第11話 決戦
ケージに乗り込んだがそれを地下に動かすための手段が無い。
音色は最悪ケージを支えるワイヤーを切ってから花音の『停滞』と自分の『操作』でケージを動かそうかと考えていたのだが。
「花音、それは?」
「これでも『一ノ宮』の次期当主ですからね。ここの全権利を持つキーカードは貰っているんですよ」
花音が取り出したのは漆黒のカード。
『一ノ宮』の家紋である竜胆の花模様が刻まれているそれをケージ制御の機械に通すと、それは地下に向けて動き出した。
「わかってると思いますけど・・・最悪、着いた瞬間戦闘開始、なんてこともありえます。準備を」
「大丈夫」
そう呟く音色は既にメガネとヘッドホンを着用しており、戦闘態勢は整っている。
花音が無言で頷くのと同時に、微かな揺れと共にケージから止まった。
そして、ケージが開いた瞬間、二人の目に映ったのは彼女らに向けられたいくつもの銃口。
「総員!撃て!」
掛け声と共に弾幕が二人を襲った。
♢☆♢☆
「銃声・・・」
「ああ・・・これは、どう見るべきか」
この銃声には二つのパターンがある。
一つは二人を誘き出すための罠。
もう一つには外からの新たな侵入者への攻撃。
ただ、響からしてみれば後者の方が可能性が高いと見ていた。
理由は単純で前者の事をやる意味が殆どないためだ。
現状、二人は少しずつだが追い詰められている。
というのも、戦闘するたびに発生する戦闘音から現在地を探られ、そこから動ける通路を限定されていっているためだ。
そして、この作戦をやる以上、わざわざ銃声を鳴らして位置を教える意味が無い。
だとすれば、これは響達にとっては一筋の希望た。
響は少女についてくるよう指示してから銃声の方に走り出す。
響には音の反響から構造を把握する五感も、敵の位置を察知するための魔法もない。
音のする方に向かうだけだ。
「響」
「わかってる」
前方に見えた敵が二人の足音から振り返るより早く、響が腰から抜いたハンドガンで撃ち抜く。
サイレンサーの付いていないそれは派手に銃声を鳴らすため、敵を誘き寄せる事になる。
「ターゲットを確認、C区画の4です!・・・があっ!」
タッチの差で報告を許してしまった男性に鉛玉を撃ち込む。
男性が倒れると同時に歯噛みした響は花音に声をかけた。
「一気に行く」
「わかった」
彼女に甘えている自覚はあった。
使える物は全部使う、などと言うつもりは無い。
響はこれでもそれなりに人の心は残しているつもりだ。
相手から殺意を向けられれば殺す事も厭わないが、実験体である少女を酷使するつもりは無い。
それにもかかわらず、響がこうして彼女を頼っているのは彼自身、自分の身体が限界であることを自覚しているためだ。
腹の傷も、酷使し続けた頭も、もう限界だった。
走る二人の前、通路の角から新たな兵士達が飛び出してくる。
(数は四人か)
響がハンドガンを前方に向け、魔法を発動しようとするが、突然激しい頭痛が響を襲う。
それを無理矢理押し殺して、響はハンドガンを撃ちながら、接近、ナイフで一人目の喉元を切り裂いた。
流石というべきか、ほかの兵士らは一人殺されても動揺する事なく、すぐにナイフやナックルダスターを構えて応戦する。
響の前方に立つ男性がナックルダスターを嵌めた拳を振るう。
それをかわして懐に入ると、その男性の胸にそのままナイフを突き刺してから蹴り飛ばす。
(まず一人)
武器を失った響に二人の男性がナイフを構えて、襲い掛かってくるが、そのナイフが響に届くことは無かった。
彼らが背後から放たれた風の砲弾により吹き飛ばされたためだ。
「助かった」
「ん・・・」
倒れた相手の背中を踏みつけ、意識を失わせるた響に少女が追いつく。
しかし、響は走り出さない。
気になった少女が響の顔を見れば彼は通路の奥に視線をやっており、少女もまた響と同じ方を向くとそこには自動ドアがあった。
これまで見てきたドアノブがついたドアとは明らかに違うとわかる。
「音源は多分、あそこだ。注意しておけよ」
「うん」
呟く響に少女が返事をするが、その声が響に届いたかどうかはわからない。
二人が扉の前に立つと、それは何の音も立てずにスムーズに開いた。
「これは・・・」
「凄い・・・」
驚嘆する二人の前に広がる景色は圧巻の一言だ。
広いドーム状の天井に円形の空間、空中にはどうやっているのか、様々な機器が浮かんでいる。
浮かぶ機器などで作られた人工の迷路を進むと、倒れ伏した兵士達の姿が見えてきた。
「既に兵士らが倒れている・・・やっぱり、外からの侵入者があったらしいな」
「だとしたら、脱出に使えるかも」
「ああ」
そして、さらに奥まで進むと突然ひらけた空間に出る。
そこには数多くの兵士達が転がっており、その中央では二人の少女と二人の青年が戦闘していた。
それは高度な魔法戦だった。
四人の間では極限まで励起された魔力がスパークを散らし、黄金の光が煌めくその様は幻想的だ。
そして、魔法戦は決着も一瞬だ。
片方の少女が放った『停滞』のフィールド。
凡ゆる物質の動きを止めるそれに囚われた二人の周囲を無数の黒い輝きが取り囲む。
それらが突き刺さった男性らは痙攣すると、『停滞』から解放されて、地面に膝をついた。
「花音、音色・・・どうしてここに」
響が思わず呟く。
その声が聞こえたのか二人が響達の方を振り返るのとほぼ同時に、響の隣から魔法の波動が伝わってくる。
響が驚いて少女の方を見ると同時に少女は『高速移動』と自らの足元に斥力を発生させる魔法を同時起動、言葉通り弾かれるように少女は花音達の元に向かって飛び出した。
突然の行動、だが花音は冷静に停滞フィールドを発動して、少女を空中に縛り付ける。
音色もまた動揺することなく、新たな黒針を取り出して、少女へと攻撃した。
普通、いや、どれほどの魔法使いでも防ぎようの無い攻撃だった。
だが、針は少女の白い肌に突き刺さる寸前で止められ、そればかりか弾き飛ばされる。
その上、停滞フィールドに捕らえられているにも関わらず、突然、フィールドから解放されたかのように地面に足を着くと、そのままフィールドから脱出した。
「一体どういうつもりですか?」
「花音・・・話しが通じる相手じゃ無い」
音色と花音が緊張した面持ちで臨戦態勢を取る。
少女もまた周囲の魔力を励起させて、戦闘の意思がある事を示した所で、響がその間に割って入った。
「何やってんだ!こいつらは俺の友人だ!」
「響、どいて・・・私は『純血』を殺す」
「何?」
響が尋ねるが、それ以上の返答は無い。
「響さん、色々と説明してもらいますよ」
「ん、私も聞きたい」
「花音、音色」
背後からも刺々しい雰囲気の声を掛けられた響は冷や汗を垂らしながら、彼女らの名前を呟く事しか出来ない。
響自身、状況の把握が出来ていないためだ。
「取り敢えず、臨戦態勢を解いとくれ・・・このままじゃ話し合いも出来ない」
「この子が解いたら私も解きましょう」
「右に同意」
「だ、そうだ」
「響が言うなら・・・」
少女の周囲に漂う魔力が霧散していく。
花音と音色も楽な姿勢を取った所で、全員の上から穏やかな声音で声がかけられる。
「やあやあ、落ち着いたかな?」
「・・・アルトゥール・ゴルゴー」
響は声の方に顔を向ける。
上空に浮かぶ機材に腰を下ろすアルトゥールは、燻んだ緑色の髪を揺らして、楽しそうに笑っていた。
響が開けてやった腹の穴は綺麗に塞がっており、服装も黒いスーツを着込んだ紳士らしいものになっている。
彼は機材から飛び降りると、足が地面につく寸前に魔法で重力を緩和、足音を立てることなく着地した。
「アルトゥール、随分とオシャレだな。最初にあった時とは大違いだ」
「それはどうも、女性らも居るとなってはね。流石の僕も身嗜みを整えるさ」
アルトゥールは無精髭も剃っており、だらしなく伸ばされた髪も綺麗に整えられている。
整った顔も相まって、大人の色気を漂わせていた。
「しかし・・・」
呟いたアルトゥールは響の傍に立つ少女に視線を向ける。
「4番が懐くとはね・・・一体、どうやったんだい?」
「4番・・・、こいつがどうかしたのか?」
「いや、何でもない。重要なのはその子が君に懐いているという事実だ。後で、君の事を調べさせてもらうよ・・・それより、まさかターゲットまでついてきてくれるとはね・・・まさに鴨葱、というやつだ」
アルトゥールは花音に視線を動かして、呟く。
「そうですか・・・でも、些か、軽率ではありませんか?」
「ほう・・・っ!?」
花音は表情を崩す事なく、ノーモーションでアルトゥールの顔付近に停滞フィールドを発生させた。
苦しそうな表情をしたアルトゥールは直ぐに『移動』魔法で無理矢理空気を動かすと、咳き込む。
「貴方は私一人にも勝てませんよ」
『一ノ宮』の魔法使いとして、花音は言ってのける。
自分こそが最強であると疑わないその姿は、『七星剣』の次期当主として、あるべき姿だ。
「成る程、随分な思い上がりだな。一ノ宮花音」
アルトゥールが魔法を起動、純粋な魔力の塊が彼の周りに7つ現れる。
そして、それを花音達に向かって打ち出した。
それは一つ一つが普通の魔法使いには防げるはずもない一撃。
この攻撃だけでも、アルトゥールが『七星剣』に匹敵する力を持つことがわかる。
ただ、花音は『七星剣』という器に収まる少女では無かった。
「甘いですよ」
花音が指を鳴らすと同時に、その魔力塊が止まり、ばらけた。
『停滞』の力に抗えなかった魔力が霧散したのだ。
「まだだ」
周囲に浮かぶ機材から飛び出した銃火器、それらの銃口が花音に向けられる。
そして、魔力で強化された弾丸が100を超える銃口から放たれた。
だが、その全ては花音の前方で停止、音を立てることなくゆっくりと落ちていく。
「その程度ですか?」
花音が呟き、アルトゥールの顔付近に再び停滞フィールドが作られようとする。
アルトゥールは弾幕を止めることなく、魔法でフィールドの生成を阻止、更に魔力塊を4つ作り出して打ち出した。
最早、花音のみならず響達をも狙った攻撃。
少女が魔法を展開しようとするが、それよりも早く花音が停滞フィールドを広げた。
「ふふ、これが『七星剣』の次期当主と称される魔法使いか・・・」
アルトゥールの表情には余裕が無い。
対する花音は未だに余裕を残した表情で更に停滞フィールドを広げる。
どうやら、アルトゥールごと巻き込んで勝負を決めるつもりらしい。
アルトゥールも負けじと、魔力でフィールド生成を阻害、二人の間で目に見えない壁が出来上がる。
「これで終わりです」
花音が呟くと、周囲の魔力が黄金に輝き、フィールドが更に押し広げられた。
地力が違う。
アルトゥールは確かにかなりの力量を持つ魔法使いだったが、相手が悪かった。
そうとしか言えない。
「仕方がない・・・」
アルトゥールは諦めたように呟くと、腰からタブレットケースを取り出し、4錠の錠剤をそのまま口に放り込んだ。
すると、銃撃も魔力塊による攻撃も止み、同時に停滞フィールドすらも打ち消される。
花音は一瞬、動揺したような表情を浮かべるがすぐにポーカーフェイスの裏に隠して、再び停滞フィールドを放った。
だが、次は拮抗する事すらなく打ち消されてしまう。
「この手は使いたく無かったよ」
呟くアルトゥールの周囲では、これまで以上に魔力が活性化して、もはや彼自身から黄金の輝きが放たれているといっても過言ではない。
現代の魔法は生命と引き換えに瞬間的な出力はどこまでも上げることが出来る。
先ほどの錠剤がどのようなものかは知らないが、まともなものでないのだけはわかる。
「花音」
「わかっています」
響が声をかけると同時に花音は全員の周囲に停滞フィールドを作る。
攻撃に停滞フィールドが使えなくなったのならば、防御に回す。
これならば、何をされたかわからずにやられるという事は無い。
そう判断しての行動だったが、それは結果として最善だった。
フィールドを展開した次の瞬間、響達の周囲、360度全てを巨大な魔力塊が覆い尽くしたのだ。
「っ!これは・・・」
「音色さん!」
「ん!」
花音が音色に声を掛けるのと同時に、花音が作り出したフィールドとせめぎ合う魔力塊に音色が『操作』の魔法をかける。
魔力の流れを操作されたその魔力塊が分解されるのと同時に、花音は停滞フィールドを解除、音色は黒針を飛ばした。
だが、それはアルトゥールにぶつかる事なく弾かれてしまい、音色の元に戻ってくる。
「強いですね」
「そりゃそうだろうよ・・・だが、これは明らかに命を使うタイプの強化だ。そう長くは保たない」
響が呟くのと同時に周囲の機銃がその銃口を響達にむける。
花音が停滞フィールドを張ろうとするが、そこに挟み込まれたアルトゥールの魔法により、阻害されてしまう。
「しまっ・・・」
花音が焦ったような声を出すのと、機銃からマズルフラッシュと共に、弾丸の嵐が撃ち込まれたのは同時だった。
勝ちを確信したアルトゥールだったが、彼が予想した1秒後の未来図は大きく外れることになった。
少年少女らの柔肌を撃ち抜く筈の弾丸は彼らの手前で止まっており、彼らはかすり傷ひとつ負っていない。
「そうか、まだ君がいたね。4番」
アルトゥールの視線の先には、花音に変わって停滞フィールドを作った少女がいた。
「『純血』種を守るなんて・・・屈辱、だけど、彼女達が死んだら響が悲しむ」
「成る程、ならば少しだけ強引に行かせてもらうよ。僕には時間がないからね」
アルトゥールは言いながら、指を鳴らす。
すると、少女の首元につけられたチョーカーが怪しく輝き出し、苦しみ始めた。
「クウ・・・」
「っ、おい、大丈夫か!」
「ん・・・駄目、響、はな・・・れて」
少女が響を突き飛ばす、すると少女を中心として魔力の嵐が吹き荒れた。
魔力の輝きが収まり、少女の姿が見えるようになると、そこには苦しんでいた少女の姿は無い。
美しかった髪の毛は黒一色に染まっており、不思議な輝きを宿していた瞳は紅だ。
「おい!」
「邪魔」
声を掛けようとした響に魔力塊が飛ばされる。
それを避けた響に目を向ける事はせず、花音と音色に視線をやると、少女はその美しい顔に酷薄な笑みを浮かべた。
「殺すね」
同時に、花音が停滞フィールドを少女に飛ばす。
音色もまた黒い針を少女の周囲に浮かべて、彼女の動きを制限した。
だが、少女は魔法を使う事なく、周囲の魔力により魔力の嵐を作り出しただけで全てを吹き飛ばした。
「おいおい、やばいでしょ。アルトゥールだけでも手に負えないってのに」
「残念だったな、4番はいつでも我々の制御下におけるようになっている」
響の元にアルトゥールがやってくる。
「あの一ノ宮花音にすら余裕で勝てる僕に、君が一人で勝てるかな?」
「・・・4番を俺たちが抑え込むまで待ってもらうってのは・・・」
「無しだ」
響に魔力塊が放たれた。
響らそれを回避して、『高速移動』を発動する。
アルトゥールもまた『高速移動』に似た魔法を起動して、距離を詰めてくるが、響はたった3つの魔法に魔法力を割いている特殊な魔法使いだ、例え、強化されていようとも、『移動』と『停滞』、『元素変換』で響には追いつけない。
「花音、音色!」
響が声を張り上げる。
少女と相対する花音と音色が響の方を向く事は無いが、声は届くと信じて、響は叫んだ。
「アルトゥールは俺が片付ける。二人は、そいつを頼む!」
返事を期待したものではない。
だが、それでも、その声に応えるように、二人の少女も叫び返した。
「「了解!!」」
今、研究所における最終決戦の火蓋が切って落とされた。




