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嗤う支配者と嘆く探偵。

またもや長らくお待たせしてしまって申し訳ありません!


ところで、手術のために入院することになりました。

 ゲームセンターの救世主とまで呼ばれた『境界都市 メルト・ファンタズム』の人気は、ゲームセンターの中だけには留まらなかった。

 ゲームを原作とする漫画を数多く出版してきたレーベルから出された公式アンソロジー本が十巻以上もつづく人気のシリーズになったのは勿論のこと、同人誌業界でも一般向けや成年向けを問わず即売会の会場を席巻したし、コスプレ方面でも(ギリューのように再現不可能なキャラを除けば)様々なイベント会場が『メルファン』キャラで埋め尽くされたという人気ぶりであった。

 サイドストーリーが商業漫画雑誌で連載されたり、有名なライトノベル作家がオリジナルエピソードのノベライズを手掛けたりと、マルチメディアへの展開も当然の成り行きともいえよう。しかしゲーム開発会社の意向で映像化だけは頑なに拒否された。

 公式ホームページに掲載された社長のコメントによれば、


「『メルファン』の物語を僅か一クールや二クールで表現できるとは思えない」

「相応の資金と時間を投じれば実現できるだろうが、そんな余裕があるのなら私達はゲームのアップデートに捧げたい」

「劇場版とかにすると、話題性優先で声優経験のない芸能人を主要キャストに据えようと芸能事務所がゴリ押ししてくるから絶対やらねえ」

「おい、なに他人事みてえにコレ読んでるんだ。お前のことだぞ『大きな需要(ジャイアント・ニーズ)』事務所」


 ──というのが主な理由らしい。

 最後の名指しコメントについてはネットでプチ炎上したが、過去の様々なトラウマや屈辱を抱える様々な分野のファンから「痛わ(※気持ちは痛いほど良くわかる、の略を意味するネットスラング)」と、概ね同情的に受け入れられた。

 その代わり…という訳ではないのだろうが、同じ世界観という設定のスピンオフ作品が幾つか発表されたりもした。それらは『メルファン』本編とは異なり、全て家庭用ゲーム機のソフトとして発表されている。

 ジャンルも様々で、対戦型格闘ゲームやアクションゲーム、シューティングゲーム、ロールプレイングゲーム、果てはパズルゲームまで発表されたりもした。

 当然ながらヒットしたものもあれば、反応がイマイチだったものもある。

 登場キャラが全て美少女で構成された対戦型格闘ゲーム『プリンティング・プリンセス』や、境界都市に隣接する北九州市門司区の再開発地域を舞台にした恋愛シミュレーション要素強めなアクションロールプレイングゲーム『赤煉瓦の城壁に囲まれて』等が高い人気を誇った作品だ。一方、渋いオッサンしか出てこない縦スクロール型シューティングゲーム『ガンスモーク&パープルヘイズ』は(ゲームとしての評価は高かったものの)商業的に奮わなかった。


 悲喜交々や紆余曲折がありつつも、それらから生み出されたキャラクターや設定が『メルファン』本編に逆輸入され、アップデートに反映されたりもしたのだ。

 そこも『メルファン』ユーザーにとって楽しみのひとつではあったし、ゲームセンターを盛り上げる要因でもあったのだが──


(そりゃあ世界観が繋がってますし、(いず)れはそういうキャラと接触する可能性は高かったのでしょうけど……)


 綿のように柔らかいソファーに腰を(うず)めつつ、ナディアは出されたコーヒーを静かに気品良く口にする。反対に心の中では無作法に「ぐぬぬぬ」と唸り声を溜め込んでいた。

 上質な豆なのだろう、仄かな酸味と重厚な薫りが味に深みをもたらしている。ブラックで飲んでいるにも関わらず苦味を全く感じない。

 むしろ苦々しいのは彼女の置かれた現状の方だった。


(まさかスピンオフ作品の『プリンティング・プリンセス』に出てきた()()()()の方から接触してくるとは予想外でしたわ……)


 背後の気配を探れば、すぐ後ろに控えている専属高級侍女のシンシアが緊張のあまり失神寸前だった。

 これはマズい、早く状況を終わらせなければ可愛い侍女の胃に穴が開く。

 従者であり友人でもある少女を慮り、対面の上座で優雅に微笑む元凶を(あまり露骨にならぬよう注意しながら)チラリと意図を僅かに込めて窺う。


「ん? 珈琲は口に合わなかったかい?」


 体躯に見合う可憐な音程でありながら「コーヒー」という単語は漢字を当てたのだろうな……と容易に想像できる、落ち着きと気品と冷たさに満ちた声はそのままに「やはり貴族サマには紅茶を出すべきだったかい?」などと最初から返答など求めていない口調で確認をとる、幼女の形をした元凶。口許に絶えず浮かべる薔薇の蕾のような微笑みは、場に癒しではなく威圧をもたらしている。

 黒薔薇をイメージさせるゴシックロリータ調のドレスに身を包んだ幼女──外見だけなら一〇歳ほどに見える──は、ナディアの視線が意味するところをワザと分からない風に受け流し、逆に愉悦に満ちた視線を投げて返す。


「いえ、コーヒーも嗜みますので……とても美味しいです」

「そうかい? それは良かったよ」


 温度を持たせてニコリと口許を歪ませ、仔猫のように目を細める。そして細く整った眉を下げ、夜に輝くルビーのように暗く濁った紅い瞳を侯爵令嬢へと晒した。


「しかし申し訳なかったねえ。わざわざ辺境監督官サマを呼びたてるような真似をしてしまって」


 心の底から申し訳なさそうに小さな溜め息を吐いてみせる幼女は、目線だけで背後に控える二人のメイドに合図を送る。双子ではなさそうだが、似たような髪型とメイクを施したメイド達は洗練された動きで葉巻を用意し、幼女の口へと捧げ、火を付ける。

 そして無駄な動作も音もなく、客に一瞬たりとも背を向けることもせず、所定の位置へと寸分違わずに戻り、再び不動の従者となった。この所作だけで一流のメイドとしてではなく、達人クラスの強さを持ち合わせていることが窺えよう。

 それはそうだろうとナディアは思う。

 なにせ、このメイドは『プリンティング・プリンセス』の中ボスなのだから。


「……お気になさらず。丁度こちらから挨拶に伺おうと考えていたところでしたから」


 嘘である。

 正確には『メルファン』本編のラスボスである「ソルドライブ公爵」に直接殴り込み(カチコミ)を掛けようと計画を練っていたのだ。その矢先にスピンオフ作品のラスボスから呼び出しを受けたのである。


「赴任初日で監督官に昇進した縦巻きロールというのを、是非ともこの眼で拝見したくてねえ」


 慣れた様子で葉巻を吸い、真っ白な煙を優雅に吐き出す。

 何故どいつもこいつも縦巻きロールを一個の人格の如く扱うのだと、主人格であるところのナディアは叫びたくなるが……ここはグッと我慢する。

 なにせ目の前にいるラスボス幼女は、境界都市を裏から四つに分割統治する四人の実力者──その一人なのだから。

 それゆえナディアは慎重に、敬意を込めて彼女の名を呼ぶ。


「光栄ですわ、西区管理人(ウエスト・オーダー)……いえ」


 ラスボスとしての性能(強さ)で語るなら、これから社会的にも物理的に潰そうとしているソルドライブ公爵よりも「果てしなくクソ面倒」な合法ロリ。

 それこそが──


「『試練城塞(ストロングホールド)』ソフィアルト・ラングリッサー様」


 境界都市の西に広がる大森林と居住区を統括する人外が、葉巻を咥えながらニタリと嗤った。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ビルとビルの隙間で区切られた街の明るさが、裏路地の夜に更なる闇を作り出す。

 やや湿り気を帯びてしまった外国産の紙巻き煙草に火を付けた。

 オイルライター独特の臭いと、湿気で台無しになってしまった煙草の香りが入り()じり、裏路地の暗闇と街明かりを艶やかに濡らす小雨へと飲み込まれていく。

 やはり味も大きく損なわれてしまっている。

 だが一度火を付けた煙草は最後まで吸うのが流儀なのか、意固地になっているのか、勿体無いから簡単には捨てられない貧乏性からくるものなのか。夜の境界都市を滲んで照らすボヤけた風景は、雨の柔らかさと雑踏の音を返すだけで、我々に答を教えてくれない。

 それは勿論、吸っている本人も同様で、永久に失われた味に眉をしかめて悪態を吐くこともなく、代わりにただ黙して煙を吐き出すだけだ。

 しばらくそんな無言のジャズが彼の世界を賑わせる。


「いい加減──出てきたらどうだ」


 その演奏を打ち切ったのは、他ならぬ彼本人だった。


「それとも、この湿気た煙草を吸い終わるまで待つつもりか?」


 緊張して震える新人歌手ってわけでもないだろ──紫煙を燻らせながら皮肉げな視線と共に、裏路地の奥へと呼び掛ける。その瞬間、僅かな光からも逃れるように路地の奥へ貼り付いていた暗闇から幾つもの気配が生まれた。いや、最初からソコにいたのだ。単に気配を隠すのを止めただけ。

 それはつまり、そうした「仕事」に長けた存在ということに他ならない。


「──よく気付いたな」

「いやいや、そちらも見事な隠密術だったよ。

 なにせ今朝までは、まるで気配を感じなかったしな」


 応えた影のひとつに、肩をすくめながら返す。影から発する気配がざわついた。動揺によるものではない。屈辱から瞬間的に湧いて出た怒気が空気を震わせたのだ。なにせ尾行を開始したのが、その今朝からだったのだから。

 次々と武器を──未だに全身を暗闇の中に溶け込ませているので形は判別できない──抜き放つ音が路地裏のアスファルトに落ちた。

 対して彼は臆した様子もなく、深い溜め息と共に苦い煙を吐き棄てる。


「一人を相手に大袈裟なことで」

「強気だな、丸腰の分際で」

「武器ならあるぞ」

「なに?」

「医療保険に入ってる」

「……減らず口を」


 忌々しげに呟かれた言葉が合図となった。

 疾風と見紛う速度で暗闇から飛び出した人影は五つ。しかし暗闇の中に留まる気配は二つ。光沢を意図的に奪われた黒いレインコートで統一された集団だった。全員の手に握られているのは、やはり光沢が失われた黒いナイフ。刃が滑りやすいように刀身を湾曲させ「人を切り裂く」ことに特化した人を殺す形をしている。

 銃火器を使わないのは証拠が残るのを避けるためか。

 集団は言葉を発しない。

 殺すと決断したからには、速やかに無駄なく実行する者達の訓練された動き。それぞれが主体となる動きでありながら、各々を補佐するような集団戦をも視野に入れた連携に隙は見当たらなかった。


 それが常人を相手にした場合なら。


「ッ!」

 湿気た煙草を咥えたまま、退くのではなく前へと踏み出す。紫煙の軌跡が遅れて沈む。頭ひとつ先頭にいた襲撃者が意表を突かれて一瞬だけ怯む気配を見せたが、こちらから近付く手間が省けたと思い直し──気配を整える前に気の抜けた音が連続して胸を突いた。

 前へと踏み出した直後に姿勢を低くした、丸腰であるはずの相手の手に減音器(サプレッサー)の付いた自動拳銃が握られており、銃口から昇る硝煙が漂う紫煙と混じりあっている。

 撃たれた。

 そう理解した瞬間、思い出したように胸から激痛が迸り、肉体が反射的に硬直する。どこから銃を出したのか、という疑問に答を求める暇は与えられなかった。左脚に衝撃を受けたと感じるや、視界が上下に逆転する。チラリと視野の端に下段蹴りを放つ標的の姿が認識できた。「速くて鋭い!」と脳内で称賛する前に横転し、間髪入れず頭を片手で押さえつけられる。

 そしてフード越しの側頭部に銃弾を三発叩き込まれた。

 人工の地面に赤い花が咲く。

 だが襲い来る疾風に対して、赤を生み出す突風は止まらなかった。

 次に距離が近かった襲撃者のコートを掴み、下へと引っ張る反動で重心を移しスムーズに立ち上がる。反面、コートを掴まれた相手は移動中の重心を荒々しく崩され前傾姿勢に陥る。しまったと悪態を吐きたくなる気持ちは後頭部に肘鉄を喰らわされたことで霧散した。呻くことも許されず、延髄部分に二発撃ち込まれる。


「な」


 ここで初めて躍りかかった内の一人が声を発した。

 それが仇となったのか最初から決められていたのか判断できないが、声を発した黒コートに仕止めたばかりの死体が投げつけられた。さすがに目の前で二人が射殺されたのだ。止まるべく制動はかけている。しかし慣性の法則まではどうすることもできない。避ける(すべ)も無く仲間の死体と激突し、そのままもつれるように転倒してしまう。胸の上に仲間だった肉の塊が載し掛かり、思わず「ぐえっ」と呻いた声は男のものか女のものか判別がつかなかった。その顔面に向けて二発。額と右目が撃ち抜かれ、性別の区別なく死が付与される。

 ここで襲撃者の動きが完全に止まってしまう。

 防弾性の繊維で作られたコートが容易く貫通されたばかりでなく、瞬く間に仲間が三人も始末された事実に、残りの四人は驚愕する。

 仲間が殺されたり自分が死んだりする覚悟など、とうの昔にできている。

 しかし目前で繰り広げられた一瞬の出来事は覚悟の範疇を越えていた。自分達は長い時間と労力をかけて人を殺す技術を鍛え上げ、こと近接格闘であれば誰であろうと瞬殺できるだけの実力があると自負していた。それがチームでの連携であれば尚更だ。

 それが、どうだろう。

 一瞬で半壊させられた。

 人が鍛練を積めば今のような動きができるものなのか。

 否、これは人間の領域を越えている。

 達人(マスタークラス)だとか人間兵器(ロボット)といった生易しいものではない。


 超人(ミュータント)だ。


 襲撃者の脳髄に戦慄が走る。

 その超人は自分達と違って動きを止めていないからだ。

 銃を持っていない方の腕が閃いた。影から死地へと飛び出した五人の最後尾にいた者の顔面──左目の下に黒いナイフが深々と突き刺さる。二人目を始末した時に奪っていた彼らの武器だった。肺の奥から咽喉を通じて末期の空気が漏れる。膝から崩れ落ちるよりも早く三発の銃弾が顔面を破壊したため、身体は独楽のように回りながら倒れ込んだ。

 裏路地に射し込む街の灯りのスポットライトに独りで身を晒された五人目の襲撃者。足下に倒れ伏して動かない仲間を視界に収めながらも、彼は最期まで正確に現状を把握する機会を得られなかった。ナイフを持つ腕が捻り上げられ、即座に折られる。独唱(ひめい)を奏でる前に手刀が打ち込まれて喉が潰され、更に腹部へ膝蹴りが突き刺さった。くの字に身が曲がりフードが外れる。無防備にさらけ出した後頭部と延髄を、慈悲のない鉛弾が一発ずつ穿ち抜く。


 五人の暗殺者が一瞬で全滅。


 本来であれば暗闇からナイフを投擲して仲間を援護するつもりで影に残っていた二人の暗殺者は、援護どころか芸術的とも呼べる連携攻撃を披露する時間さえ与えられなかった。

 それも得意とする格闘戦の距離で、ことごとく頭部を撃ち抜かれ。

 その事実に身体が震えている。


「で、どうする?」


 夕食のメニューを尋ねるような口調で、ターゲットだった人物が影の中へと問い掛ける。汗ひとつかいた形跡がない。それは、こういう戦い方……人の殺し方に恐ろしく馴れていることを意味していた。


「境界都市を甘く見ていた」


 返答はそれだけ。

 退却の機会を与えられた屈辱と安堵が入り雑じる苦々しい声だったが、決断は早かった。二つの気配が、暗闇の中に融けたまま遠ざかっていく。


「その台詞じゃあ、お前らもクライアントも『外』の人間だってバラしてるようなもんだろ」


 呆れたと言わんばかりに首を左右に振る。

 となれば、彼らのクライアントが雇った戦力は今ので全部と見て良さそうだった。

 クライアントが単独であった場合なら、の話だが。


「やれやれ」


 相変わらず不味い煙草を口許に預け、転がる襲撃者の亡骸達に嘆息を投げ落とす。死体の処理は裏通りの「再利用業者(ボランティア)」が何とかしてくれるだろう。

 だが彼を嘆かせているのは死体の処理に対する心配ではない。


「単なる人探しの依頼が面倒なことになってるぞ、ミッフィー」


 恨みがましく呟いて、数段味が落ちた煙を深く肺に溜め──

 境界都市で探偵業を営む男、ダグラス・イヨネスハイムは境界都市の夜空に、彼を黙して見下ろす月に向けて吹き付けた。


 相変わらず月は黙して微笑んで、

 煙草は不味いままだった。


べ、別にジョン・ウィックを見たから頭に九パラを叩き込んでる訳じゃないんだからね!

勘違いしないでよね!


ダグラスの声は、俳優で声優の木下浩之さん(特に『BONES 骨は語る』のブース捜査官)をイメージしてください。

(完全に作者の趣味)

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