第三話 怪奇の誘い
俺は家に一度帰り、ある程度の物を鞄に詰めることにした。
適当に俺の好きな菓子とライター、懐中電灯にデジカメ、それからガラケーを持っていくことにした。
「よし、こんなもんだろ」
軽装備で荷物をまとめて鞄を背負う。
晩御飯は食べないまま、後は神社に向かっていくだけだ。
孝は玄関を出ると植木鉢の下に鍵を戻した。
「うるせぇな、ったく」
夏の夜空は蝉の声がいくつも鳴り重なって暑苦しさを感じさせる。
汗で張り付いたシャツが気持ち悪くて、もう一度風呂に入りたいぐらいだ。
学校の制服のまま来てしまったが、まあ問題ないだろ。
神社にわざわざ警備に回るような都市でもないんだし。
俺が住んでいる希咲町では、あまり名の知られていないはずの見染神社にやってくるのは相当の信者の人間しか来ないはずだ。
俺は山にある見染神社の道を歩き続けてようやく長ったらしい階段までやって来た。
「…………行くか」
気が遠くなる感覚に浸らないために、俺は一段の階段を一つ一つ上がっていく。
踏み込めば踏み込むほど身が引き締まっていく感覚がする……わけでもないけど、文系タイプの部活に所属しているからか、なおさら体力を奪われている気がする。
だからと言って、運動系の部活に入ろうなんて気はさらさらないが。
木々が揺れる音が、ゲームで見るホラーの感覚を思い出す。
「うんうん、最初の序盤はこういうのじゃなくったな」
階段を上り終えた頃には、月明かりが神社を照らす。
石畳を踏み込めば踏み込むほど、俺が普通だった日常が終わるのかもしれないスリルを感じる。
そして、青々しく生い茂る木々から聞こえてくる虚しい蝉の鳴き声が、やけに生々しさがあった。
「なんだ、誰もいねえんじゃねえか」
俺は吹き出して笑うと、神社の奥から人がやってくる。
やべ、もしかして神主とかか……!?
「――――君は、誰だい?」
「……は?」
俺は口角を引きつらせながら、なんとか言葉を口にした。
目の前の人物が、目の前の存在が、目の前の現実が俺に訴えかけている。
赤い模様が施された狐のお面。
白装束に黒い髪。
声からして、男だというのはすぐにわかった。
「うそだろ? お前が、顔無狐か?」
「ああ、そうだよ――――僕は、顔無狐だ」
「本物!? 嘘だろ……!?」
ノブに証拠の写真をと思い、俺は慌てて鞄からカメラを取り出す。
デジカメを取ろうと構える。
しかし、電源ボタンを押して画面を覗き込むと、そこには誰も写っていなかった。
「嘘だろ!?」
「さぁ、君を連れて行こう――――きっと楽しいはずだよ」
「ん? って、うわぁああああああああああああああああああ!!」
俺と顔無狐の間に出現したブラックホール的な黒い靄に吸い込まれていく。
最後に見た仮面越しから見えないはずの顔無狐の表情が、あまりにも不気味に感じた。
「さぁ、君も気に入ってくれるかな」
顔無狐は月に向かって、そう呟いた。