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依頼

 午前の仕事が終わった。急患が二人いたけど、無事に治癒できて良かった。

 食堂に入り、いつもの席に着く。テーブルには、すでにパンが置かれていた。今日のパンはクルミが入っている。村では冬になるとクルミをよく食べた。パンに入っていたり、お菓子にしたり、料理に使ったり。こっちでもクルミは食べるけど、頻度が少ない。ちょっと寂しい。お願いしたらクルミ料理を増やしてくれるだろうか。


「クルミパンは嫌い?」


 急に話しかけられて顔を上げると、右隣にユーグ様が立っていた。両手でトレーを持っている。


「いいえ、好きです」

「眉間に皺を寄せて睨んでいたから、嫌いなのかと思った」

「ちょっと考えごとをしていただけです」


 私は眉間の皺を指先で伸ばす。祈りの力を使おうとして、止めた。さすがに祈りの力の無駄遣いな気がする。

 ユーグ様はテーブルにトレーを置き、私の隣に座った。トレーにはクルミパン、鶏肉のソテー、白身魚のスープが乗っている。いつ配られたのか、私の前にも同じ料理が並んでいた。


「ユーグ様もここで食べるんですか」

「リゼットに話があっただけなんだけどね。食堂を覗いたら、お昼がまだならどうぞって渡された」


 ユーグ様の目線の先には、給仕の中年女性がスープを配膳している。ユーグ様と目が合うと、頬を赤らめて小さく手を振った。いつも淡々と仕事をこなす人だと思っていたのに、こんな一面もあったのか。妙に納得して前を向くと、テーブルに向かいに座る神官様の目線がおかしいことに気づいた。両手で顔を覆い、指の間からユーグ様を見ている。私の二つ上の神官様は、体中の乙女が溢れているような表情をしていた。その隣に座る神官様も似たような顔をして、チラチラ見ている。こっちは男性だし、確か既婚者だ。


「ユーグ様ってすごいですね」

「昔から遠慮がないって言われるんだ。でも人の好意は受け取らないと」


 そう言う意味ではないんだけど、まあいいか。

 ユーグ様は会った頃から綺麗な顔をしていた。金色の目と髪で、神の国から生まれ落ちたと讃えられるほど顔が整っている。十八歳の今は綺麗な眼差しはそのままで、どうやら色気が加わったらしい。女性の神官様たちが陰で賛美するのを聞いたことがある。身長はモルガン様ほどではないけど、かなり高い。多分、ガスパル様と同じか、ちょっと低いくらい。騎士の制服がとてもよく似合う人だと思う。


「話って何でしょうか」

「ここでする内容じゃないから、食べ終わったら場所を移そう。ああ、配膳が終わったみたいだよ」


 私は姿勢を正して目を閉じ、両手を胸の前に出して、手のひらを上へ向けた。


「恵みに感謝を」

「恵みに感謝を」


 私の後に皆が復唱する。ユーグ様も皆と同じように復唱した。

 静粛な雰囲気はすぐに終わり、それぞれが話しながら好きに食事する。私もパンをちぎって口に入れた。クルミの芳ばしい香りがする。そしてスープを飲むと、身体中がぽかぽか温かくなった。


「このスープ美味しいね。何の魚だろう。タラかな」

「何でしょう。私は魚に詳しくないので、全く分かりません」

「あのっ、タラで!ああ合っている、と、思います」


 向かいに座る神官様が、言葉に詰まりながら教えてくれた。


「へえ、タラなんだ。教えてくれて、ありがとうございます」


 ユーグ様がにっこり笑うと、神官様ははうっと声を漏らしてテーブルに突っ伏した。





 大神殿の一室を借りて、ユーグ様の話を聞くことになった。向かい合ってソファに座り、ユーグ様が話し始めるのを待つ。すぐに終わるからと、お茶やお菓子は断った。テーブルには何も置かれていない。


「春の討伐に、リゼットも来て欲しい」


 ユーグ様は真剣な眼差しをしている。言われたことを頭の中でぐるりと考えて、理解する。


「深き黒の竜の討伐ですね。治療者としてですか」

「うん。討伐に同行する医師や神官と一緒に、来てもらえないだろうか」

「願ってもないことです。いつも行きたいと思っていました」

「出来るだけ安全に、怪我がないように配慮するつもりだ。でも危険がないわけじゃない。怖くはない?」

「怖いですよ。でも役に立ちたいんです」


 きっと今までの魔物の討伐でも、私の祈りの力でなら助かった命があったかも知れない。もっと綺麗に怪我が治っていたかも知れない。でも今までは呼ばれなかった。多分、私が行きたいと言っても断られていた。それは、私にもしも何かがあったら困るからだ。聖女は竜の討伐の為に存在する。聖女がいなくなったら、封印はできない。


「リゼットの意思が確認できたから、正式な依頼は後日される。叔父上が面会に来ると思う」

「騎士様、私の意思より、国の大事が優先ですよ」

「それは分かってる。でも僕は気が乗らないし、叔父上は反対していた」

「ふふふ、ありがとうございます。心配してもらえて嬉しいです。でも聖女として役目が果たせることは、もっと嬉しいです」

「リゼットは肝が据わってるよ」

「皆さんのことを信じているだけです」

「ありがとう。期待に添えるよう頑張るよ」


 ユーグ様はふっと目を細めて笑った。


 聖女は竜の討伐の為に存在する。竜の討伐が終われば聖女は必要がなくなる。私は聖女として最後まで役に立てるだろうか。

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