第6話 スキャンダル
一ノ宮本邸
魔樹と呼ばれる魔力密度の高い樹で作られた木造建築の屋敷は、東京ドームよりも大きい敷地面積を持っており、群青と一ノ宮の関係者全てが暮らしているにも関わらず、非常に余裕のある間取りだ。
そんな屋敷の中でも最も広い部屋、年に2回、お盆と年末に会食を行う以外には滅多に使われることのないその部屋には現在、その家に住む者全てが集合していた。
そして、五十人以上の視線、その全てが部屋の中央で正座する少年ただ一人に向けられている様は異様と言うほかない。
真っ黒なスーツに身を包む少年は、それだけの視線を浴びつつもそれらの一切を気にしている様子は無く、呑気に欠伸をしている。
不快だ、というのを隠しもしない視線が少年に突き刺さるが、誰も何も言わない為に少年は反省した様子も見せない。
そんな少年に遂に耐えきれなくなったのか、一人の男性が立ち上がり、怒号を飛ばした。
「貴様!いい加減にしろよ!ここ、『龍神の間』は神聖な場なのだ!それを先程から欠伸なぞしおって!」
周りの者はそれに便乗こそしないものの、よくやった、とでも言いたげな表情で、その様子を見ている。
そんな彼等を冷めた目で見た少年は呆れつつも、それを表情に出さないようにして、謝罪する。
だが、それが気に入らなかったのか、遂には立ち上がって男性が少年の胸ぐらを掴み上げた。
この状況、明らかに少年が悪いようにも見えるが、実を言うと、少年は7時間前に病院から直接連れてこられて、ずっと待たされ続けており、こうなってしまうのも仕方が無いと言ってしまえば仕方がない。
ちなみに男性らが来たのは今から30分前だ。
「下ろしてくれませんか?」
「貴様、自分の立場がわかっていないようだな。偶然、花音様を守れる立ち位置に居ただけで調子に乗りおって・・・」
じゃあ、どうすればいいというのか。
うんざりしつつ、とは言ってもそれを表情に出す事はしないが、胸ぐらを掴まれるままにしていると、部屋の天井に設置された72のダウンライト全てから光が消える。
真っ暗になったのは一瞬。
次に、『龍神の間』の前方にある壇上のみがスポットライトで照らされて、全員の目を集めた。
「こんにちわ、みなさん元気でしたか?」
壇上に立つのは一人の男性、白い髪の毛を短く切りそろえ、白いスーツに熊柄のネクタイを締めた彼は鼻に乗せるようにかけた眼鏡の位置を直しつつ呟く。
そして、胸ぐらを掴まれた少年と掴んでいる男性を見ると、苛立ったように二人の方を睨んだ。
「おや、そこに居るのは一ノ宮剛君でしたよね?何をしていらっしゃるのですか?」
「この小僧が余りにも目に余る振る舞いをしていたので・・・」
「そうですか・・・ところで、貴方。『龍神の間』はどんな場所だと私は教えましたっけ?」
「は・・・え、ここは神聖なる間だと」
「ええ、そうですね。ここは神聖な場所なんですよ。それで・・・私は、ここで礼儀正しくしろとなんて言ってません。ただ、静かにしろと言ったんですよ。確か、一週間程前に」
そこまで言われて漸く自分のやっている事を理解したのか、響を落とすように手を離し、直ぐに頭を下げた。
「申し訳ありません!」
「だから・・・うるさい」
「・・・っ!!」
男性が指を鳴らす、それだけで先程まで威勢良く響へと怒声を飛ばしていた剛がもがき苦しみ始めた。
(停滞の魔法で彼の頭の周囲の空気を固定しているのか)
響が冷静に観察していると、遂に剛は意識を失ってしまう。
それと同時に魔法も解除され、男性が二度手を打ち鳴らす。
「さて、剛君を運び出してください」
顔を隠した白装束の人物、性別すら分からない二人が何処からともなく現れると、大柄な剛の身体を担いで運んでいく。
「申し訳ないね、黒崎響君。少々見苦しいところを見せました」
「・・・」
響はスーツに着いた畳クズを払って男性に視線をやる。
余りにも無礼な態度に周りから、睨まれるが、先程の事もあり、誰も声を上げない。
「知っていると思いますが、私の名前は一ノ宮晴信。一ノ宮の現当主です。この度は私の娘を命がけで守ってくれたとか・・・謝礼という事で何かあげますよ。欲しい物はありますか?これでも世界で3番目の権力と2番目の財力があります。高級車だろうと、家だろうと、人間だろうと、望めば大抵の物は与えられます」
凡そふざけているとしか思えない発言、しかし、これらは全て真実だ。
それだけの事を成せる力を持つのが『一ノ宮』である。
とはいえだ、ここでありきたりな物を要求すれば、それは『七星剣』の不評を買うことになる。
これは謝礼などと言ってはいるが、決してそんな生易しいものではない。
響は疲れたようにため息を吐き出してー当然、バレないように身体で隠しているー口を開いた。
「ならば、後ほど・・・自分と晴信殿、一対一で話す機会を下さい。それが自分の希望です」
その返答に晴信はピクリと、眉を上げる。
そしてーー
「いいでしょう。黒崎響君。君の望む日取りに私の予定を空けておきます。『七星剣』の時間を貰う・・・中々に有意義な貰い物ですね」
楽しそうに言う晴信、周りの人物はそれとは対照的に面白くなさそうな表情をしている。
「では、これにて解散。黒崎響君、楽しみにしているよ?」
♢☆♢☆
響が一ノ宮本邸を訪ねた翌日、5日ぶりに学校を訪れた響が護衛対象である花音と一緒に教室に入ると、クラス全員の視線が二人に集まった。
入学式以来休んでいた奴が登校してきた、にしては余りにも注目が集まりすぎている。
「どうかしたのか?」
「私にはわかりません。私も貴方が休んでいる間は一緒に休んでいましたから」
「は?そうなの?」
「そういえば、言ってませんでしたね」
護衛の為に学校を休むとは本末転倒だ、という意見は口に出さない。
自分の事を心配してくれた花音に対する態度ではないと考え直したからだ。
「いや、まあ、あんたなら学校なんて行かなくても変わりないだろうけどさ」
そんな事を言っていると、二人の前に一人の少女が走り寄ってくる。
「おっす、響、花音」
「音色、おっすおっす」
「おはようございます。音色さん」
挨拶?、を終えた響が一度クラスを見渡してから、音色に視線を戻して尋ねる。
「なんか、やけに注目されてんだけど、なんかあったの?」
「・・・んー、後で話す。後5分もしたらホームルームだし」
その後、昼休みになるのと同時に三人は学校の屋上庭園へと移動する。
春先、まだ冬の寒さを残すこの季節、屋上にいると、多少肌寒い。
「少し、寒いですね」
花音が呟きながら、魔法を発動する。
使った魔法は空気の流れを遮断する魔法に、空気を温めるものだ。
「ん、ありがと花音。ちょうどいい温度」
「どういたしまして」
二人の会話を聞きつつ、ベンチに腰を下ろした響はふと気になった事を尋ねることにした。
「そういえば、音色っていつのまに花音を呼び捨てにしたんだ?俺が休んでる間は花音も休んでたんだろ?」
すると、音色では無く花音がそれに答える。
「音色さんとは休んでる時もラインで話してたんですよ」
「え、嘘?いつのまに・・・俺、ライン交換もしてないんだけど・・・」
「あ、忘れてた・・・響も携帯出して」
音色がピンク色のケースに入ったケータイを取り出し、響にも出すように促す。
釈然としない思いをしつつも、友達登録すると、花音が説明を付け加えた。
「響さんが寝ている間にラインの交換したんですよ。ほら、私のアドレスって一応公式アドレスも持ってますから」
「ああ、成る程。そこから、プライベートのを伝えたのか」
一応、『七星剣』の顔としてテレビなどにも出演している花音はどこのアイドル?というレベルで、SNSにおける知名度は高い。
音色はそこに連絡をよこしたらしい。
「でも、よく音色だってわかったな」
「響さんは大丈夫か?って公式アカウントの方に送ってくるんですから、すぐわかりますよ。まあ、家の人にスキャンダルになるからすぐに消してもらえって言われたんですけど」
「ええ・・・てか、俺の個人情報よ・・・」
「それについては非常に申し訳ないと思っている」
あまり表情を表に出さないが、その分、音色は雰囲気が割とわかりやすい。
「いえ、別に構いませんよ。そもそも、アイドルじゃないんですから、スキャンダルも何も無いですよ」
冗談では無く、本心からそう言っている様子の花音を見て、音色と響は顔を見合わせる。
「響、花音って大丈夫なの?自分の立場わかってる?」
「さあ?わかってなさそうだけどな」
「二人とも?何を話してるんですか?」
聞いてくる花音を見ると、音色は小さくため息をつきながら首を横に振る。
「花音、響、二人がなんで注目されてたかっていうと、これが原因」
音色がケータイを操作して見せたのは響と花音が二人で歩いている動画だ。
どうやら、先日の様子を撮られていたらしい。
「これがどうかしたんですか?」
花音が不思議そうに尋ねる。
それに対して、音色がノータイムで答えた。
「二人が付き合ってるんじゃ無いか?って噂が立ってるの」
「は?」
思わず声を出してしまったのは響だ。
響は呆れたような声音で続けた。
「子供かよ・・・二人で帰宅したら付き合ってるんじゃ無いか?って、今時小学生でも言わねえよ」
ごく当たり前の結論を響が述べると、音色も「普通そう」と、一度は肯定する。
だが、音色はケータイを操作すると次の画像を出した。
そして、それを見た瞬間、響と花音は思わず絶句してしまう。
「流石にこれは言い逃れできない」
そこに映っていたのは花音を抱きしめる響の姿、中国から送り込まれた刺客を相手している時の二人の姿であった。
「なんでこれが撮られてんだ?」
「・・・あ、この角度は、街路樹に設置された監視カメラの画像ですよ。多分、走っている時に街中で魔法発動したから」
「あ、そういうことか」
街中で魔法陣を使った七級以上の魔法を使用する場合、それが危険な事に使われていないかを判断するために、至る所に仕組まれたカメラが魔法を検知して、その様子を録画する。
どうやら、それに映っていたらしい。
二人で納得していると、音色はずいと響に距離を詰める。
「まあ、これに関してはお父さんから伝えられているから、自体は把握している。だから、『七星剣』と『カラーシリーズ』、『四獣』の人達はわかっていると思うけど、一般の人は何もわかっていない」
「だろうな」
響と音色が二人で話し合っていると、その横から花音が不思議そうに尋ねる。
「まあ、撮られてしまった物は仕方ないですけど、何が問題なんですか?」
「・・・花音は一度、エゴサーチをして見るべき」
「右に同意だ」
呆れたように呟く二人をみて、花音は訳がわからないといったように首をかしげるのであった。




