冬の前に
窓を開けるとひんやりとした空気が入った。息がうっすらと白い。
「リゼット様、今朝は冷えますね」
「はい。過ごしやすい季節になりました」
「リゼット様は毎年そう仰いますね。わたくしは寒さが苦手なので冬はつらいです」
侍女さんはテーブルに化粧道具箱を置いた。右手で左腕をさすっている。いかにも寒そうだ。私は窓を閉めて、鏡の前に座った。鏡に映った侍女さんを見上げる。
「私はここの夏がつらいです。風がほとんど吹かないし、太陽がじりじりと暑くて。夜になっても汗をかくなんて信じられません」
「ブラン村では違うのですか」
「日が落ちると長袖を羽織るくらい肌寒いですね」
「まあ!」
侍女さんは話ながら私の髪を櫛でとかし、結い上げていく。左右の髪を編み込みをし、後ろでまとめて赤色リボンで固定する。残った後ろ髪はそのままおろして、ハーフアップにしている。職人技だ。
侍女さんの手の動きに魅入っていると、鏡越しに目があった。
「後ろの髪も結い上げた方がよろしいでしょうか」
「いいえ、このままでお願いします。すごいなーと思って見ていただけです」
「ありがとうございます」
侍女さんがはにかんで笑った。
「すごいよね。職人技だ」
手を止めて顔を上げると、ユーグ様が感心した顔でこっちを見ていた。騎士の服を着て、大きな箱を三つも持っている。
今日は遠征に使う武器に加護を与えるため、ユーグ様と武器が並ぶ部屋にいる。ユーグ様が武器を運び、私が加護を与える、をずっと繰り返していた。一年前から、武器を並べなくても箱ごと加護が与えられるようになった。一度にかかる時間が短く、箱から出さない分かなり効率が良い。
「武器加護職人技ですか」
「あはは、なにそれ。変な職人」
「ユーグ様が職人技って言ったんじゃないですか」
ユーグ様は箱を持ったまま大笑いしている。とても心外だ。
「ごめんごめん。すごいなーと思っただけ」
「そうですか」
仕事ぶりが褒められたと思って気にしないことにする。そう思えば少し、いやかなり嬉しい。口元がにやけるのを抑えながら、手をかざして祈る。
「今日はいつもより多いですね。まだありますか」
「まだあるよ。もう少ししたら叔父上が追加を持って来る」
「えっ、モルガン様まで持って来られるんですか。本当に多いですね」
「冬が明けたら灰色の谷へ向かうからね。それまでに少しでも魔物の数を減らしたいんだ」
「灰色の谷って、深き黒の竜の住む谷ですよね。もしかして……」
「うん、遅くなったけど、封印が完全に解ける前に」
ユーグ様はこれ以上何も言わなかった。決意を固めた顔をして頷いたあと、にっと笑った。ついにこの時が来たんだ。竜が数百年大人しくなるように、私たちの生活が続くように、再び竜を封印する。
「あの、どの武器で封印するんですか。やっぱり聖なる武器、みたいなのがあるんですか」
「あるよ。建国物語に出てくる祈りの槍」
「祈りの槍!銀色の英雄の武器が実際にあるなんて!あっ、だからユーグ様の武器は槍なんですね!」
「剣も好きなんだけど、英雄になると決まった時からほとんど槍だけ使ってるね」
大好きな建国物語に繋がるなんて、感動してしまった。いやいやいや、騎士の皆さんが命懸けで戦うんだから、まじめにお仕事をしよう。弓矢の入った箱に祈りながら、ふと気付いた。
「ユーグ様、どうやって封印するんですか。呪文とかあります?」
「ないない。そんな便利なものあったら使いたい」
ユーグ様が弓矢の箱をテーブルから降ろした。次に置いた箱も、また弓矢だ。
「確かに物語でも、祈りの槍で深き黒の竜を封印し、くらいしか書いてなかったな。えっと、封印は竜の核に祈りの槍で傷をつけるとできる。核は竜の左腹にあって、攻撃が届きにくい。また、核に傷がつくと竜は暴れるし、それから核のある腹を守るように眠りにつく。その時、皮を硬化して、全ての攻撃を弾くようになる。そうなると祈りの槍でも傷一つつけられない」
「そんなに硬いんですね」
「これからは憶測だけど、竜は眠りながら核を治しているんじゃないかな。で、治りかけた時、目覚める」
「つまり封印が解ける」
「そう言うこと。三年前に竜が動いたと報告があった。今は少しの距離を体を引きずるように歩き、獲物を取っているらしい。人里へ降りる前に済ませたい」
ユーグ様の金色の目が強く光った。熱を帯びたように揺れている。
「おーい、追加を持って来たぞ!」
ドアが大きな音を立てて開かれ、モルガン様が入って来た。大きな箱を両肩に担いでいる。
「モルガン様、ドアは手で開けてください。壊れます」
「悪いな。手が塞がっているんだ」
「荷物は一度降ろしてから開けてください」
「リュカみたいなことを言うなあ。似てきたんじゃないか」
「叔父上、僕でも同じこと言うよ」
「ユーグ!お前は俺の味方じゃないのか!?」
「敵だね」
「そんなっ!!」
「ふ、ふふふ」
私が思わず笑うと、二人も続けて笑い出した。ひとしきり笑ったあと、モルガン様がバチンと手を叩く。
「よし、ささっと終わらすぞ。リゼット、よろしくな」
「はい!」
窓の隙間からひんやりとした風が入った。
冬が来る。




