第4話 入学式3
戻ってきた音色が不思議そうに呟く。
「二人とも、何かあった?」
「別に・・・」
誤魔化す響、それを見た音色は小さくため息を吐くと、「今日はいいや、二人が仲直りしてから誘って」と言って、先に帰ってしまった。
「・・・悪いな、ちょいと俺の方でも感情が整理できなかったんだ。あんたが悪いわけじゃねえ事はわかってるんだが」
「いえ、『七星剣』が『カラーシリーズ』に言うには余りにも不適切なものだったと理解してしますので・・・では、帰りましょうか。音色さんと喫茶店に行くのはまた明日という事で」
「そうだな」
音色の姿が見えなくなってから、二人で謝罪しあい、帰路に着くことにした。
二人揃って、歩道を歩く。
夕日は山稜に落ちかけており、高層ビル群を真っ赤に染めていた。
街路樹となっている桜の木は、既に葉が散り始めており、時折桜の花びらが二人の視界に映る。
先程、喧嘩、と言うほどでも無いが、揉めた二人の間に気まずい雰囲気は無い。
喋らないのは、お互いが基本的に無口である為だ。
とは言え、二人の自宅ー響の家は護衛のためという事で、花音が一人暮らししている家の隣にあった家を貸し与えられたーに着くまでは30分近く歩く必要がある。
無言に耐えられなくなった、というわけでは無かったが、ふと思い出したように響が花音に声をかけた。
「そういや、花音はアニメとかって見るのか?」
「結構見ますよ」
「へえ、以外だな。もっとこう・・・お嬢様というか、アニメなんて〜、なんて感じだと思ってたよ」
「皆さんそう言いますよね。私のお父様もアニメとか結構見るんですけど、私とお父様がアニメを見てると親族の方々に伝えましたら、結構な騒ぎになりましたよ」
「でしょうね」
彼女の父親は、彼女と同じく白髪なのだが、流石花音の父親と言うべきか、端正な顔立ちをしており、どう見てもアニメを見るような人間では無い。
何も知らない人間が見たら、どこのヤクザですか?とでも聞かれそうな外見をしているのだ。
響がどうせ聞くならという事で、どんなアニメを見てるのか、と聞こうとした時、彼はふと気づく。
余りにも人が居なさすぎる。
放課後、既に5時を回っているにも関わらず、道路には車が一切走っていない上、近くのコンビニエンスストアやスーパーなどにも人が居る気配が無い。
付け加えれば、途中まではいた帰宅途中の生徒も見えない。
「人避けの魔法が使われていますね。無意識に働きかけて、この商店街内部の人間にここに居たくないと思わせています」
冷静に呟く花音、どうやら少し前から彼女は気づいていたらしい。
護衛としてどうなのかと響が少し反省して居ると、彼女は付け加えるように言葉を続けた。
「貴方が気づく事で私も魔法の存在を知覚する事に成功したので、タイミングとしては貴方の方が早かったですよ」
「そりゃどうも」
響は呟くながらも、周囲の警戒を緩めてはいない。
そして、自分から半径40m以内に人が居ないことを確認してから花音に振り返る。
「行くよ」
「ええ」
二人が使う魔法は移動する為の魔法。
魔法名はそのまま『高速移動』、八級から特一級とされる魔法の階級としては下から3番目の六級。
響が一歩踏み出した瞬間、彼の下に直径2m程の巨大な魔法陣が出現、そして彼の身体が急激な加速に押し出された。
時速としては60キロ、車並みの速さで二人は走る。
だが、いつまで経っても人の姿は見えてこない。
「これは・・・どう見る?花音」
「考えられるパターンは二つ、魔法の範囲からまだ抜け出せていないか、術者が私達を追いかけてきてるか」
「ああ、だが」
「前者は無いでしょうね。だとしたら広すぎる。こんな事をせずとも直ぐに私達を制圧できるだけの魔法力がある」
「だとしたら・・・そろそろ来るぞ」
響が呟いた瞬間、彼の後方から魔法を発動する際独特の波動が伝わってくる。
その方向を見てみるが、姿は無い。
だが、確かに魔法は発動している。
(まさか!)
響が気づき、見た方向は斜め上。
すると、響達のいる位置から約600m後方のビルの屋上に魔法陣の輝きが見える。
迎撃は間に合わない。
そう判断して、響は魔法を発動したまま、新たに慣性中和の魔法を発動。
走る花音をビルの屋上に立つ人物の視線から隠すように、彼女に抱きつく。
「響さん!?」
驚いたような表情の花音、当然だろう。
花音と響は現在60キロで走っており、そんな二人がぶつかれば、とんでもない衝撃が掛かる。
だが、そこを考慮しない響では無かった。
二人がぶつかる寸前に彼女の『高速移動』を打ち消し、同時に自分に掛かった慣性中和の範囲内に彼女も巻き込む。
それで終われば、二人は軽くバランスを崩す程度で済んだだろう。
だが、その直後、何らかの魔法が響に炸裂、彼の全身を切り刻まれたような激痛が走る。
「・・・ッ!」
激痛から体制を崩した響であったが、最後の維持とばかりに花音のクッションになる。
アスファルトの地面に花音と自分の体重を加えて背中を打ち付けた響は、苦悶の声を上げるが、その視線は未だにビルの屋上を睨んでいた。
「花音、敵が見えた。近くの店に入ってくれ」
苦しそうな響を見て、直ぐに彼の身体の上から退いた花音に響がそう伝えると、彼女はすぐに反応、魔法で軽くした響の身体を持ち上げて、店の中へと駆け込んだ。
「いいか・・・敵の姿は・・・」
「黙ってください、今、軽くですが応急処置をします」
駆け込んだ店は何処かの高級ブランドの服屋のようで、本来、腰をかけておくための丸椅子を4つに並べた場所に寝かされた響を花音が治療する。
彼を持ち込んだ彼女の手は血に染まっており、ゾッとして響の身体を見ると、全身から血を吹き出したような怪我をしているのがわかる。
黒いスーツのような制服を脱がせて、灰色のワイシャツを脱がすと、肌色は殆どなく、その全身は切り刻まれていた。
見ただけで、気分を悪くするような傷。
それを見て、少しだけ顔色を青くしつつも花音は気丈に振る舞って、その傷跡を少しずつ治療していく。
「全身の傷跡・・・切り刻まれているけど、どれも深く無い?肌だけを切り裂いているような・・・」
独り言のように呟く花音であったが、魔法はしっかりと発動しており、響の傷跡は少しずつ塞がっていく。
「悪いな・・・足を引っ張った」
「黙ってください」
魔法の定義は、人間の身体の中だけでなく、空気中にも存在しているであろう粒子、存在を確認しては居ないが、定義上『魔力』と呼ばれるその粒子を人間の脳から放たれる『魔法』と呼ばれる特殊な波動で励起する事により発動する事の出来る力だ。
感覚としては、砂絵に近い。
世界を真っ白なキャンバスとして、その上に浮かぶ魔力という砂で自分の理想を描く。
世界を自分の形に書き換える。
それが魔法だ。
ただ、生物に魔法を掛けるのは普通に魔法を使うより何倍も難しくなる。
生物内に存在する魔力の所為で書いた絵が書き換えられるせいだ。
その為、その形に留まるまで、魔法を何度も何度もかけ直す必要があり、非常に神経を使う。
そんな作業をしている花音の額や頬には汗の粒が浮かんでおり、表情に浮かぶ疲労の色が濃い。
響はそれ以上は花音のコンディションにも関わると判断、自分の治療を辞めさせた。
「ありがとう・・・もう大丈夫だ」
「・・・うん」
言葉にしたわけでは無い、ただ、何者かに狙われている以上、これ以上疲労した場合、自分が足手まといになるとわかっている。
花音は治療を辞めて、響に新しい服を渡す。
それはその店に置いたあったスーツだ。
値段にして、3の隣に0が5個付いている。
「流石に血塗れのは嫌ですよね?」
などと言っている花音は値札が見えていないのだろうか。
とは言え、確かに響も血塗れのスーツは着たく無い。
頭の中で金額計算をしながら、その袖に腕を通した。
響が周囲を見渡してみれば、未だに人の通りは無く、敵の襲撃が終わっていないことがわかる。
貧血でふらつく足を叩いて、響が無理矢理立ち上がると、心配そうな表情で花音が肩を貸してくれた。
「大丈夫ですか?」
「ああ・・・それより、敵の位置がもうわからなくなった。今襲撃されたっておかしくないんだ。俺よりも周囲に警戒をしておいてくれ」
残念な事に店には裏口が無いようで、出る場合には明らかに待ち伏せされているであろう自動ドアから出なければならない。
響と花音は自動ドアを開けた瞬間に、魔法を発動。
『高速移動』で再び駆け出した。
そして、その直後、二人の後方のアスファルトに鋭い切り傷が着いた。
「この魔法・・・見たことあるな」
呟く響に花音が反応する。
「響さんの傷跡、アスファルトに着いたあの傷、恐らく『鎌鼬』でしょう」
「成る程ね、よく覚えているもんだ」
魔法には二つの種類がある。
一つは人が普段から使う魔法、自分のイメージを世界に具現化させる、ファンタジー物の小説などで言われるところの魔法。
もう一つは、科学的に計算されて造られた魔法だ。
これら二つの魔法は発動の際に魔法陣が生まれるかどうかによって分けられる。
魔法陣とは、計算式だ。
世界を書き換える魔法の計算を乗せたそれは、魔法の補助道具とでもいうべきか。
想像、というプロセスを経て、世界に発動される魔法。
それは汎用性が高く、その場で組み立てる為に臨機応変にその能力を変えることができるため、非常に良く使われるが、安定性が無く、想像上の為、地球の自転や生物の体内や空気中に存在する『魔力』の影響を諸に受けるというデメリットか存在する。
その反面、魔法陣を使用する事による魔法は決められた能力しか使えないという欠点こそあるものの、世界中のあらゆる要素を計算に組み込んで造られている為、安定性や威力といった面では強い。
また、誰が発動しても同じ結果になるという事から、それの難易度や危険性を示す等級を決めることが出来るというメリットもある。
『鎌鼬』は当然ながら、魔法陣を使うタイプの魔法だ。
等級は三級、実戦で使えば人を殺すまではいかなくとも重症は負わせられると判断された魔法、魔法陣の作成法や何処で造られた魔法なのかの開示はされていないが、『七星剣』や『カラーシリーズ』の持つ独自の情報網から中国で生み出された魔法だということがわかっている。
「花音、恐らく術者は二人いる」
「ええ、人避けを私達を中心に張る者と、鎌鼬、どうするの?」
「鎌鼬は俺が処理する。花音は店内に索敵を頼む」
「任せて下さい」
恐らく、『鎌鼬』の使用者は既に位置を移動している。
だが、それでも最終的に狙うのが響か花音であるとわかってしまえば、どうとでもなる。
慣性中和で停止した響は同じく止まった花音を自分の意識で捉えたまま目を閉じる。
響は自分が一度食らった魔法を2時間の間だけ覚えておくことが出来る、ここでいう覚えておくとは、魔法の発動傾向から発動手順、効果まで、目で見ただけではわからない情報全ての事だ。
そして、これの最大のメリットは2時間の間であればその魔法が発動兆候に入った瞬間、誰に向けて放たれているのか、どこから放たれているかの全てを把握出来るところにある。
つまり、実質的に響は食らった同じ魔法を2時間の間に限り完璧に無効化する事が可能になる。
当然、そんな事を知らない敵は同じ魔法を発動。
今度は障害となる響を排除すべく、響に向けて『鎌鼬』は放たれた。
いや、厳密にいえば放たれようとした。
彼がその魔法を発動しようとした瞬間、それを知覚した響は彼に先んじて魔法を発動する。
そして、『鎌鼬』の使い手は本人が自覚する事なく、この世という舞台から退場する事になった。




