建国祭
王宮の一室で私はされるままになっている。
「リゼット様、手をおあげください」
「はい」
「こちらを向いてください。もう少し顎を引いていただけますか」
「はい」
王宮の侍女さんに豪華なローブを着せられ、綺麗に髪を編み込まれた。白色のローブは光を反射して銀色にも見える。私が動く度に、裾と袖に刺繍された淡い水色の花が揺れた。髪はレースと花で飾られている。神官や聖女は金属や宝石を身につけられない。それでもすごくキラキラして見える。
その時、ラッパの高い音が響いた。人々の歓声が上がる。
「リゼット様、こちらです」
廊下を出て侍女さんの後を付いて行くと、どんどん歓声が大きくなった。それと一緒に私の心臓の音も大きくなる。バルコニーの近くは侍女さんやメイドさんが慌ただしく動き回っていた。陛下や王妃様の姿が、バルコニーに続く開いた扉から見える。
急に歓声が消えて、小さなざわめきだけになった。陛下の通る声が響く。
「今日という日を迎えられたことを嬉しく思う。これからもより良い発展の為、また深き黒の竜に対抗する為、皆に力を貸してもらいたい」
そろそろ名前を呼ばれる。心臓がドキドキうるさくて、陛下の声が聞こえにくい。
「リゼット様、お手を」
ここまで案内してくれた侍女さんが私の手に触れた。知らないうちにローブを握りしめていたらしい。優しく手を下ろされると、ローブがシワになっていた。
「ごめんなさ……」
「何の問題もございません」
慌てる私の言葉をさえぎり、侍女さんが膝をついてほほえんだ。さっとローブを手で払い、シワをのばしていく。
「ほら、元通りです。それに少しのシワなど遠目では誰も気付きません」
「ありがとうございます」
「聖女、リゼット!」
私は弾かれたように顔を上げる。陛下が私の名前を呼んだ。行かなければいけない。
深呼吸をして、一歩一歩進む。
バルコニーに出ると、まぶしいくらいの青空が広がっていた。そして、バルコニーの下の庭園は人々で埋め尽くされている。いつも閉じている街への門が開けられ、街中が人で埋め尽くされていた。私は人々を見ないように顔を上げた。
歓声が沸き、聖女様!と口々に叫ぶ声が聞こえる。めまいがしそうなほどの緊張の中、隣にいた陛下が手を軽く上げた。少しして歓声が収まる。
「この度、聖女リゼットは我が第二王子アドルフと婚姻を結ぶこととなった。それによりーーー」
陛下の声は聞こえているのに、全然頭に入ってこない。耳の奥でキーンと高い音が響く。目を泳がせると、見知った顔と目が合った。門の向こう側、遠くてはっきりしないけど、確かに目が合った。濃い茶髪の男性はきっとガスパル様だ。
世界の音が戻る。気付くと今日一番の大きな歓声を上げ、人々が喜んだ顔をしている。
「リゼット、中へ入りましょう」
声の方を見上げると、王妃様が笑ってた。背中を軽く押され、一緒に歩く。その時、私の後ろを歩くアドルフ様の視線に気が付いた。睨むような視線を感じながら、バルコニーを後にした。
建国祭は三日間行われる。その間は街中がお祭り騒ぎで、色々な店が立ち並ぶ。一日目の夜は王宮で夜会も開かれ、貴族の多くが参加するらしい。私ももう少し大きくなったら参加するけど、とりあえずはバルコニーの顔見せで仕事が終わった。
大神殿の自分の部屋に戻って、侍女さんが用意したお茶を飲む。甘い香りがするお茶で、少し体が軽くなった気がする。
「ゆっくりなさってください。お食事の時にはお声かけいたします」
そう言って侍女さんたちは部屋を出た。
私はベッドに座って後ろに倒れる。両手を広げて、天井をただぼうっと見た。バルコニーで見た人々の目を思い出す。私に期待する目だった。聞こえるはずのない歓声が頭の中に響く。
二日目にはユーグ様が街を一緒に回ってくれるし、三日目にはリュカ様が会いに来てくれる。楽しみなことがいっぱいある。来年はエリアーヌ様も来るかもしれない。私が案内できるくらい、明日はいっぱい見て回ろう。
ライラックが咲く領主様の庭で、エリアーヌ様とおしゃべりしている。ガスパル様が少し離れた場所で、私たちを見ている。おばあちゃんがそろそろ帰るよと私を呼ぶ。
私は久しぶりに、聖女ではなくただのリゼットだった頃の夢を見た。




