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彼女がホッチキスになった。  作者: 明椋 和風
1/2

序章 彼女が失踪したので事情聴取をうける。

はじめまして。明椋さやくら 和風わふうと申します。

日々おかしな事ばかり考えている私は意味不明で不可解な物語を書きはじめました。

今回の「彼女がホッチキスになる。」という作品も疑問符しか浮かばないお話です。

著者自身も疑問符を浮かべながら書いています。本気でワケがわかりません。

なので皆さんも疑問符を浮かべながら読んでいただけると幸いです。


一体誰なんでしょうね。ヒロインをホッチキスにしようなんて言った輩は。


※不定期更新

※カクヨムにも同作品を掲載しています。





「俺は無実です。嘘じゃありません」


 嘘じゃないと言うと、一段と真実味に欠けるよなと先に立たない後悔をした。

 簡易な長机を隔てて、額に青筋を立てた強面のおっさんがおもむろに立ち上がり、机の上に身を乗り出して恫喝する。


「それは悪足掻きをする加害者の台詞だ。どうせならもっとマシな嘘を付け」


 獲物を狩る猛禽類のような双眸に思わず萎縮してしまう。

 やっぱ拾われちゃったよ。なんて目敏いんだ。それと恐い。

 ここはとある警察署の取調室。文字通り、発生した事件について被疑者の事情聴取を執り行う場所だ。

 こぢんまりとした殺風景な空間。

 火花を散らす俺と刑事。

 間に入るは卓上ライト。

 なおカツ丼はない模様。

 後方では若い刑事がノートパソコン相手にこ気味の良い音を立ててタイピングをしている。俺の発言を記録しているのだろう。


「3日前の5月1日、五十嵐いがらし のぞみの失踪当日、お前は彼女と会う約束をしていた」

「はい。ですがすっぽかされました。俺は3時間も五十嵐を待ってました」


 刑事の逆鱗に触れたのか、言い終えると同時に、ドンッ! と机を叩く乾いた音が取調室に響いた。

 俺は肩をビクつかせて、刑事の剣幕に机を見てしまう。


「無駄口は叩くな。質問にだけ答えろ」


 鬱憤を晴らした行動とは裏腹の怒気を押し殺した声音。それ統一してなきゃ意味ないだろうと頭の隅で思う。

 刑事の眉根を寄せた風貌は鬼瓦のようだった。足りないのは頭髪と角くらいかと内心で小馬鹿にした。

俺は坊主頭の刑事を恐る恐る見据える。


「……はい。申し訳ありません」

「時間をとらせるな。正直に答えたほうが刑も軽くなる」

「司法取引はアメリカだけでしょう。そんな脅しに釣られる奴がありますか。刑事さんはおつむも足りないんですか?」


 と気概を示して吐露できるはずもなく、侮辱じみた心情を辛うじて飲み込み、


「……真実を答えているつもりです」


 と小心な態度で俺はぶつぶつと呟く。

 今にも噛み殺さんと向かってくるあのひしゃげた形相には人間嫌いの俺とて果敢に闘争できなかった。

 そしてまた怒鳴られる。壁に設置された時計は既に午後8時を回っている。事情聴取が開始された時間を忘れるほど、俺と刑事の押し問答は続いていた。自分、二〇分だけって聞いてたんですけど。

 彼は俺を疑っているようだが、五十嵐望の失踪に関与していないことは事実だ。時間が解決するものだと肝を座らせておけば、刑事の圧迫聴取は我慢できる。むしろ俺は被害者の方ではないかと思う。

 すると後方から扉が開き、中年の刑事が顔を覗かせた。


「報告に預かります。彼は白です。ショッピングモールの監視カメラから、小鳥遊たかなし 新月あらつきと思われる人物が確認されました。全て彼の証言していたアリバイと一致します」


 ほらやっぱり――。


 俺は安堵して薄く吐息を漏らす。

ようやく開放される。重々しい空気が一気に晴れた気がした。

 当てが外れた刑事は椅子に座り込み、憮然と腕を組む。


「そうか。帰っていいぞ。お前は白だ」


 さっき聞きましたよ。健忘症ですか。冗談はそのハゲた頭だけにしてくださいよ。

 悪態をつきたい気持ちを抑える。年の功に免じて威厳は残してやろう。フハハ。

 俺は景気よく一礼をし、警察署を出て帰路についた。

 三日月が見下ろす夜の町並みは静けさを知らず、夜闇を照らすように明かりを灯している。

 実際のところ、事件は何も解決していないのだから安心なんて言葉は不似合いだが、それでも尋問を乗り切った自分には祝杯を上げてもバチは当たるまい。

 勝利の美酒に酔いしれた気分を想像して、俺は買った悪ガキビールを豪快に仰いだ。



――――――――


 

 事情聴取。

 胸中では、あのクソ刑事に勝っていたつもりだったが、なんせ長時間座りっぱなしの硬直状態だった。

 溜まった疲労は自宅に着いた途端どっと押し寄せ、俺をベッドへ誘った。ああ、腰が痛い。


「お疲れ様」


 どこからともなく声が聞こえる。凛とした透き通る声。母の声でも、父の声でも、ましてや、俺の声でもない。


「全くだ」

「新月くん。なんだかちょっと老けたみたい。だいじょうぶ?」

「大丈夫そうに見えないんならそうなんだろうよ。因みに俺は大丈夫じゃない」


 そう言って俺は机を横目に見やる。

 声の主はその上からだった。無造作に積み上げられた専門書。最も高く積み上がったその上にとんと置かれ、陣取るように見下ろすピンクの小さな物体。


 ――ホッチキス。


「夜はこれからだよ? もう寝ちゃうの?」


 声はホッチキスから発せられている。

 そう。事件は何も解決していないのだ。 ああ、本当に酔いしれたい気分だ。

 俺は現実から逃げるように布団を被り強引に目を瞑る。


「――おやすみ。新月くん」

「……ああ。おやすみ」


 ホッチキス。またの名を紙綴器。正式名称はステープラー。「コ」の字形の針を刺し通し、針先の部分を両側から平らに曲げて、紙を綴じる文具。1877年、ヘンリー・R・ヘイルによって発明され、今尚愛され続ける一家に一個の文房具。

 詰まる所、俺が言いたいのはそこじゃない。

 俺の持っている《《ホッチキスには、もう一つの別名がある》》ということ。いや、本名と言ったほうがいいか。


 名前は五十嵐望。


 3日前に忽然と姿を消した、張本人だ。






次回はホッチキスになる2日前の五十嵐望と主人公の物語です。



※不定期更新

※カクヨムにも同作品を掲載しています。

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