第12話 ゆっくりと
頭は未だに痛む。
腹の傷も無視できるものではない。
全身は鉛の海に浸かっているかのような気だるさだ。
それでも、少女達に響は叫んだのだ。
自らの勝利を。
敵を打ち倒すと。
であるならば、負ける訳にはいかない。
鉛筆の芯を一本のナイフで削り、尖らせていくように自らの感覚を研ぐ。
細氷よりも薄く、蜘蛛の糸よりも細い道を突き進む。
思考は獣のように加速し、勝利を渇望する意思は最早、人のものではない。
現在、響は限界を超えたその先でアルトゥールと魔法戦をしていた。
「はあっ!」
動き続ける響を搦めとるように銃火器から、弾幕が張られた。
響の移動する少し先を撃ち抜くように放たれる弾丸は確実に響を追い詰める。
響は時に前進、時に退き、時に左折、時に右折、と縦横無尽に駆け回り、1秒先の生存を掴み取り続けていた。
合間を縫ってアルトゥールが放つ魔法すらも、予測して回避する響は五感どころか、動物的第六感を備えているとすら思わせる。
「しつこいんだよ!」
アルトゥールは限界を超えた魔法使用による頭痛に苦しみながら、魔法を行使する。
響もまた人類の限界を超えた動きで、それを回避すると跳躍、宙に浮かぶ機械すら足場にしながら駆け回る。
(僕の時間切れが狙いか!)
回避に徹する響を睨んで、そう考えたアルトゥールは無茶を承知で広範囲の停滞フィールドを作り出した。
「しまっ・・・」
「捕らえたぞ!」
空中に縫いとめられた響に銃口が向けられる。
それらが弾を吐き出すよりも速く、響は自分の身体に移動魔法を発動。
足場もなく、加速度すら奪われた響は唯一使える力場、重力を手助けに、移動魔法を使うと地面に落ちる事で何とか銃弾を回避した。
既に脳も限界まで酷使した響は、地上に落ちる際の衝撃を軽減することすら出来ない。15m上空から無防備に落ちた響の全身を激痛が襲う。
「ガハッ!」
「馬鹿め!これで終わりだ!」
身を捩り、苦しむ響に再度銃口が向けられる。
響は落ちた衝撃の所為で、銃口が向けられている事にすら気付けない。
万事休す、アルトゥールもまた勝利を確信した。
だがーー
「っ、がああああああああああああ!!!!!」
アルトゥールは無理な魔法使用から起こった頭痛に襲われ、絶叫する。
鼻血を垂らしながら、アルトゥールが苦しむと周囲に浮かぶ機材らも轟音を立てながら地面に墜落していく。
響は身体中を襲う激痛を無理矢理、押さえ込みながら、ふらつくアルトゥールに留めを刺すべく、腰からハンドガンを引き抜こうと右腕を動かそうとする。
だが、激痛が返ってくるだけで右手は上手く動かない。
落下時に右腕の骨が逝ったようだ。
折れているのか、はたまた砕けているのか。
だが、その隙は致命的だった。
響が左腕を腰に伸ばすより早く、アルトゥールが響の顔面を殴り飛ばした。
「うおおおおお!!!」
ただでさえボロボロだった響の全身が更に痛めつけられていく。
だが、響は大振りなパンチを一つ選び、回避すると左手で顎に掌底を放ち、相手の脳を揺らした。
「うらあ!」
棒立ちになった相手をショルダータックルで吹き飛ばすと、そのままマウントを取り、動く左腕でその整った顔を滅多打ちにする。
そのまま、勝負は決まるかと思われたが、アルトゥールは響の右腕を握った。
「があああ!!」
激痛からアルトゥールの左腕を思い切り殴って右手から手を離させる。
だが、その隙にヘッドバッドを鼻っ面にくらい、響はマウントを解かれてしまった。
新たにマウントを取るべく倒れた響にアルトゥールが向かってくるが、響は転がって、距離を取る。
響は立ち上がって今度こそ、腰に入れたハンドガンに左腕を伸ばした。
が、そこにはあるはずの感触が無い。
半分塞がった視界でアルトゥールを睨みつければ、ニヤリと笑ってハンドガンを構えるアルトゥールの姿がある。
どうやら、マウント時に抜き取られていたらしい。
(銃のセーフティは外されていない!)
響は直ぐに判断して、腰のナイフを引き抜くと、全力で前に進んだ。
最早、走る事すら出来ない。
たったの10mが果てしなく遠い。
アルトゥールがハンドガンのセーフティを外して、照準を合わせた瞬間、響は咄嗟に顔の前にナイフの腹を見せた状態で構えた。
それは奇跡だった。
どこを狙うかもわからず、相手の方が構えるのが早かった。
それでも、響が構えたナイフはその弾丸を防ぎ、響の命を守ったのだ。
最早、互いの距離は無い。
響がナイフを振るい、アルトゥールの持つハンドガンを弾き飛ばす。
だが、弾丸を弾いた段階で限界を超えていたナイフはハンドガンが飛んでいくのと同時に、その刃部分が砕け散った。
「「ああああああああああ!!!!」」
最早、武器も無い。
男二人、お互いのスタミナも尽き、魔法を使うだけの余力もない。
残った物はボロボロの身体だけだ。
原始的な本能に従い、二人は拳を振るう!
首の力が残らない為に、殴られれば顔は弾き飛ばされ、腹に拳が突き刺されば足はふらつく。
そして、適当に振るわれたアルトゥールの拳が響の顎を捉えた。
引っこ抜かれるような衝撃と共に、血が飛び散る。
勝利を確信したアルトゥールが笑う。
しかし、響は最後の維持とばかりにタタラを踏みながらも、まだ倒れない。
そして、信じられないといった表情のアルトゥールに響は思い切りヘッドバッドを決めた。
お互いの額から血が吹き出す。
二人が弾かれるように大の字に床に倒れこもうとする、だが、響が倒れる寸前、1人の少女が背後から彼の身体を支えた。
「・・・か・・の・・」
「お疲れ様です。響さん」
意識を失う直前の響が見た少女の顔は、まるで女神のように慈悲に溢れ、美しかった。
♢☆♢☆♢☆
「またここか」
響は『鎌鼬』の時にもお世話になった病院に再びお世話になることになっていた。
嗅ぎ慣れた消毒液の匂い、患者を落ち着かせるためのイージーリスニング、入学してたった二週間だというのに、どれだけ過酷な事をすれば気がすむのだろうか。
「まあまあ、今回は私達もですし」
「もっと良く無いんだよなぁ」
そう、前回との相違点は響の他、花音と音色、4番と呼ばれていた少女も入院している点にある。
響の右隣には花音、花音の更に右に音色、そのまた右には少女が眠っている。
「護衛対象に助けられるとか、ボディーガードとしてどうよ」
「今回のは私達が勝手に行きましたからね、お父さんや群青さんには私が言っておきますよ」
「・・・お願いします」
「ふふ、そうやって素直に頼まれるの。何だかんだ初めてです」
「そうか?」
「そうですよ。いつもそうなら、可愛げのある少年なんですけどね」
「そりゃ悪かったな」
響は枕元に置かれたスポーツドリンクを飲むと、灯からの着信が大量に届くスマホを操作して灯に連絡した。
「灯ちゃん、お兄ちゃんです・・・って、あれ?切れた」
「まあ、先日やらかしてから、すぐですからね」
呆れたような口調の花音、響はため息を吐き出すとケータイを放り投げてベッドに倒れこんだ。
「俺は妹に嫌われたらどうやって生きていけばいいんだ」
「だったら、私の婚約者にでもなりますか?」
「笑える冗談だ・・・な!」
「わきゃ!?」
響が枕を投げつけた。
「病院・・・複数入院、もう枕投げは使命だよね」
響がポツリと呟くと、花音は枕を振りかぶって、思い切り投げ返してきた。
「私は真剣ですよ!」
響はそれをキャッチすると、それを再び投げ返す。
花音が躱して、自らの枕を掴むと花音の背後から枕が彼女の後頭部を強襲した。
花音が背後を振り返れば、ジトッとした視線を向ける白髪の少女がいる。
操られていた時から、髪色や瞳は既に戻っている少女は自分の枕を構えると、好戦的に笑って呟いた。
「『純血』から攻撃を仕掛けられた。響、交戦の許可を」
響もニヤリと悪い笑みを浮かべると、少女に指示を飛ばした。
「よし、花音に枕を投げつけろ!」
「二対一ですか!音色、起きてください!私達もチームを組みますよ!」
花音が眠る音色を揺さぶり起こすのを契機に、枕投げ大会が開催された。
枕を投げつけあいながら、少年少女らは思い思いの言葉をぶつけ合った。
「一ノ宮と灰咲には絶対リベンジする、あれは本来の私じゃなかったし!」
「いつでも受けて立ちますよ!ね、音色さん!」
「そんな事より、響。今回のは貸しだから」
「しょうがない、俺の叶えられる範囲ならな」
「え、音色さん。それはずるいですよ!私も、私も貸し一です!」
「花音はダメだろ、俺も護衛してるし」
「一ノ宮、無様」
「今、笑いましたね!」
四人しか部屋にいないのをいいことに大暴れした響達は1分ほどで何事かと駆けつけてきたナース達に取り押さえられた。
「全くもう、花音さん達もですが、響さん!あなた自分の状態わかっていますか!?本当に死にますよ!」
響は病院に連れてこられた段階で、魔法の使い過ぎによる脳へのダメージ、右腕は粉砕骨折、左拳は硬い顔面の骨を殴り続けた事による骨折、肋骨に両足の骨には数え切れないほどのヒビが入っており、更には欠けた骨が内臓に突き刺さっていた。
また、腹の焼き潰した傷跡も化膿しており、新たな感染症を引き起こしてもおかしくなかったほどだ。
現在、入院して二週間、魔法を駆使した医療でも全治2ヶ月と言われた響が暴れまわっていれば、ナースも不安になるというものであった。
怒られた響達が大人しくベッドの上で座っていると、少女が思い出したように響に詰め寄った。
「響、私の名前」
「え、なんですかそれ?」
「あー、そういや、そんな話してたな」
最終決戦前に、少女は響に名前をつけてくれと頼んだ。
その話は後回しにしていたが、今はちょうどい時間だろう。
「んー、どうしよ・・・お前はこう呼んでほしいとかないの?」
「無い」
「花音と音色は・・・」
「2人には聞かないで、貴方が決めた名前が欲しいの」
「はいよ」
響は頭を抱えてから、思いついたように呟いた。
「じゃあ、『澪』、苗字は後で考えるけど、とりあえず、『澪』はどうだ?」
「ん、わかった。これから、私の名前は『澪』。一ノ宮と灰咲もそう呼んで」
「わかった」
「わかりました」
嬉しそうな様子で自分の名前を呟く澪を眺めていると、暴れた疲れからか、眠気に襲われる。
三人で話すーといっても、澪に花音と音色が話しかけているだけだがー少女らの姿を見ながら、響はゆっくりとその眠気に身体を委ねた。
♢☆♢☆
退院二週間前、花音と音色は既に学校に通い始めており、澪と2人で入院していた響の元に勝人が訪れた。
「これにて任期は終了、護衛任務ご苦労だった」
「いやー、全然守れて無かった上に、殆ど入院してましたけどね」
「いや、花音の父上殿は大いに満足していたよ。金額は君の口座に振り込んでおいたから確認してくれ。それと、君の都合を教えてほしいそうだ」
「ああ、そういえばそんな話をしてましたね・・・二週間後の土曜日、6月の第二土曜日はどうですかね」
「わかった、その旨を伝えておこう。詳細は追って伝えられるだろう」
立ち去った勝人の方を澪は睨みつけたままだ。
響は入院している間、澪とずっとはなしていたのだが、澪が言う『純血』、これは『カラーシリーズ』や『七星剣』の血筋を指しているという事しか結局わからなかった。
どうやっているのかは知らないが、澪は相手が『純血』なのかどうかを見ただけで判別できるらしく、それに攻撃するのは本能的な物だと言う。
とは言え、響の指示より上位の優先は無いようで、響からの指示があれば、『純血』への攻撃は抑えられる。
「なんで俺に従うんだ?」
「響は・・・『王』だから」
「はあ・・・」
という質問を何度も繰り返した響は、彼女から何かを聞き出すことをとうに諦めている。
「そういえば、澪は家とかどうするんだ?」
「響の家じゃだめ?」
「だめって訳じゃないが・・・」
ふと尋ねた響はある意味予想通りの回答に頭を抱えた。
キョトンと可愛らしく頭を傾げる彼女は、何が悪かったのかも理解していない様子だ。
「ま、とりあえずは俺が退院してからだな」
現状、灯の機嫌を損ねている響が澪を家に住ませてやりたいなどと灯に伝えれば喧嘩になることは軽く予想できる。
仲直りしないとなと思いつつ、響は枕元のラノベに手を伸ばした。




