「セシャトのWeb小説文庫」(セシャト様)より(その4)「酔いざめの波多野君と、そして『ふしぎのくに』」
少し間が空きましたが『ふしぎのくに』コラボもこれにて完結です! 「職業意識」が働きすぎた波多野君、創作意欲は出ましたが……未来を知り損ねた挙句……彼には強く生きて欲しいのです。あとヘカさん、許してつかぁさい!
九
結局のところ、『ゴロワーズ』はたったの一吸いでヘカに取り上げられた。不服は言えなかった。そう何度も黒煙草独特の香りを店内に充満させるのは古本屋としてはまあ、ご法度だろうからもっともなことだからだ。でも、「映画マンとしてダメ」と自分の視野の狭さをたしなめられた僕は、もうタバコに逃げることすら出来なくなってしまった。ウイスキーだって……殆ど全部セシャトに飲まれてしまった。ウイスキー・ティーで酔っぱらったのか、「『任侠の証明』は今度注文しときますよぅ!」などと調子いいこと言ってくれてはいるが。
「波多野……。映画とは商業芸術だ。だからまず、観客が求めているものを把握し、その範囲内で芸術性を問わねばいかん」
二本目のタバコとアルコールによる若干の喧騒が落ち着いたところで、神様はソファの上で半ズボンからむき出しになった膝小僧を抱えると、それまでとは打って変わった落ち着いた声でまた話しはじめる。
「それは分かっています」
「いや、分かっとらんぞ」
映画マン、要は創作の末端の人間としての矜持をなんとか保ちたいこちらの反論を彼は一蹴した。
「大都の歌謡モノは、人々が洋画の料金を気にするくらいに金がなく、海外旅行など夢のまた夢の時代だからこそあたった……。だから、荒川の土手で若手スターが歌い踊っても、誰も何も思わなかった」
そこで話は一旦とまった。神様は膝小僧をくるりとセシャトの方へ向けると、薄いガラス板のようなものに向かって指先を操る女の子に「『任侠の証明』はデラックス・エディションにしとくようにな、予告編とインタビューついてるヤツ」とだけ囁いて~この世界のメモ帳はペンがいらないのだろうか~からこちらに向き直った。
「それが、今の1976年ともなれば、大学生だって学生時代のアルバイトの給料を全部つぎこんでヨーロッパやニューヨークに行ってしまうじゃろ? 当然、皆、洋画の料金に躊躇などしない。本場ものが観られるのに、日本人のミュージカルなんて見向きもされんぞ」
「うう……」
もう、反論は出来なかった。ウイスキー・ティーをたしなむ神様を僕は恨めし気に見つめるだけしかできない。神様の言うことはすべて正しく、そして僕自身が十分に分かっていることだった。ゴールデンウイークには立ち見客を捌ききれなかった大都の歌謡映画の栄光など、やはり過去の事象にすぎないということか。となれば、僕は単に流行りモノについていけないが故に意固地になって一人で文芸復興めいたことを叫んでいただけなのだろうか? なんと虚しい情熱だったのだろう。
「仮にウチがジュリー・アンドリュースと契約できても無理だと?」
すっかり頭が重たくなってしまった僕は、深々とソファにもたれ込みながらに夢の名残を口にした。反論ではなかった。自分の中の神様ともいうべき大女優を招聘してすら、考えていることが実現しないということだけ確認したかった。
そして、敬虔な祈りをもってしても神様の首はゆっくりと縦にのみしか動いてはくれなかった。。
「ダメじゃな。そもそもがミュージカルというジャンルすら怪しいぞ。ベトナム戦争や大学紛争を経た若い世代は、突然画面の美男美女が唄い踊るといったお約束を冷めた目で見るからな。彼らが許容するのはホラ、既成の楽曲をそのまま映像のバックに使う『アメリカン・グラフィティ』みたいなものだけじゃな」
歌う映画はもう、求められないのだろうか。僕は、自分がフラフラになってきていることを隠せなくなってきていた。何がどう、ではない。せっかく創作の神様のもとに招かれたというのに、そこで語られることが技術論に辿り着かないなんてうろたえるにふさわしい話じゃないか。創作の技巧の前に、心構えが間違っていたということなのだろう、多分。
「社長は頑張っておられるんじゃないですか? 時流に遅れまいとされてるんじゃないですか?」
神様以外の声が久しぶりに僕あてに届いた。セシャトだ。声の方向に顔をよせると、そこには静かな微笑みがたたえられている。そして、視線が合えば慰めるかのようなはにかんだ顔がこちらを見つめ返してくれる。
そうともなればもう、いじけた気持ちはどこかに置いておいてもいいな、という気分になってしまう。さっきこの女の子にも自分の考えを思い切りよく否定されたというのに、やっぱり映画にブッキング出来ないだろうか、という諦めの悪い企みに火がまた点いてしまいそうになるじゃないか。経理部で仮払いもらったらカリフォルニアあたりへの撮影旅行を組まなきゃいけないのだ。
「会社は若者のセンスを求めて立ち直ろうと懸命なん! なのに肝心の波多野が過去の成功にのみこだわっていたらダメなん! ……あと、セシャトを映画やポスターに出演させる試みはいい加減諦めるん!」
サイパン行きの航空券を手渡そうとする妄想にまたまたふけりはじめたこちらから、ヘカがそれを台無しにしてしまうだけの大声を上げるまでに間はなかった。
「どうしてもというならウチも出すん! セシャトは税込み二億、ヘカは税抜の三億円でオーケーするん!」
ああ、もう! 本当に、この! 妄想が打ち切られた僕は恨めし気な顔を黒髪の少女におくるしかなかった。もうちょいとだけ待ってくれたら、セシャトのおかげで社長賞をもらってたまった有給を一気に使ってニースでブイヤベース食うくらいまで妄想がはかどったのに! おまけに、自分だけギャラの値上げを要求してきやがった! もう、僕は頭を掻くしか出来ない。
セシャトとヘカが会話に加わり、その一方で妄想をたくましくする僕がいる空間の暴走を制するように、ゴホン、という咳払いの音がした。神様のものだ。
「さて波多野、2019年には映画はもう、娯楽の王様をテレビに奪われてしまっとる……。が、ワシ達がいるこの時代ではそのテレビだって怪しい。……ネットじゃな、今は」
ミュージカルは一人相撲と言われ、更にはヘカのせいで水着もブイヤベースもパァになった僕の横にいつのまにか神様がいた。そして彼が伝えることは、映画もテレビも天下を失おうとしている未来だった。
「ネット!?」
僕は怪訝な声をあげた。さっきも出てきた言葉だったが、その全貌など分からない以上当然なのだ。そんな得体のしれない媒介が僕が知るような娯楽の全てを追い抜いていったというのだろうか?
十
「詳しくは言えませんが」
「ネット」の概要を説明してくれるのだろうか、神様に続いてセシャトが語りかける。
「普通の人が映像や文章を作成して、世に問うことが可能な媒体ですよぅ! あと、映画も注文できますよぅ!」
彼女は小さな右手で口を覆うとまた笑った。本当によく笑う女の子だ。
「創作も出来たら、映画の注文も出来る?」
「はい」
即答した彼女は、テーブル越しに僕の目の前まで、先ほどこちらがメモの為の石板か何かだと考えていた薄い板を差し出した。……それは石板ではなく、ガラスの向こうに文字なり写真なりが羅列してある得体のしれない何かだったのだが。
「これが……ネット……ですか?」
「そうですよぅ! 今はこれで、創作も買物も出来るし、ニュースも確認できます。更にはテレビ番組も観られるしスポーツの結果も分かるんです! さらには辞書にも……」
「はえ~」
僕はもう、何も言えなかった。呈示された情報が多すぎて、頭の理解が追いついてくれないのだ。ただ、ニコニコと笑う女の子の顔が嘘をついていないことくらいは何となくわかった。多分、それくらいは見極められる。
「じゃあ……要は『ネット』とは、万能電子端末、といったものだと理解したらいいのでしょうか」
「大体はそう思っていただいて結構ですよぅ!」
「はえ~」
ため息しかでなかった。確かに、これだけの小さなものから様々な情報を欲しいだけ取れるのなら、映画やテレビも王者じゃなくなる日が来てしまったとしても疑うことは出来なかった。恐らくだが、未来では製作者が一方的に創作物を世に問うのではないのだろう。普通に生活している人間だって、技術を駆使したら世間に自己の作品を提出できるのだろう。
急に寒気がした。誰もが「ネット」を通じて情報を発信できる時代には、映画もテレビも必要とされていないのじゃないかという恐怖で悪寒がしたのだ。僕は、滅び行くマンモスの尻尾に忍び込んだ虫でしかないじゃないか。
ミュージカル製作の可否などはもう、どこかに消え失せていた。
十一
「波多野の悪いところはだな、一旦悲観的になるとトコトン落ち込んでしまうところじゃな」
耳を塞ぐようにして頭を抱え、応接セットの一角にうなだれてしまった僕を神様がたしなめた。
「しかし……神様。今、セシャトさんがおっしゃったような世界が実現するなら、映画なんてお呼びじゃないのではないのでしょうか?」
「だからお前は早とちりなんじゃ」
彼は、おそるおそる目を向けたこちらに対して苦笑した。
「ワシもセシャトもヘカもいったいいつ、ここの誰が映画が滅びると言った? 映画は残っておるよ。立派に今日も人々を惹きつけておる。多くの者が集って必死に知恵を絞り、お金をかけたものはそう簡単に廃れやせん」
大きな目の子供はまた、姿からは想像もできない力で僕の両肩を掴んだ。
「ネットの話をしたから少し寄り道になったな。先に言うが波多野、お前には情熱はあるぞ。ただ、ワシ達が今伝えたいのは視野を広げる必要じゃ……自分が何を創りたいか、と同じくらい世間が何を求めているか、を考えなきゃ真の創作のプロにはなれぬぞ!」
「……分かりました!」
不思議な程あっさりと承諾の言葉が出た。ミュージカルを諦めたわけではない。そうではなく、映画がネットの時代にも生き残るためには言われたとおりに知恵を振り絞って、この時代まで会社を持続させる事こそが重要だと思ったのだ。
「その調子じゃ波多野! そうやっていたら大ヒット作なんて、思いもよらない形で出ることもあるしな。例えば、レーザー光線が出る剣をつかったチャンバラで宇宙を舞台にし……モガッ」
肩の力が程よく抜けたこちらの横でよく分からないことを言いだした神様に、ヘカが狐のように飛びついて口を塞いだ。少年……の姿をした神は悲鳴をあげ、口の悪い女の子と一緒くたになりながら八畳の片隅へともんどりうって転がっていく。
「波多野に楽させちゃダメなん! 今、新たな努力を決意した途端に正解を教えたらコイツ努力しなくなるん!」
「ダメですよぅ神様! 未来の情報は与えてはいけないとこの前、オリュンポスの全神サミットで日本のあまちゃんに怒られたでしょぅ?」
二人の女の子の小言が、強弱は別として部屋に響き渡る。どうやら神様はうっかり「未来で大ヒットした」映画を教えようとしたらしい。神といえども、酔っぱらって口を滑らせかけることはあるものなんだろう。
そういやセシャトも少しは酔っていたな、と思った。と、なると、この店で唯一シラフでいるのってまさか……?
「神様! もう夜が明けるん! いつも通り、お客の望む未来の出来事を一つだけ教えてお開きにする時間なん!」
うわばみの声がした。僕の背筋をまた、冷たいものがしたたり落ちた。
「う、う……ヘカよ。もうそんな時間か? ……バストを呼べ、波多野を元の世界に車で戻さなきゃいかんからな」
床にたたきつけられたせいか腰をさすって起き上りながらに神様が呻く。気がつけば明け方の青い光が窓から差し込んでいた。時計も五時半を指し示している。
「少しは気が晴れたか……波多野よ? とにかくお前はまずはアンテナを張り巡らせろ。世の中を見ろ……そうすればいつかまた、歌謡ミュージカルが求められる時だってくるかもしらん」
神様はソファによじのぼると、僕の肩をまた軽く叩いた。
「ありがとうございます!」
心から、本当に心の奥底からで、この『ふしぎのくに』の人達への僕の感謝が言葉となって出てきた。ジャンルが何だっていいじゃないか。映画会社に入った以上はミュージカルばかりに頭でっかちにならず、世の人を満足させる面白い作品に加わることこそが僕の使命じゃないか。
そして……この四十三年後の2019年に存在するここの三人を必ずアッといわせてみせる!
「夜が明けたな」
セシャトが切り出したバームクーヘンにむしゃぶりつきながら神様が呟いた。「波多野も食べるん!」というヘカの言葉に促されて、僕も同じように洋菓子に手をつける。なんだかんだで、この子も悪い子じゃないんだろうな、と思った。
が、右手のバームクーヘンを口にほりこむ前に神様が僕の脇腹をつついた。幼くおどけた小さな声が耳元で囁く。
「最後に波多野、さっき『未来を教えたらダメ』といったが……実は一つだけならいいのだ」
「一つだけ?」
「そうだ。創作以外なら、お前が望むものなんでもよい。それがワシからのお土産だ」
神様は口元に食べかけのケーキのかけらをつけながら、イタズラ小僧といった面持ちでウインクをきめた。
十二
「ううむ」
突然の申し出に僕は呻いた。未来を一つだけ教えてやる、と言われてその中身を即決できる人間なんてそうはいないだろう。創作はおいとくとしても、いくらでも訊ねたいことはあるのだ。僕は健康に生きられるのか? 今の彼女と長く一緒にいられるのだろうか? 高校の頃好きだった女の子は幸せに過ごせるのだろうか? 目に見える過ちを犯した親友は罪を償えるのだろうか? ……問いたいことが山のように積み重なっていく。
しかし、どれか一つしか知ることが出来ないのだ。そして、どれもが真剣なもののはずだ。となると、くだらないダラダラとした話でも繰り広げながら見つけるのが一番だろう。
「へえ……何がいいだろう。この調子じゃ神様は当然、タイガースに入ったラインバックとブリーデンが活躍するかなんて些末なとこから知ってはるやろし、ああ、悩むなあ」
僕は神様の顔を覗き込むと、その口の食べかすをつまみながらに阪神タイガースの話などでお茶を濁す。だが、ただの世間話にしては神様の反応は意外だった。彼はポカンとした表情をしたが、やがておもむろに口を開く。
「ふむ、ラインバックとブリーデンじゃな……。二人とも活躍するぞ。そうじゃな……ラインバックが三割打ってベストナイン、ブリーデンは四十ホームランじゃな」
「ワオッ! ホンマですか? ほな、僕が知りたいことは……」
思いもかけないところで今年のタイガースの躍進が分かった僕は声を弾ませた。とりとめのない話のうちに、本当に聞きたいことが、知りたい未来の事象が分かったのだ。
「波多野、何言うとるのじゃ」
金髪の少年はヘカが淹れたほうじ茶を一口啜った。
「わしゃ、お前が口に出した『知りたいこと』は今、言ったじゃないか」
「えっ?」
「だから、ブリーデンとラインバックは打つぞ。良かったなあ! しかし、諸々を差し置いてまでお前が知りたい未来がタイガースとは、お前、よっぽどタイガースが好きなんじゃな!」
白い歯がニヤリと笑った。
「ぎゃっ! そんなぁ!」
「バストさんの車が着きましたよぅ!」
僕の情けない声を上書きするかのように、セシャトの明るい声が響きわたった。本棚の隊列の隙間から面をうかがうと、涼やかな顔をした長身の青年がトヨタ・セリカ~僕の時代の車だ~の前に佇んでいる。
「わーっ! 神様! 僕が、僕が本当に知りたいことは!」
僕は蜘蛛の糸が切れたカンダタのように神様にすがりつこうとした。が、無駄な事だった。少年の顔が徐々に視界から遠ざかっていく。襟首を恐ろしい怪力で誰かが引っ張るのだ。
「見苦しいん! 創作の視野が広がったことで一つ、波多野の未来が開けたん! 諦めて車に乗るん!」
腕自慢の主が諦めろと言わんばかりに叫んだ。
「ヘカさん痛いですて痛いですて! 神様! セシャトさん! 僕の未来は? わーっ! 聞きたかったのはラインバックじゃねーんです!」
悲鳴もむなしいままに、いつしか僕は表通りまで連れ出されていた。
「つべこべ言わずに乗るん!」
「波多野さん、また来てくださいねぇ!」
「今度は……お前が年を経た今年に会うとするかの!」
セリカに乗り込んだ僕に、『ふしぎのくに』の住人達が次々に声をかける。男前の運転手は「じゃ、行くっすよ」とだけ語ると、エンジンキーを回した。もう、これ以上未来を教えてもらうチャンスはないということらしい。
と、なれば、僕がやらなければいけないことは一つだけだった。エンジンがかかるまでの僅かな時間でもって僕は助手席のウインドウを開ける。
「皆さん! 今日はありがとうございました! きっと、2019年にも残るようないい映画、世に出します!」
「その意気じゃ波多野! お主だってやれば必ず出来る!」
セリカが動き出す。『ふしぎのくに』の三人の姿が小さくなっていく。そして角を曲がって、神様達が見えなくなった時、僕の不思議な一晩にようやく幕が降りた。
十三
「セシャトさん……すか……。実はあの人も『ネット小説』の神様なんすよね……」
靖国通りを西に走る車の中で、バストと呼ばれた運転手がふと思い出したように話をはじめた。その瞬間、僕は薄い夜明けの光の中で、東京の街が気づけば自分の知っているものに戻っていることへの興味や安心などを綺麗さっぱり忘れてしまった。
「ゲッ」
何度目かの悪寒がした。どうやら僕は、神々の一人を本気で色っぽく撮影しようとか考えていたらしい。
「アハハ……それは……それは……なら、ヘカさんも何かの?」
バストの返事はなかった。代わりに、車が少ない明け方の市ヶ谷駅前の信号で停車したセリカの中に彼の淡々とした声がする。
「あ、波多野さん。そのヘカさんからです。……波多野さんにメッセージっすね」
停車を利用したバストは、セシャト様が操っていたような薄いパネルの中の文字に見入りはじめる。
「何さ」
創作者としての心構えを教わったが、未来を知ることに失敗したうえ神罰の心配で頭がいっぱいになりつつある僕はつい無愛想な返事をする。
「えーと……『セシャトを水着で撮影しようとした罰は重いん』と書いてますね」
「はあ……そうでしょうなあ」
沈んだ声しかでなかった。セシャト様だってせめて神様だったら、もうちょっとそれっぽい格好と話し方をしてくれたらいいのに! あれじゃ可愛い古書店員としか思えないじゃないか!
「波多野さん気を確かに聞いてくださいね……。『だから波多野の同棲している彼女に、アナタの恋人が今、神保町でエキゾチックな美女を本気で口説いてますと電話したん!』って書いてるっすね」
「ヘカーッ!」
僕は叫んだ。創作の道はおぼろげに見え始めても、我が私生活が冥府魔道を辿りはじめている!
「えー、まだ続きがありますね。『未来予知を特別にサービスするん。明け方に波多野はアパートの玄関でフライパンもって待ち構えている彼女にボコボコにされるけどなんだかんだ許されて、無事結婚出来るん……強く生きるん!』だそうっすよ」
「ヘカーッ!」
動き出した車の中に哀しい声がこだまする。
「波多野さん、中野まで飛ばすっすよ。どうせ殴られるなら痛みは早く受けたほうが絶対いいっす!」
「いやーっ!」
好天になりそうな空が本格的に白み始めた。バストのセリカが朝もやの中を加速し始める。神罰を受ける日ならもう少しこう、アンニュイに曇ってくれてもいいのに、と僕は願った。