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無能の護衛  作者: にひけそい
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プロローグ

 2013年7月北海道北端部


 樺太経由で攻め込んできたロシア軍と日本軍との接触はロシア側の長距離弾道弾による爆撃により始まった。

 爆撃により、主導権を握ったロシア軍は戦闘用魔法部隊を5師団、ロシアの持つ魔法戦力の3分の1、を投入して、一気に日本軍の制圧にかかる。

 実際、日本軍も殆ど壊滅状態にまで陥り、北海道はその領土の4割を侵略されるに至った。


 開戦からたったの二週間で追い込まれた日本軍部隊であったが、彼らに焦りは見られない。

 いや、焦りはあったが、それはロシア軍に対しての物では無かったという方が正しいか。

 

 そして、開戦から1カ月後、北海道を制圧し本土への侵略を開始すべく、追加で魔法部隊を2師団、通常部隊を4師団送り込んだその次の週、北海道にいた人間、それは逃げ遅れた民間人、囚われた捕虜、ロシア軍、それらの全ては死体すら残さず、この世から姿を消すことになった。


 核は使われなかった。

 大量の爆薬も、特殊な化学兵器も使われなかった。

 ただ、ニュースでは島の死火山と思われていたいくつかの山から漏れ出し、島全体に行き渡った可燃性のガスが、何かの拍子に引火したとだけ言われていた。


 日本の人々は納得こそしなかったものの、結果としてロシアの脅威から逃れられた事に安堵した。

 

 このニュースは世界中で報道され、大国同士での争いを助長したロシアへの非難を大きくし、日本には特殊な加護があるのでは無いかという眉唾物の噂を流す事になった。


 日露魔法戦争と名付けられたこの戦争は後の世では、別の名で呼ばれる事になる。


 『カミカゼの再来』と・・・



♢☆♢☆♢☆


 西暦1900年


 ロシアでは最後の皇帝とされるニコライ2世が皇帝としての最後の仕事だと、ある一つの研究を推し進めていた。

 それは人類を更なる次元へ進めるためのものだ。

 当時、神の奇跡や超能力などの名称で知られていた特殊な力を扱える人間を集め、彼らの力を研究、力を持つもの同士で子供を作らせるなど、人道に反した実験を行う中、ニコライ2世は、その力を解明する事こそ出来なかったものの、ある程度、人工的に発動する事が可能であると証明した、現実には、ニコライでは無く、彼の膝下に置かれた研究チームではあったが。


 そして、その僅か5年後に開かれた日露戦争、人類の新たな力、『マギア』と定義されたそれにより、ロシアは勝利、その力を強める事になる。

 人にして人を超えた力は日本軍に『マギア』の脅威と有用性をわからせた。

 朝鮮と韓国の領土を奪われ、ロシアの南下政策を食い止められなかったものの、その敗戦を糧に、日本もまた『マギア』ー日本では『魔法』と呼ぶ事にしたーを研究、ある程度の才能こそ必要であるが、その力を人工的に発動する事を成功させた。

 不利な形ではあったが、ポーツマス条約を結び、何とかロシアの侵略を防ぐ事が出来た日本は、これからの時代の新たなる力となる『魔法』の研究に傾倒していく事になる。

 ロシアの植民地に近い扱いを受けるものの、千島列島など、いくつかの領土をロシアに分譲した事で、イギリス領侵攻などの参加を免れた日本は、領土こそ減ったものの、着実に力を蓄えていき、第一次世界大戦においてはロシアに並び、二つしかない魔法国家として戦争の中軸を担った。

 第二次世界大戦時には、全国家が魔法の重要性を認めており、全世界を巻き込んだ大きな戦争となった。

 世界でも有数の魔法国家となっていた日本は、アメリカ、大英帝国を相手に奮戦するも、敗北、核兵器に変わる新たな戦術兵器、特一級魔法を日本本土に撃ち込まれて、実質上、アメリカの植民地になる。

 

 植民地になってから5年後、サンフランシスコ講和条約を結ぶに当たり、日本の魔法技術の提供は大きな世界貢献となり、国際連合は日本を迎え入れた。


 その後は小さな小競り合いこそあったものの、世界は第二次世界大戦の傷跡を着実に修復していくが、2013年、ロシアが日本に攻め込んだのを口火として第三次世界大戦、別名第二次魔法大戦ー第一次は第二次世界大戦だーが勃発、日本、イギリス、アメリカの連合軍に対し、中国、ロシアで組まれた露中同盟がぶつかり合った。


 戦死者1億を超えたその大戦は、連合国の勝利で幕を下ろし、その時に結ばれた条約ーこれ以上の戦争が起きないようにという願いが込められ、『ピースフル』と名付けられた、因みに条約がつくと語呂が悪いため省かれる。ーにより、ロシアと中国からは魔法使いが常に、各国の産業に携わる事になり、第二次世界大戦時の2倍以上の速度で復興は進んだ。


 そして、2060年。

 魔法技術は一般市民でもある程度は使えるようにまで発展し、どんな学校でも魔法が必修科目となった。

 魔法を基盤とした産業も新たな第四次産業として、認められ、工学や科学も魔法により新たな発展が見られるようになる。

 

 世界中どこにでも1時間かからずに、旅行できるようになり、電波の届かない圏外など存在しないような世の中になったが、それでもまだ世界は一つになったとは言い難かった。


 今でも、世界中は牽制しあい、軍を保有して、戦力によるプレッシャーをかけ続けている。

 世界は全体的に豊かにはなった、だが、それで人の心に余裕が生まれたかと言われれば否、だ。

 魔法がもたらした人類の新たな可能性、それは禁断の果実のように人を人同士の闘争へと駆り立てる。


 この世界で才能のあるものはそれを遊ばせる余裕など無い。

 平等という美しい言葉は50年前に捨て去られた。

 実力こそが全て。


 豊かで、満ち足りてはいても、決して世界は優しくないのだ。



♢☆♢☆♢☆

 

 「起きて、お兄。誰か来たよ、私達に用事があるんだって」

 「・・・わかったから、毛布返して・・・まだ寒い」

 「ハイハイ、寝ぼけてないで」


 時計の針は10時を回っていた。

 通う中学校の卒業式が終わってから、3日、冬休み故か、ベッドの上に肢体を投げ出したまま惰眠を貪る少年を少女が起こしている。

 

 「ほら、起きた・・・起きたから叩くのをやめて・・・灯ちゃん」

 「駄目、このままだとお兄また寝るから」


 ペシペシと顔を叩かれていた少年は猫のように少女の手を払いのけると、渋々といった様子でベッドから立ち上がる。

 二人が並ぶと少年と少女は顔立ちこそ違うものの、やはり兄妹か似たような印象をうける。

 少年は寝起きということもあるだろうが、それを差し引いても優しそう、マイペースといった顔立ち。

 少女は兄と同じ黒髪をポニーテールにしており、美少女と言っても差し支えのない容姿をしている。


 ただ、二人から同様に漏れ出る気だるそうなオーラが二人の印象を似せていた。


 寝巻きであるジャージから着替えて、最低限の身嗜みを整えてから少年がリビングに降りると、そこには灯が引き入れたのか、既に一人の男性が椅子に腰掛けていた。

 黒いスーツを着ていてもわかる筋肉、短く刈られた黒髪、何よりその身に纏う空気が一般人のそれより鋭い。

 

 (軍人か、それに近い職業か?)


 少年が警戒のレベルを少しだけ上げる。

 すると、男性は立ち上がって15歳の少年に対してするには些か礼儀正しすぎるほどの作法で腰を折ると、自己紹介をした。


 「私は国防軍陸上自衛隊所属、群青 勝人かつひとという。アポもなくお邪魔した事を謝罪する」

 「・・・いえ、それはお構いなく」

 

 予想外に丁寧な態度でこられた事よりも、少年は彼の所属に思わず意識がいってしまい、返事が一拍遅れてしまう。


 「そちらのお嬢さんには先に自己紹介をしていたんだが、一応直接したほうがいいと思ってね」

 「そうですか」


 少年は心の中で安堵の息を吐く、灯は結構必要な情報を少年に教えない事が多く、この情報も教えられてなかったためだ。

 重要な事を何故教えなかった、と非難の視線をやるが、灯は軽くウィンクをして、場を誤魔化す。

 恐らく、目の前の男性が居なかったら、舌を出して、「テヘッ」などのあざとい芸をやっていただろう。


 「それで、軍属の貴方が何の用ですか?」

 「・・・先に謝罪をしておく」

 「・・・どうやら、あまり良い話ではないようですね」

 「君達の祖父、黒崎 玄三げんぞうについて私は調べさせて貰った」


 それを聞いた瞬間、灯が掌を勝人に向ける。

 しかし、少年が片手を彼女の前に置く事でそれを制した。


 「成る程、どうやら本当に愉快じゃないらしいですね。それを聞いたって事はそういう事ですか?場合によっては俺らは黙っちゃいませんが」

 「いや、誤解しないでくれ。今回は国からの要請では無いし、戦争に関するものでも無いんだ」

 「ほう、一応聞かせてもらいましょうか」

 「今回、私は君、黒崎響君に個人的な依頼があってここを訪れたんだ。すまないが、妹さんには少し出ていってもらいたい」

 「・・・いいでしょう、灯、部屋に居てくれ」

 「・・・わかった」


 渋々といった様子でリビングから出て行く灯を見送って、勝人に視線を向けなおす。

 訝しげに勝人を睨む響の前に出されたのは一枚の用紙だ。

 一枚の少女の写真に名前、生年月日、得意魔法など、この世で必要となる個人情報の全てが載っている。

 

 「彼女の名前は一ノ宮 花音かのん、分かるな?」

 「『七星剣』ですか」


 勝人は無言で頷く。

 『七星剣』、北斗七星を元に名付けられた苗字に一から七の数字がつく彼等は日本における魔法使いの頂点に位置する血族だ。

 現代の安全な魔法、ではなく遺伝子調整や改造手術、薬物投与などを施され、魔法技能に特化した彼等は、戦争に限らず、他国に対する牽制の意味でも国にとって最大の『武器』である。


 そして、一ノ宮花音であるが、彼女は『七星剣』一ノ宮家の現当主、一ノ宮晴信いちのみやはるのぶの長女であるだけでなく、一ノ宮家の長男、一ノ宮圭介を遥かに凌ぐ魔法技能を持つ事から、次期当主候補の中でも最有力と言われている。

 また、彼女は『アイドル』というわけでは無いが、その魅力的な容姿からか、『七星剣』の中では最もメディア露出が多く、実質的な広告塔になっている事でも有名だ。

 実際、彼女を通して『七星剣』を知ったという人は多い。


 「で、これを俺に見せてどうしろと」


 響が質問する。

 祖父の事を調べた件で、相手は少しだけ響達に対しての罪悪感を覚えているようなので、それを助長させるべく実際に怒っているわけでは無いが、少しだけ語調を強めた。

 だが、勝人はそれを全て理解した上で、何事も無いように話を続ける。


 「結論から言うと、君には彼女と同じ高校、国立東都魔法高校に通って、彼女の事を護衛してほしいんだ」

 「・・・護衛、ですか」


 少なく無い情報が響の頭の中を駆け巡った。

 しかし、彼はそれらの情報に惑わされる事なく、純然な事実を伝えた。


 「無理ですね」

 「その理由を尋ねても?」


 否定しても、それは予測済みだといった様子の勝人は用意されていたような答えを直ぐに返してくる。

 それが気にはなったものの、説明をしないという選択肢は無いと判断して、響は説明を始めた。


 「まず第一に俺・・・自分はこの春からは地元の渦屋湘南高校に通う事になっています」

 「そんなもの、転入などでどうとでもなる。なんだったら国に掛け合ってもいい」

 

 この国に掛け合う、というもの、別段おかしい事では無い。

 それ程までの優先度を持つのが『七星剣』に関する事項だ。

 だが、それを聞きながらも響は話を続ける。


 「次に、今の自分には魔法技能がありません。一般人よりは使えるでしょうが、エリート揃いの東都には入れません」

 「魔法技能が無い・・・ねえ」


 含みのある顔で勝人が睨む。

 彼はどうやら、響の抱える事情を知っているらしい。

 だが、彼はそれもどうとでもなると切り捨てて、それだけか?といった旨の視線を響に飛ばす。

 響はそれには全く動じずに3つめの理由を突きつけた。


 「最後に・・・自分にはそれに従う義務も無ければ、義理もありません。そもそも自分は彼女を護衛したくありません」

 

 それはともすれば、『七星剣』、ひいては国に対して反抗的と捉えられてもおかしくない発言、ただ、勝人は響の事を響が思っている以上に知っているようで、勝人は響の意思を肯定した。


 「そうだろうな」

 「ご理解いただけたのなら・・・」


 勝人に帰るよう響が促そうとする。

 だが、彼は不敵な笑みと共に一枚の紙を響に渡した。


 「それを見てもやりたくないのなら私は諦めるよ」


 そんな事があるものか、と考えて響がその紙を手に取る。

 だがーーー


 「成る程・・・これは・・・」


 用紙に一通り目を通しただけで、響は苦い物を噛み砕いたような表情を浮かべた。

 そして、用紙を静かに勝人に手渡すと、静かに呟いた。


 「わかりました。その依頼、引き受けましょう」


 勝人はそれを聞くと、直ぐにいくつもの資料を響に手渡した。

 それらは、東都魔法高校への入学推薦状や、次のマンション契約など、どうやら、彼は響が断る訳がないと思って全て準備していたらしい。


 「7枚全てに君の名前を書いておいてくれれば、後は我々で勝手に処理する。今、書いてしまってくれ」

 「そんな、急かさなくても逃げたりはしませんよ」


 軽口ーといってもその口調は決して穏やかでは無いがーを叩きながら、用紙を書く響の傍、それを見ていた勝人はふと思った。


 (そういえば、護衛を不可能だという理由の中に自分よりも、護衛対象の方が強いという理由が無かったな)


 『七星剣』の次期当主候補の中でもトップクラスの実力を持つ一ノ宮花音、そんな彼女に対して自分の方が強いと言える学生が果たして日本にどれくらいいるだろうか。

 厳密に言ってしまえば、響は自分よりも彼女の方が強いと言っていないだけなのだが、響のルーツを知る勝人にとって、響が一ノ宮花音に勝利することは何の不思議もない。

 勝人は彼の祖父、玄三に対して、どのように説得すれば響を国防軍に引っ張れるかを彼が書き終わるまでの数分間、考え続けていた。

 

 

 



 

 


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