第5話入学式4
花音は生体探知の魔法で周囲を警戒しつつも、視界の端でそれを見た。
それが『流星』とでも形容すべき軌跡を描き、遥か彼方の標的を射抜いた瞬間を。
花音は『七星剣』の現当主達、日本で最強と言っても過言では無い七人と比べても遜色のない魔法力に魔法力以上に多彩な魔法知識を持っている。
しかしその花音ですら、響が放った魔法は理解が出来なかった。
彼女の視界に映った魔法、それはこの世の常識から外れていたのだ。
「その魔法は・・・」
響がいつも通りの気怠げな表情を花音に向けて、何かを呟く。
それが何なのかわからなくて、花音が彼に歩み寄った瞬間、響は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
「っ!?響さん!」
走り寄り、響の身体を持ち上げてみれば湿った感触、どうやら魔法を使った際に花音が固めて於いた魔法が響の体内で動かされた魔力により崩れたようだ。
さらに、元からかなりの量の血を失っていたのも相まって、意識を保つことすら困難になったらしい。
「響さん!しっかりしてください!響さん!」
体内から多量の血液が失われた所為で、響の身体は冷たくなり始めており、顔も青白い。
何とか全身に魔法を掛けて、血の循環だけは保っているが、それでも絶対的に血液が足りていない。
出血を止める為の魔法と、傷を治す魔法の両立が難しすぎるのだ。
「お願い!治ってください!」
魔法はゲームのように正確な限界値、例えば『MP』のような物は存在しない。
ただし、魔法を使う事によって身体には決して少なくない負担が掛かる。
それこそ、無理に魔法を使って死に至った人間もいるのだ。
そして、意識が朦朧としている響から見て、花音は明らかに限界が近いのがわかる。
「花音、もういいから。さっさと救急車を呼んでくれ」
「なに言ってるんですか!わかっているでしょう!?私が魔法を辞めたら、貴方死にますよ!」
どうやら、響の身体の状態を花音は把握しているらしい。
確かに、響の身体は限界だった。
全身を切り裂いた『鎌鼬』はどれも致命傷にこそなっていないものの、血管を何本も切り裂いており、一度閉じた傷口を再度開いた所為でいつ失血死してもおかしくないのだ。
そして、魔法陣を駆使しない魔法を二つ同時に起動するということは余りにも集中力を使うために、電話を掛けるという動作を挟むことすらできない。
このままであれば、二人共共倒れだ。
それにまだ人が通らないということは、敵がまだ近くにいる。
人払いの結界は解けていない。
「お願い、治って!お願いだから!」
より一層花音の放つ輝きが強くなる。
この世の理を書き換える力、『魔力』が可視化できるほどに激しく活性化して、幻想的な光景に二人が包み込まれた。
しかし、響はその光景よりも花音の背後に視界を止めている。
そこに居たのはマスクで顔を隠した完全装備の男性であった。
魔法の波長から人払いを使っているのは彼だとわかるし、そうでなくても彼の右腕にはコンバットナイフが握られており、今にも振り下ろされそうだ。
だが、花音はそれに気づいていない。
いや、気づけない。
そして、男性がナイフを花音の頭に振り下ろした瞬間、響は少しだけ右手を動かした。
少しだけ上を向いた右手の人差し指は男性の脳天を指しており、ナイフが当たる寸前、男性の額には小さな穴が空いた。
そして、決して小さくはないナイフの落ちた音が聞こえるのと同時に響の傷跡が再び開く。
そして、花音の悲痛な叫びを耳にしながら、響は暗闇の中に意識を落とした。
♢☆♢☆♢☆
それは懐かしい記憶だった。
大人達が重要な話し合いをしている最中、広すぎる家の中を二人で駆け巡る。
二人して疲れ切った後は、縁側で涼みながら世話係のおばさんが持ってきたお菓子を食べた。
黒髪の少年の隣に座る少女の髪は生まれつき白く、美しい。
その頃はずっとそんな時間が続くと思っていた。
兄妹二人でいつまでもいつまでも、こんな風に笑いあっているのだろうと。
たまに喧嘩をして、それでもすぐに仲直りして、また叔母さんの持ってきたお菓子を食べて。
変わりばえのしない、けれど素晴らしく理想的な物語。
二人が中心に回る世界。
それが続くだけで良かった。
けれど、それは幻想だ。
夢は終わり、少年と少女の父親が少年に告げる。
「お前は・・・・」
♢☆♢☆♢☆
目を覚ますと、ツンとした消毒液の匂いが鼻に届く。
響は、ゆっくりと身体を起こして、周囲を確認した。
「病院・・・?」
響は意識を失ったからといってその前後の記憶が飛ぶようなやわな鍛え方はしていない。
確かに自分は道路の上にいたし、あそこから助かるはずもなかった。
だというのに、何故か生きている。
ここが死後の世界か?と一瞬だけ考えるが、身体中に巻きつけられた包帯と、滲むような痛みがその考えを振り払う。
「響さん、入りますね」
ノックも無しにスライドドアが開けられると、そこに居たのは花音であった。
そして、彼女は起き上がっていた響を目にすると、手に持っていたタオルなどを落として、走り寄ってくる。
「響さん!目を覚ましたんですね!」
「いや・・・それはいいんだけど、先に状況を説明してくれない?」
「ああ、そうですね。では、軽くですが事の顛末を伝えます。貴方が意識を失った後、すぐに・・・」
「私が来たんだ」
花音の言葉を引き継いだのは群青勝人、響に護衛を依頼した張本人であった。
「調査中に中国から『七星剣』を拉致、若しくは暗殺する為の刺客が送られたという情報が入ってね。護衛を頼んだ、とはいってもそれはあくまで暴漢などの対応のつもりだったんだ。だから、向こうに行ってたった2日、急いでとんぼ返りして来たというわけだ」
「成る程、人払いが張ってあったと思いますが?」
「人払い、あの術式は優秀だが、入れない、知覚できない場所を教えてしまうというデメリットもある。中に入ることこそできないが、大体の範囲を知ることくらいはできるのさ。それにしても、驚いたよ。普通に逃げるかと思っていたんだが、まさか倒して・・・いや、殺してしまうとはね」
「・・・」
「いや、その事について責める気もないし、ましてや逮捕なんてするつもりもない。それに、逮捕しようと思っても、君が殺した彼らは存在しない人間だからね、どうしようもない」
「存在しない?」
「そう、二人の指紋と魔法波長はどこの国のリストにも存在していない。つまり、彼等は人間どころか、この世に存在すらしていない扱いとなっている」
2060年、全ての人間は産まれるのと同時に『リスト』と呼ばれる国の名簿に登録される事になっている。
この『リスト』に乗らない人間は、この世に存在しないのと同じ扱いとなり、ありとあらゆる行動に制限がかかる。
「『リスト』に乗らない・・・つまり、彼等は『駒』だ。どうやら、本気で『七星剣』を崩しにきたらしいね」
「群青さん、私以外の『七星剣』候補者はこのことを?」
「まだ知らないだろう。幸い、被害は出てないが、いつ出たっておかしくない、早めに警告はする」
「お願いします」
勝人と花音の会話をボンヤリと聞き流して、響は外に目をやる。
倒れた時は夕暮れだったが、太陽が山の上にあるのを見るに、少なくとも1日以上は眠っていたようだ。
「花音、俺は・・・」
響がどれくらい眠っていたのかを尋ねようと花音に声を掛けた瞬間、乱暴にスライドドアが開けられた。
「お兄、起きたの!?」
「灯ちゃん」
響が呟く。
ドアを開けたのは響の妹、黒崎灯であった。
彼女は一瞬、安堵の表情を浮かべると、一転して険しい表情になり、響のベッドまで歩いてくる。
そして、病室に乾いた音が響いた。
「馬鹿お兄、心配掛けさせないで。心配を掛けるのは年下の仕事なんだから」
「・・・悪かった」
張られた頰を抑えながら、大人しく響は謝罪する。
「これ」
「ん、おお、ありがとう。買ってきてくれたの?」
「別に・・・仕事の話があるみたいだし、私帰る」
花音に渡されたのは、響が好んで食べているチョコ菓子だった。
ぶっきらぼうな様子でスライドドアを開けて出ていった灯を見送ると、花音が響に顔を向ける。
「彼女、響さんが目覚めるまでの4日間、ずっとお見舞いに来てたんですよ」
「そうか・・・後で礼言っとかなきゃな」
響は身体をベッドに預けながら、ふと思い出したように、花音に尋ねた。
「そういえばさ、俺っていつまで入院するの?」
「その事で非常に言いづらいのですが・・・響さん、貴方が目を覚ましたら、私の家・・・一ノ宮本邸へと連れてくるように言われています」




