煙
子供のころはなんでもできると思っていた。幼さゆえの万能さ、とでも言うべきものなのだろうか。
もちろん両親には怒られることもあったし、自分にとって不都合な出来事だってあったはずだ。けれど、小さいときはそれでも、なんとなくなんでもできるような気がしていた。それが間違いだったと気づくのにはそう長い時は必要なかったけれど。
結局のところこの万能感はなにも知らなかった――世界を知らなかったということに尽きていたようだ。井の中の蛙大海を知らずとはよく言ったもので、自分の井戸は想像以上に小さかったらしい。
きっと、最初からある井戸が大海に通じている人だっているのだろう。いや、井戸そのものが大海と言い換えた法が良いかもしれない。でも、自分はそうではなかった。世界中に75億人以上いる、将来的にはもっと増えて90億人だって超えるといわれているその中の、集団に呑み込まれた一人。
別に悲観しているわけではない。ただ、自分という存在が自分が思っている以上に特別ではなかったというだけだ。代わりなんていくらでもいる。自分程度にありふれた才能を持っているやつがいくらでもいた。それに気付いたのは、多分中学に上がってからのことだったと思う。
自分から何かを変えたいと願いもせず、なにをしたいわけでもないから周りに合わせて高校大学と進学した。多分それなりに上手くやっているんだと思う。でも、それはあくまで自分の井戸のサイズがそれなりで、広げることができなかったような気もしている。ふとそんなことにまで考えを巡らせると、ついしかめ面になってしまうのも仕方がないと言えよう。
大学に入学して間もなく、友人が海外に行くと言い出した。それも大学の留学制度を使ってとかではなく、せっかく入った大学を退学して行くらしい。
それを聞いた時、最初に浮かんだ感想がもったいないな、ということだった。もちろんそれとなく伝えたが、そいつはもう決めたことだからと言って一週間後には日本を去っていった。どうして海外に行きたかったのか、理由は聞いたものの自分にはピンと来なかった。
2号館の近くにある、今となっては随分と肩身が狭くなった喫煙所に入り、そいつがいなくなってから始めたタバコを吸う。思っていたよりも大学生はタバコを吸っていて、これで金欠だなんだと話しているから随分のんきなものだなと隣の、恐らく先輩方の会話を聞いている。飲み会やらなにやらで随分消費してしまうようだ。聞きながら大きく煙を吐き、フィルターのギリギリまで灰になったタバコを眺める。まだタバコを吸いはじめてから1ヶ月程度しか経っていなかったが、もうすでに辞め時がきているのかもしれなかった。