ユーグの建国祭・前編
ユーグ視点です。
大神殿の重く大きな入り口の扉は毎日朝早くに開かれる。入ってすぐのエントランスには三つの扉があり、正面は広間へ、左右は廊下へと続く。広間の奥には女神グフナの大きな絵がかけられ、女神が訪れる人々を見守っている。広間は憩いの場であり、祈りの場であり、話し合いの場である。
僕はエントランスにいる神官に挨拶をして、右側の扉を開けた。迷いなく左手に続く廊下を歩く。突き当たりから二つ手前の部屋の前まで行くと、ドアノブを回した。
誰もいないと思っていた部屋に、一人の少女が立っていた。前に街を回った時のように、ローブではなく平民の格好をしている。今日は淡い黄色のワンピースに茶色のベルトを巻き、そこに空色のポシェットをくくりつけている。
「ユーグ様、おはようございます。今日はよろしくお願いします」
「おはよう。ごめん、待たせちゃったかな」
「そんなことないです。すごく楽しみで、ちょっと早く起きちゃって」
リゼットがはにかんで笑った。笑顔を見て、僕は少し安心する。
「昨日はお疲れ様。すごく緊張していたね」
「えっ、見てらしたんですか。気付かなかったです」
「街の方にいたから、リゼットは気付かないよ。でも僕は目が良いから」
そうなんですね、とリゼットは感心している。その姿は昨日バルコニーで見た少女とは違い、血色が良く表情も豊かだ。
「さあ、行こうか」
「はい!」
街はお祭り一色で、様々な露店が立ち並び、人があふれていた。異国からの品物も数多くあるし、海の向こうから来たような人も歩いている。もちろんリゼットもそれらに目を向けている。と思っていたけど、なぜだか視線を感じる。
「ユーグ様って、平民の服を着ても貴族様っぽいんですね」
「平民に見えない?」
「見えないです。お忍びで来たのに全然忍べていない貴族様です」
リゼットの言うように、今日は騎士の制服ではなく平民の服を着ている。白色のシャツ、黒色のズボン、紺色のベストだ。凝った装飾もないし、流行も取り入れていない。
「そっかあ。難しいなあ」
「でも、とてもお似合いですよ」
「そう?ありがとう。あ、今日は事件があればそっちも行くね。バタバタしたらごめん。リゼットの護衛が優先だから、ほぼないことだと思うけど」
「お仕事があるのに一緒に回ってくださるんですか」
「違う違う、護衛が仕事。ついでが事件。それで護衛は、大勢の立候補者から僕が勝ち取った権利。今日一日遊ぶ気持ちで護衛するんだ。もちろん危険な目には合わせないよ」
リゼットが分かりやすくほっとした顔をした。それを見て僕も胸を撫で下ろす。この聖女は気を抜くとすぐに悪い方へ考える。責任感が強過ぎるのか、人に寄りかかることを良しとしない。もう少し肩の力を抜けば良いのに。
午前中は穏やかに過ぎていった。リゼットは甘い香りの乾燥ハーブと辛味のある香りの香辛料を買っていた。ブラン村へ送るらしい。僕は食欲が止まらないと嘆く姉に菓子の土産を買った。異国の菓子は紙袋越しにナッツの芳ばしい匂いをさせている。
休憩を兼ねて、露店で買った果実水と食べ物を持ってベンチに座った。薄いパンに焼いた薄い肉と少々の野菜、それにチーズが挟んである。かぶりつくとピリッと香辛料の香りがした。
「ちょっと舌がピリピリしますね」
「僕は平気だけど、リゼットには香辛料が多かったかな」
「チーズが入っているので大丈夫です。食べられます。味は美味しいです」
リゼットは眉間に皺を寄せて、リスみたいに頬を膨らませて食べている。僕が食べ終わり、果実水を全部飲み終わる頃、リゼットは最後の一口を口に入れた。もぐもぐと噛んで、ごっくんと飲み込む。そのまま果実水をごくごくと一気に飲み干した。その間リゼットは一言も話していない。でも音がするかのように食べて飲んだ。本当にリスみたいだ。
「果実水は足りた?買ってこようか」
「大丈夫です。……あっ」
リゼットが驚き見た方に顔を向けると、二人の男が露店の店主に言い寄っていた。小物を売る店主は綺麗な顔立ちをした妙齢の女性で、異国の服を着ている。女性は語気を荒げ、男たちを牽制している。
「おい、何をしているんだ」
僕が出るまでもなく、見回り中の二人の騎士が男たちに声をかけた。
「いやあ、別に何もしてやしないぜ」
「ちょっと話をしていただけだ」
「嘘だ!うちの商品を取ったじゃないか!」
ヘラヘラと笑う二人の男の顔色が変わった。一人はうるせえ!と店主に向かって怒鳴り、もう一人は走って逃げた。
「リゼット、ごめん。着いてきて」
「あっ、はい!」
足早に騎士と男の元へ行く。
「先輩、この子をよろしくお願いします。あと荷物も」
「え、ユーグ?ってことはこの子は」
「守ってくださいね」
荷物を渡すと、軽く助走をつけて飛ぶ。突き出し看板に手をかけ上に乗ると、逃げる男を見つけた。看板を壊さないように、僕は再び飛んだ。
思ったより長くなったので後編に続きます。




