ユーグの建国祭・後編
空中で周りを見渡すと、すぐに逃げた男を見つけた。祭を楽しむ人の邪魔にならないように、人のいない隙間を狙って着地する。男とは少し距離があるけど問題ない。近くにいた女性が驚きの声を上げた。
「きゃあ!人がっ」
「驚かせてごめんなさい」
にっこり笑って、すぐに走る。男の右肩が人と人の間に見えた。
「どろぼー!」
僕は大声を出した。周りの人が一斉に僕の方を見て、それから泥棒を目で探す。男は振り返って僕を確認すると、焦ったように急に右の路地へ入って行った。
人々の足は戸惑ったように止まり、僕に道を開けてくれる。人の隙間を縫うよう走って、僕も右の路地へ入った。男は狭い路地を走っている。捨て置かれたバケツを蹴飛ばし、居合わせた男女に罵声を浴びせながら押し退けていた。
僕は走る速さを保ったまま、右端の樽に足を乗せ、そのまま壁を駆け上る。建物の二階ほどの高さまで走ると、次は壁を蹴って飛んだ。体を翻して地面に降りると、目の前で悲鳴が聞こえた。
「うわあああ!お前どこから!」
「駄目だよ。仲間を置いて逃げたら」
「うるせえ!そこをどけ!!」
男が殴りかかって来た。少し屈んで避け、そのまま足払いをする。前のめりになる男の左脇に回り込み、首根っこを掴む。さて、どうやって連れて行こうか。まあいいや、面倒くさい。空いた手で首筋をとんっと打ち付けると、騒ぐ男の力が抜ける。よし、戻ろう。
僕が戻ると、リゼットも騎士の先輩たちもさっきと同じ場所にいた。男の仲間は縄で縛られ地面に転がされている。
「リゼット、戻ったよ。大丈夫だった?」
「えっ、はい、大丈夫です。あの、ユーグ様も大丈夫、でし、た?」
「全く問題なかったよ」
「なあ、ユーグ。追っていた男は一人じゃなかったか」
リゼットの滑舌が悪い。顔もどこか引き攣っている。先輩は呆れた顔をしてる。
僕は左手で迷子の男の子と手を繋ぎ、右脇に逃げた男を抱え、空いた右手で別の男を引きずっていた。呆れられるなんて心外だ。褒めてもらいたい。
「追っていた男は抱えてる方で、引きずっているのはスリの現行犯です」
「手を繋いでいる男の子のは?」
「迷子です。お母さんとはぐれて泣いていました」
僕は気を失った二人の男を先輩に引き渡した。先輩たちは男たちを縄で縛り上げて行く。
「お母さんとはぐれたの?」
「うん」
「私はリゼット。あなたの名前は?」
「ポール」
「良い名前ね。ポールのお母さんはどんな人?着ている服とか、髪型とか、分かる?」
リゼットが、僕と手を繋いだままの男の子に話しかけていた。さっきまで泣きそうだったポールが、少し笑顔になっている。歳は五歳くらいだろうか。心細いだろうに、しっかりと母親のことを伝えようとしている。
「おかあさんはあおいろのふくだよ。ぼくとおそろいなんだ」
「本当だ。ズボンが青色だね」
「おかあさんとおまつりのときにきようね、ってやくそくしたんだ」
「素敵だね。髪の色もポールと同じ色?」
「ううん、ぼくはおとうさんといっしょのちゃいろで、おかあさんはきんいろ。おつきさまみたいなんだよ。おねえちゃんのかみも、おつきさまみたいだね」
「本当?ありがとう」
リゼットがにっこり笑うと、男の子も抜けた前歯を見せて笑った。
「ポール、お母さんの目は緑色?」
「おにいちゃん、なんでしってるの」
「なんだ、ユーグ。見つけたか」
ポールは驚いた顔をした。そこに、男たちを縛り上げた先輩が戻ってきた。
先輩はポールをひょいと肩車して、辺りを見渡した。
「どっちだ」
「あっちの方です」
「ユーグ様、分かるんですか」
「僕は目が良いんだよ」
先輩は僕が指差す方に向きを変える。リゼットは驚きながら、きょろきょろし始めた。
「おかあさんどこ?おかあさん……あ!おかーさーーん!!」
ポールがブンブンと両手を大きく降った。金色の髪の女性が人混みの中を走ってくる。先輩がポールを下ろすと、母親めがけて駆け出した。
あいつマザコンだから。
友人であるラウルの言葉を思い出す。弟のアドルフ王子のことをそう言っていた。
母親の王妃のことが好きだから、王妃のお気に入りのリゼットが気に食わないらしい。リゼットが来るまでは、自分はもっと可愛がられていた。それが女というだけで、王妃のお気に入りになった、そう思っている。それでも母親が喜ぶからと、婚約を受け入れた。
僕も母親のことが好きだけど、それで誰かを嫌う気持ちは分からない。ポールが母親を求めるような、それの延長だろうか。だったら時間が経てば、リゼットに対する態度も変わるかも知れない。アドルフは十二歳。これから成長して、母親から気持ちが離れるはずだ。
「お母さんに会えて良かったですね」
リゼットが手を振りながらつぶやいた。ポールと母親はお互いの手を繋ぎ、何度もこっちを振り返っている。その度にポールは手を振り、母親が頭を下げる。僕も大きく手を振って、もう手を離すなよ!と声を上げた。




