第3話 入学式2
「悪かったよ」
バツの悪そうな表情で謝る響に対し、彼に拳を振り下ろした少女は呆れ顔で溜息をつく。
「私の声で大体の位置はわかっていたでしょうに」
「それでも真後ろにいるとは思わないでしょ・・・声かけるんだったらもうちょい遠くからじゃない?」
「響が居るとは思ってなかったからね、人違いも恥ずかしいでしょ」
「まあ、そうだけどね」
彼女、火条綾音は響の中学時の同級生だ。
赤が強く出た茶髪、炎のように紅い紅蓮の瞳。
中学生にして、大人顔負けの魔法力を持っていた彼女は中学に一つしかない推薦入学枠を使ってこの学校に入学を決めた。
「何・・・そんなまじまじと見つめないでくれる?」
自分の事を観察するように見てくる綾音の視線に居心地が悪くなったのか、響が多少語気を強めて言う。
「ん、いや、中学の時は東都にこれるような魔法力は・・・て、ううん、違う違う、そういう意味じゃ無くて、えーと、そう!凄い頑張ったんだなーと思いながらね!ほら、東都って凄い難関だし!」
「?・・・ああ、そう・・・だな」
彼女の言いたい事は大体わかる。
東都魔法高校とは、元の響では本来逆立ちしようと来れない学校だからだ。
ただ、真実を彼女に語る必要は無いし、その気もない。
響は曖昧な返事を返しながら、彼女から視線を外す。
中学の頃から綾音とは必要に応じて話す程度だった。
ならば、高校でその関係性を変える必要は無い。
そう思っての行動だったが、どうやら綾音は違ったらしい。
「・・・何で隣に座るのん?」
「え?友達じゃん」
シレッと隣の椅子に座る彼女、ごく当たり前のようにそう言ってのける。
「友達・・・ね。それならそうだな」
響の何気ない呟きは、綾音に向けたものでは無い。
ただ言ってみただけだ。
彼女の耳に届かない程の声量の呟きは、広い講堂内に溶けてしまい、誰の耳にも拾われない。
人が多くなってきた。
辺りは喧騒に満ち始め、肌寒い程だった講堂の空気も少しだけ暖かくなる。
「そろそろか・・・」
腕時計を見れば、入学式開始時刻まで残り10分。
席も殆どが埋まっており、後は開始を待つのみだ。
天井に設置されたダウンライトの灯りが絞られて、生徒会長である六花虚の声が講堂に響く。
「これより入学式を始めます」
彼女の声がスピーカーから聞こえる、という事は無い。
そもそも彼女の前にマイクなどの媒体が無い。
(魔法・・・か。随分なアピールだな)
響の考えるアピール、これは六花から花音に対してのだ。
魔法、この世における魔法はファンタジーのようにお気軽に使えるものでは無い。
本来使えないはずの力を薬と特殊な訓練で無理やり引き出しているためだ。
そして、現在六花の使っている魔法、これは音の振動を強化しているだけでなく、一人一人の耳に届くように振動を拡散させ、なおかつ共鳴による『うなり』が出来ないように、合成を阻害する効果もいれられている。
例え、事前から準備していたとしてもたやすくは発動出来ない魔法、それを今の一瞬で発動出来るというのは、『七星剣』の1つ、『六花』の直系子孫だということを考えても、とてつもない技量だ。
つまり、彼女はこの後に控える花音に対して、プレッシャーをかけにいっているのだ。
私はこのくらい出来る、貴方はどうだ?と。
「ーー次は、新入生代表より、挨拶を」
六花が軽く頭を下げ、ステージ裏に退がる。
それと入れ替わるように花音が出てきた瞬間、場の空気が一転した。
微かな音すらも聞こえなくなり、全員の視線が花音の美しさに引き寄せられる。
六花には気の毒だが、ただ可愛らしい容姿ではこれだけの事は出来ない。
花音は生まれながらにスターなのだ。
人々の羨望の的になり、誰もが目を向けずにはいられない。
(魔法を使うまでもないな、六花と花音では格が違う)
ボンヤリとそんな事を考える響の視線の先、花音が口を開けば、そこから発せられるのは鈴の音、と評してもまだ足りないほどに美しい声。
更に、多くの人間は花音に目を取られているために気づかないが、花音もまた六花と同じ魔法を使っている。
それも、殆どの人間に魔法を使っていると気づかれない程にスムーズな発動でだ。
「ーーそして、これからの学校生活を有意義なものに出来るよう、努力していきたいと思います」
ゆっくりと花音が頭を下げる。
その後に訪れるのは沈黙、そしてふと誰かが気づいたように手を打ち鳴らせば、万雷の拍手が講堂に鳴り響いた。
(本当に素晴らしい演奏は、終わってから喝采まで一瞬の間がある、というが、それをスピーチでやるとは)
響は周囲に合わせるように拍手をしながら、彼女を冷静に観察する。
彼女が壇上から降りて、六花が戻るまで拍手は続き、最前列に座る響には六花が悔しげに下唇を噛む様が伺えた。
♢☆♢☆♢☆
教室内、同じクラスになったー確実に、国から学校に圧力がかけられた結果ではあるがー響と花音は、クラス内で明らかに浮いていた。
まあ、響がというよりは花音の美しさに全員が萎縮しまっている結果なのだが、花音と一緒にいる必要のある響も結果的に浮いてしまっている。
「響さん、私もクラスの輪に入るべきですかね?」
「さあ、勝手にすればいいんじゃない?俺はどっちでもいいよ」
「なら、気にしなくてもいいですね。友達作るのとか苦手なんですよ」
友達を作るのが苦手なのは、彼女の社交性というよりは、彼女自身の家柄や実力が関わっている。
一般人より友達を作るのは大変そうだな、と響がどうでもいい事を考えていると、背後から声をかけられた。
「響」
「はい?って音色、同じクラスだったのか」
「うん、よかった」
灰色、といっても黒を少し薄めた程度、の髪を揺らす少女は灰咲音色、入学式前に響が知り合った少女だ。
「響さん、その方は?」
「彼女は・・・」
「私は灰咲音色、貴方の事はよく知っているよ、一ノ宮花音さん」
ボンヤリとした表情のまま、答える音色。
花音に対して気後れが無いのは、彼女が『七星剣』の事を知らないわけではなく、彼女自身が生来持つマイペースさ故か。
「ここ、座っていい?」
「さあ?誰もいないし、いいんじゃないの?」
ホームルームが始まるまで時間があるせいか、まだ人の座っていない机から椅子を引っ張ると、音色はそこに座る。
ちなみに、自由席であるため、別に響に確認を取る必要は無い。
「響さんは音色さんと何処で?」
「花音が代表挨拶の話し合いをしている時にな」
「・・・そうですか」
「え、なんでそんな意外そうな顔してるの?俺が女子と仲良くなったのがそんなに意外だった?」
「いえ、響さんってもしかして意外とコミュ力高いんですか?」
「あー、もしかして、俺今馬鹿にされてる?」
どうやら、響は友人すら作れないと思われていたらしい。
とはいえ、花音の推理が的外れで無いのも確かだ。
実際、響はあまり友人を持たない。
苦い表情で花音を睨む響と、花音を見比べた音色は無表情のままで、ポツリと呟いた。
「二人ってどういう関係?」
「どういう関係・・・と言われてもねえ?」
聞かれた響が視線で花音に質問を流すと、彼女は軽い調子で爆弾発言を放り投げた。
「人には言えない特別な関係、ですね」
「そういう言い方・・・もしかしてわざとやってる?」
「え?なんですか?」
どうやら、素でやっているらしい。
わざとやっているのではないかと疑いたくなるが、実際人には言えないために、弁明することも出来ない。
そういう関係だと思わせておく方が、護衛の上でも効率がいいと判断した響はそれ以上追求する事をやめる。
そしてそんな質問を投げかけた音色も興味を無くしたのか、早々に話題を切り上げた。
「そんな事より、響、『千代の歌』ってアニメ見ている?」
「ん・・・え、あ、アニメの話ね。話題切り替えが早すぎるんだよなぁ」
「だって、人に言えないなら、私にも言えないんでしょ?だったら、これ以上話しても意味無さそうだし」
「いや、そうなんだが」
気になるのは周りの反応だ。
などと、言ってしまえば面倒くさい事になるのは目に見えているため、響も大人しく彼女に乗っかる事にする。
しかし、響が口を開こうとした瞬間、先生が教室の扉を開けた事でそれは中断された。
♢☆♢☆♢☆
ホームルームが終わった後、花音の提案で近くのカフェに行くことになった三人であったが、現在、お花を摘みにいった音色を響と花音は校門の近くで待っていた。
「『灰咲』、ですか。響さん、まさか『カラーシリーズ』を?」
「いや、全くの偶然。彼女から声を掛けられなきゃ気づかなかった」
「そうですか、ならいいですけど」
日本における表の頂点は『七星剣』。
そして、一般人に知られる事は無い、言うなれば裏の頂点、それこそが『カラーシリーズ』だ。
色が苗字に入る一族、彼らと七星剣の違いは魔法力を上げるための調整を自ら行ったか、強制的にやられたかだ。
自ら行い魔法使いとしての立場を確立したのが『七星剣』、国が他国と戦うための戦力として作り出された一族が『カラーシリーズ』である。
『カラーシリーズ』が表立って反逆することは無いが、国民が『カラーシリーズ』の存在知ればそれは国の揺らぎに繋がり、他国への隙となる。
それ故に『七星剣』や、軍の上層部、一部の政治家しか彼らの存在を知る事は無い。
「『黒崎』さん、貴方も含めて、私は『カラーシリーズ』の犠牲を許容しません。わかっていますね?」
響は彼女の言葉を聞いて、皮肉げに笑う。
『七星剣』、彼らは『カラーシリーズ』の実験結果を元に、比較的『安全』な方法で強い魔法力を得た血族だ。
とはいえ、それをした『七星剣』が悪いわけでは無いし、花音に至っては全く関係無い。
ただ、それでも納得は出来ない。
そんな苦々しい気持ちを無理やり腹のなかに落とし込んで、響は興味無さげに呟いた。
「善処しますよ」
敬意を持たぬ敬語を突きつければ、彼女は泣きそうな表情で俯いて、「ごめんなさい」と声に出さず、口を動かす。
気分は最悪だった。
腹のなかには重たい何かが溜まった気がするし、口の中は何も無いのに苦い味がする。
ただ、それでも響は彼女への謝罪を口にする気にはなれなかった。




