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境界都市と人間椅子と鬼。

とりあえず連続投稿は以上となります。

以降はまったり進行。

よろしくお願いします。

 境界都市。

 関門海峡と関門大橋を丸ごと侵食する形で現出した「異世界の土地」に建造された大規模な街である。現代日本の建築技術と異世界の魔術を用いた超常的な構造力学の融合は、短期間での爆発的な拡大と発展を可能とした。


 正確な人口は不明だが、三〇万人は超えているのではないかと予想されている。都市への出入りは自由で、日本政府に委託されて都市を管理してる自治政府(異世界側としては辺境領扱いなので、独自に辺境伯を置いて二重行政という(いびつ)な構造になっているが)による簡単なチェックが必要となる。

 このチェックは、線路が敷設し直されて都市の外周を通るようになった在来線や新幹線でも同様だ。

 そういった一時的な足留めを許容するならば、本州と九州間の往来は従来通りに可能である。ただ、関門トンネルは侵食を免れたため(どういう理屈でそうなったのか両世界の学者が頭を抱えているが)陸路の場合は一般的にこちらが利用されることが多い。


 それでも境界都市は元より直下を通過するのを避けたいと考える(恐れている)者の方が大多数を占めているので、フェリー等による航路事業が再興・拡大した。そして新しく寄港場が整備されたりして地域経済が活性化した……という副次効果を生んだりもしたが。


 そう。

 境界都市に対する(少なくとも日本国内での)一般論としては「恐ろしい」場所なのである。

 自治政府と辺境伯による二重行政という「外交的な妥協の産物」が原因の一端なのだろうが、あまり治安はよろしくない。犯罪の取り締まりは自治政府と契約した民間警察と辺境伯管轄の巡回衛兵隊に拠るところが大きく、捜査の縄張り争いや既得権益を巡る組織間の対立が治安の改善を妨げているといった批判も散見される。


 それ故なのだろう。

 利益や面子のため独自に治安や秩序(場合によっては混沌)を保とうとする組織が台頭し、強い影響力を持つようになったのは。

 代表的なのはギャングやヤクザ、様々な宗教組織だったりするのだが、それはあくまで数ブロック程度の狭い範囲での話だ。

 都市レベルでは大きく四つの勢力図に区画され、それぞれが「強大なパワーを有する個人」により裏から表から様々な形で『支配』されていた。

 二重行政機構も、その存在を知りながら黙認している。

 つまり、境界都市は二つの世界の境界線上にあるだけではなく、その内部にも幾つもの境界線を内包している混沌が複雑に極まり、それが秩序として機能している魔女の鍋のような空間なのである。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「……誰も何とかしようとは思わなかったんですか?」

「……誰も彼もが何かをしようとした結果がコレなんですのよ」


 心の底から呆れたとばかりに溜め息を吐くシンシアに、ナディアは苦笑いで応えた。境界都市に到着し、辺境監督官のために用意された屋敷に向かう道すがら「境界都市の概要」を(暇潰し的な意味も込めて)話し聞かせたのだが、これからの"約束されたカオス生活"に対する不安感よりも虚脱感の方が(まさ)ったらしい。

 二人を乗せた出迎えの武装リムジンは、これまでとは明らかに雰囲気が異なる都市区画へと入っていく。他の地区より数段階も警備レベルが上に設定されている、いわゆる「貴族街」である。安全圏に入った安堵からか「呆れ」は徐々に別の感情へと変質していったようだ。シンシアは「ぷんぷん」という擬音が聞こえてきそうな様子で頬を膨らませている。


「そもそも二重行政ってなんですか。混乱を招くだけじゃないてすか」


 もともと帝国の領土なのだから、そのまま辺境伯が統治すればいいのに。と、納得いかない様子で憤慨する。帝国の領土に侵食してきたのだから、やはり境界都市(そこ)は帝国の管理下に置かれるべきだ……という、いわゆる「併合派」と呼ばれる陣営と同じ感想を抱いたらしい。


「仕方ありませんわ。『同時に世界の一端が融合した』というのが定説ですもの」


 つまり互いに主権がある(かもしれない)と主張している状態なのだ。そのため現在は互いに行政機関を置いて「市政」を敷いているが、今後は事務方や大臣レベルで協議を重ね、政治的な妥協案(おとしどころ)を探っていくのであろう。

 ただ、当分はこの状態が続くはずだ。混沌が秩序となっている状況は、金が生まれて激しく動く。そして金は単なる私有資産となるだけではなく、人材や情報や物資に成る。それらは更なる金を生む。都市に住まう者は、その過程で生じる恩恵にあやかれる。

 それは辺境伯や自治政府の人間も例外ではあるまい。


「だからこその辺境監督官なのですけれど」


 領主として帝国に規定量の税金を払っているのであれば、男爵だろうが公爵だろうが辺境伯だろうが「金策」によって私財を増やすのはそこまで問題にはされない。

 問題は「私腹を肥やしすぎる」ことにある。そうなると財務局としては当然「じゃあ、私財に応じた税率にしても払えますよね?」という対応をとらざるを得ない。だから「資産を少なく報告して課税を免れようとする不届きな貴族」も当然出てくる。

 特に中央からの目が届きにくい辺境領では、敵国や他国の商会、犯罪組織との密貿易という悪事に手を出す者も存在しているほどだ。

 そうした辺境領での「不祥事」を取り締まり、貴族を監督する役割を担うのが辺境監督官である。


(要するに、時代劇に出てくる大目付とか隠密同心とか闇奉行みたいなものですわね)


 自分でも最後のは違う気がするとセルフ突っ込みを入れたナディアだったが、最悪の場合は「国賊貴族」を「事故死」させる権限が(皇帝から辺境方面国防総監を経由して)与えられているので、あながち間違いでもない。


 変に計算高かったりすると監督対象に取り込まれる危険もあるため、気質としては堅物な……というより「うるせえ! なんか悪そうな理屈ってのだけは判るぞ!」という『鼻が利く脳筋』を監督官のポストに据える傾向が(ユキノイン侯爵家の影響が大きいと思われるが……)帝国にはある。

それはそれで危険なように感じるのだが、意外と上手くいっているので慣習として確立してしまっていた。


 ゲーム本編でのナディアは、この「辺境監督官」という権力を傍若無人に振りかざしていたからこそ「悪役令嬢」と設定されていたのだ。権力を取り締まる側がバカな上に権力に溺れる典型的なパターンである。


「その監督官の代理にナディアお嬢様は就任なさったんですよね」

「あくまで『代理』ですけどね」

「それでも、その御年で辺境監督官の名を冠されるのは大変な名誉ですよ!」


 我がことのように喜びながら「頑張りましょうね!」と両手でガッツポーズを作り、ふんすふんすと鼻息荒く応援してくれるシンシアに「ウチの侍女は可愛いですわぁ」と思わず頬が弛むナディア。 


「とはいえ代理、あくまで代理ですわよシンシア。実質的には『代理補佐見習い心得控え』ぐらいの立場ですわよ」

「ほとんど下っ端じゃないですか!?」


 勿論そこまで低い扱いを受けるわけではない。

 冗談しかめて言いはしたが、前世を含めて「仕事」に就くのは全くの未経験なのである。心構えとしてはシンシアの言う「下っ端」として臨むべきだろうとナディアは考えていた。

 体育会系のノリである。


「大丈夫なんでしょうか……? お嬢様が監督官様に『ぱわーはらすめんと』とやらを受けたりしないでしょうか……?」


 冗談が過ぎたようだ。目に見えてオロオロと動揺し始めたシンシアに、ナディアは「大丈夫ですわ」と微笑んでみせる。


「監督官を務めておられるガッシャ卿は、職務に誠実な人だと聞いてますし……七年前の国境紛争では、お父様の指揮下で補給線を堅実に支えた優秀な軍人でもある……という話ですし」


 父親の影響を受けている時点で確定的に嫌な予感しかしないのだが、それでも上司は上司である。漏れ出そうになった溜め息を、上品に飲み込む。

「失礼のないように御挨拶をしませんとね」と、侍女も自分も変な先入観を持ったまま接することがないよう、やんわりと釘を刺す。

 異邦の地で(正に異世界なのだ!)変なテンションになっていたことをやっと自覚したのだろう、真っ赤に染まった顔を俯かせて「申し訳ありません……」と呟くシンシアの頭を優しく撫でる。


「ウチの侍女は可愛いですわぁ」

「なんですかそれ!」


 今度は口に出てしまった。

「許しません! もっと撫でてください!」

 そして可愛い剣幕で怒られた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「ふむ、貴様が辺境監督官代理か。若いな。縦巻きロールではないか」


 なんでや、縦巻きロールは関係ないやろ! ……と、全力て異議を申し立てたい気持ちを辛うじて封印するものの、ポカンと開いた口を塞ぐのは阻止できなかった。少し離れた後方で控えているシンシアも、驚きの表情を隠せないでいる。

 しかし貴族令嬢や従者にあるまじき無作法を注意する者や、苦言を呈する者もいない。辺境監督官を補佐する官僚や武官といった幹部が総出で整列しているにも関わらず、だ。そればかりか「分かる…スゴく分かる……君らの気持ち痛いほど良く分かる……!」という屈辱というか苦渋というか同情というか応援というか、様々な感情が入り交じった表情でナディア達を見守っているほどである。


「あの」

「なにかな、代理」


 目の前の現実に対し確認しなければならないことが同時に幾つもありすぎて、正直どう言葉にしればいいのか判断つきかねたのだが、とりあえず一番に確認しておかなければならないことをナディアは言語化してみる。


「えーと……あの、まず貴女が椅子にされているのが、その、ガッシャ子爵でいらっしゃるのでしょうか……?」

「そうだ」


 即答だった。

 辺境監督官代理一行と監督府の幹部達を前に、四つん這いの中年男性を椅子として使っている黒髪の少女が堂々と即答する。威風堂々を擬人化すれば彼女になるのだと言わんばかりの貫禄のある返答ぶりだ。

 ガッシャ子爵は細身ながらも一目で鍛え抜かれていると分かる肉付きをしており、成人前の少女一人を背に座らせたところで歯牙にもかけぬであろうと容易く想像ができた。それなのに、紅潮した顔と若干荒い呼吸が苦悶のそれに見えるのはどうしたわけか。


 いや、そもそもこの状況自体がどうしたわけだ。


「というか、そうか。この椅子は子爵だったのか。道理で座り心地が良いわけだな」


 瞬間、幹部達の顔が殺意で満ちる。それなのに、誰も無礼極まるこの少女を誅しようと動く者がいない。思わず腰の剣に手が延びた者もいたようだが──それだけである。誰も動かなかった。

 特に黒髪の少女が周囲に威圧を放っているという風でもない。

 ただただ単純に「勝てない」と分かっているからだ。

 そんな事実を前に散ってしまう命を一瞬でも惜しんでしまったからだ。

 だから動けないのだ。

 その腰抜けな殺意を閲覧させられた黒髪の少女は「ふん」と退屈そうに鼻を鳴らした。

 ナディアは、そんな大人達を「情けない」とは思わなかった。

 というより「仕方がない」と理解を示す。

 何故なら。


「それで」


 ワンピース型の黒いセーラー服を着込んだ()()()()()()()に、ナディアは意識を戻す。

 やや威嚇を込めて言を発する。


「貴女はそこで()()しているのでしょうか?」


 問われた少女が首を少し傾けると、俗に姫カットと呼ばれる髪型の長い髪が自身の肩をサラリと撫でた。「ふむ」と、質問が意味するところを汲み取ったのか、やはり威嚇するように笑って見せた。


「監督官という立場を望むなら実力を示せと言われたのでな。

 ……初めまして、代理。

 この度、この座り心地の良い椅子を実力で勝ち取り拝命を受けた、辺境監督官の──五十鈴(いすす)鈴鈴(べるりん)だ」


 重い、そして透明で黒い威圧が、物理的な風を伴って周囲に放たれる。幹部は呻き声をあげて一歩退き、シンシアは悲鳴をあげてよろめいた。

 この文字通り威圧的な少女に手が出せないのも当然だ。

 なにせ彼女は「ヒロイン」の一人なのだから。


「辺境監督官代理の拝命を受け着任いたしました、ナディア・ユキノインですわ」


 そして、ゆっくりとアーデルハイド流突拳術の構えをとる。流水に沿って落ち葉が往く動きを模した、柔らかくしなやかな威容をもって鈴鈴を睨み付ける。


「ふふふ。そうでなくては、な。

 ここの連中は退屈だったが……代理は楽しめそうだ」


 人間椅子から昂然と降り立った黒髪のヒロインが、放っていた威圧をその身へと凝縮させるように戻すと、たちまち変化が生じた。額から二本の短く太い角が姿を現し、両腕の肘から下が倍以上に大きく膨らんでいく。爪を含んだ指は婉曲した刃物のような変質を遂げ、戦うことに特化したような容姿に──(まさ)しく鬼と化した。


()くぞ」


 鬼が静かに吠え。


「是非もなく」


 悪役令嬢が厳かに猛る。


 刹那、石の床板が砕けて宙を舞う。

 音が遅れる。

 遅れて来た音は空間ごと切り裂かれ。

 鬼の巨爪が、絶命の唸りをあげてナディアに襲いかかった。





設定説明的な部分が多くて話が進まないのは、自分でも悪い癖だなとは自覚しております。

お付き合いくだされば幸せます。

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