緊張と戸惑い
「このナッツのクッキー、すごく美味しいです」
「そうでしょう。こっちのジャムのクッキーも美味しいから食べて」
私の向かいに座ったエリアーヌ様が得意げな顔で笑った。
ガスパル様はエリアーヌ様から席を左へ二つ開けて座っている。二年前、ガスパル様はエリアーヌ様と同じテーブルに座ることを頑なに拒んだ。使用人は主人と席を一緒にしないらしい。エリアーヌ様はそのことにすごく怒って、椅子を頭の上に持ち上げた。確か、あなたが突っ立ってるとリゼットが気を使うじゃない!それくらい分かりなさい!とか言ってガスパル様を座らせた。少し離れて座るのは、ガスパル様のささやかな抵抗だ。
「どう、ガスパル。見た目だけじゃなくて味も良いでしょう?」
「そうですね。これなら姉も、焼き具合がややまばらで気になりますが及第点ですって言うと思います」
「またそう言うことを言う!しかもアンナなら本当に言いそうじゃない!!」
「エリアーヌ様、私にはどれも同じ焼き具合に見えます!それにとっても美味しいです!」
「ああ、リゼットありがとう!大好きよ」
私は叫びながらテーブルに身を乗り出した。するとエリアーヌ様は更に身を乗り出して、テーブルの上の私の手を握る。ガスパル様はそんな私たちを横目でちらっと見て、何も見なかったかのようにお茶を飲んだ。そしてカップをソーサーに戻した時、一瞬険しい表情になった後ゆっくりと立ち上がった。
ガスパル様は廊下へ出るドアの方を見ている。表情が硬い。エリアーヌ様も立ち上がった。私はどうして良いのか分からず、とりあえず二人と同じようにドアの方を見た。不審者でもいるのだろうか。
しばらくするとドアが開いた。
「あら、リゼット様でしたか」
白髪の女性がドアの隙間からひょこっと顔を出した。大神官様だ。
「驚かせてごめんなさい。甘い香りがしたので、気になってしまって」
「友人がクッキーを焼いてくれたんです。許可をもらって食堂を借りています」
「とても楽しそうで、素敵ですね」
大神官様はシワの深い口もとを上品に上げて笑った。私もつられて笑顔になる。
反対にエリアーヌ様とガスパル様の顔は強張っていた。緊張しているように見える。大神官様はその空気に気が付いていないように、二人ににっこりと笑いかけた。
「お邪魔してごめんなさい。私はフレデリーク・エタンセル、大神官をしております。建国祭の三日間は食堂が朝のみでしょう。ですのに甘い香りがするものだから、とても不思議で廊下をうろうろしてしまいました。不審者ではありませんよ」
「あの、お初にお目にかかります。エリアーヌ・エストリラと申します。こちらは従者のガスパルです。お会いできて光栄です」
「エストリラ伯爵のご息女でしたか。確かリゼット様の故郷がエストリラ伯爵領ですね」
「はい。エリアーヌ様には、私が村にいた頃からずっと良くしてもらっています」
「ふふふ、仲がよろしいのですね」
私と大神官様が笑うのを見て、エリアーヌ様もぎこちなく笑った。まだかなり緊張している。
大神官様は先王の姉で、祈りの力が目覚めると本人の強い希望で神殿に入った。本人はもう王族ではないと公言しているけど、世間ではそうは見られない。そして大神官である事実と合わさって、影響力や発言力は王と並ぶと言われている。大神官様はそれら全てに辟易しているようだけど。
「大神官様もクッキーを召し上がりますか」
「ちょっと、リゼット!」
「まあ、いただいてよろしいのですか?」
「ふぇ?ぜ、ぜひ!ガスパル、お茶の用意をお願い」
「はい」
ガスパル様がティーポットの乗せたトレーを持って厨房へ向かった。私は自分の座っていた椅子を大神官様に勧めると、その隣の椅子に座る。エリアーヌ様は私たち二人が座るのを確認してから、恐る恐る席に着いた。
「こ、こちらがナッツのクッキーで、こちらはひゃむ……ジ、ジャムを乗せています」
「どちらも美味しそうですね」
「ありがとうございます!」
こんなに緊張しているエリアーヌ様を初めて見た。
大神官様がクッキーに手を伸ばした。一度ナッツのクッキーをつまみ損ね、もう一度つまんだ。指先が小さく震えている。
「とても美味しいです。エストリラ伯爵令嬢はお菓子作りがお上手なのですね」
「ありがとうございます!!」
「お礼を言うのは私の方です。美味しいお菓子をありがとうございます」
大神官様が微笑んだ。エリアーヌ様は言葉を詰まらせてうつむき、小さな声でありがとうございますと言った。エリアーヌ様の反応に大神官様は少し困った顔をしている。
「あら、なんだか気を使わせてしまったでしょうか」
「そうではないと思います」
心配そうに尋ねる大神官様にそう答えたけど、初めて見るエリアーヌ様に私も戸惑う。そこにガスパル様がティートレーを持って戻って来た。お茶の用意をしながら説明してくれる。
「気になさらないでください。憧れの方が目の前にいて緊張しているだけですから」
「ちょっとガスパル……」
「まあ、そうなのですか。ありがとうございます」
「いえ、その、お会いできて、光栄です」
エリアーヌ様はガスパル様を睨んだあと、さっきも言った言葉を再びつぶやいた。




