第10話 逃走3
響の魔法、『射抜閃光』は魔法陣を用いるタイプの魔法ではあるが、この魔法を起動出来る人間は響以外居ないという、特殊な魔法だ。
その原因は『移動』と『停滞』、真逆に位置する魔法を同時に起動しなければいけないという点にある。
二つの魔法の同時使用、それ自体は特段珍しい事ではない、だが、それの性質が異なれば異なるほど難しくなっていくのは、人間の意識の問題だ。
感覚としては左右の眼球を別々に動かす、というものに近い。
そして、響はそれを会得している、訳ではない。
響がこれを出来るのは、『移動』と『停滞』のみ、というよりも、響は生まれついて『移動』、『停滞』、『元素変換』以外の魔法を使えない、響は技術というよりも、その魔法への圧倒的な適正から、ゴリ押しで二つの魔法を同時発動している。
響は一般人よりも大きな魔法の才能を持ちながら、その全てのリソースをたった3つの魔法に占領されているという極めて特殊な人間なのだ。
それ故に、バランスの良さを求められる魔法使いとしては『無能』の烙印を押される事になった。
♢☆♢☆
響が研究所に向かっている頃、東都魔法高校に着いた花音は不満そうな顔で音色に愚痴をこぼしていた。
「用事があるなら、用事があるって伝えてくれてもいいと思うんですよ」
「そう・・・」
「遅刻ギリギリまで粘った挙句、灯さんに教えて貰って、結局一人で登校ですよ?」
「そう・・・」
「響さんに文句の一つを言ってもいいですよね?」
「そうだね」
花音の話の最中もずっと携帯をいじり続ける音色に、花音はジトッとした視線を向ける。
そして、小さくため息を吐き、「それで?」と問い詰めるように口を開いた。
「響さんの場所、わかりましたか?」
「・・・なんだ、気づいてたの?」
音色は、ゆっくりと視線をあげるとケータイの画面を花音に向ける。
「今のご時世、何の情報も残さずに消える事なんて不可能だからね。響は今、ここの辺りにいるよ」
音色が見せたのは東京都渋谷区の間取り図だ。
「これ以上、正確な情報は掴めない。この辺りに何か怪しい場所はあった?」
「・・・大戦時代の研究所がひとつだけ・・・ですが、あそこは『一ノ宮』の区画ですよ?」
「それがどうかしたの?」
花音は言外にありえない、と伝えているのだが、音色はそれをわかった上で真っ直ぐな視線を向けてくる。
観念したように首を振った花音は「わかりました」と、呟いた。
「音色さん、学校をサボる気はありますか?」
「学校と友達、どちらを取るかなんてわかりきってない?」
二人が立ち上がり、教室から出て行く。
その様を後ろから見つめる影があったのに、二人は最後まで気づかなかった。
♢☆♢☆
「A班は2区画と3区画を!B班は4区画を回れ!ハウンド部隊は各個撃破されないように纏まって動け!」
統率の取れた兵士達が走り回る。
研究所内を逃げ回る一匹の害虫を駆除するために。
そんな中、その害虫、響は見つからないようにしつつも、ケージを探して走り回っていた。
当初、自分が連れてこられたケージから逃げようと考えた響は、結果として当初のケージにたどり着く事には成功した。
しかし、ケージは最初に響が放った無差別攻撃により、上昇用のワイヤーが焼き切られており、使用不可能だったのだ。
自業自得ではあるが、あの状況では他に手が無かったのも確かだと、自分を納得させて走り回る。
現在、響は脱出手段を探るのではなく、戦闘を避ける方向性で動いているため、当初より頭痛はましになった。
だが、走り回っているせいで体力の限界が近づいてきている。
朝食べたパンが喉元まで迫り上がるような気がして、脚を止めると汗がどっと吹き出した。
熱いからと喪服のような制服を脱いで脇に抱えると、また足音が聞こえてきて、咄嗟に近くの部屋に身を隠す。
「こっちから足音がした!近くの部屋ごとしらみつぶしに捜索しろ!」
その言葉を聞いた瞬間、響は自分の判断を呪った。
どうして、こんな袋小路に隠れてしまったのだろうか。
とはいえ、自分を責めても状況は良くならない。
響がドア脇に隠れて、ドアが開いた瞬間に開けた人物を無力化して逃げようと考えていると、背後から肩を叩かれる。
「ッ!」
咄嗟に響が振り向くと、そこにはーーー
♢☆♢☆
兵隊達は響が逃げ込んだ部屋を探し、ドアを開けていく。
そして、また一つ部屋のドアを開ける。
その部屋は病院のように、ベッドが3つ並んでおり、それぞれが薄緑色のカーテンで仕切られて居た。
部屋の中に押し入った男性は、医療道具の入れられた棚やシンクの下などを調べるとベッドを一つ一つ調べていく。
そして、最後のカーテンを開けるとそこには一人の少女がベッドの上に座っていた。
真っ白な患者服に身を包んだ彼女の肌は白磁のようでその瞳は金と真紅のオッドアイ。
ベッドの上を覆い尽くす程に長い髪は肌と同じ白だが、毛先になればなるほど虹のように鮮やかな色になっていっており、人ではないような美貌を持っていた。
表情の見えない少女はカーテンを開けた男性にチラリと目をやるが、直ぐに興味を失ったのか、視線を下に落とす。
男性は訝しげな視線を向けつつも、彼女を被験体だと判断して、尋ねる。
「ここに少年が来なかったか?」
少女は男性の方を見向きもせずに、俯くだけだ。
男性は諦めたように首を振ると、ベッドの下を確認するために屈む。
いや、屈もうとしたの方が正しいか。
男性は目に見えない壁に押されたかのように吹き飛ばされた。
「貴様・・・」
男性の視線の先、神秘的な雰囲気を纏う少女の周囲には金色の粒子、少女の放つ魔法により励起された魔力が眩いばかりの輝きを放っている。
男性がアサルトライフルを構えて、少女に照準を合わせた瞬間、部屋の中に入ってきた別の男性が顔色を変えて、その銃を下ろさせる。
「お前、新入りか」
「ああ、そうだが」
「こいつには関わるな。いいな?」
「だが・・・いや、わかった」
男性は渋々といった感じで引き下がると、大人しく部屋から出て行く。
そして、扉が閉められると一人の少年がベッドの下から顔を出した。
「まじでか・・・」
少年、響は入った直後、少女の提案で彼女のベッドの下に隠れていたのだが、あまり信用はしておらず、最悪、すぐに戦えるよう臨戦態勢は取っていた。
そのため、本当に何もなく事が済み、拍子抜けしたというのが正直な感想だった。
「その、ありがとな」
ベッドの下から出ると、響は少女に頭を下げる。
彼女は無表情だが、少しだけ嬉しそうに微笑むと、響と視線を合わせるように立ち上がった。
「これが私の務めだから・・・」
呟く彼女の細い首には『NO.4』と記されたチョーカーが付いており、黒いそれは白い彼女の肌にあって、異質感が拭えない。
とはいえ響に彼女を救う余裕があるわけではない。
真っ直ぐな視線を向けてくる彼女から、目を背けて部屋から出て行こうとする。
すると、響を追いかけるように背後からペタペタと足音が聞こえてきた。
「・・・どうかしたの?」
響が尋ねる。
「貴方についていくのが私の使命だから」
「は?」
少女が何を言っているのか分からず、怪訝な視線を向ける。
だが、彼女はそれ以上語る事なく響の3歩後ろをついてくるだけだ。
「わかったよ・・・ただし、俺はお前の事を守りきれないからな?」
「問題ない。私は貴方を守るために造られたから」
「はあ・・・」
諦めたように溜息を吐きながら、扉越しに周囲の状況を確認、周りに人が居ないことを確認してから移動を始める。
響は彼女を置いていくつもりで駆け出したのだが、彼女は魔法で響の移動速度についてくる。
「そういえば、お前は出口を知っているのか?」
「ううん、私はここから出たことないから」
「そうかい」
響は聞いておきながら、あまり落胆はしていない。
もとから、ほとんど期待してなかったためだ。
「名前だけ聞いておく」
「貴方がつけて」
「はあ?」
「私に名前は無い。貴方がつけて」
「んなこと言われてもな」
響が困ったように呟いた直後、前方の曲がり角から数人の兵士が飛び出してくる。
「話は後でな」
「ん」
響が腰からハンドガンを引き抜き、少女の周囲で魔力が煌き出すと、二人に気づいた兵士らがアサルトライフルや、ハンドガンを構えた。
「こちらC班!げんざ・・・」
響が現在地を報告しようとした兵士の頭を撃ち抜く。
『射抜閃光』は使わず、ハンドガンから亜音速で放たれた9ミリ弾を『移動』魔法でベクトル強化して加速、防弾ヘルメットを貫く程の威力に高めて放ったのだ。
(ぶっつけ本番だったが・・・取り敢えず戦力にはなる・・・か)
『射抜閃光』は脳にかかる負担が非常に大きい。
出来るならあまり使いたく無いというのが本音であった。
響は考えつつも相手から注意を逸らしてはいない。
次の瞬間には襲い掛かるであろう弾幕を警戒して、『遠距離防御』を起動しようとするが、それよりも速く響の目の前には少女の魔法が展開された。
そして、少女の張った目に見えない膜は弾丸をそのまま相手に跳ね返し、敵部隊を全滅させる。
(『反射』・・・やはり、この少女は『三井』の血筋なのか?)
『反射』は斥力を持つ透明な膜を発生させて、そこに撃ち込まれるあらゆる物質を跳ね返すという魔法だ。
斥力の強度は魔法の強さによって決まるため、一般人が使ったところで精々80キロで飛んでくる野球ボールから身を守る程度の力しか出せない。
しかし、少女の使う『反射』は、大の大人を弾き飛ばすだけでなく、アサルトライフル、それも魔法による強化をほどこされた弾丸すらも弾き返してみせた。
これは『力』の魔法に関する適性を持つ『三井』にしか使えない。
だが、『三井』とはいえ、これ程の力を持つ子供はそうそういない。
仮に誘拐されたとして、それが『黒崎』に伝えられないという事があるのだろうか。
響はそこまで考えて、思考を切り上げる。
ここで答えの出ない思考をする余裕は無いからだ。
「響、怪我はない?」
「大丈夫・・・ありがとな」
「ん、気にしないで」
♢☆♢☆
学校から抜け出した花音と音色は旧第二魔法研究所を訪れていた。
研究所の北棟、かつて非人道的ともいえる魔法研究を行っていたそこは既に誰にも使われていないように見える。
だが、実際には月に何人かが出入りして、整備しているために見た目よりも綺麗だ。
「花音、何か見つかった?」
「いえ、残念ですけど・・・うちの者達が出入りした後しか・・・」
「そうか・・・しょうがない。花音、ちょっと協力して」
「良いですよ。何をするんですか?」
言うと音色は首にかけたヘッドホンを耳に当てて、ヘッドホンから伸びたコードをヘッドホンの内部にしまう。
「大きな音を出して」
「・・・?・・ああ、そういうことですか」
花音は音色の考えを理解して、魔法を発動すると同時に軽く手を叩く。
すると、音を大きくする魔法により増大された音が空気を叩き、花火のような轟音が鳴った。
停滞の魔法を耳の周囲にかけて、鼓膜が破れるのを防いだ花音が音色の方を見ると、彼女は頷いて花音に着いてくるように言う。
花音は彼女の後ろを歩きながら、称賛の声を掛けた。
「エコーロケーションの原理で音の反響から、建物の構造把握とは・・・良い力ですね」
「日常生活だと不便だけどね」
音色は五感の反応が人よりも非常に高い特異体質であり、普段はそれを制御するために魔法を使っている。
そのため、彼女は魔法を使用する時やこのように優れた五感をフルに使用する時にはヘッドホンやメガネなどでその部位をガードしているのだ。
「ここだね」
音色が指差した場所は北棟の端にある既に使われなくなっていた物資運搬用のケージ、かつては上に登るだけだったはずだが、音色が言うには地下があるらしい。
「地下ですか」
「一ノ宮はどうか知らないけど、少なくとも『灰咲』は知らなかった」
「『一ノ宮』がどうかは知りませんが少なくとも私は知りませんでした」
二人は頷き合うと、『立入禁止』と書かれたテープを引きちぎり、ケージに乗り込んだ。




