ロラの頼みごと
ロラ視点です。
「今の私なら治せるんだね」
神官様が初めてうちに来た日の夜だった。リゼットはベッドに腰掛け一点を見てつぶやいた。近くには祖母である私しかいないが、私に言っている訳ではない。きっと自分の中で確認しただけだろう。
神官様にリゼットが聖女だと告げられた後、私たちは聖女について教えられた。聖女の祈りの力の強さは神官の比ではない。そして歴代の聖女の中でも、リゼットはより強い力がある。そう聞いた時、私はただ呆気に取られていた。しかしリゼットは、驚いたように目を見開いた後、考え込むように下を向いた。その時は、まだ幼いリゼットが自分の置かれた状況を飲み込もうとしているのだと、そう思っていた。
でも違う。ベッドに腰掛けつぶやくリゼットを見て、私は確信した。この子は後悔に近い悲しみを感じていたのだ。もっと前に祈りの力に目覚めていれば、治せたのではないか。そう考えてあの時、下を向いたのだ。
私はリゼットの隣に座わり、黙って抱きしめた。震える肩に気付かないふりをして背中をさする。
リゼットはずっと、机に置かれた編みかけのレースを見ていた。使っているレース針は事故で逝ったリゼットの母親の形見だった。
曇り空の下、私は庭の雑草を引き抜いた。どうやら雨が降る前に庭の手入れは終わりそうだ。曲げて固まった腰を伸ばすように立ち上がると、視線を感じた。玄関の前に、見知った黒髪の男が立っている。街の神殿の神官長、リュカだった。
「来られる頃だと思っていました」
「何か前触れでもありましたか」
「いやなに、あの子のことを思い出していただけです」
私は抜いた雑草を手近にあった桶に放り込んだ。スカートの土汚れをパンッと手で払うと、汚れた手を濡れた布で拭う。
「お待たせしました。さあ、あの子の、リゼットの話をお聞かせください」
椅子に座ったリュカの前に、私は湯で煮出した薬茶を置いた。
「ありがとうございます」
「今日は少し苦いかもしれません。口に合わなかったら残してください」
リュカは薬茶を一口飲むと、美味しいですと微笑んだ。私は安心してリュカの向かいに座る。
「今日も手紙をお預かりしています。それに今回はこちらも」
そう言ってリュカは小さな荷物と手紙を差し出した。宛名の文字が以前より綺麗になっている。
「リゼットは元気でしたか」
「はい。建国祭の三日目にお会いした時は、お変わりなさそうでした」
「そうですか。いつもありがとうございます」
この律儀な神官長様は、定期的にうちを訪ねに来てくれた。大神殿から神殿へ荷物が届いた時、大神殿へ行った者の話を聞いた時、リュカ本人がリゼットに会った時など。荷物や手紙、話を届けにブラン村へやって来る。
「それで、その、婚約のことなのですが」
「ああ、聞いています。あの子が婚約、しかも王子様とだなんて、まるで物語のようだと驚きました」
いつになくリュカが言い淀んだ。私はあえて、きわめて朗らかに笑った。それを見て、リュカは少し安心した顔をする。
「やはりご存知でしたか。春に大神殿へ向かわれていたので、婚約の話だったのではと思いました。リゼット様も納得されたことのようですが」
「そうですね。リゼットが決めたことです。私はこの村で、あの子の歩く道を見守ります」
「失礼を承知で言わせてください。私はリゼット様には荷が重いと思っています。建国祭の一日目、王宮のバルコニーで民衆の前に立つリゼット様を拝見しました。遠目でしたが、倒れそうなほど緊張しているご様子でした。王族と婚姻を結ぶと、聖女の立場以上に重圧が増えます。リゼット様は耐えられるのでしょうか」
「リゼットなら人前に立つこともすぐに慣れるでしょう。あの子は自分で考えて解決策を見つける子です」
「そうですか」
リュカはまだ何か言いたげだったが、私の意志を汲み取ったのかそれ以上は何も言わなかった。この人はリゼットを本当に大事にしてくれる。聖女とは言え、一年前に会ったばかりの子をよく気にかけてくれて、感謝しかない。
私は、優しい神官長様に一つ甘えることにした。
「リュカ様、リゼットはこれからも自分の力で道を切り開いて行くでしょう。ただ、どうしても頑張り過ぎてしまうんです。どうか、無理だけはしないよう、見守ってくださいませんか」
「もちろんです。大神殿の者にも、伝えておきます」
「ありがとうございます」
ほっとしてお礼を言うと、リュカがほほえんだ。安心して任せて良さそうだ。
「リゼットの母親はあの子の目の前で、事故で亡くなっています。後悔しないように、全てに全力を尽くでしょう。私はそれが心配で仕方ないんです」
リュカの返事はなかった。悲しげな表情で私を見た後、視線を窓の外へ移した。ぬるい風がリュカの黒髪を少し揺らす。遠くで雨が降り始めたようだ。じきにここも降るかも知れない。
リュカが帰った後、私は改めてリゼットからの手紙を手に取った。差出人がリゼット・ブランになっている。前回まではただのリゼットだった。婚約するにあたり、爵位を賜った。村の名前を家名にしてくれたのは嬉しいが、私から更に離れたようで寂しさを感じた。




