たびするようじょ~癒しの秘湯と瓶詰めサイダー~
どうもカノンです。たびびと、やってます。
たびは、歩く時もあれば走る時もあります。死んだおじいさんとたびをしていた頃は、馬車に乗せてもらったり、船に乗って広い川を渡ったこともありました。
でもやっぱりたびはたびなので、大抵いつも歩きます。カノンは今、山道を歩いていました。
「ふぁぁ~。まだかなぁ、ローちゃん~」
『まだだねぇ~カノン』
ローちゃんは、カノンにしか聞こえない声で答えます。
ローちゃんには体はありません。魂だけの存在だとかカノンの魂と繋がってるとかなんとか。詳しいことは聞いてもわかりません。
でも、わからなくてもいいのです。カノンとローちゃんはいつも一緒。それが一番大切で、一番幸せなことなのですから。
『ていうかまだ登り始めたばっかりだよ』
「む~~。早く着きたいの~~待ちきれないの~~」
カノンは9歳ですから、人より少しだけちっちゃいのはこれ仕方のないことです。体を動かすことにかけてはちょっと自信がありますが、だからといって歩幅が大きくなったりはしないので山登りだって一苦労なのです。
『まあまあ、疲れ切るくらいがちょうどいいよ』
「えー! ちょっとやだなぁ」
『あははは。今日中には着くだろうしがんばって!』
「うん!」
カノンは元気よく返事をしました。
たびするようじょ「第三話 癒しの秘湯と瓶詰めサイダー」
さてさて、カノンとローちゃんがなぜお山を登っているのか話しましょう。
それはとある町でのこと。買い物を終えてさあ旅の続きだと張り切っていたカノンは、親切な人にいいことを教えてもらいました。
「温泉!」
温泉、温泉です。
お山の向こうにある小さな村では、温泉が名物になっているというのです。カノンは喜びました。ローちゃんも喜びました。
いろんな場所に行くといろんな物があります。たびの醍醐味ってやつです。
「温泉っていうと、おっきなお風呂だね!」
『温泉っていうと、おっきなお風呂だよ!』
「一回だけ、覚えてるなぁ」
おじいさんとたびをしていた時に一度、温泉に入ったことはあります。あの時はちょっとふらふらになるまで遊んだ記憶があります。
「……あれはいいものでした」
ローちゃんもうんうんと頷いています。
『決まり? 決まり?』
「決まりだね!」
『やったー!』
ということで行き先を少し変えまして、カノンはお山を登っているのでした。
横道にそれちゃうのも、道草を食べちゃうのも、これもまたたびの醍醐味ってやつですよ。カノンは自由に行き先を決めるのです。
その村に着いたとき、カノンはもうへとへとでした。今朝の元気だったカノンはちょっとお休み中です。今はくたくたカノンです。
「つ、着いたぁ~~……」
『よく頑張ったね!』
「あ、ありがと~~……」
ローちゃんが褒めてくれます。
日はもう傾きかけていて、夕焼けが目に沁みます。このまま冷たい土にぱたんと倒れてしまえば気持ちいいんだろうなぁ、なんて考えているところで、村人さんでしょうか。男の人が声をかけてきました。
「ややっ、お嬢ちゃん!? こんなとこに一人でどうしたんだい!?」
「山登ってきました~……。たびびとです~……」
「旅人ぉ!? ……え、本当なのかい?」
こういう反応をされるのには慣れています。カノンにはローちゃんがいて守ってくれるからたびができるのですが、ローちゃんのことはナイショなので言えません。ただの九つの女の子ではたびびとに見えないって気持ちもわかりますけどね。
「ほぉーそうか、そうかぁ」
こうやってあっさり信じてくれる人の方が最近は多い気がしますが、気のせいだと思います。
ローちゃんがいないカノンがたびをするのは、ちょっと考えられませんよ。もしそんなことがあれば誰かカノンを止めてあげてくださいね。
その親切な村人さんは村を案内してくれました。
ここは小さな村ですが、たまに旅人が立ち寄る場所でもあるみたいです。みんなたびの疲れを癒すために立ち寄って、元気になって出ていくのだとか。
「ここが旅人の宿だよ。今は他には誰もいないみたいだな」
「おおー」
「昔ここを気に入って居着いた旅人さんがいてな。その人が建てたんだ。自分みたいな人のために、ってな」
なんと。思わず住み着いちゃうくらいいい場所みたいです。
親切な村人さんは女将さんに話を通してくれると、帰っていきました。
『いい人だったね』
「とっても助かりました!」
さて、今度は女将さんがカノンを部屋まで案内してくれました。広くはありませんが、よく掃除されて落ちつく空間です。
「おかみさんもたびびとだったの?」
「いいえ、それはうちの主人のことね。私はただの村娘だったわ」
「ほー?」
『ロマンスの香り』
そういうこともあるんですね。いろんなお話を聞けるのも面白いところです。
「小さな旅人さんは、やっぱり温泉がお目当て?」
「うん!」
『うん!』
「そうかい。今なら誰もいないし景色もちょうどいい具合ね」
「今行きます!」
「おほほ、元気がいいのね。この道をまっすぐいきなさいな」
女将さんはぽんと手ぬぐいをくれると、そのまま送り出してくれました。
道沿いにしばらく行くと、やがて嗅ぎなれないニオイとうっすらと湯気が漂ってきました。
『カノン、あそこ!』
「……わぁ! あれだ!」
柵と立て看板が見えてきましたよ。その向こうに温泉が湧いているのでしょうが、湯気は深い霧のように真っ白にそれを隠してしまっています。
一歩ずつ進む足もはやります。カノン、どきどきしてます。
「はー……!」
『すっごーい!』
柵を越えると、カノンは思わず声を失いました。
『カノン、はやく!』
「広ぉい……」
『カーノーン!』
「もー! 急がせないのー!」
ローちゃんが急かしてくるので、カノンはいそいそと服を脱ぎます。日が落ちかけたお山の空気はひんやりしていました。
『あ、熱くないかな?』
「んー。だいじょぶみたい」
すっぽんぽんになったカノンは足の先っぽを温泉につけてみます。ちょうどいい温かさで、つけた指先からじんわり溶けていくようでした。
カノンはそのまま温泉に入りました。
「ん~~~~!」
『ふあああ~~!』
熱がカノンの疲れた体を優しく包みます。毛布に包まるのともまた違った温かさです。
ここは景色もよく見えます。ちょうど山の向こうにオレンジのお日様が沈んでいくところが見られます。
「あぁ~~ふわふわする~~」
『しあわせ……さいこー……』
カノンよりもローちゃんのほうが温泉を気に入っているみたいです。ふにゃふにゃ声になったローちゃん、かわいいです。
カノンの体から紫の湯気みたいなものがでてきて、女の人の姿になります。ローちゃんの魔法っぽいやつです。
ローちゃんはカノンの隣に浸かると、おおきくのびをしました。
『んん~! 楽しいねぇ』
「うん! 楽しい!」
『お湯は地下深くから湧き上がってきてるんだよ。ほら、あそこ』
「へー」
ローちゃんはカノンの知らないことをたくさん教えてくれます。物知りさんなのです。
カノンたちが浸かっているところよりも一段高いところ。ローちゃんが指さすそこから湯が流れ落ちてきます。なるほど、お水は低いところに落ちるのでこうやって温泉を溜めておくのですね。
『ただの水じゃないんだぁ。栄養満点のお水だよ~』
「へぇ~。たしかにちょっと変な感じするね」
普段飲むようなお水みたいに透き通ってないし、ちょっと変なにおいもします。なるほどこれが栄養満点ですか。
『そそ! 美容にいいって噂だよ』
「びよう……ローちゃんみたいになれるかなっ!?」
『う~~ん……』
難しい顔のローちゃんが腕を組んで考えます。どきどきします。
ローちゃんはすっごい美人さんです。立つと高いし、おっぱいもおしりもおっきくて、髪の毛も長くてふわふわっとした大人っぽいカンジです。かっこよくてかわいい素敵なローちゃんです。
『……なれ、ます!』
「やったーー! あはは!」
『あははははっ!』
バンザイです。カノンは大きくなったらローちゃんみたいになりたいですね。
『や~~。カノンは将来きれいになると思うな~私よりも!』
「ローちゃんよりも……! それは、ちょっととんでもないね!」
『とんでもないよ! カノンの髪の毛は綺麗な金色だし~ぱっちりお目目がカワイイし~』
「や~ん!」
やりました。でもちょっと恥ずかしいのでちょっと手加減してください。
ローちゃんはそれからカノンのいろんなところを褒めてきました。毛先がくりんと曲がっているのがキュートだとか、まつげが長いのが美人さんになるとか、このショートヘアーが似合ってるとか、笑うと愛らしいとか。
でもやっぱり恥ずかしいので手加減してください。そろそろ。
『ちっちゃいカノンががんばるところが応援したくなるし~あとは~』
「もう勘弁してくださーい!」
『あはは! カノンが可愛すぎて、ごめんねっ!』
「もーっ! 許すけどー!」
嬉しいのと恥ずかしいので温泉に溶けてしまいそうです。温泉に深く浸かって、ぶくぶくと息を吐きだしました。
ローちゃんはたまーにこうやってカノンをつっついて楽しんでくるので、よくないと思いますよ。
『あっ、上見て上!』
「空?」
ふと、ローちゃんが空を見上げます。
夢中でお喋りしているうちに夕日は沈んで、夜がお星さまとお月さまを引っ張ってきたようです。夕焼けは綺麗でしたが、夜空を見上げながらの温泉もなんだか落ち着きます。
『……いろんなことがあったもんねぇ~』
ほわん、と光る綿毛みたいなものを手から出しながらローちゃんが言います。ローちゃんの魔法です。綿毛は優しく光りながら広がって漂って、カノンたちを照らしてくれます。
たしかに、いろんなことがありました。あまいしあわせばかりではありません。たびは危ないこともいっぱいあるので、ローちゃんが戦ったり、たまにカノンも体を使ってもらったりしました。
ローちゃんがいなければカノンはどうなってしまっていたのでしょうか。そんなことを改めて考えます。
「あったね~」
息を一つ、夜空に吐きます。
これまでの苦労も、体の疲れも、ぜんぶぜんぶとろけてしまって、最後にはふわふわした空気みたいなかたまりになって、それが口からぽわんと出て行ったみたいでした。
『カノンのおかげだよ~。温泉も~』
「そんなことないよ~ローちゃんのおかげだよ~」
ローちゃんが一人でここまで来れたかというとそうではなく。
カノンが一人でここまで来れたかというとそうでもなく。
つまりそういうことなんです。ふたりでがんばった、ふたりのおかげ。だからふたりのご褒美なんですこれは。
『そろそろのぼせちゃうね。上がろっか』
「はーい」
ちょっと寒いかな、と思いましたがぽかぽかしたものがカノンの体を覆っているみたいでした。温泉の魔法ですね。
『いい湯でした~』
「でした~」
また来ようね。カノンはローちゃんとそう約束したのでした。
さて、宿に戻ったカノンは女将さんからいいものをもらいました。
「のど、乾いたでしょう? これあげるわね」
「んー……お水?」
「ちょっと違うわ。小さな旅人さんのお口に合うかはわからないけれど、飲んでみて」
『なんだろうね! わくわく!』
それは栓のされた瓶でした。中身は透明で、ただの水に見えます。
しかし、女将さんが栓を抜くとカノンはびっくりしました。なんと水が真っ白に濁ったかと思うと、泡がぶくぶくと出てきたのです。濁ったようにみえたのは全部小さな泡だったみたいです。
「わぁ! 熱くないの!?」
「おほほほ。平気よ」
いいえカノンは知っています。ふっとうってやつですこれは。女将さんはきっとものすごく強い手をしているのでしょうね。間違いありません。
「川の水で冷やしてあるのよ。ほら、飲んでみて」
「わわっ!」
女将さんが瓶を手渡してきます。カノンは反射的にそれを受け取ってしまいました。手をやけどしてしまいます。
「……間違いありました」
「えっ?」
やけどしませんでした。熱くないです。というか冷たいです。
危なくないことがわかると、途端に興味がわいてきましたよ。カノンは瓶に口をつけます。
「…………!」
「どう? お口に合うかしら?」
初めて飲む水でした。たくさんの小さな泡が口の中でしゅわっと膨れて、パチパチしします。ちょっとの苦みと、それを和らげる甘酸っぱい味がします。
『おいしい!』
「おいしい!」
「よかった」
カノンのあたまのてっぺんにあるアンテナが振れているのがわかります。しあわせサインです。
初めての飲み物に夢中になるカノンとローちゃんに、女将さんはこの不思議な水の作り方を教えてくれました。
あの温泉の近くにはしゅわしゅわのお湯が湧いているところがあります。果物を絞った汁を入れた瓶の中にそれを入れて、抜けないように強く栓をします。弱いと栓はぽーんと飛んでしまうみたいです。
あとはそれを川で冷やしておくだけ。簡単です。
「このしびしびした水が勝手に湧いてくるの!? すごーい!」
「ねぇ? 不思議だと思うわ」
温泉から出てのどが渇いていたこともあってか、それはとてもおいしく感じられました。
決して甘ったるいことはありません。ちょっと物足りないくらい控えめな甘さです。
でもそれが最高でした。甘さだけじゃなくて、ちょっぴり酸っぱいというのが素晴らしいです。この甘酸っぱさとしゅわしゅわの組み合わせはもしかして最強なのかもしれませんね。癖になってしまいそうです。なんの果物を使っているのでしょうか。
『おいしー!』
「たのしー!」
おいしいだけじゃありません。初めて体験するこのしゅわしゅわがとっても楽しいです。おいしくて、楽しい。なんという贅沢なものでしょうか、これは。大好きです。
「……けぷっ」
「おなかも空いているでしょう、小さな旅人さん? 主人が料理を作ってくれているから、
行きましょう?」
「わーい!」
『わーい!』
今日はたくさん歩きました。カノン、きっとたくさん食べちゃいますよ。
その日カノンはぐっすりと眠れました。
温泉があって、あまいしあわせもあって、我ながらびっくりするくらい贅沢ができちゃったと思います。でもたまにはこんなご褒美があってもいいですよね。
カノンだってローちゃんだって、けっこーな頑張り屋さんなのですから。
最後までお読みいただきありがとうございます!
ほのぼのと幸せを謳歌する回でした。