第13話 種明かし
響は東京渋谷区に存在する一ノ宮の別邸、一ノ宮晴信の私邸に訪れていた。
そこは使用人の1人もおらず、響が訪ねればインターフォンから晴信本人の肉声が聞こえてくる。
「お邪魔します」
和風建築であるその別邸は、扉を開けばガラリと扉の縁が擦れる音が鳴った。
響が入ると、その玄関には晴信が待っている。
彼はニコリと笑うと、ついてくるように手招きして部屋の奥へと歩いていく。
「・・・お邪魔する、などと他人行儀な事は言わず、ただいまでいいんですよ」
「・・・」
そう呟く晴信に響は何も返さない。
ここは響が7歳になる頃にまで過ごしていた家だが、追い出されたと感じていた響にとって、自宅だとは思えなかった。
晴信が響を連れて入った部屋には仏壇が置いてあり、座布団が2つだけ置いてある。
「さあ、座りなさい。久し振りに家族3人集まったんだ、ゆっくりと話し合いましょうか」
響は晴信に勧められた座布団には座らず、真っ直ぐに仏壇に向かうと、膝をついて手を合わせた。
仏壇には美しい黒髪の女性の写真が飾られており、『黒崎唯華之墓』と刻まれた遺骨入れが置いてある。
「母さん、久し振り・・・少しだけ、親父と話すよ」
響は立ち上がると、晴信に向き合う。
そして、響の背後に17の光球が浮かび上がった。
「さて、あんたならわかるだろ?これは『停滞』じゃ防げない。これは、あんたを殺すために作った魔法だ」
響の憎しみが篭った視線を受け止める晴信は、諦めが映る瞳で響を見つめ返す。
♢☆♢☆
響は黒崎の4代目当主候補、黒崎唯華と一ノ宮の4代目当主、一ノ宮晴信との間に生まれた子供だ。
唯華と晴信は大学で出会い、互いの家柄を隠したまま付き合っていた。
これは当時の日本が第三次大戦中であったために、『カラーシリーズ』や『七星剣』である事は秘匿しなければいけないためだった。
出会った事のない婚約者のいた2人は、家には隠れて付き合い続け、遂に唯華は子供を身籠もった。
彼女が妊娠と同時に自分が『黒崎』である事を晴信に伝えれば、彼は彼女を『一ノ宮』の一員として家に迎え入れ、それと同時に『黒崎』の家から、唯華という人物は居なくなった。
唯華の父であった玄三は、その後一切唯華の事は話さなくなり、4代目当主の座は2060年の現在も埋まって居ない。
そして、唯華という人物が『黒崎』から居なくなって8年後、『一ノ宮』の家に生まれたにも関わらず、たった3つの魔法しか使えなかった響は、『一ノ宮』から追放され、『黒崎』に拾われたのだ。
「俺の事はいい・・・ただ、母さんは、母さんは何故死ぬ必要があったんだ。お前が引っ張った癖に、何故殺した」
「唯華は・・・私が殺したも同然だ。『カラーシリーズ』は決して完成された一族では無かったからね・・・『黒崎』という家にしかない機材で定期的に調整を受けなければ10年と生きられなかったんだ」
「・・・爺さんは、母さんの事をずっと思っていた。例え、『黒崎』から追放されたって、爺さんに頼み込めば、母さんの延命は出来た筈だ」
「・・君を産んだ時点で彼女は、もう手遅れだったんだよ」
「俺のせいだとでも?」
「いや・・・私の考えの浅さが招いた結果だよ」
そこまで聞いて、響は魔法を消すと座布団に座り込んだ。
「私を殺さないのかい?」
「別に・・・思っていた以上に、俺自身の怒りは無かったってだけだ」
人を憎み続けるのも楽な事では無い。
恨みは風化し、思い出の彼方へと消えていく。
響は声すら覚えていない人物の為に怒り続けられる人間では無かった、それだけだ。例え、それが実の母だとしても。
「それより、俺が聞きたいのは『ゴルゴー』についてだ。一体どういうつもりだ?自分の娘を狙わせるとは」
「いつから気づいていたんだい?」
「別に・・・『カミカゼ』の事を知っていて、あれだけの規模の研究所を国に知られないように建てられるような家は『一ノ宮』くらいしか無いと思っただけだ。それに、花音が持っていたカードキーが地下までこれたりとかな」
「あはは、まあバレるよね。弁解させてもらうけど、私は花音を殺したいわけじゃないよ」
「へえ?」
「『七星剣』は魔法研究の全てを開示しなければいけないのはわかるだろう?」
「まあね」
「その制度上、『七星剣』や『カラーシリーズ』、つまりは国の根幹を揺るがす研究は行えないんだ。だが、私がやりたかった研究は、それに抵触していた」
晴信は座りながら、仏壇の側に置かれていた酒瓶を開ける。
「じゃあ、あんたが研究を行う為に作った組織があいつらだと?」
「察しが良くて助かる」
彼は盆の上に置かれていた小さな椀ー漆塗りのそれは明らかな高級品だーに酒を注いで、響に手渡してきた。
響はそれを飲み干すと、言葉を続ける。
「それでも・・・あんたが花音を狙わせた理由にはならない」
響が晴信の椀に酒を注ぐ。
彼もまたそれを飲み干してから、答える。
「邪魔だったんだ」
「花音が?」
「いや、『ゴルゴー』の生き残りがだ。研究が完成した段階で、ロシアに送り返すつもりだったんだけど、私に忠誠を誓うだなんて言ってきたからね」
言われて響は、アルトゥールが言っていた言葉を思い出す。
晴信はその様子を見てから、話を続けた。
「でだ、丁度いいタイミングで君が花音の護衛についてくれたから、花音を狙わせて、『カミカゼ』の事を伝えれば、絶対に君に矛先が向くと思ったんだよ」
「・・・話の意図が掴めないが?」
「簡単だ、遠回しに君を使って『ゴルゴー』を消したんだよ」
「成る程ね・・・」
「当然、保険は幾重にもかけておいたけどね」
「保険?」
「例えば、君が研究所に行った段階で、花音と音色ちゃんに私の側近、赤羽祈をつけたりとかね。花音が君を助けに行かなかったら、祈を向かわせる予定だったんだよ」
「信じておくよ」
響は終わった事を蒸し返すつもりはない。
晴信がそう言うのであれば、そうなのだろう程度にしか考えてはいない。
「ま、花音を狙わせた理由はわかったけど、肝心の研究については教えてくれるのかい?」
「当然、といっても君はその成功例を見ている筈だけどね」
「澪、4番と呼ばれていた少女のことか?」
「そうだね、彼女は『一ノ宮』をベースに三井と黒崎、群青、赤羽の遺伝子を加えた特殊調整体の魔法使いだ」
「は・・・?」
思わず、響は手に持っていた椀を落としかけた。
彼はそれを気にせず、話を続ける。
「私は元々、現在の日本、一つの魔法に特化したスペシャリストを作るという理念には否定的だった。そして、それは君が生まれた時により強まった」
「どういうことだ?」
「響、『一ノ宮』は君の事を失敗作だとしたが、私個人としては君こそが唯一の成功例だと思っている。形こそ歪だが、君はまさに人類の新たな形だったんだよ、何故なら、これまでの歴史において、三種類もの魔法を極めた魔法使いは存在していないのだから」
物は言いようだ。
確かに響は、幾多もの魔法を犠牲に三種類だけを極めた一つの究極ともいえる。
「私はそこで思い立った、『カラーシリーズ』や『七星剣』の遺伝子を持つ子供等を更に組み合わせれば、いつか真に究極といえる魔法使いが誕生するのではないかと」
「夢物語だ」
「まあね、現状、君以外にそんな魔法使いは存在していない。唯一の成功例である4番も君のようにいくつかの魔法を極めているわけではなかったからね。それに、原因はわからないが、『カラーシリーズ』や『七星剣』の血を濃く受け継ぐ人物に対して攻撃的になってしまうという精神的欠陥も備えてしまったからね」
言われて、響は澪の花音達に対する態度を思い出した。
「あんたは何が目的なんだ」
最後だとばかりに響が語調を荒げる。
すると、晴信は楽しそうに笑って答えた。
「何も無いよ」
「あ?」
「究極的には私の趣味だ」
「趣味・・・ねえ」
「ああ、代を経てマシにはなったが、『一ノ宮』の人間にもまた精神的欠陥がある。響、君もまた悩んでいた筈だよ」
「生存目的の欠如、だろ?知ってるよ。中学の頃は無気力症候群を疑われたからな」
「そうだろう。私達は常に強い刺激を外部から受けなければ、まともな人生を歩むことすら出来ない。だから、今回のこれだって、言ってしまえば、私が生きる為に必要な事だった」
「そうか」
晴信の言う事は側から聞けば完全に頭のおかしい理論だ。
少なくとも100人以上の死者や100億を超える金額を動かしておいて、言っていいセリフではない。
ただ、それでも響にはその感覚がわかってしまう。
そんな自分に心の中でため息をつきながらも、最後に残った酒を飲み干すと響は立ち上がった。
「聞けたい話は聞いたし、そろそろ帰るよ」
「そうかい・・・ここはもう『一ノ宮』の所有物から、私個人の所有物になった。暇な時に来るといい」
「暇だったらな」
晴信の方を振り返る事なく、呟く響にふと思い出したように晴信は言った。
「暇といえば、君は花音の護衛から外れたんだろう?」
「それがどうかしたのか?」
「いや、なんでもないよ・・・ただまあ、今、花音の護衛をやってくれる人材を探してるんだが・・・どうだい?」
響は振り返ると・・・
♢☆♢☆♢☆
朝起きれば、灯の用意したトーストの匂いが漂ってくる。
いつも通り喪服のようなまっくろくろすけの制服に袖を通せば、否応無しに学校行きたくない気分は高まってきた。
「お兄、私先に行ってるよー」
一足先に中学校へと行った灯を見送って、トーストを齧る。
歯を磨こうと洗面所にあるガラスの前に立てば、覇気の無い表情の少年が見えた。
何度となく見た顔、響はそんな自分が嫌いでは無い。
薄っぺらい鞄を持ち上げて玄関のドアを開けると、そこには2ヶ月前まで散々見てきた顔がある。
「響さん、聞きましたよ。また護衛、やってくれるんですよね」
「不本意ながらね」
結局、響も晴信も同じ穴の狢なのだ。
退屈な人生なんて耐えられない。
いつだって刺激を求め、その為に巻き込まれる周りの人物への配慮ができない。
護衛としては無能もいいところな、人格破綻者、それが黒崎響だ。
きっとこれから先、退屈を持て余した大人達の遊びに響達は巻き込まれ続けるだろう、響が飛び込んだのはそんな世界だ。
「あ、響さん。音色さんと澪ちゃんですよ」
手を振ってくる2人に花音が駆け寄る。
響は花音に追いつくように、三人の所へと駆け寄って行った。
こんな駄文を最後まで見てくださった読者の皆様へ感謝を。
これで『無能の護衛』の筆を置かせてもらいます。
10万文字くらい書こうと思えば、書けたんですがこれ以上書いても日常を垂れ流すだけになると思い、辞めました。
今回の話のテーマは『飽きる事に飽きた人達』です。
退屈に生きる響、愛する人を失い目標を見失った晴信、『七星剣』である事にうんざりした花音、敵のアルトゥールだけが、唯一、主人公を殺すという明確な目的を持って動いてました。
では、また会えたら




