アイスと少女と危うい尊厳
いつも読んでいただきありがとうございます。
入院中に書いてみました。
手術は無事に終わり、退院の翌日からお仕事です。
ぐぬぬ。
これからもよろしくお願い致します。
聖乙国という、建国されて未だ二〇〇年ほどの国がある。歴史の厚みに欠けるとはいえ、その僅か二〇〇年で他の大国と比肩しうる程の国力を築き上げた新興国でもある。
世界有数の軍事国家、人種差別を法律で肯定している純血民族主義国家、一人の女王を頂点とした専制国家、等々。様々な側面をして語られることの多い国ではあるが、最大の特徴はなんといっても「雌型単性種族による統治国家」という点であろう。
種族、とはいっても昔から存在している人種ではない。
元々は上級貴族向けに性奴隷用として魔導師が造り出した模造人種──貴族間での売買で宝石や金貨の代わりにも使われたことから「渡麗奴」と呼ばれた──だったそうである。ところが一人のエルージュが反乱を起こし、彼女達を「管理」していた王国を滅ぼしてしまった。そのまま新たな国を立ち上げ、自らを「エルージュ族」と名乗り始めたのが最初である。
通過単位に使われていた名称を自らの種族名にそのまま使用しているのも「過去の歴史を忘れないため」と「同じ歴史を繰り返さないようにするため」の戒めであると、聖乙国憲法の序文や独立記念碑等には明記されている。
国としても種族としても歴史の浅いエルージュ族だが、現在では「人族」のカテゴリに区分されている。性交から妊娠に至るまでのプロセスや少し尖った耳という特徴を除けば、ほぼ人族女性と同じ外見なので国際会議の場で決められた……というのが表向きの理由だが、エルージュ族の出自からくる後ろめたさと(当然ながら外国にも「輸出」されていたのだ)と急速に高まった国力に配慮(恐怖)したから、という忖度が働いたのが大きい。
しかし人族と認められたとはいっても、そういう民族的・歴史的な経緯が背景にあるためだろう、エルージュ族は人族の中でも特に「人間」への対応が(一部の例外があるとはいえ)非常に差別的である。
肉体への物理的・攻撃的な差別ではなく、法律として経済的・行政的・司法的、特に刑事や民事裁判における罰則規定や判決内容に明確な差が設けられている。
つまりガチガチに理論武装された差別で人間を集中的にブン殴ってくるのだ。
意識高い系だとか誇り高いというより、ひたすら執念深いと述べた方が種族としての特徴を端的に表しているといえよう。
ミルミッフィー・パームは、そんなエルージュ族の少女である。
あまり聖乙国から外に出たがらない大多数の同胞達とは異なり、自ら率先して『外国・ザ・外国』ともいうべき境界都市へやって来た変わり者である。
一四歳という聖乙国の法律でも未成年に区分される身でありながら、かなりの行動力を持った変わり者といえよう。
「にへへへ~」
そんな変わり者は見るからに御機嫌な様子だった。バケツサイズのカップアイスを抱えたまま、境界都市西区のメインストリートに添った幅の広い歩道をスキップ寸前の足取りで歩いている。
伸ばした前髪が顔の上半分を覆い隠しているので正確な表情は読み取れないが、そのだらしなくフニャフニャとニヤけまくった口元を見れば「ああ、これ自慢したい気持ちを隠そうとしてるけど隠しきれなくて失敗してるのに本人は隠し通せてると思ってるヤツだ」と一発でわかる雰囲気が駄々漏れであった。
漫画的に擬音を彼女の周りに設置するなら「ルンルン」だろうか。
日本の和服にも似た、聖乙国のゆったりとした(より正確に表現するなら体躯に対してはブカブカな)民族衣装までもが嬉しそうに揺れる。
「ああ~、楽しみです~。テレビを観ながらバケツサイズのアイスを独り占め……まさか実現できるなんて~♪」
上機嫌なのにも理由がある。
全国チェーンでありながら『宇宙の真理はフォーティツー』というイカれた名前のアイスクリーム専門店が販売している一日限定五個という超が付くほどのプレミアアイスを偶然にも買うことができたのだ。かねてからのささやかな夢が叶うとあれば、テンションも頂点まで高まろうというものである。
昨日から降り続いていた雨が上がったからと、朝から散歩に出掛けていたのがラッキーだった。
コーンポタージュ味(四キログラム)を求める購買層が一日に五人以上もいる現実を、境界都市ならではの異常と捉えるのか日常と受け止めるかで意見は別れるだろうが、少なくともミッフィーはテンションが爆上がりする側のタイプらしい。
「やっぱりテレビのチョイスはニポンのアニメか特撮ですかね~? う~ん、ガッシューコクのドラマも捨てがたいですし~。ああでも最近は北欧のドラマや映画も勢いがあるんですよねえ~」
喜びを抑えきれず、待ち受ける夢のような予定がにやけた口からあふれ出てしまう。元々ののんびりと間延びした口調とニタニタ顔が相まって、本日の「警官や巡回衛兵に呼び止められそうな危ない人」アワード最有力候補になってしまっている。
セカンドヒロインの尊厳の危険が危ない。
そうやって浮かれていたのが災いしたのだろう。
正面から足早に歩いてきていた二人組の存在に気付くのが遅れてしまった。その二人組は迂闊にも「これからどうするんだ」「あんな奴とやりあうなど冗談ではない」「しかし依頼は……」などと口論めいた会話を交わしながらだった──更には何かから逃げるように歩を進めていた──ためか、目の前から迫るミッフィーに気付いていない様子だった。
なので、ミッフィーが「あっ」と声にする暇もなく激突してしまうのは不幸な必然であったと言うより他ない。
想定外の正面衝突は、ミッフィーを尻餅をつくように背中からひっくり返らせてしまう。
「うおっ」
「な、なんだっ」
二人組も予想外の衝撃に思わず動揺の(そして僅かな恐怖の発露を滲ませた)声を上げたが、その相手が年端もいかない少女だと知るや安堵の溜め息のようなものを吐き出した。直後、そんな行為に及んでしまった事実を周囲に悟られぬよう……何より自分自身を誤魔化すかのように罵声を少女に、ミッフィーに浴びせかけた。
「このガキ、何処を見て歩いているッ」
「クソッ、境界都市に来てからロクなことがない」
だがミッフィーは無反応だった。いや──上半身だけ起こしはしたのだが、左右の腕を所在なさげにワサワサと動かすばかりで、そもそも二人組の悪態すら耳に届いていない、といった感じである。
微かに動いた唇は「ミッフィーの……」と無音の言葉を紡いでいたが、それを読み取れる者はいなかった。
ただ空気を掻き回すように腕を動かす。
そこに納められているべき「宝具」がない。
呆然としながらも、そういうジェスチャーをとっているように立ち止まった野次馬や歩行を続ける通行人達は受け取った。
「あ」
目的のモノを見つける。
幸運に恵まれ手に入れることができた限定アイス。横倒して歩道に転がってしまっている。落ちた衝撃で側面が少し凹んでいるが、幸いなことに蓋は外れていなかった。
ギリギリでセーフ!
ミッフィーの脳内衛生監理局の判定はは、そう青信号を灯す。
しかし。
「何を呆けているッ」
「詫びのひとつでもいれないかッ」
ぐしゃり。
ミッフィーの視線の先にある、辛うじて無事だった巨大アイスを。
二人組の片割れが、怒声と共に踏み潰した。
ひしゃげた容器から勢いよく中身が飛び出し、蓋が押し出されて歩道を車輪よろしく転がっていく。
周囲の野次馬達から、驚きと非難が入り雑じる短い悲鳴がいくつも上がった。
何かしら苛立ちをつのらせる出来事が二人組に降りかかっていたのであろうか。その踏み付けは怒りに身を任せた八つ当たりにも見えた。
互いの前方不注意による不運な事故である。失敗したなあ、申し訳ないなあ、謝らなきゃなあ……という気持ちもミッフィーにはあったのだが、やはりどうしてもアイスに感情が移入してしまっていた。
何を観ながら食べようか、ちゃんと同居人にもお裾分けをしなくちゃね、とか。そうやってアイスに「ちょっとした未来予想図」をトッピングしていたのだ。
だから。
その足は、まるでミッフィー自身の未来を無慈悲に踏みにじっているような気がして。
「……弁償してください……」
歩道に敷き詰められたコンクリートのデザインブロックが一斉に沸騰したのではないかと錯覚してしまうほど、足下から耳元にかけて涌き昇るような低い声が周囲を打つ。
それが歩道に尻餅をついたままの少女が発したものだと、誰もが一瞬把握できなかった。
「な、に」
「ミッフィーも悪かったですぅっごめんなさいですぅっでも弁償してくださいぃ~っ! あのアイスは限定品でアイスはミッフィーのっミッフィーはアイスにアイスがぁっ」
駆け上がる言葉に引っ張られるような勢いで立ち上がり、二人組に詰め寄るミッフィー。涙声であることから、前髪の奥に隠された人見は涙で潤んでいるのだろう。
後半からのセリフは支離滅裂であったが、なんとなくニュアンスは伝わる幼い慟哭であった。どちらとも不注意でぶつかったんだろうなと、ふんわり理解していた野次馬達も「アイスを踏みつける行為」はやり過ぎではないかと、刺々しい視線で二人組を包囲していく。
「だっ、黙れ! 訳のわからんことを!」
あの低い声に一瞬だけだが意識を呑まれ、二人組は無意識に後退っていた。そのことに気付かなければ、この後も穏便に済んだのかもしれない。だが二人組は、大人の対応を選択する理性の高さよりも職業的なプライドの高さを優先してしまった。
アイスの容器から離れていた足を、蹴りとしてミッフィーに放つ。
怒気に任せ、左脇腹を抉らんとする右回し蹴り。
そこに技としての鋭さはない。
しかし少女ひとりを蹴り飛ばすだけでは飽き足らず、少なくない怪我を負わせるには十分であろう重さとスピードが乗っていた。
ごぎんっ。
おおよそ人体からは響き渡らないであろう打撃音が歩道に轟く。野次馬も、その音を聞き付けて立ち止まった者も、それが少女の骨が砕けた音だと信じて疑わなかった。
いや待て、おかしいぞ。
だが即座に違和感が彼等を襲う。
華奢な少女の身体など軽々と吹き飛ばすと思われていた男の蹴りは、しかし野次馬達が想像した数秒先を実現できずにいるではないか。
ガードだ。ガードが間に合っている。
ミッフィーは左腕で蹴りを完全に防御しており、あまつさえ身動ぎすらしていなかったのだ。
「ぐがっ」
そればかりではなかった。あろうことか、呻き声を上げたのは他ならぬ蹴りを放った男の方であったのである。
よく見ると、ミッフィーが着込んでいるブカブカな民族衣装の袖口に、黒く細い棒のようなものが垣間見えた。隠し持っていた硬い棒状の物で蹴りを防いだが故に、カウンターが炸裂した形になったらしい。
その棒状の物とは──
「トンファーだと!?」
そして攻撃をしなかった片割れの男が、袖の仲に隠された物の正体をいち早く見抜き、驚愕の声を上げる。この二人組は職業柄から相手が武器を隠し持っているかどうか、服の形や姿勢の重心といった僅かな情報から読み取るのを得意としていた。
その観察眼から少女は武器と呼べるようなものを──ましてやトンファーのような直線的な形をした武器を──いくら袖の広い服とはいえ中に隠し持っていたなどと考えにくい。
何処から取り出したのだ。
男の脳裏に昨日の悪夢が甦る。
なにもかも遅すぎる警告音を、本能がけたたましく鳴らして報せてくる。こいつは、こいつも危険だと。
蹴りを放った姿勢から痛めた脛を反射的に庇うモーションに入った相方に「退け」と指示を飛ばすより、ミッフィーが「正当防衛ですぅ」と宣言する方が速かった。
左右の袖口から完全に露出したトンファーがミッフィーの手元で勢いよく回転し始める。自分の足を砕いた物の正体を、そこで初めて確認した男は両目を大きく見開いた。相方と同じ悪夢が脳内を駆け巡ったのかもしれない。
後悔する暇など与えぬとばかりに、回転から生じた強烈な遠心力が右から左からと牙を剥く連撃となって男の頭部へ襲い掛かる。脛を庇う動作に移っていた男に、これを防ぐ手立てはなかった。
「みっふぃぃっ、はりけぇーんっ!」
日本のバトル漫画作品に触発されて覚えた、拙いというより丸っこい発音の英語で、自身が考案し自身の名を冠した「必殺技」の名前を叫ぶ。
間髪を入れず持ち手の位置を変えた左右のトンファーが同時に振り下ろされ、頭部へのダメージで朦朧としていた男の両肩を打ちのめす。ごりん、という鈍い音が歩道に落ちたので、おそらく両肩の骨が脱臼したのであろう。とても一四歳の少女から繰り出されたとは思えない威力である。
もしもここにナディアがいたのであれば、
「あれは⬇️↘️➡️+Pの三回入力技……!」
とでも呟いていたかもしれない。
その場で動かず三回攻撃したので小P技ですわねっ、と更に解説を重ねてくれたかもしれないが、生憎と悪役令嬢はこの場にいないので「トンファーを何処から取り出したのか」という男達の疑問にまで言及してくれる者は誰もいなかった。
「……くそっ」
白眼を剥いた相方が膝から崩れ落ちるのを最後まで見届けず、残された男はミッフィーに背を向け、脱兎のごとく逃げ出そうとした。三人を囲っていた野次馬の一角が「ひゃあ」という悲鳴を上げて男の転進を避け、逃走経路を作り出してしまう。
「アイスッ、弁償ぉっ!」
可愛らしい声なのに、地獄の悪魔が契約の履行を迫ってくるような魂震わす念が宿る。野次馬の誰もが「食い物の恨みって怖えなあ!」と思った瞬間であった。
トンファーが袖口の中へと消え、今度は右の袖口から投げ槍が現れた。一・五メートルはあるだろうか。ここに至って野次馬達もミッフィーが所持する武器の異常性に気付き始めたようで、疑念と困惑の声が小波のように聞こえ始めた。
ミッフィーは槍を片手で器用に一回転させると、両足を開いて歩道を踏みしめる。そはして弓の弦を引き絞るかのように胴体を捻りながら、槍をしっかりと保持した腕を後方へしならせていく。
投擲の姿勢である。
逃げる男の背中を見据えた。
構えてから定めるまで一秒もかからない。
そこから射出は刹那であった。
「みっふぃぃっ、きゃのぉーんっ!」
「槍なのに!?」と全ての野次馬が心の中でツッコミを入れたと同時に、長さ約一・五メートル、直径約二センチメートルの弾丸が少女の手から高速で解放された。減衰させんと阻む空気を穿ち貫きながら、石突きを穂先とする槍は男の背中へと瞬時に到達する。
「あぐうげぇっ!?」
肺が足で踏み潰れたのではないかと思うぐらい、人として出てはいけないような声が絞り出される。
脊髄を損傷しない程度にギリギリの範囲で手加減された投擲であったが、それでも男を一撃で昏倒させ、顔面から着地させるほどの威力は持たされていた。
顔中に満遍なく擦り傷を作りつつ転倒した男は意識が遠のく直前、昨日の夜に標的の男へ投げ掛けたものと全く同じ言葉を脳裏に思い浮かべていた。
(境界都市を甘く見ていた……)
外の世界の強さが、そのまま通用する場所ではなかったのだと。
後悔にまみれながら男の意識は途絶えた。
「さて、弁償弁償~」
ミッフィーは逃げた男が倒れたのを確認すると、最初にブチのめした男の懐をまさぐり始めた。見守っていた野次馬から「あ、そこはちゃんと徴収するんだ」とか「容赦ねえな、この前髪っ娘」といった感想が漏れ聞こえたが、通りすがりだけどガチで殺しにかかってくるどこぞのニンジャと比べれば慈悲深いのではないかとミッフィーとしては思うのだ。
比較対象がおかしい。
それに先に攻撃されたことに対する慰謝料は請求しないし、アイスの代金以上の金額は頂かないので、これは強盗とか追い剥ぎとかでは断じてないのだ。違うったら違うのだ。などとミッフィーは自己弁護を試みる。
脳内ミッフィー法廷の脳内ミッフィー裁判官が脳内ミッフィー被告人に脳内無罪を言い渡そうとした、その瞬間。
「君、ちょっといいかな?」
ぽんっ、と後ろから優しく肩を叩かれた。
野次馬は既に散っている。
なんだか、とても、すごく、嫌な予感が、ミッフィーの動きを拘束する。
「は、はいぃ?」
錆び付いたオルゴールのように首を横に回してみれば、通報を受けて駆けつけたのであろう屈強な巡回衛兵の皆様がニッコリ、しかし側頭骨に青筋を浮かべながら勢揃いしていらっしゃった。
「衛兵詰所で話を聴かせてくれる?」
否やの有無を言わさぬ素敵な笑顔。
肩に置かれたままの手が万力のように食い込んでくる。
どうやら「警官や巡回衛兵に呼び止められそうな危ない人」アワードを受賞してしまったようだ。
セカンドヒロインの尊厳の危険が危ない。
ミッフィーと彼女の出身国は、身内で回していたオリジナルTRPGの自キャラとその設定が元になっています。
(ちなみに鈴鈴さんもそうです。こちらはダブクロのキャラクター)
作中でミッフィーが槍を投げる「飛び道具」系の必殺技を使っていますが、ゲームの『メルファン』では
出れば早いが出るまでが遅い
と評判で「初心者をジャンプさせるための専用技」とか「遥か遠きロマン砲」とか呼ばれていた……という裏設定があります。




