勉強の時間
今日から勉強が始まる。
午前中は聖女の仕事、午後は私の部屋に先生が来た。飴色の髪をキュッと一つにまとめている。私より十歳くらい上の綺麗な女の人だ。
「はじめまして。ソフィア・アンブルと申します」
「はじめまして。リゼットです」
私はすごく緊張して挨拶を返した。ソフィア先生は金色の目を細めてふわりと笑う。
「リゼット様、今日は初めての授業ですから、お話をしましょう」
「お話……」
「はい。まずは好きな食べ物から話しましょうか」
「えっ、食べ物?」
びっくりして声が裏返った。ソフィア先生は特に気にないで話し始める。
「わたくしはカボチャのポタージュが好きです。それとラム肉の香草焼き。お菓子なら柑橘を使ったクッキーやタルトが好きですね。リゼット様はいかがですか」
「私は杏のパイが好きです。あと、りんごのお菓子も好きです。タルトとかパイとか、あっオレンジのジャムも!」
「お菓子が好きですか」
「えっ?あっ、好きです。でも野菜がいっぱい入ったスープも好きです。くるみのパンも、好きです」
私は恥ずかしくなって付け加えた。ソフィア先生はくすくす笑う。
「杏もりんごも美味しいですね。次は好き色を聞きましょうか」
ソフィア先生は笑顔のまま質問を続ける。それから好きな天気、好きな言葉、好きな歌、たくさん話した。
「リゼット様の好きな物語は何ですか」
「建国物語が好きです。おばあちゃんにねだって、よく話してもらいました」
私はモルガン様に聞いたことを思い出しながら話す。
「今の英雄はまだ準備中で、十四歳で良い人ってモルガン様………あっ神官様に聞きました」
ソフィア先生は少し考えて言う。
「神官のモルガン、と言うとモルガン・ポレール侯爵ですか」
「こっ侯爵様!?私が知っているモルガン様は、騎士団と神殿を掛け持ちしている人です。侯爵様では……」
「いえ、やはりそのモルガン様はポレール侯爵です。神官であり、騎士団の副団長でもあります」
「ひえっ」
「面白い方でしたでしょう。私の叔父にあたります」
「と言うことは、ソフィア先生も侯爵様ですか」
「ごめんなさい。話していませんでしたね。わたくしの家は公爵です」
公爵と侯爵の何が違うのか全然分からない。でもソフィア先生も貴族様なんだ!
「ごごごごめんなさい!失礼なことをして。言葉遣いが良くなくて。本当に、あのっごめんなさい!!」
私は涙目になって謝った。
ソフィア先生は立ち上がって、私の手を優しく取る。少し屈んで私と目線を合わせた。
「落ち着いてください。大丈夫です。わたくしは怒っていませんし、リゼット様が謝る必要など一つもありません」
「でも私は平民で、ソフィア先生はえっと、公爵?様で」
「リゼット様は聖女様です。それに例え商人や農夫でも、わたくしが貴族だからと酷いことはしません」
ソフィア先生はきっぱり言った。少し気持ちが落ち着くと、今度は恥ずかしくなった。
「ごめんなさい。変なことを言いました」
「謝らないでください。先に話さなかった、わたくしの落ち度です」
ソフィア先生はじっと私の目を見る。私が落ち着いたことを確認して、そっと手を離した。席に戻ると両手をパチンと鳴らす。
「さて、先程今の英雄の話が出ましたね。今度は英雄の話をしましょう。今の英雄は三歳の頃より剣を振るい、十歳になる頃にはそこらの大人に勝つようになりました。十一歳で騎士団に入り、誰も敵わないと言われる今は十四歳です」
ソフィア先生は流れるように英雄の説明をする。すごく詳しい。
「金色の髪と目を持ち、建国の銀色の英雄と強さは同等、もしくはそれ以上と言われています。幼い頃は神の遣いと言われるほど愛らしく、最近は女神に愛されていると言われるほど美しく成長しています。気品も聡明さも持ち合わせています。全てにおいて完璧ですが、人参が苦手です。しかし残すことはしません」
ソフィア先生の説明が止まらない。詳しすぎる気がする。
「小さい人参は黙々と食べます。大きい人参は深呼吸をしたのち、眉間に皺を寄せて数回噛み、飲み物で流し込みます。その姿も可愛い自慢の弟です」
「人参が嫌いな弟さんなんですね。あれ?英雄の話じゃなかったですか」
「英雄は四つ離れた私の弟、ユーグ・アンブルです」
「!」
つまり英雄は貴族様で、品があって頭が良くてすっごく美人なのね。仲良くなれる気がしない!私!薬草農家の孫!!
「あの、ソフィア先生。深き黒の竜の討伐には、英雄も行くんですか」
「ええ、その為の英雄です」
「私の加護は必要ですか」
「その為の聖女様です」
私は頭を抱えて考えた。考えても分からないから、聞いてみる。
「私でもユーグ様と仲良くなれますか」
「なれます。弟は完璧で、人参が嫌いで、面白い良い子です。お優しいリゼット様はすぐに仲良くなれますよ」
ソフィア先生はにっこり笑った。




