私のおばあちゃん
幼い頃、私は祖母と二人で暮らしていた。
父は私が3歳の時に病気で、母は8歳の時に事故で亡くなった。
両親のことを思うと寂しくて涙が出たけど、明るく優しい祖母が私を笑顔にしてくれる。
小さな村を駆け回り、時には泥だらけになって帰っても、快活に笑って撫でてくれた。
大好きなおばあちゃんだった。
「リゼット、領主様のお屋敷へ行くよ」
おばあちゃんに呼ばれて私は顔を上げた。
おばあちゃんは大きな籠を背負い、出かける準備をしている。
「もうそんな時間?」
「まだレース編みをしていたのかい。あまり根を詰めると、また手が動かなくなるよ」
「大丈夫。最近は手が痛くならないんだ」
私はレースを編むかぎ針を片付けると、急いで身支度を整えて、おばあちゃんの籠より小さい籠を背負った。
おばあちゃんは村近くの森へ入って薬草を採ったり、庭にいくつか薬草を植えたりして生計を立てていた。
私の住むブラン村周辺は良質な薬草が自生しているらしく、町医者だけでなく領主様からも注文が入る。そんな時はおばあちゃんと一緒に籠を背負い、二人で領主様のお屋敷へ向かった。
領主様の住む街はブラン村から一番近い街で、歩いて行ける距離にある。
それでも日帰りで往復する為には、休みなく歩く必要があった。おばあちゃんとたわいない会話を時々するくらいで、ただただ歩く。春の陽気で過ごしやすいとはいえ、ずっと歩いていると汗をかく。背負った籠が背中に熱をためていた。
休憩したいと言いかけた時、街が見えた。
「ほら、見えてきたよ。もう少しだから頑張りな。街に入ったら少し休憩しよう」
「うん」
「買い物は用事が済んだあと、まとめてするからね。必要な物がないか、考えておきなさい」
「何でも良い?」
「リゼットに必要な物ならね」
おばあちゃんはにやりと笑った。
私は新しいレース糸や甘いお菓子に思いを巡らせる。気付けば疲れを忘れていた。
街に入ると少しだけ休憩して、すぐに領主様のお屋敷へ向かう。
領主様のお屋敷は、街のどの建物よりも綺麗で大きい。何度来ても、高くそびえるように建つ白い建物に見入ってしまう。どれだけの人がいて、いったい何をしているんだろう。色々と想像しても全く分からない。
私がぼうっとしていると、おばあちゃんが顔見知りの門番に声をかけた。
「ブラン村のロラです。注文の薬草を持って来ました」
「ああ、聞いている。いつものところへ持って行ってくれ」
「リゼット、行くよ」
「まっ、待って!」
おばあちゃんは門番に軽く会釈をすると門をくぐった。
私も慌てて門番にお辞儀をし、おばあちゃんを追いかける。
「あんまり急ぐと転ぶぞ」
門番が言うのと同時につまずいた。こけるすんでのところで右足を大きく前へ出し、ダンっと大きな音を立てて踏みとどまる。
後ろで門番の大きな笑い声が聞こえた。
恥ずかしさを紛らわすように、小走りでおばあちゃんの隣まで行く。
おばあちゃんはあきれた顔をしていた。
「何やってるんだい」
「でも薬草を少しもこぼさなかったよ」
「そうだね。そこは偉かった」
二人でふふふと笑い合った。
「さあ、着いたよ。私は薬草を納めに行くから、リゼットは庭園へ行っておいで」
「終わったらいつもの部屋にいる?」
「多分ね。誰か呼びに行くだろう」
おばあちゃんは私の籠を受け取ると、裏口からお屋敷へ入って行った。
私はくるりと向きを変え、庭園へと向かう。庭園までの道はライラックの花が咲いていた。甘い香りの中、自然と深呼吸をしたくなる。
すうっと何度目かの深呼吸をしたところで、明るく私を呼ぶ声がした。
「リゼット!」
「エリアーヌ様!」
「お父様から今日リゼットが来るって聞いて、楽しみにしていたのよ」
エリアーヌ様は栗色の髪をふわふわとゆらして笑った。
私より一つ年上のエリアーヌ様は、私を上目遣いで見ながら話す。私の背が高いわけではなくてエリアーヌ様が歳の割りに低い。愛らしい顔と仕草、それにコロコロと変わる表情がとても可愛らしい。今日の淡い紫のドレスがとても似合っている。
私とエリアーヌ様は庭園の木陰に座って話すことにした。
「それでね、その時うさぎが飛び出して来たの。私びっくりして叫びそうだったわ。だってこの距離だったんだから!」
エリアーヌ様が息がかかりそうなくらいの距離まで私に近づいた。
「ふふ、それで叫びましたか」
「淑女だからね。全く声を出すこともなく、毅然とした対応をしたわ」
「少し声が漏れていましたし、驚きすぎて動けないでいましたよ」
私とエリアーヌ様の会話にガスパル様が入って来た。