探偵とペストマスクと居候。
評価していただいたり、ポイントを入れていただいたりして本当に有り難う御座います!
これからも頑張ります!
西区の大部分を森と山が占めているとはいえ、国道に沿って密集するように構築された都市区画部分は、ちょっとした地方都市ぐらいの(境界都市全体を構成する不可思議な空間拡張がなければ、その存在自体が成立しないレベルなのだが)規模である。
ダグラス探偵事務所は、メインストリートともいうべき国道からは大きく外れた場所に建っていた。現代的な鉄筋コンクリート造りの二階建て。しかし耐震性は殆ど考慮されていない、いわゆる「境界都市初期に建てられた大量生産品」のひとつ。
それを土地ごと安く買い叩き、二階部分に事務所を置いているのだ。
ちなみに一階部分は喫茶店として貸しており、探偵業が不振でも家賃収入で生活できるようにした二段構えをとっている。
「探偵事務所の下には喫茶店だろう」
そんなこだわりを語っていたダグラスだが、本当はダイナー風のレストランにしたかったそうだ。しかし深夜営業もやれるレストランをやりたがる事業主が見付からず、やむなく日本式探偵事務所のイメージで妥協したらしい。
「朝起きてすぐ、カウンターで不味いコーヒーを勝ち気なウェイトレスに注いでもらうのが夢だったんだがなあ」
「なんでわざわざ不味いコーヒーを飲むですぅ……?」
甘いケーキが食べれてホクホクなミッフィーからしてみれば、それは理解不能な所業──もはや禅僧がやる苦行であった。衛兵の詰所でカツ丼(味噌汁付き)を自分から注文しようとしていたぐらいなので、ハードボイルドな世界観とは無縁なのだ。
そう、探偵をやるにあたってダグラスが目指したのは古き良き探偵小説の雰囲気だった。
だから事務所の内装も(さすがに当時の調度品は揃えられなかったが)七〇年代風のインテリアで統一されている。米軍海兵隊を経て傭兵時代を長く過ごしていたダグラスにとって、幼少期から青年期まで心を満たしてくれていたマイク・ハマーやサム・スペードといった私立探偵達が人格形成にも影響を与えたヒーローであり、最終的に目指していた「大人の姿」であったのだ。
流れ流れてたどり着いた新天地で、かつての憧憬の空気に浸りたいと願うのも仕方ないといえるだろう。
そんなダグラス探偵事務所に人探しの依頼が舞い込んだのは、ダグラスとミッフィーが偶然にも同じ襲撃者と衝突した日から二日ほど遡る。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
端的に言い表すなら「不吉な男」だろうか。
朝早くから訪ねてきた依頼人は、そんな雰囲気を全身にまとった長身の男性であった。
境界都市には様々な者が集まってくる。外国人は勿論、善人や悪人も関係なく異世界側からはエルフや竜人といった亜人種や、地球側からも陰に潜んでいた妖怪や能力者といった存在までも渾然として暮らしているので、今さら身体的な特徴だとか肌の色で差別をする者は少ない。
だから依頼主が全身黒尽くめの──黒のフォーマルスーツにシルクハット、手袋、サーコートだけでなく、手にしているステッキまでも黒で統一している念の入りようだ──ペストマスク姿であったとしても、境界都市では些細な差異である。
ソファーに座していようが、ひとつとして装備品を外さないとしてもだ。
(……人型をしているだけでも助かるよ)
不吉と直接対峙したダグラスにしても、そんな程度の認識である。事前にアポイントメントを確認してきたのだから、むしろ両手で優良市民に推薦してやりたいぐらいだ。
初めてエルフを現実に目の当たりにした時は未知に対する畏怖で冷や汗をかいていたものだが、慣れとは恐ろしい。
海洋生物種族と会った時の事など思い出したくもないが。
「それで」
依頼人に断りを入れず、探偵は紙巻きタバコを咥えて火を点ける。
「御用件は?」
言葉と共に吐き出したニコチン味の白煙に、ペストマスクの短い返答が絡み付く。
「人探しを」
「警察や衛兵には?」
「探偵に依頼する時点で察してくれると有り難いが」
「……成程」
健康に良くはない煙で肺を満たすと、やはり短い返事混じりに嘆息する。公権力をアテにしていないのか、表沙汰にしたくないからか。まず間違いなく後者であろうが。
「で? 捜索対象の氏名は? 写真か似顔絵があれば助かるが」
後者の場合だと報酬は高いが、あまり後味が良かった試しはない。その辺はダグラス自身の裁量によって「後味が苦くない」ようにしたりもするが。安易に口を封じてこようとする輩も多いからだ。
だから口調も自然と事務的なものになる。
「名も推定位置も不明だ。写真の類いもない」
「おいおい」
だから依頼人の言い種に、思わず呆れを過分に含んだ悪態が口から転がり出してしてしまう。
まさか容姿も判らないんじゃないだろうな、という不審を最大限に載せた視線をペストマスクの依頼人へと飛ばすが、仮面と黒色の不吉に阻まれて届いたのかどうか確める術はなかった。
しかしそこまで非常識に不親切な依頼主ではなかったらしい。
「身体的な特徴だけは把握している」
「ああ、という事は姿や形を変えるタイプの御仁じゃないわけだ。候補リストから外れて助かる」
そういう内容の依頼なら皮肉のひとつも許されるだろうと、ダグラスはタバコのフィルターを苛立たしげに噛む。これと似た依頼は以前にも無いわけではなかった。ただひたすら面倒なだけで。
「『あちら側』の高位貴族の令嬢で、肌は白く金髪で深翠色の瞳、格闘術にも優れ──」
一瞬だけ言葉が切れる。
「ドリルのように髪を巻いている」
「なんだって?」
まず日常の会話では飛び出さない表現のヘアスタイルに、ダグラスはハードボイルドの探偵のようにではなくホームコメディの登場人物みたいに聞き返してしまう。
「頭髪の一部をドリルのように縦巻きにしている」
「縦……縦巻き……ああ」
真面目に再度の説明を重ねてくれた上、微妙に情報を増やしてくれている。最初からそう言えと心内で文句を垂れつつ、どうにか昔の映画で見た中世ヨーロッパ貴族令嬢の髪型を思い出し、イメージする事ができた。いわゆる縦巻きロールというヤツだろう。
(というか、さすが異世界だな。そんな髪型をしている貴族が本当にいるとは……)
と、変なところで感心してしまう。そういえば勝手に居候を決め込んでいるミッフィーも「前髪で両目が隠れている」特徴的な髪型だったなと思い至り、意外と向こうの社交界ではポピュラーとはいかないまでも選択肢のひとつとして容認されている髪型なのかもしれない。
某悪役令嬢がこの場にいれば「呪いですわ!」と否定していただろうけど。
「前金で四〇万を現金で。発見できたら六〇万をそちらが望む形式で支払う。必要経費は成否に関わらず別途支給しよう」
「……? 『発見』だけでいいのか?」
「そうだな、では『確保』もしてくれるのならば追加報酬も出そう」
首を僅かに傾け、考える素振りをみせてから条件を付け足してくる。微かに違和感を覚えたが、裏ルートで人探しを頼んでくるような輩である(ましてや不吉そのものが「不吉」というファッションテーマで服を着込んでいるような姿なのだ!)。むしろ違和感が無い方こそ不自然といえるだろう。
「……分かった。依頼は引き受けよう。貴方の連絡先を教えて貰っても?」
「有り難う。これが携帯端末の連絡先と、前金だ」
ステッキから離した右手を翻すと、まるで手品のようにメモ用紙と厚めの茶封筒が現れた。実際、それは手品ではないのかもしれない。
自身も似たような事ができるので、そんな考えが頭を過る。
「……確かに」
メモ用紙に記された連絡先にスマホから掛け、ペストマスクの持っていた携帯端末(ガラケーだったのは露骨すぎると思ったりしたが)に繋がり、茶封筒の中身が言及された通りの金額が入っているのを確認し終えると、ダグラスは大きく頷いた。
ちなみに境界都市で使用されている一般的な貨幣は日本円である。異世界側の通貨も使用されることもあるが、紙幣ではなく金貨や銀貨といった硬貨であるため、高額の取引時に重量や体積が嵩張るのを避けられる日本円(紙幣)が重宝されるのだ。
(更に述べると国ごとに金や銀の比重が異なるため、境界都市内での換金レートの計算が面倒臭がられた……という側面もある)
ペストマスクの不吉な黒き依頼人は「では」とシルクハットに手をやりつつ短く頭を下げると、実に紳士的な風格で事務所を立ち去った。
彼がビルから外へと出てメインストリートへ向けて姿を消していくのを、ダグラスはブラインド越しに見送る。そして吸っていたタバコを灰皿に乱雑に押し付け揉み消した。
「……どう思う?」
「およ? 居候に意見求めちゃいます?」
事務所の奥にあるミッフィー専用の横長ソファーで寝そべって漫画を読んでいた穀潰s、いや居候のミッフィーは、少し意外そうな声を上げて家主である探偵の方へと頭を向けた。
まさか依頼に関して(かなり大雑把な聞き方とはいえ)意見を求められるとは思っていなかったからだ。
「勝手に居候をしてるんだから仕事ぐらい手伝え」
「うう~、ちゃんと家賃は納めてるじゃないですかあ」
不服極まれりといった感じで頬を膨らませ抗議するが、ダグラスがそれに取り合わず、ミッフィーに仕事の顔を向けているのを見て深い溜め息を吐く。
「あの黒い人、ミッフィーの事をまるで気にしてませんでしたねえ」
場違いな子供がいるのは明白だったのに、質問どころか一瞥すらしなかった。過去の依頼者は、そのリアクションの程度に差こそあれミッフィーの存在に何らかの反応を見せたものである。それが全くなかった。
「つまりミッフィーの事も含めて、こちらを事前に把握済み、か」
「でしょうねえ」
ミッフィーがダグラス探偵事務所に転がり込んできたのは、つい最近の事である。なのでミッフィーの存在は知っていても、探偵事務所に居候していると把握している住民は少ない。
「ついでに言うなら個人としての依頼じゃないでしょうねえ」
「……その根拠は?」
「さすがにあの風貌で調べ回ったとは思いませんけどぉ、個人で探偵の事を嗅ぎ回ってたら目立つし、何より直ぐダグラスさんの耳に入るでしょ」
情報の鮮度が命を左右する「境界都市での探偵業」において、なるほど確かにそれは正論だった。
「それにぃ、ああいう『外見で威圧を掛けつつ個人が特定されないようにしている』のって、大体は組織からの連絡係な事が殆どじゃないですか」
「……ふむ」
「向こうから来てる高位貴族の令嬢を探してる時点で、もう何かのややこしい厄介事ですよぉ、これ絶対」
たぶん政治的なやつですよ!面倒ですよ!辞めときましょうよぉ!と、前髪娘は両手を振って主張する。
「というかですねえ、ダグラスさん」
「うん?」
「こんな事をミッフィーに聞かなくても解ってたんでしょ?」
わざわざ自分の推理を再確認するために聞かないで下さいよぅ、とミッフィーは再び頬を膨らませて抗議する。
(やはり頭の回転自体は早いんだよな、コイツ)
彼女とは全く長くはないものの、これまでの付き合いで感じていた印象をダグラスは一掃深めた。偶に意見を求めると、思いの外鋭い考察や推測を述べてくるのだ。
惜しらむべきは、その頭の回転が性格に追いついていけてないという不幸だろうか。他にも残念な点は色々あるが、やはりそこが一番の残念ポイントだとダグラスは思うのだ。
「まあ、ドリル頭な高位貴族の御令嬢サマという特徴的すぎる個性があるんだ」
「いくらなんでも髪型ぐらいは変えるんじゃないですか?」
「それでも『高位』の貴族の令嬢だ。そういう部分は隠そうとしても隠し切れるもんじゃないだろ」
そんな貴族サマが市井の生活に、それも境界都市というカオスを魔女の鍋で煮詰めたような場所で不平不満もなく暮らせるとは(幾分かの偏見が混じっているはいるものの)思えない。
アプローチするなら、まずはその辺りからだろう。
「うーん……聖乙国には貴族がいないから、その辺はよく分かんないですねぇ……」
「奇遇だな、合衆国もだよ」
地球側にも貴族制度のある国はあるが、そんな上級階級の人間と接点など無いものだから「肉の代わりにケーキを食ってるような連中だろ」ぐらいの偏見に満ちた知識しか持ち合わせていない。
「なんとかなるさ」
ペストマスクが漂わせていた不吉な空気の残り香めいた雰囲気を振り払うように、努めて気楽に未来図を語ってみせるダグラス。
そーなるといーですねー、と気の無い返事をしながら再び寝っ転がり漫画の続きを読み始めるミッフィー。
──しかし手掛かりらしい手掛かりも得られず、ばかりか探偵と居候は外部からの襲撃者と衝突してしまう事になるのである。
そしてミッフィーが危惧した通り『高位貴族の御令嬢』を巡って実に厄介な陰謀に巻き込まれていくのだが……
この時点では未だ単なる「人探し」だと軽く考えていた。
二人の運命を大きく左右する分岐点だとも知らずに。
読んでいただいて有り難う御座います!




