第2話 入学式
国立東都魔法高校入学式当日
響は、護衛対象の家の玄関前で待機していた。
国防軍陸上自衛隊少尉『群青勝人』、彼が正式な軍職と共に依頼の詳細を伝えに来たのは今から二週間前の出来事だ。
護衛対象である一ノ宮花音、元々彼女の護衛は、一ノ宮に古くから仕える一族である『群青』家として勝人が行なっていたらしいが、花音の高校入学のタイミングとほぼ同時に、ドイツの方で怪しい動きがあり、ヨーロッパ支部へ2ヶ月程滞在することなったようだ。
護衛候補は複数人いたらしいが、実力、高校にいたととしても疑われない年齢、そして、何があっても花音を優先する、その条件を満たしている人物として白羽の矢が立てられたのは、候補でも何でもない黒崎響という少年であった。
まあ、花音を優先する、というよりは『国からの命令』に対して逆らえない、というのが正しいが。
制服、というよりは社会人のスーツに近いそれを着ている響は殆ど全身真っ黒コーデで些か晴れ晴れしい入学式には似合わないと自覚しているが、これが学校の制服だと言われてしまえば仕方がない。
胸元のネクタイを確認していると、玄関のドアが開き、響はネクタイから視線を上げる。
そこに居たのは一人の美しい少女であった。
妖精かと見間違う程に、白く美しい肌、一ノ宮の魔法適正特有の白髪は彼女の人間味を薄れさせており、一種の芸術のように思わせる。
そして、その白を包み込む『黒』の制服は彼女の美しさを際立たせ、スラリと伸びた手足は細すぎず太すぎず、正に黄金比と言える。
「貴方が黒崎響さんですか?」
「ええ、勝人少尉に頼まれたので今日から2ヶ月間、貴方の護衛を勤めさせてもらいます。よろしく頼みます。一ノ宮さん」
「ええ、よろしくお願いします・・・それと、私のことはどうか花音と呼んでください。名字は嫌いなので」
「わかりました」
差し出された彼女の細く、白い手を壊れぬように優しく手に取る。
すると、花音は驚いたようにその両手で響の手を掴んだ。
対する響は絶世の美少女にいきなり手を包まれてパニック、などという無様な姿こそ取らなかったものの、少し不可解そうな表情をしてしまう。
「はっ、すいません。私って体温低いのでこうして握手すると、いつも相手の方の手の方が暖かいんですよ。なのに、私と同じ、寧ろ私より冷たいくらいで驚いてしまいまして」
彼女は謝罪しつつも、珍しいのかその手を離さない。
響が不可解という表情から、呆れたような表情に変わると、彼女はもう一度軽い謝罪をしながら、漸く手を離した。
「まあ、俺低血圧なんで・・・きっとお昼くらいになったら、もうちょっと体温高いですよ・・・多分」
「ふふっ、そうですか。だったら、是非お昼にもう一度触らせて下さいね」
余計な事を言ったか、と思いつつも響はそれを訂正しない。
流石に脂肪ダルンダルンの手汗がすごい人に手を握られたくは無いが、幸い?彼女は、手汗といったものが殆どなく、響は別に気にしない。
多くの男子生徒は逆に喜ぶかもしれないが、『一ノ宮』というよりは、この『日本』に対してあまりいい感情を持たない響は、何も感じなかった。
「それより、花音さん。そろそろ出ましょう。主席入学には新入生代表挨拶がありますよね?」
「そうですね、まあもう挨拶の内容は覚えているので問題ないですよ。ゆっくりと行きましょう」
響が思ったのは、新入生代表挨拶の前に打ち合わせがあるのでは無いか?という事だったのだが、本人がこう言っているのならば、それでいいのだろうと思い直し、彼女の隣を歩き出した。
♢☆♢☆♢☆
国立東都魔法高校は全国の高校の中でもトップクラスの敷地面積を誇る。
校門をくぐると、石畳の通路と人工芝、噴水があり、正面に見える本校の他には、大体育館とそれに隣接する部活棟に講堂、魔法研究科の研究所まであり、他にも陸上競技用のグラウンドから、サッカー、アメフト、野球などそれぞれのフィールドも兼ね備えている様は正に圧巻という他ない。
そんな学校の敷地内、新入生代表挨拶の打ち合わせをするとのことで三年生の生徒会長らと講堂へ向かってしまった花音と別れた響は手持ち無沙汰で、適当に歩き回っていた。
目的も無く、ただひたすらに歩く。
イヤホンから流れるアニソンのリズムを腿に手のひらを軽く打ちつけながら刻んでいると、体育館と本校を繋ぐ通路の脇、そこに生える大きな木の影で一人の少女が本を読んでいるのが見えた。
ヘッドホンを首に掛けて、今のご時世には珍しい紙の本を読む彼女、声をかけるつもりは無かったが、黒に近いが、灰色の髪の毛というのが珍しく、少しだけ目を止めてしまう。
すると、彼女は何かに気づいたように視線を上げると、直ぐに響の方に視線を向けた。
響は、この距離から気づかれた、という驚愕から一瞬、逃げ出そうかと考えかけてやめる。
よく考えてみれば、別に悪いことはしていないし、彼女に悪意がある訳ではない。
(それにどうやってこの距離で気づいたのかを教えて貰うのもアリだ)
そう思って、響がイヤホンを外しながら声を掛けようとすると彼女は響の予想以上に近づいてくる。
そして、殆ど息が交わるくらいの距離にまで近づいたところで響は上体を後方に逸らして少女から距離をとった。
「な、何の用だ?」
珍しく、本当に珍しく狼狽したように響が尋ねる。
可愛らしいが無表情な少女は、目の奥をやたらとキラキラさせながら、耳を指すジェスチャーをして、カバンの中から取り出した一冊の本を響に見せてきた。
「それ、スタチャのオープニングでしょ」
「ん?・・・あ、ああ、今聞いているのね、合ってるよ」
スタチャ、『スターチャイルズ』という2年前に放送していた深夜アニメの略称だ。
そして、よく見てみれば彼女の差し出してきた本もスターチャイルズの原作である事がわかる。
「もしかして・・・『ヲタク』?」
「『ヲタク』とは、また死語を・・・」
死語、とは言っても別に『あげぽよ』などのように明確に死語であると扱われた訳ではないが、使われなくなったという意味合いでは同じようなものだろうと判断して、響が言うと、少女はその反応で響が『ヲタク』であると明確に判断したようだ。
仲間を見つけたとばかりに響の手を取るとブンブン振りだした。
「私は灰咲 音色、貴方は?」
「俺は黒崎 響だ」
「そう・・・響、よろしく。私、『アニメ』や『漫画』とかについて語り合える友人が欲しかったの」
声量を上げないために、傍目ではテンションが上がっているのかわかりづらいが、目の奥はキラキラと輝いているので、近づくと物凄いわかりやすい。
響は自分が、一般人よりはアニメなどに傾倒している事を自覚しているため、『ヲタク』であると認識された事自体には反論はしなかったが、彼女の言葉に対しては些か論点のずれた返答をした。
「ああ、これからよろしく音色。もしかして、音色はあの距離から俺の聞いていた音楽がわかったのか?」
彼女はやはりというべきか、違う、そのことを話したいんじゃないといった様子だ。
だが、文句があっても答えるつもりが無いわけじゃないようで、素直に教えてくれる。
「そうなの、私は感覚が鋭敏だから・・・耳以外にも、肌で音の振動を感じれるし、視力もかなり」
「そうか、だからそのヘッドホンを」
「うん、あとこの眼鏡も」
彼女が取り出した眼鏡を手に持って覗いてみれば視力を抑えるための特殊偏光ガラスになっているのがわかる。
響はそれを音色に返しながら尋ねた。
「ところで、こんな朝早くからどうしてここに?入学式まで後1時間はあるけど」
「入学式・・・始まるのが遅いから、本読もうとしたら、お父さんに連れてこられた」
「え・・・なんで?」
「私、本読んでると時間忘れちゃって、中学校の頃、よく遅刻してたからお父さんはそれを警戒したんだと思う」
「じゃあ、もし俺が通りかからなかったら・・・」
「多分、入学式に私の姿は無かった」
「そ、そうか・・・まあ、それなら良かったよ」
やたら、淡々と話しているだけに分かりにくいが、結構この少女はユーモラスなタイプのようだ。
全くの偶然であったが、友人関係を築けたのは中々の幸運といえる。
そんな事を考えていると、響の腕につけられた腕輪型の通信端末に連絡が入った。
腕輪から響の網膜に直接投影する形で響の視界にのみ映る仮装ディスプレイには、一ノ宮花音と映っている。
「おっと、音色。悪いな、ちょいと呼び出しだ」
「ん、それならしょうがない。また後で話そう」
「ああ、クラス、一緒になるといいな」
「ん」
口角をほんの少しだけ上げて笑う、表情の薄い時は人形のようなと形容する可愛らしさだった彼女であったが、そこに少し表情が加わるだけで、少女としての可愛らしさが出てくる。
見惚れる、なんてことはしなかったものの、響が可愛いなと思ってしまったのは順当な反応であった。
♢☆♢☆
講堂の控え室、舞台裏に設置されたその部屋に響が入ると、そこには花音しかないなかった。
「あれ、生徒会長はどうしたんですか?」
「六花会長なら、用事があるとの事で私と打ち合わせを終えると何処かに走っていってしまいました。このまま、ここで待っていても良かったんですが、一人で待つのもアレだったので」
「俺を呼んだわけですか」
「そうです・・・迷惑でしたか?」
迷惑かどうか、そう聞かれると響は困ってしまう。
というのも、確かに音色との会話を邪魔されたという意味では、迷惑だったのだが、護衛という依頼、それにそもそも響側の都合でいけば、こうして一緒に居られるのは非常に都合が良いためだ。
「いえ、別に迷惑ではありません」
「そうですか。なら、良かったです」
形式的な答え、だが、花音もそれ以上詮索するのは依頼を受けた響にも失礼だとわかっているらしく、答えを言葉通りに受け取った。
「ところで響さん」
「何でしょうか?」
「その敬語、辞めてください。私達は同年代、護衛という依頼を受けてるとはいえ、貴方は『一ノ宮』傘下でもなければ、『群青』『赤羽』でもありません。あくまでも対等です」
「・・・貴方も、敬語のようですが?」
響は敬語を用いて彼女を指摘する事で、二つの意味で否定をぶつける。
失礼極まりない行為であったが、彼女はクスリと微笑むだけで済ませた。
「ええ、私のこれは処世術として生まれた時からの物ですので、ですけど、貴方のそれは結構無理がありますよ?」
「・・・成る程、流石に俺みたいな適当敬語じゃ見破られるか」
「いえ、敬語が破綻してるとかではなく、普段使ってるかどうか・・・いえ、貴方が対象に対して敬語を使おうと思っているかを見ただけですよ・・・使う気もないのに使われる言葉は醜く、使っている人間自身も見るに耐えません」
「随分とキツイ事を言うな」
「ふふ、今の貴方は中々良いですね。私に対して物怖じしないのも高得点です」
『七星剣』、その一族である彼女は、権力やその裏で抱え持つ力のみならず、彼女自身が保有する力も大きい。
関わる人間からしてみれば、恐ろしいだろう。
それに、彼女自身の人間離れした美貌がそれに拍車をかけているのもある。
そのような事情を全て把握した上で、響は口元に軽い笑みを浮かべながら、冗談を口にした。
「ま、美少女と話すだけで緊張しちゃう男子は多いでしょうね」
「貴方は違うと?」
「俺は超絶可愛い灯ちゃんと毎日一つ屋根の下で暮らしてるんでね」
「・・・ふふ、貴方はシスコンなんですか?」
「否定はしねえよ」
『シスコン』、シスターコンプレックス、この言葉もまた時代の変遷と共に消えていった言葉だ。
今日は随分と『死語』を聞く日だなと、何となしに思いながら、響は控え室の中にある時計に目を向ける。
「そろそろ9時か・・・後30分だし、俺はそろそろ席に向かうよ」
「そうですね、護衛するなら、私の近くの方が都合も良いでしょうし」
講堂内の席は自由席だ。
来た者から順に座っていくため、早く座っておいて悪いことは無いだろう。
控え室の扉を開けて、メインホールに戻るとそこには既に何人かの生徒が座っていた。
とはいえ、好き好んで最前線に座るのも居ないらしく、響はポツリと空いていたパイプ椅子に腰を下ろす。
すると、背後から声が掛けられた。
「あれ?響じゃない」
「ん?」
首を捻るのもめんどくさかったのか、響は背もたれに思い切り体重を掛けて、首を背後に折ろうとする。
だが、首が後ろに向くよりも先に、響の後頭部が柔らかい感触に包まれた。
人肌の温もりと洗剤の香り、嫌な予感と共に視線を上げてみれば、そこにはニッコリと冷たい笑顔で響を見下ろす少女がいた。
この絵をはたからみると、女子生徒の胸部に頭を埋める変態と、その被害者、まあ、加害者側と被害者側の表情はどうみても逆だろうと思ってしまうほどに、響の顔が引きつってはいるが。
「言いたい事はある?」
「・・・ごめんなさい」
短い響の謝罪に被せるように、鈍い音が講堂に響き渡った。




