待つ。それに比べてここの冬は過ごしやすい。雪かきの必要もないし、食べ物も選べるほどある。それでも、あの真っ白な世界が懐かしくて、無性に帰りたくなる。

 ドアがノックされた。侍女さんが出ると、不思議そうな顔をして戻ってきた。


「リゼット様、リュカ様からお手紙です。お荷物はいつものように一階の角の部屋にあるそうです」

「リュカ様から?」

「はい。いつもなら十日から十五日に一度の間隔で届くのですが」

「まだ前回から六日ほどしか経っていませんよね」

「わたくしもそう記憶しております」

「とにかく手紙を読んでみます」


 手紙はとても簡潔だった。ブラン村を訪ねたら、おばあちゃんが家の中で倒れていたこと。急ぎ神殿へ運んだが、祈りの力では治らない病気であること。医師によると前々から患っていただろうこと。おばあちゃんの反対を承知で手紙を書いたこと。

 私は頭が真っ白になった。祈りの力で治らないなら、私が行っても治せない。私は何もできない。


「リゼット様、どうされました」

「祖母が倒れたそうです」

「それは」


 侍女さんはそれ以上何も言わず、口を閉ざした。私はもう一度手紙を読み返す。さっき読んだ内容が書かれているだけだった。

 手紙を丁寧に封筒へ戻して、そっとテーブルに置いた。


「そろそろ先生が来られる時間ですね。勉強の準備をしましょう」

「リゼット様、今日はお休みになられた方が」

「いいえ、私が何をしていても変わりませんから。それなら私は私のできることをします」


 私が口角を上げて言うと、先生が到着した知らせが入った。

 その日の授業は思った通り難しくて、一回では理解できなかった。





 翌日、婚約者とのお茶会へ向かった。王宮に着くと、南側にある庭園に通された。抜けるような空の青さに映え、冬だと言うのに植物が生き生きして見える。日差しが暖かい。花モチーフの白のテーブルセットには、小さなお菓子がいくつも並べられていた。まだ婚約者は来ていない。

 一つ歳が上の第二王子、アドルフ様と婚約して四年目になる。初めて庭園で会って以来、ずっと不機嫌な顔しか見ていない。ひと月に一度のお茶会も、いつも当たり障りのない話を少しして終わる。アドルフ様は必ず遅れて来て、お茶を一杯だけ飲むと帰って行った。毎回気が乗らないお茶会だけど、今日は特にそう思う。来たばかりでまだ相手に会ってもいないのに、もう帰りたい。

 頭の中は昨日の手紙のことでいっぱいだった。


 カチャッとティーカップが音を立てた。テーブルの向かいにアドルフ様が座っている。私は慌てて立ち上がった。


「失礼いたしました。おはようございます、アドルフ様。本日はお誘いいただき、ありがとうございます」

「ああ」


 アドルフ様は私の礼を欠いた行いに気にした様子もない。私のことを嫌ってる。それは確かだけど、それ以上に私に興味がない。いつも王宮からお茶会の招待状が届くけど、アドルフ様も周りが言うから来ているだけなんだろう。

 私はゆっくり椅子に座り、黙ってお茶を飲む。焼き菓子をつまむと、すぐに昨日の手紙のことを思い出した。


「食べないのか」


 突然アドルフ様に声をかけられた。何を言われたか分からなかった。


「焼き菓子をずっと持っている」

「あっ、食べます。少し考えごとをして止まっていました」


 私はクルミのクッキーを口に放り込んだ。婚約者がいるのに、ぼうっと考えごとをしてしまった。あ!こっ、これはとても失礼なことだ。


「あの、昨日手紙が届いたのです」

「ふうん」

「祖母が倒れたそうで、その、心配で。私が考えても仕方がないことですが、祖母は今どうしているのか、と考えてしまって、ええっと、はい」


 言い訳のように話してみたけど、アドルフ様の反応がなくて尻すぼみになった。しばらく無言のまま、お互いのお茶を飲む音だけが響く。


「ああ、会いに行きたいのか」


 アドルフ様がつぶやいた。


「え、それは」

「違ったか」

「いいえ、違いませんけど」


 アドルフ様が私をじっと見ている。目を真っ直ぐ見られたのは初めてだった。


「会いに、行きたいです。でも聖女の仕事や勉強があります。私の一存で決められません」

「では私が父上に聞いてみよう」


 嘘のような、とても嬉しい言葉だった。私は涙をこぼさないように小さな声で、お願いします、と頭を下げた。

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