第8話 逃走
折角捕縛した刺客を殺された日の夜、響は家の近所の公園で魔法の特訓をしていた。
雲一つない美しい夜空の下、地上にはもう一つの星空が広がる。
それこそが響の魔法だ。
響の魔法は物質を光に近しい物質ー便宜上、『亜光物質』と響は呼んでいるーに近づけることがスタートになる。
光に近い、だが、光とは違い僅かな質量と表面積を持つそれは質量故に光よりも少しだけ遅く動く。
空気を動かせる程の質量を持たせれば、それだけでとんでもないエネルギー兵器になるが、現在、それを行う必要は無い。
(やはり難しいか)
響は自らの魔法の欠点、射出までの時間と、掌を向けた方向にしか放てないという物を改善すべく、特訓している。
だが、今のところ、放たれた光は全て夜空に直進するだけで、曲がる気配は無い。
いや、厳密に言うと見えているわけでは無い。
ただ、自分の放った魔法がそう言う結果になったと伝わっただけだ。
試行錯誤しつつ、魔法を放つ響の背後から足音が聞こえてくる。
振り返れば、そこには美しい白髪の少女、花音がいた。
「熱心ですね」
「まあ・・・死活問題だからな」
響が魔法を放つ。
その手元を見た花音はそっと呟いた。
「やっぱり」
「何がだ?」
響の声、それは花音への質問というには余りにも棒読みで、彼女が何を言おうとしてるのか、既にわかっているようだった。
「単刀直入に聞きます。貴方は、一ノ宮の人間ですか?」
「・・・そうだ、といったらどうする?」
「はいかいいえで答えてください」
「・・・わかってるだろ、俺は一ノ宮の人間では無い。とっくの昔に家系図から消された人間だ」
響の言葉は彼がかつて、一ノ宮の人間であった事を裏付ける。
「私、最近よく夢を見るんです。私にはお兄ちゃんが居たって、それは夢だけど、決して私の妄想なんかじゃ無い。今は忘れたかつての記憶だって・・・」
「そうか」
「貴方の魔法、『鎌鼬』を倒した時のあれはどうみても『黒』の家系で成し得る魔法ではなかった。空気中の塵を魔法で光に変換、光として拡散するその粒子を移動魔法で制御、その際に光を僅かに質量を持つ物質に戻し、二分の一質量速度の二乗で生まれたエネルギーを相手にぶつける、これだけなら『黒』でも出来ます。けれど、貴方のあれはエネルギーを無作為には放たず、レーザーとして放っていた。あれに方向性を持たせるにはレーザーのベクトル制御と、『停滞』による暴走制御を行わなければいけない。当然、高いレベルで」
響からしたら、隠していたわけでは無い。
ばれても構わない程度の気持ちだった。
だから、響はいつも通りの声音で呟く。
「そうだな、で、それを確信したお前はどうするんだ?」
「何もしませんよ。ただの興味本位です」
花音もまた、何事も無かったかのように戻っていく。
真実を知ったからといって、二人にはどうする事も出来ない。
家へと入った花音の方を向きもせず、響は再び、一条の流星を夜空に放った。
♢☆♢☆
翌日、響の通う東都魔法高校では入学以来、2回目の魔法による実技演習が行われていた。
1回目を入院で休んだ響は、これが1回目なのだが、授業開始前から集まる視線に居心地の悪い思いをしていた。
「なんでみんな俺を見てるの?モテ期?」
「さあ?私にはわかりません」
いつも通り、マイペースな会話を繰り返す二人の元に音色がやってくる。
「響はほら、花音の彼氏だって噂があるから、一応、次期『七星剣』の伴侶になる可能性がある訳だし」
「成る程ね」
納得しつつ、響はテスト用のフィールドに立つ。
東都魔法高校の実技演習は戦闘演習と技能演習に別れている。
技能演習は指定された『結果』を魔法で作り出し、その完成度、掛かった時間をテストする。
戦闘演習は、戦闘人形と呼ばれる人型のロボットと戦い、無力化するまでの時間を測る。
聞く限りでは戦闘演習の方が楽そうだが、戦闘人形の戦闘力は街中で暴れる暴漢程度に設定されており、殴られれば痛いし、歯が折れたり最悪骨が折れるくらいはする。
魔法で治療するために後遺症が残る事こそ無いが、流石に女子生徒でこれをやるのは殆ど居ない。
「よーし、じゃあ起動するぜー。気をつけろよー」
演習室の管理室、ドールズの出力などを設定している先生から声が掛けられる。
そして、ブザーのような音が演習室に響いた瞬間、ドールズの頭部、その双眼がある位置が紅く光った。
そして、オートバランサーと各部のモーターが起動する音と同時に、人肌程度の柔さの合成樹脂に包まれたカーボン製の拳が振り抜かれた。
軽くバックしつつ、響は『高速移動』を起動、あっさりと懐に入り込み、諸手狩りでドールズを押し倒す。なおも暴れるそれの顔をその手で掴み、響が魔法を発動しようとした瞬間、先生から放送が入る。
「オッケーだ黒崎、タイムは2.7秒。ドールズの破損も無いし、文句無しの満点」
ワッと生徒達から、感嘆の声が漏れる。
ちなみに、これまでの最高タイムは24秒、それも遠距離から魔法を放っての制圧、魔法使いとしてはそちらの方が、『それらしい』が実際には響の方が『優秀』な結果だ。
立ち上がって、ドールズから手を離す。
すると、大人しかったそれは再び暴れ出し、油断していた響は思い切り、頰を殴られた。
拳が当たったと感じた瞬間に首を捻り、ダメージを逃すが、ドールズはその隙に響の下から脱出、ついでとばかりに目から催涙ガスを吹き出してきた。
「ゴホッ、先生、どういう事ですかね?」
響が尋ねる、が、先生も予想外だったようで、困惑した声が返ってくる。
「あれ、私、何もしてないんだけどな」
頼りにならない、とは言わない。
恐らく、これは響、ないしは花音を狙ってのものだ。
だとしたら、先生は被害者であり、この事態の解決は響がするべきだろう。
「先生、ぶっ壊して止めますよ」
腰を落として、ドールズと対峙する。
敵から操作されているのであれば、ドールズの戦闘力は最高値、訓練された兵士よりも強いだろう。
魔法が使えないという理由から、戦線では役に立たないが、日本という国の秩序を守り続けるこの兵器は決して弱くない。
最悪、響は本来の魔法を使おうかと、考えていたが、その必要は全く無かった。
「馬鹿言ってんじゃないよ」
響と対峙していたドールズが吹き飛ばされて壁に激突、一瞬でバラバラになった。
響が声の方に目をやれば、先程まで管理室にいた担任、七海 周防が立っている。
先ほどの魔法は彼女が放ったようだ。
「大人は子供のミスをカバーしてやるもんだってのに、大人のミスを子供にカバーしてもらうやつが何処にいる。悪かったね、黒崎。直ぐに治療しに行くよ」
「いえ、お気になさらず、大した怪我はしてませんから」
「そんなわけ・・・って、本当だね。何か、武術でもやってるのかい?」
「御冗談を」
響の言葉に周防は笑うだけだ。
周防もまた、『七星剣』の一角、『黒崎』を知らないわけでは無い。
周りの生徒は訳の分からない、といった表情だが、音色や花音に、他数名も真剣な表情だった。
♢☆♢☆♢☆
放課後、委員会の仕事があるとの事で委員室に行っている花音を待っていた響は予想外の人物に声を掛けられた。
「よっす、久しぶりだね」
「火条、なんか用か?」
赤い髪を揺らす少女、綾音は不思議そうな表情で響を見る。
「意外だったよー」
「何が?」
「響って、モテるんだね。クラスだとあんまり目立ってなかったからさー」
「は?」
何言ってるんだこいつ、そんな表情で火条に視線をやると、彼女は「だって」と呟きながら、音色と花音の事を挙げた。
「たまたまだ、学校の頃からイメチェンしたとか、高校デビューとかじゃねえよ」
「それくらい分かるよー。もう、あれだもんね。今でも、こう、何考えてるかわからないような、ミステリアスな感じがするもん」
「何も考えてないからな」
「あはは、でも、中学の頃よりは楽しそうだよ」
「・・・そうか?」
「うん」
確かに、響にとって中学は決して居心地の良い場所ではなかった。
虐められてた訳でも無ければ、トラブルがあった訳でも無い。
だが、つまらなかった。
それを考えると、なし崩しで押し付けられたこの仕事を何だかんだで気に入っているんだろうか。
「そうか」
「そうだよ〜」
少し、間を空けて返した同じ言葉、だが、微妙に違うフィーリングを感じ取ったのか、彼女は満足そうに頷く。
「あれ、響さんと・・・誰ですか?」
そんな二人の元にやってきたのは花音だ。
委員会の仕事中なのか、大きなゴミ箱を持っている。
「あ、どうも。火条綾音です、響とは同中なんでよろしく、一ノ宮さん」
「はあ、どうも」
恐ろしいまでのコミュ力の高さに、花音も少し困惑気味だ。
滅多に見られるものでも無かったので、響が興味深げに眺めていると、花音が助け舟を求めて、響の方を見る。
どうしたものかと、何か口にしようとするが、それよりも早く、火条は「では、私はこれから友人と遊んでくるので、さらばー」と立ち去ってしまった。
「彼女、何ですか?」
疲れたような花音、響は「台風でしょ」と適当に返事をすると、花音の持っていたゴミ箱の片方を持ってやる。
「あ・・・」
「何?」
「いえ」
彼女はそんな響の行動に、一瞬戸惑ってから、回り込んでゴミ箱の片方を持った。
ゴミ箱を元の位置に戻し終えた後、花音と一緒にいつも通りの帰宅路を歩いていると、花音が響の方に首を向けた。
「今度、暇があったら響さんの中学時代の話、聞かせてくださいね」
「ま、気が向いたらな」
「良いんですか?灯ちゃんに聞いちゃいますよ?」
「音色も花音も、いつの間に灯ちゃんと仲良くなってるですかね?」
「さあ、いつでしょう」
「まあ、良いけどさ」
二人して歩いていると、後ろから「あ、お兄だ」と声が聞こえる。
響が振り返れば、そこには部活終わりなのか、ジャージ姿の灯が居た。
「丁度良いし、夕飯の買い物に行かない?」
と、灯が提案すると、断る理由も無いために、響と花音は承諾。
その日は、響の家で三人でご飯を食べる事になった。




