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Here Comes A New Challenger!

すいません、大変お待たせいたしました。

『メルファン』における超必殺技については、後々本編で解説します。

 来て早々に手掛かりどころか「解決策」を得られたと、少し舞い上がっていたのかもしれない。

 いや、焦っていたと云うべきだろうか。

 気を張りすぎていたと恥ずべきか。

 考えてみれば、信頼関係も何も結んでいない異界の行商人が提示してきた案件なのである。それ以前に異界だろうとこちらの世界だろうと「自分に都合が良すぎる話」には、疑うなり訝しむなり裏を取るなり、まず一歩引いた視点で臨むべきであったのだ。

 なのに自分は目の前にぶら下げられた甘い話へ、安易に飛び付いてしまった。すがってしまった。ここが「境界都市」という混沌を秩序とするような場所だということも忘れて。

 その代償が「あれ」だ。あの有り様だ。

 情けなくて、情けなさすぎて涙が出てくる。


 ともかく。

 犯した過ちを─恥ずかしい逸話(しっはい)を文字通り「消す」ために、目の前にある「壁」を突破することにしよう。

 そうして、爪を振るった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 細々(こまごま)とした瓦礫が落下する音と、荒々しい衣擦れの音と、肺臓自身が捻り出しているような酷く苦しげな呻き声が同時に重なる。

 五十鈴(いすず)鈴鈴(べるりん)が──ワンピースタイプの黒い制服を白や灰色の埃で汚したヒロインが、幽鬼の如く起き上がった。


(そういえば中国の方では「鬼」は幽霊のことを指すんでしたかしら)


 正に今の鈴鈴に相応しいのではないだろうか。

 そんなどうでもいいことを頭の片隅に思い浮かべながら、ナディアは復活のヒロインに視線を向ける。格闘ゲーム風に表現するなら「第二ラウンドの開始」ということか。しかしナディアは即座にそれを否定する。

 いわゆる格闘ゲームにおける「第二ラウンド」は、互いの体力ゲージが完全回復した状態で開始される(チーム制のシステムを採用しているゲームでは回復せずに続行だったり回復量は僅かであったりする場合もあるが)。

 だがいま目の前で立ち上がった鈴鈴の姿はどうだろう。

 黒い制服は埃まみれ、長い髪も大きく乱れ、呼吸も荒く、身体の内外に受けたダメージも回復した様子は見受けられない。

 ナディアの視界上部に映る体力ゲージが現実に反映されているのは確かだろうが、ゲームの「ラウンドを二本先取した方が勝利」というシステムまでもが現実に反映されるのかどうかは未知数だ。

 だがボロボロながら立ち上がった鈴鈴の状態から察するに、第二ラウンドというより「投げ技を喰らっての強制ダウン状態(※技を受けて地面に倒された状態。場合によっては更にそこから「追い打ち判定」生じることもある)」から立ち直っただけ──それを現実で再現するとこうなる、という感じである。


(にしては、なんだか受けたダメージが大きすぎる気がしますわね……?)


 油断なく構え直しながら違和感を覚えるナディア。

 違和感というキーワードが脳内にポップアップしたことで、彼女と対峙した際にも妙な違和感を覚えたことを思い出す。自分の物語(ストーリー)に直接関わってくるキャラクターだけに、あまり意識するのを避けていたのだ。バトル中という緊迫した空気と相まって、なかなか違和感の正体に思い至れない。


「お、おっ、おッおおおオおヲオををオぉォおおあアぁああァァァァッ!」

「っ!」


 突然、鈴鈴が甲高い雄叫びを……高音の割には強く濁った絶叫を轟かせる。ナディアの思考は中断を余儀なくされ、その空気を叩くように引き裂くように殺すように響いた金切り声に、シンシアや幹部達は堪らず両手で耳を塞いでしまう。

 ナディアは耳を塞いで構えを解くような愚行を犯さなかった。そんな凄まじく大きな隙を見せたが最期、あの包丁のように変質した爪が一瞬で彼女をズタズタに引き裂いていただろう。

 本能的にカウンターを恐れたのか、構えを解かないナディアに襲い掛かる選択肢を取らなかっただけだ。


「これは……」


 鬼としての五十鈴鈴鈴の姿が、更なる変貌を遂げていく。瞳が緋色に染まる。顔や腕に血管が太く浮き出てくる。筋量が爆発的に増大し、自然界ではあり得ないような肉の隆起を見せる。外皮がより攻撃的に、先鋭的に──端的にいうと禍々しく変異する。

 化生(けしょう)

 シルエットは人に近いが、もはや人とは呼べぬもの。

 そんな「モノ」に成り果ててしまっていた。

 そしてナディアは前世からの知識を思い出す。


「『血に呪われ果てた旧血鬼(エルダーブラッド)』……!」


 『メルファン』で初期に選べるキャラクターは八人だけだ。だが時限式に解放され、使用が可能になるキャラクターが何人か存在する。その多くは新規のキャラクターであったり、既出のサブキャラがプレイ可能になったり、ストーリーモードを進めている途中で登場する中ボスだったりする。

 その中でも「暴走りんりん」という何処か愛嬌のある呼ばれ方をされる一方で、地方のゲームセンターでは対戦での使用禁止令が出されるほど猛威を振るった追加キャラクターが『血に呪われ果てた旧血鬼』である。

 鬼の血が暴走した鈴鈴……という設定で、一度も負けることなくストーリーモードの中盤まで進むと現れる中ボスで、とにかくスピードと攻撃力が高い。ラウンド開始直後に出すことが多いガード不能の必殺技を食らってしまうと、速やかに通常技のコンボによって気絶状態に追い込まれ、威力の高い必殺技を叩き込まれる。こうして僅か数秒で体力ゲージの八割を持っていかれるという鬼畜極まる展開が多くのプレイヤーを苦しめてきたパターンとなった。


 後に「防御力が極端に低い(受けるダメージが通常より大きい)」「攻略法が見つかる」「配信されたバージョンアップによって弱体化の修正を受ける」等の要因から「ラスボスより強いキャラ」という座からは陥落した。しかしピーキーな性能は上級者の一部を魅了し続け、攻撃力の高さに目が行きがちな初心者が一度は通る(えらぶ)(キャラ)として定着していくのだが──


「問題は、この状態が『弱体化』以前かどうかなのですけど……」


 あの理不尽さを知っている身としては、弱体化したバージョンであって欲しい。というより、ラウンドの仕切り直しでもない段階で、別キャラへと変質するとは思わなかったというのがナディアの正直な気持ち……愚痴である。いや、設定的に考えれば同一人物なのだろうが、それでもバトル中に暴走状態になるとは想像もしていなかった。


「シンシアだけでも避難させませんと……」


 しかし暴走した緋色の瞳が、真っ直ぐナディアの姿を見据え、獣のように喉の奥を鳴らし威嚇してくる。避難を促すような隙を見せたら、即座にガード不能技が飛んでくるに違いない。なにより、まだ相手は二回使える「超必殺技」を使ってもいないのだ。

 動けないのであればカウンターを狙って相手の動きを誘えばいいのだが、暴走していながらも初手でカウンターを受けたのを覚えているのか視線によるフェイントに乗ってこない。

 かといってナディア側から攻めるとしても、あの「攻撃力の暴風圏(かたまり)」とも呼ぶべき肉弾凶器(ネバーサレンダー)の間合いに近付くのは自殺行為だ。

 つまりは膠着状態である。


(タイムアップによる決着は望めそうにありませんわね……)


 ゲームであれば取れる戦術も使えない。仕方ない、とナディアは心の中でそっと溜め息を吐く。

 手が無いわけではない。実際、ゲームでも弱体化の修正が入る以前に攻略法が発見されていたのだ。ただ「対空技を持たないナディア・ユキノイン」にとって、その攻略法はすこぶる相性が悪いというだけで。


 やるしかない。

 やらなければシンシアを守れない。


 そう覚悟を決めた瞬間を待っていてくれたわけではないのだろうが、血に餓えた感満載の「鬼ロイン」がタイミングを見計ったように奇声を発しつつ突進してきた。

 上半身を大きく後方へ捩り、鋭く変質した爪が伸びた右腕を振り上げながら。

 『濁星式/狂絶禍』。

 闘いの構図としては試合開始直後と全く同じだが──


「ッ! ガード不能技!」


 ナディアにとっては「タイミング良くタイミングを外された」状態となり、頭の中で思い描いていた「攻略法」を破棄して動かざるを得なくなった。

 防御はできない。当て身技のコマンド入力も間に合いそうにない。バックステップの移動距離では、迫り来る攻撃の間合いから逃げ切ることはできない。


(後ろへジャンプして逃げるしかありませんわね……ッ!)


 その性能特性から、技を出してから終わるまでのスピードは通常の鈴鈴と比べて速い。ジャンプしている途中で暴走鈴鈴の突進技が終了し、即座に対空技を出されて撃墜される恐れがあるということだ。

 つまりナディアはジャンプする選択肢を強制的に選ばされたのである。ガード不能技を持つキャラクターが追い込んでくる「強制選択」という戦術だ。

 業腹だが、誘導された通りにジャンプ回避を選択するしかない。

 一瞬の判断ミスが、文字通りの命取り。

 膝を浅く曲げ、それでも脚にある全ての筋肉が最大限の動きを引き出せる技術をフル動員する。殺意を充填した爪が、引き絞られた筋肉のバネから解放される。

 その瞬間、体感時間が数百倍にも引き伸ばされた感覚がナディアを襲った。ゆっくりと、ゆるゆると、致死性のある爪が繰り出されていくのが目で追える。同時に、自分の筋肉の動きが繊維の細部に至るまで把握できる超越感に包まれる。

 彼女は知っている。

 ゲームで強敵と対戦をしていると、稀に訪れる空間だ。

 しかしこれは物理的に時間を超越したり、超人的な肉体操作を突然身に付けたわけではない。目前に、それこそ距離にして僅か数ミリメートルという段階にまで隣接した「死」を本能的に感じ取った脳髄が見せる現象。

 アドレナリンやエンドルフィンといった脳内物質が過剰に分泌されたことによる感覚の暴走。

 あくまで脳内での演算処理にリミッターがかかっていないというだけで、この粘土の中を走っているような空間において普通に動けるというわけではない。己が身も同様に動きは鈍いのだ。

 だが「高い精度を求められるタイミングの判断」を実行するには、まさに最適な状況である。

 ひとコマずつ、緩慢に着実に未来を進む体感世界。

 一度(ひとたび)の瞬きすら禁じ。

 録画したキャラクターの動きをワンフレームごとに確認するかのように。

 ナディアは世界を凝視する。

 

(……ココですわっ!)


 爪の軌道が弧を描き、反射した光が空気を切り裂く軌跡のように錯覚させる。だがナディアは錯覚に惑わされない。鈴鈴の技が終了した直後に続けて対空技を出せるタイミングと、その直前に後方へ跳んで回避できるギリギリのタイミング。この二つが重なる爪の位置を見極め、脚の筋肉に命令を下した瞬間。


 体感が通常の時間感覚を取り戻し、全ての速度が息を吹き返す。空気も己が持つ本来の体重を思い出したのか、その速度を殺ぐようなことはしなかった。

 破滅の爪が迫る。

 上半身を僅かに反らす。

 五本の肉切り包丁が、ナディアの顔と喉と胸を刻み損ねる。

 数ミリメートルが僅かに届かない。

 そしてそれは永遠に届かない距離。

 視線は暴走少女から逸らさず、意識だけを矢印に。

 入力された「↖️」と同時に、脚部の筋肉を跳躍のためだけに全力で動かす。

 振り抜いた爪の動きと共に突撃も止まる。

 石材の床を踏み砕きながら、ナディアの身体が斜め後方へと浮かび上がり。

 間髪を入れず爪が、狂える黒き動きが獲物を追う。

 下へ沈み込むように右腕を引きつつ、全身を限界まで屈める。

 逃げ場のない空中に身を置きながら、そのモーションを冷静に分析。

 濁星式/狂絶華。

 モーション自体は暴走前と同じであるはずなのに、禍々しさを先に感じてしまうのは外見ゆえか。

 この連携に組み込めるとしたら、速度重視の小パンチ版。

 その読みは当たった。後は間に合うかどうか。

 自信はある。

 屈ませていた体を爆発的な勢いで解放し、右腕が死を伴う。

 自信はあるが、不安と恐怖を捩じ伏せられるかどうかは別問題だ。

 空間ごと貴族令嬢の肉を縦に切り刻まんと、再び処刑人の爪が襲い掛かる。


 大丈夫タイミングは完璧ですの怖い怖い大丈夫恐い本当に大丈夫?こわい大丈夫完璧爪あたりそうですわ大丈夫信じて怖い何あれ当たらない当たらない大丈夫大丈夫、大、丈夫っ、ですわっ!


 跳躍中に身を(よじ)る。

 白閃。

 眼球のすぐ前を、薄く鋭い爪の切っ先が通り過ぎる。

 物理的・魔術的に防御力が高められているはずのドレスの一部──スカートの裾が易々と深く切り刻まれた。

 顎の先を掠め鮮血が微かに宙を舞ったものの、体力ゲージとしてダメージにはカウントされなかったようだ。

 ナディアが先にジャンプして、暴走鈴鈴は後から遅れて跳んだ。

 ならば先に着地するのがどちらなのか、それは明白なこと。

 着地時にバランスを崩して尻餅をつくような愚は犯さない。着地すると共に屈んで衝撃を吸収し、前傾し重心を前へ。

 ふ、と息を吐くと同時に前を見据えて「➡️」を素早く二回選択して入力する。

 鈴鈴は未だに空中にて狂っていた。小パンチで出した対空技だったため、技を出した位置からはそれほど移動していない。それは高く飛びすぎてもいないことを意味しているが、必殺技を空振った後は隙だらけになるのは全キャラ共通である。

 それが使用禁止の通達が出されるほどの強キャラであろうとも。

 ようやく黒衣の狂気が降下を始める。

 深紅に染まった(まなこ)が眼下の敵を睨む。

 しかし既にその身は、ダッシュで近付いたナディアの間合いに収められていた。

 降下中の鬼の身体に、突撃の速度と全体重を乗せた右の肘打ちを叩き込む。鉄の杭を岩に打ち込んだかのような音が響く。

レバー前入れ中パンチ「城門穿」。

「ごあ」

 本来なら相手の胸骨を砕く技だが、それが鳩尾に突き刺さる。

 すかさず左の中段回し蹴りが鈴鈴の右大腿部を激しく打つ。

 レバー後ろ入れ中キック「大蛇咬」。

 肘打ちで吹き飛ぼうとした鬼の体を、横からの衝撃で空中に縫い止める。

 蹴りの反動と体幹バランスをとるために後ろへ引いていた右手を前へと伸ばし、狂える女子高生の左腕を掴む。必殺投げを受けた時のことを思い出したのか、鬼の目に僅かな「怯み」が宿った。

 それを確認しつつ、同時に矢印を冷静に正確に選んでコマンドを完成させる。

 その瞬間、体力ゲージの下にあった二つの「★」マークのうち、ひとつが消えた。ナディアの身体から、青白い閃光が一瞬だけ弾ける。

 両足の爪先から加速させた運動エネルギーに魔力を乗せ、筋肉や骨を螺旋に這うよう伝達し、掴んだ腕を押し込むように捻る。

「ベキリ」と、あっさりと明確に骨が折れる音が空中に落ちた。

 しかし未だ腕はナディアに空中で捕らわれたままである。

 更に(ひね)る。

「ばきり」と肩の骨が(ねじ)れて砕けた。

 更に捻る。

「ボキリ」と左の鎖骨が割れる。

 更に廻す。

「めきめき」と左肋骨群が筋肉に圧されて次々折れる。

 捩る。

「ギシギシ」と続けて右側の肋骨が屈して折れる。

 ()める。

「ぼきん」と反対側にあるはずの右腕が捩れて折れた。

 捩り捻り廻して極める。

「ペキリ」と背骨に亀裂が入る。


「かはっ」


 鬼の力ない苦悶の悲鳴が上がると同時に、ナディアは掴んでいた腕を離す。ふわりと縦ロールが優雅に揺れた。

「アーデルハイド流突拳術・極投『紅搾螺(ニーヴェラ・クーシャ)』」

 そしてやっと落下することを許された狂える鬼は、思いの(ほか)静かに落着する。しかしダメージが駆け巡っていた上半身の筋肉や表皮がその瞬間に断裂し、霧のように血を吹き上げた。

 それはまるで血の色をした桜が咲き誇ったようにも映り、幹部達やシンシアの目を奪う。

 上半身の骨という骨を砕かれ、筋肉にも激しい損傷を負った鬼は倒れたままピクリとも動かない。もっとも痙攣しようにも、ズタズタの筋肉がそれを許してくれないのだが。

 これで決着のようだった。

 勝利の余韻に浸っているのか、ナディアは両目を静かに閉じていた


(……地味ですわあ……)


 いや、なんか勝利が台無しになるようなことを考えていた。


(ひとつの試合に二回しか使えない超必殺技なのに、この技って超絶に地味ですわあ……)


 歴代の投げキャラ達に申し訳なくなるぐらい、超必殺技を冠する技の見た目が激しく地味なのを気にしているらしい。空中にいる相手も吸い込めるのだから、性能的には超必殺技の名に恥じないはずなのだが、やはり乙女は見た目を気にするものらしい。

 中身は男子高校生の魂なのだが。

 だからこそ派手な見た目の技に羨望の念を抱くのかもしれない。


設定(せかい)が憎い……」


 心の中から絞り出したような勝利メッセージに、ナディアの勝利を喜んでいたシンシア達はギョッとなる。

 なにか哲学的な葛藤だろうか?

 若いからなあ……

 ああ、お嬢様の脳が遂に完全筋肉体に……!

 などと幹部達やシンシアが囁き始めたのが耳に入り、思わず呟いた台詞が計測不能なほど恥ずかしいものだと気が付き、ナディアは頬を紅潮させてしまう。


 そのとき。


「グア、アアアアッ、アアアアアッ!」


 今まで微動だにしていなかった鈴鈴が、突然立ち上がった。動き出す気配もなく、しかし瞬発的に起き上がったのだ。ナディアが気を抜いた瞬間を狙っていたらしい。


「お嬢様ッ!」

「しま……っ」


 シンシアの悲鳴が届くも、当のナディアの反応は大きく遅れた。不意を突かれてギリギリの状況を味わったはかりだというのに、直後でこの始末。

 師匠に未熟者と罵られても仕方ない失態ですわね……

 どこか冷静なナディアが、血染めになりながら睨み付けてくる鬼の少女を眺めつつ反省の意を示す。

 その反省が活かされる人生が続くのかどうか。

 ちょっと絶望的ですわね、と自己分析を終了しかけた時である。


 二人の右側面にある背景が──謁見室の壁が破裂したかの如く吹き飛んだ。その衝撃で幹部の数名が転倒する。

 巨大なショットガンから撃ち放たれた散弾のように、残骸となった無数の壁だったものがナディアと暴走鈴鈴の間合いに乱入し、鬼の動きを止めた。

 その隙にナディアは鈴鈴から距離をとる。


(今度は何事ですのッ!?)


 衝撃で尻餅をついただけのシンシアに破片などが当たっていないことを目線で確認したナディアは心の底から安堵しつつも、突然の横槍に驚愕する。暴走鈴鈴への警戒は怠ってはいないが、その鬼も壁の向こうにいる「乱入者」に警戒の視線を巡らせており、即座に戦闘再開という雰囲気では無さそうであった。


「盛り上がっていたところを邪魔して悪いが──」


 沸き立つ土煙の向こうから、凛とした少女の声が響いた。


その鬼(ソイツ)は私の獲物でね」


 腕をひと振り、それだけて舞っていた土埃のカーテンを文字通り「切り」開いた。

 そこから現れたのは、純白のドレスかと一瞬見間違うほど場違いな「()()ワンピースタイプの学校制服」に身を包んだ女子高生。

 変質した爪を持つ両腕。

 濡れたような光沢を放つ黒い長髪の姫カット。

 額から伸びる二本の角。

 

「貴女は……」


 壁をぶち抜いて登場したのは、紛れもなく『メルファン』の鬼ロインことヒロインの一人──

 五十鈴(いすず)鈴鈴(べるりん)であった。




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