武闘大会 第一回戦Ⅰ
大変遅くなってしまい、申し訳ございませんでした。
連載再開です。
穏やかな晴れ空の下、人々の喚声の響く闘技場では、武闘大会本戦第一回戦が行われていた。
初戦はアランともう一人、砂漠の地帯出身である男が、審判の男を挟んで向かい合っていた。
剣は互いに鞘に納まったままだったが、試合前の緊張に若干表情が硬くなっているアランに対し、曲刀使いの男は落ち着いていた。……いや、アランの佇まいから、相手がある程度の実力の持ち主だと気づいて内心ではそれなりに緊張しているのだが、それを表に出さないようにしているといったところだが。
『それじゃあルールを説明しよう。相手を殺すのはなし、意図的なものであれば即失格、刑務所行きだ。そうでない場合は失格、今後八年間の大会への出場禁止となる。どちらかが気絶するか、降参するか、あるいは舞台の外に押し出されるまでが勝負だ。また、審判の方が試合続行不可能だと判断した場合は、彼らの判断で勝敗が決まる。選手の方から質問はないか?』
『ありません』
アランと対戦相手の男二人が同時にそう声を上げ、次は選手の紹介に入った。
『では、選手の紹介に入ろう。まずは東サイド、シンゴ選手。シンゴ選手は砂漠の国とも呼ばれるスリシタン王国出身の男だ! 曲刀使いのCランク冒険者で、にも拘らず、なんと単独でサイクロプスをも倒せるほどの実力者だ!』
わっ、と歓声が上がった。
サイクロプスはCランクの魔物だが、人間の力ではCランクパーティ一つでようやく互角の相手なのだ。
そんな相手にCランク冒険者として単独で倒せるともなれば、経験を積み、試験さえ受ければ、すぐにでもBランクに上がれるということだ。
それを聞いて、観客たちが盛り上がらないはずがない。
『対して西サイド、アラン選手。みんな聞いて驚くなよ? 彼はなんと、我らがコペル王国の英雄″森炎魔″の推薦者なのだ!』
『うおおおおおおおおお!!』
先ほどよりも大きな声に包まれる会場。シンゴと呼ばれたアランの対戦相手も、それを聞いて目を細める。
大国の英雄である″森炎魔″に推薦された人物ならば、何があっても油断は禁物だと再認識したからだ。
『彼もシンゴ選手と同じく、有望な若手のCランク冒険者だ! 出身はラトス皇国で、持ち合わせの高い才能を生かしてここまで上ってきた期待の新人だ!』
再び上がる歓声。民衆の期待と興奮は最高潮に高まり、同時にアランにもプレッシャーがかかる。
だがそれでも尚落ち着いているのは、近くで自らの師が見てくれていると知っているからだろう。
司会の男が選手の紹介を終わらせると、審判の男が司会の男へ合図を出した。
それを見て司会の男もうなずき、選手の二人が武器を抜いて構えているのを見て、改めて観客へと向き直って叫んだ。
『試合、開始ぃ!』
「始めっ!」
審判の男が司会の男に続くように声を上げ、すぐにその場から離れる。
そして同時に鳴り響く鐘の音。一瞬遅れて闘技場に響いたのは、たくさんの観客達の喚声だった。
*
「ウォル」
背後から声をかけられ、ウォルと呼ばれた青年は反応する。いつの間にか彼の隣にいたのは、ウォルと同じ服装で、頭巾を深く被った青年だった。
片手で頭巾の端を持って少し上げると、そこに見えたのは燃えるような赤い瞳と髪、そして、ウォルに酷く似た顔立ちだった。
それを横目で確認したウォルが、小さくうなずく。
「どうした」
ウォルは小声で返す。すると、彼の隣に立った青年は頭巾から手を放して短く伝える。
「アルスレンド様はどこにおられる?」
「あちらで試合を観戦しておられる」
「……なるほど。ウォル、緊急招集だ。俺たち全員、いったん集合だとさ」
「……何があった?」
「詳しいことは後だ。とにかく、早く御許可を取ってこい」
「わかった」
ウォルは真剣な顔になり、観戦席から自らの主の下へと向かって行った。
*
アランとシンゴは地面を蹴る。そして響く、金属同士が鋭くぶつかる音。
だが二人はすぐに距離を取った。
今の一瞬のやり取りだけで、相手は自分とそれほど実力差がないことを悟ったからだ。
互いに武器を構えたまま、相手の様子を窺う。しばらくそんな状態が続いた後、先に動き出したのはアランだった。スピードに関しては、普段足場の悪い砂漠の中で戦っているシンゴの方が勝っていた。それを理解しているからこそ、攻撃されるよりも先に攻撃しようと思ったのだ。
だが、アランの方がスピードが遅いのは間違いのない事実であり、それ故にシンゴも動き出すのは早い。若干の遅れは取ったものの、剣と剣がぶつかり合ったのは、彼らの間合の中間。つまり、先に飛び出したアランよりも、シンゴの方が速いということだ。
今度は距離を取らず、何度も剣をぶつけ合う。技術に関してはアランの方が若干上だったが、力に関してはシンゴの方が上だった。
曲刀というのは剣身が沿っている武器だ。それ故に習得も扱いも難しく、本来は力ではなく技術で攻撃をする。だがシンゴの場合、技術もそうだが、曲刀を力で押してくる。それなのにバランスを崩さず、むしろアランの動きを見てどう動いてくるのか、短時間で予測を立てているほどだ。
武闘祭の本戦に出るだけの実力はある男だ。世界一の冒険者やその息子に剣技を教わっていても、まだ若いことに変わりはなく実戦経験も少ないアランと比べて、シンゴは実戦の経験が豊富だ。
一度の実戦が百度の訓練に匹敵すると言われるように、シンゴの経験値はアランとは比べ物にならない。
だが、それでも、アランは負けられないと奮闘していた。
動きのパターンは複数個持っておけ、動きが完全に読まれたと思ったら行動パターンを変えて相手の隙を突け。
アルに教わったその言葉を思い出し、まずはいつも通りの動きでシンゴに攻撃を仕掛けていく。
だが、その攻撃のどれもがもう当たらなくなっていた。何故なら、シンゴはもうすでに、アランの動きを見切ってしまっているからだ。
シンゴはアランの隙を見つけ曲刀を薙ぐ……のではなく、突き出した。
そのことに意表を突かれたアランは目を見開き、体を捻って躱した。だが、その際に脇腹を剣が掠っていった。
脇腹に感じた熱い感触に目を細め、アランはシンゴから距離を取る。シンゴは追撃をかけてこない。無闇に追撃をかけても意味はないと理解しているからだ。
『な、なんと、アラン選手の脇腹を、シンゴ選手の曲刀が掠っていったああ! 距離を取ったアラン選手、いったいどうする!?』
榛色の瞳は切れ長で吊り上がっており、ターバンの上から新緑のバンダナを巻いて脇から帯を垂らしている、顔立ちもそれなりに整っていて、世間一般で言われるイケメンの部類に入るだろう。
だが男性にしては小柄な方で、若い見た目をしておきながらどこか近づき難いオーラのようなものまであった。
「……ちっ、あんまり使いたくはなかったけど……」
アランは、自分の左腰に差さっているもう一つの剣へと触れる。これは、アルにもらった魔剣だ。今回は実力の試しであり、窮地に追い込まれない限りは使うまいとしていたはずだった。
だが初戦から自分と同等の強さを持つ相手に出会ってしまっては、ここで出し惜しみをしていたら負けるのはこちらだと思ったのだ。
アルにもらった魔剣でなら、魔術が使える。闇族に対抗するために練習していた、属性魔術だ。
今ではアランの持つ高い才能のお陰で中級までは完璧にこなせるようになっていた。
魔剣を振るいながら、魔剣を魔術発動のための媒体として使うことができる。
アランは、シンゴがこちらの様子を窺っているのを見て、今握っている剣を納めた。
シンゴは眉をピクリと動かすが、特に何かを言ってくる、あるいはしてくる様子はない。それを見ても油断せず、何も言わずにいきなり武器を納めた自分にざわつく観客たちの声をも無視して、アランはもう一本の剣――″夜舞″を抜いて構えた。
″夜舞″は、青紫の剣身を持つ美しい剣だった。淡く光り輝くその剣は、誰が見ても高価であることがわかるような代物だ。
夜のように闇を持つその剣は、不思議と人々の目を惹きつけた。
『おお、おお!? アラン選手、先ほどまで使っていた剣とは違う剣を取り出した! 不思議と目を惹くその剣は、俺から見てもかなり高価なものに見えるが!? さて、シンゴ選手とアラン選手という実力がほぼ同じの二人の戦いは、いったいどうなるのだろうか!!』
『わあああああああああああ!!』
司会の男の声に、観客たちもそれに呼応して雄叫びを上げた。鞘に納まっている時ではわからなかった、アランの持つ″夜舞″の魅力。それに惹きつけられ、シンゴは数瞬間だけ固まる。
だが自力で我に返り、口元に浮かべたのは小さな笑みだった。
「……なるほど。夜になると本領を発揮する魔剣か。それは、さぞ美しかろうな」
「なっ……」
今度はアランが驚きに声を上げる。まさか、この魔剣の効果を見抜かれるとは思っていなかったからだ。
だが、アランは以前にアルが言っていたことを思い出して、混乱せずに済んだ。
『それは大昔から伝わる伝説の魔剣だ。世界に一つしか存在しない。まあ、古代遺産程の価値があるわけではないから隠蔽の効果はない。けどそれを持っているというだけで、お前はもう一人前だ。……相手はきっと、書物に描かれていた″夜舞″の姿を見て正体を見破ってくるかもしれない。けど、決して動じてはいけないぞ。少なくても、表面だけは』
そう。アランの持っているこの″夜舞″という剣は、古代遺産程の価値はないものの、古くから伝わる強力な魔剣だ。書物にも絵として載せられていることがあり、戦いに身を置いている者の七割ほどは当然のこととして知っている。
だからこそ、アルはアランへと注意しておいたのだ。
大会の本戦に出るような者ならば、魔剣″夜舞″のことくらいは知っているだろう、と。
「……さすが、だな」
「……?」
アランがそんなアルに対して小さく呟くが、シンゴは当然意味が分からず軽く疑問符を浮かべただけで特には何も訊いてこない。会場は大いに盛り上がっており、アランが、そしてシンゴが、これからどのような戦いをするのかといった期待を寄せていた。
「……勝った、な」
「さあ、どうかしら」
そんな彼らの様子を見ながら、そんな会話をする二人がいた。それは、二人とも丈の長い外套を着込み、頭巾を目深に被った男女だった。顔は窺えないものの、小柄で華奢な体型を持つ方は、女にしては声が低く、大人の男性にしては声が高かった。
……つまり、アルだ。もう一方の少女に関しては、なぜか近づいてきて、今ではアルの隣でアランとシンゴの試合を観戦している。
基本は人見知りをするアルが何故それを放置しているのかというと、どこか懐かしい匂いが漂ってきたからだ。
それに、悪意を感じるわけでもない。突き放す理由もないと思い、今は放っておいているのだ。
「あら、あなたの言った通りね」
口元に笑みを浮かべながら、少女は言った。試合が再開され、アランの魔術を使いながらの攻撃にシンゴは苦戦するようになった。それに対してアランにはある程度の余裕があり、素人目では互角に見えるようだったが、戦いに身を置いている者からすれば、この試合の勝敗は――明らかだった。
「ぐっ……!」
風属性の魔力を纏わせた魔剣を振るわれ、舞台の淵まで吹き飛ばされたシンゴ。その後、追い風を纏ったアランに追撃をかけられ、舞台の外へと押し出されることになった。
そして……
「やめっ! 勝者、アラン選手!」
『うおおおおおおおおおお!!』
『決まったあああああああ! アラン選手の縦横無尽に振るわれた魔剣に、シンゴ選手、惜しくも敗れたあ! 第一試合から熱き戦いをありがとう! というわけで、この日最初の勝者はアラン選手だ! みんな、もう一度大きな拍手を送ってやってくれぃ!!』
『わああああああああああああ!!』
盛大な拍手と喝采を受け、照れるように笑うアラン。少し残念そうな面持ちでいながらも満足そうに笑みを浮かべて去ろうとするシンゴに、アランは声をかけた。
「あ、待ってくれ!」
アランは舞台から降りる。どうせ、次の試合もあってすぐに降りなければならないのだ。舞台に残っていても意味はないし、共に戦った相手とはしっかりと話をしたい。
「強いんだな。俺の師匠とその周りの人たち以外でこんなに苦戦したのは久しぶりだよ」
「その師匠というのが、あの″森炎魔″か?」
「ああ。俺が本気で戦っても、あの人の二割も出させることはできないよ」
苦笑いを浮かべてそう答えるアラン。シンゴは嬉しそうに笑みを浮かべたまま、うなずいた。
「そうか。……正直、羨ましいな」
「え?」
「俺は冒険者の先輩に戦い方を習っただけだから。ま、砂漠の冒険者なんてそんなもんだが。……″森炎魔″のような、戦い方を熟知した人に、一度でいいから指南してもらいたいものだ」
「……なら、頼みに行けばいいんじゃ……?」
それは、アランの純粋な疑問だった。アランの推薦者である″森炎魔″――アルは、会場に試合観戦に来ているのだ。
それを知っているからこその疑問だったのだが、シンゴは首を横に振る。
「いや、いいさ。今回のことを糧にして、自分で成り上がってみせるさ。″森炎魔″の弟子に負けるようじゃ、俺は彼に戦いを習う資格はまだない。いつか、自分の力で上ってやるんだ」
シンゴは笑みを浮かべてそう言った。
その表情からシンゴの負けず嫌いな性格を汲み取ったのか、もしくは単純に、もうこの話を飲み込むことはないだろうとなんとなく感じ取っただけなのか、アランも笑みを浮かべてうなずいた。
「ああ、わかった。俺も楽しみにしてるぜ」
にっ、と笑ったアランに対し、シンゴもうなずき、手を差し出す。すると、アランもそれに応じ、固く手を結び合うのだった。
「あら、次は私の番ね」
第二試合が始まると伝えられ、少女は呟いた。アルに小さく手を振り、少女は舞台の上へと上がっていった。
不思議な雰囲気を纏った少女だったが、アルはなんとなく、親近感のようなものを感じていた。
だが違和感も感じていた。
どこかで感じたことのある懐かしい雰囲気、そして匂い、声、口調、魔力。遠い記憶の中に封じ込められた、何か。
悔しくて、悲しくて、何故かほっとするような……違和感だった。
「アル?」
ぼけっとしていたからか、いつの間にかアランが近くに来ていたことに気づかなかったアル。
はっとして振り向くと、そこにいたのは、不思議そうに首を傾げているアランだった。
「……どうしたんだ、珍しくぼけっとしちゃって?」
「ああ、悪い。ちょっと考え事を、な」
「何を考えてたんだよ?」
「今日の訓練メニューかな」
「……うわあ……」
冗談だろうと言いたげなアランの声に小さく笑みを浮かべ、アルは続ける。
「それはさておき、どうだった?」
「……″夜舞″を抜いてなかったら、俺が負けてた」
「だろうな」
「…………」
あっさりと肯定され、アランは何も言えなくなった。だが、事実なのでどうしようもない。
「まあ、初めての実戦にしては良かった。初戦のうちから魔剣を使っておくという判断も良かった。次にいつ使うことになるかはわからないからな」
「慣れておくに越したことはない、か」
「わかってるじゃないか」
感心したように少しだけ笑みを深め、アランの胸を小突くアル。アランは照れたように笑い、後頭部を掻いた。
「ともあれ、お疲れ。次のお前の番は三日後だし、ゆっくり休め」
「ああ、ありがとう」
アランはうなずき、労いの言葉をかけてくれたアルに笑いかけた。




