プロローグ
「今この時より婚約を破棄する!」
アドルフは通る声でリゼットへ言い放った。
その目は鋭く、気迫に満ちている。
アドルフの後ろにいる数人の令嬢も、冷たい目線でリゼットを見据えている。
夜会の会場は静まり返り、先程まで演奏されていた音楽も今は聞こえない。
「理由をお聞かせください」
婚約破棄を言い渡されたリゼットは静かな声で聞いた。
顔は青白く、手は震えているが、目だけは力強くアドルフを見据えている。
「ふん、聖女の名を使い好き放題していたことを、私が知らないと思ったのか。国を救った一人であるため今まで耐えてきたが、それも今日で終わりとする。追って王家より沙汰があるであろう」
この国の第二王子であるアドルフは、自分に正義があるかのように笑った。
後ろにいた令嬢たちも、嬉しそうに何か囁き合っている。
その中でエストリラ伯爵令嬢だけは、リゼットにだけ見えるよう顔を歪めて笑った。
リゼットは目を見開いて、耐えるようにうつむいた。
淡い金色の髪が頬へかかり、両手はドレスを強く握っている。
そしてそのまま静かに礼をし、足早に会場を出た。
リゼットに声をかける者も、追っていく者も誰もいない。
夜会の出席者たちは、聖女が会場から出て行く姿をただ黙って見ていた。
リゼットは夜会の会場からやや離れた一室へ入った。
そこに誰もいないことを確認すると、ひとつ大きな深呼吸をした。
そして両手を固く握りしめ、顔の上へ持ち上げる。
「やったあああああ」
リゼットは声を殺して小さな小さな歓声をあげた。