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“ウンディーネ”はパイロキネシスを回顧する、そして私は奔流に備える。

作者: grejum

 都市でも溺死は起きる。

 最近では、2013年に俳優のA.R.ワインスタインが薬物の併用摂取の後、自宅の洗顔のために水を張った洗面台で死亡したのが有名な例だろう。薬物のせいで朦朧としていたとは言え、これも“溺死”にあたる。他にも乳幼児、独居老人などにも時折発生するが、稀な例といえる。

 それと同じくらい稀有なケースが、一般人によるスーパーパワーをもった者の殺害だ。これは人口160万人、その内2万人が能力者というこの“シティ”であっても例外ではない。

 ここでは私、ヒーローネーム・“アフターストライク”(能力は高速移動だ)がそんな稀有な例が引き起こした悲劇について語ろうと思う。


[連続放火殺人ヴィラン“イフリート”の捜査記録。クエンティン・ジェンセンの証言]


(最初に出会ったジェンセンの印象は、気弱そうな青年だった。目は落ち着かず、その奥には疲労が見て取れた。)

 

 あぁ。ニュースかなんかで聞いたことがあるよ。放火を繰り返して標的を焼き殺すヴィランのことを訊きに来たんだろう? 確か、マスコミが付けた名前は……そう、“イフリート”。

 うん、君が何で僕のところに来たかはわかってる。とりあえず中に入って、ヒーローさん。水でも用意するよ。


(ジェンセンはキッチンからグラスを用意すると、それに向かって指を指した。するとシンクの蛇口から水がひとりでに出て、空中を漂い、そのグラスの中に入っていった。私はお礼を言い、グラスに口をつける。)


 そう。僕は“ウンディーネ”と総称される、水を操ることのできる能力者だ。ねぇ、本題に入る前にひとつ話をさせてよ。昔話を。

 僕には、幼馴染がいた。彼女は火焔能力者、俗に言うパイロキネシスだった。

「もし私が燃えて手がつけられなくなったら、君が消火してよね」

 よく彼女は冗談めかしてそう言っていた。

 パイロキネシスは危険な能力とされている。知ってるだろ。生まれつきのパイロキネシスの内、12%は将来的にはヴィランになる。驚異的な数字だ。でも、冗談じゃない、と彼女はよく言っていた。彼女は、ヒーロー志望だったんだ。ミドルスクールで3年生の時、彼女は山火事で行き場を失っていた家族を助けたことがあるんだ。キャンプに来ていた彼女は、燃え盛るアカマツの炎の向きを変え、囚われていた家族を森林監視員まで引き渡した。

「この能力が役に立つなんて!」

 休暇明けに帰ってきた彼女は、僕の家まで走ってきてそう叫んだ。

「君を消火する必要はなさそうだね」

 僕はそう言って共に喜んだ。それは、良き日々だった。

 そして良き日々は、長続きしないものなんだ。


 僕たちのハイスクールは別々になった。

 そこで2年生の夏、僕は彼女がいじめられていることを知った。

 能力のせいだと思う。ヴィラン予備軍だと。

 あとは、彼女が人助けをしたことに対する妬みもあったんだと思う。だって何と言うか、それは……理想的なヒーローのサクセスストーリーすぎる。

 とにかく、僕は彼女に、君の能力でそいつらを脅してやればいいじゃないかと言った。ジャケットの裾にでも火をつけてやれよと。だけど、彼女はそんなことに自分の能力を使いたくないと言った。それはまさにヴィランのやることだと。ヒーローはそんなことしないと。僕は、じゃあ君の元にヒーローが現れるのはいつになるんだい、と言った。

 言うだけだった。

 3年生の春、彼女は校舎の屋上から飛び降りた。ついに、ヒーローは来なかった。

 僕がそうなれればよかったのに。彼女をいじめていた奴らに、水でもかけてやればよかったんだ。でもそうはしなかった。僕は臆病な負け犬で、彼女の方は、決して相手に手出しせずにその代わりに自分を終わらせた。

 なぁ、スーパーパワーを持っていない人間がパイロキネシスを殺すにはどうしたらいいと思う? 一見、難問のようだが、答えは簡単だ。僕はそれを知っている。


 事件後、学校側はクラスを担当していた教師の先導で、いじめの事実を隠蔽した。いじめていた奴らもお咎めなしで社会に出て、何事もなかったかのように青春を謳歌した。内1人は“ギガント”能力持ちで、大学アメフトの試合で相手選手を蹴散らした後のインタビューでこう答えた。将来はヒーローになりたいです、と。

 それを聞いて、僕はどうしたかって?

 僕は、彼女と違ってヒーローの器なんかじゃないんだ。そうだよ……僕は君が何をしに来たか、わかってる。そして、その推理は正解だよ。


(私はそこでグラスを置いた。彼の推理も正解だった。私は、衝突が避けられないことを悟った。)


 “イフリート”の手口は知ってるね。

 家に放火して標的を殺すんだ。一見、何の罪もない教師、罪のない大学生たちを。

 何故か……現場に駆けつけた消防隊は放水することも叶わず、むざむざ彼らが死ぬのを見ることになった。まるで“誰かが操って”、その“水”を止めたかのように……。

 さぁ、ヒーロー。

 僕と闘うかい? あと1人……加害者があと1人残っているんだ。それを邪魔させる訳にはいかないよ。

 このくだらない“イフリート”とかいう名前のヴィランの前では、発達した都市の水道網を恨むことになるけど……その準備はいいかい?


(私は、シンクの蛇口がカタカタと音を鳴らすの聞く。窓の外を見やると、消火栓の蓋が微振動を始めていた。私は足を踏ん張り、高速移動の準備をする。ジェンセン……“イフリート”の目には、最初の印象とはまるで違い、固い決意と深い怒りの炎が見て取れた。

 私は覚悟した。

 都市でも、溺死は起きる。


(了)

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― 新着の感想 ―
[良い点] ストーリーも好きですが、導入を伏線にしてオチにつなげる手法が鮮やかに感じました。
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