武闘大会 トーナメント編
コペル王国最大の大会にして、世界でも有名な武闘祭。
多種多様の種族、さまざまな国からの観光客、そして貴族や王族。
多くの人々で賑わう王都ラゼルは、今日も賑やかだった。
武闘祭二日目。
舞台の上で抽選が行われ、その場でトーナメントが決まる。先に決めてから公開され、選手たちが対戦相手を潰すために暗躍するといったことを防ぐためだ。
……まあ、トーナメント戦なので、一回戦以降は対戦相手がわかってしまうのでどうしようもないのだが。
だがその場合、選手にはそれぞれにこっそり見張り役がつくため、違反をした場合は失格となることもある。武闘大会の目的はあくまでも、真の強者決定戦なのだから。
そんなわけで、予選から一夜明けた今日、アランは早朝の街を走っていた。トレーニングをしているのではない。少し慌てた様子で、しかし嬉しそうに笑みを浮かべながら、とある場所へと急いでいた。
「おはよう!」
「ん? お前さん、確か昨日の予選で勝った、"森炎魔"の推薦者って奴じゃねえか⁉」
「あー、いや、人違いじゃ、ないかなー……?」
「いーや、俺が間違うはずがねえ。俺は"森炎魔"の大ファンなんだよ。情報には聡いぜ? 話聞かせろや」
「駄目駄目! 今は急いでるんだ! 親父、林檎と蜜柑、それから芒果をくれ!」
「ああ? 俺の用事は聞いてくれねえのか?」
「その"森炎魔"に急げって言われてんだ! 早くしないと……」
「……ちっ、そう言われちゃ仕方ねえ。ちょっと待ってな」
口の悪い親父ではあったが、しっかりと弁える性格はしているようだ。そのことに安堵したアランは、しばらくして戻ってきた男に尋ねる。
「いくらになる?」
「いや、いらねえよ。"森炎魔"の推薦者……つまりは弟子に会えたんだ。それだけで十分ってもんよ」
言っていることに嘘はないのか、男は嬉しそうに頬を緩ませていた。アランも笑みを浮かべ、男が持っている革袋を受け取る。
「ありがとうな。何気に優しいじゃん」
「おうよ。その代わり、大会が終わったら話聞かせろよ。今度は、ゆっくりとな」
腕を組んで告げてくる男に、アランは礼を言って走り出す。
もちろん、"森炎魔"アルスレンドのファンは先ほどの男だけではない。今のやり取りでもあったように、武闘大会に初参加した、有名人の……それも大物の推薦者であるアラン達三人は、民衆からも、貴族や王族からも注目が集まっている。
それだけ、彼の名前というのは影響力がある。
……まあ逆に言えば、大きな失敗をすればアルに恥をかかせるといったことになりかねないというプレッシャーも、アラン達にはあるのだが。
しばらく道の中を走っていると、既に見慣れた建物が見えてくる。玄関の前で急ブレーキをかけ、扉を開く。すると漂ってきたのは香ばしいシチューの匂い。
それに対して間に合ったと笑みを浮かべながら、アランは台所へと向かって行った。
「買ってきたぞ!」
「おかえり、アラン。机に置いておいていいそうだ」
「わかった」
息を切らしながら、アルファに言われて机の上に果実の入った革袋を置く。この果実は朝食のデザートに使われるので、シチューを煮込み終わる前までに間に合わせなければならなかったのだ。
理由は、調理をしているアルの手が空く時間がシチューを煮込んでいる間しかないからだ。
台所からは相変わらず濃厚なクリームの香りが漂ってきており、文字通りの意味で朝飯前に全力疾走してきたアランの空腹を誘う。
口の中に広がってきた唾液をごくりと飲み込み、部屋に入ってきた子供たちの声で我に返る。
「ロイの奴、すっかりお兄さんだな」
ソファに座って寛いでいたレイが、そう呟く。隣に座っていたユウキも同意するようにうなずき、アルの孫に当たる子供たちと戯れているロイに視線を向けていた。
弟や妹といった存在がいないため、年下の子供を相手にお兄さんになれるのは嬉しいのだろう。珍しく笑みを浮かべて子供たちと玩具で遊んでいた。
元気で活発な性格をしているケイ。普段は大人しいが高い運動神経と同い年の従兄弟ケイと同じく活発なシン。そしてまだ三歳の男の子レイアと、二歳のレナ。
血筋が色々と特殊なせいか、普通の人間の姿をしているのはシンだけだった。
他は人魚族や"才を持つ子"の姿をしており、全員が従兄弟という関係なのだから、この家系がどれだけ特殊かわかるだろう。
ケイは茶色で癖の強い短髪で、ハクやスイのような先の尖った耳を持っている。太めの眉の下にある少し大人びた瞳は、右目が桃色、左目が紫色という"左右不対称"だった。
もちろん、アルやルミナ、レンという顔立ちの整った者達の血を引き継いでいるだけあり、その顔立ちは整っている。
シンは長めの髪を後頭部で纏めており、同じく整った顔立ちは冷静さを感じさせる。……まあ、今は子供らしくやんちゃに遊んでおり、大人しそうなイメージはあまりないのだが。
橙色の瞳は金色にも見え、エメラルドグリーンの髪は父親の血を引き継いでいる。母親は、ユイだ。
金色の髪に黄緑色の目を持つのは、三歳のレイア。狼の耳と尻尾を持つ"才を持つ子"の姿だ。今は遊び盛りだが、普段はシンと同じく大人しい性格をしている。リオンの息子で、金色の髪は母親の血を引き継いでいる証拠だ。
細い線を描くかのような眉はアルの血を引き継いでいるからだろう。リオンは少し眉が太めだが、レイアの場合はアルに匹敵するほど細かった。
最後に、レナ。レナはユアの娘で、海のような青い髪を持っている。レイアと同じく"才を持つ子"の姿をしており、長い髪は項のところで纏められている。目の色は特殊で、上の青色と下の橙色がグラデーションになっており、これは非常に魔力保有量が不安定な証拠でもあったが、誰の目も引き寄せるような美しい目だった。
彼らは子供でも、戦闘に特化した民族の血を引き継いでいるだけあって戦闘の才能がある。それも、才能の塊とも呼べるアランに匹敵するほどの才能を持った子もいる。
まあ、元があらゆることに才能を発揮する"才を持つ子"の血を引いているのだから、当然かもしれないが。
だが、普通ならこの人数はあり得ないのだ。
元々"才を持つ子"やレイヴァといった種族の血を持った一族は出生率が低い。それなのにここまでの人数の子供がいるというのは、やはりアルの純血が関係しているのだが……アランがそれを知るはずもない。
更にはルミナとリアがそれぞれ腹に抱えている。ルミナは一人なのだが、リアは三つ子なので三人だ。
ほぼ変わらない時期に身籠ったのだから、四人の子が産まれれば忙しい事態になることだろう。
ともあれ、元気に遊んでいる子供たちを眺めながら待っていると、台所からアルが出てくる。
「お、できたか?」
「ああ。ほら、お前らも食え」
机に鍋を置くとそう言いながら、アルは子供たちに近づいて行く。すると、祖父の姿に気がついたのか子供たちは笑みを浮かべながら彼に群がる。
「おじいちゃん、朝ごはん、なに?」
「メインはシチューだぞ。ほら、冷めないうちに仲良く食えよ」
一番年下のレナを抱え上げながらアルがそう言うが、子供とは何かと高い所に行きたがる。故に、ずるい、僕も、僕もと言ってアルにねだる。
仕方ない、と言いたげに小さく息を吐くと、振り返って先に食べていろと告げて四人全員を抱え上げるのだった。……華奢な体格を持つ少年が、小さいとはいえ子供を四人も持ち上げるのは、何とも言い難い光景だったが。
文字通りの意味で、おんぶにだっこ、だ。
ちなみに、ロイは少し羨ましそうにそんな子供たちを眺めていたのだが、自分はお兄さんだからと我慢して両親のもとに戻っていた。
「……アルほど、おじいさんという言葉が似合わない人はいないと思う」
ルートスが思わずといった感じで呟くと、隣でアランとミーシャも同意するようにうなずいていた。
「ほら、アラン達も食べようぜ。主役はお前らなんだからな」
「お、おう。悪い」
こうして今日も、穏やかな朝は過ぎ去っていく。
*
『始めっ!』
『うおおおおおおおおお!』
四つの舞台で同時に出された、初めの合図。だが、これは武闘大会の本戦ではない。試合前の前菜として、今回のゲストである『皓月千里』のメンバーと、抽選で当選した者が手合わせをするといった催し物だ。
四つの舞台で戦っているのは当然、アルファとフィア、そしてレイとユウキだ。ロイはアルとともに舞台の近くで試合を観戦しており、自らの父親と母親を応援していた。
ちなみに、細剣を使えるレイはともかくユウキは完全に後衛だが、一般人相手に後れを取るほど甘くはない。
魔術師としてアルに鍛えられているし、詠唱省略もしくは無詠唱も使えるため、相手が前衛であってもある程度以上一人で戦える。
アルファやフィアのような前衛は言うまでもないだろう。
どちらかと言えば後衛の位置を取っているレイにしても、長年細剣を使い続けてきたAランク冒険者だ。そこらの冒険者に後れを取るはずもない。
そんな風にして試合は二十分ほど続き、最終的にはゲストの『皓月千里』のメンバーたちが勝利するのだった。
「なるほど、やるな」
「当たり前だろ。一応俺もあいつらを鍛えたことがあるんだからな」
「まあ、お主が鍛えれば確実だな。今回お主が推薦して参加させた少年少女も、元は田舎生まれ田舎育ちの若者だろう?」
「ああ。それなりにはできるようになった。まあ、レイにはまだ追いつかないだろうけど」
「はは。それなりに長く生きたエルフに勝てる人間など、限られているだろうに」
アルとそんな会話をするのは、若い見た目を持つ高貴そうな男だった。絹で出来た服を着ており、周りにいるのは護衛……ではなく、召使いや執事といった者達だった。
それもそうだろう。アルの隣にいるのは現在のコペル王国国王トロフィで、そんな彼とは友人関係にある世界で唯一のSSランク冒険者"白の魔術師"なのだから。
"白の魔術師"が傍にいるだけで、国王の護衛など必要はないだろう。そもそも国王自身が"才を持つ子"の血筋であり、見た目は人間だが戦闘能力は高い。
故に、今は護衛がいても邪魔になるだけなので、トロフィから周囲の警護に回るよう指示をしたのだ。それならば彼らは仕事を失くさずに済むし、周囲の警護ということで国王の護衛を間接的に行うことになるので、業務放棄などといったことにはならなくて済む。
ともあれ、国王と対等な口調で話すアルだったが、周りにはそんなことを気にする者はいない。
近くにいるのは、彼らの関係――アルの正体――を知っている召使いや執事だけだからだ。……いや、他にも大会の実行委員や関係者などが転々といるのだが、トロフィは現在"才を持つ子"の能力で髪と目の色を変えており、本人だと気づくものはいないだろう。
「……にしても、予選のCブロックは見たか?」
「いや、その時俺はBブロックを見てたから、見てない」
「そうか。いや、Cブロックに、他より圧倒的に力を持っているだろう選手がいてな」
「へえ」
興味はほとんどないといったように呟くアル。次はトーナメント決めであり、舞台の位置を移動している最中だ。
この大会では、予選以外は一試合ずつ行われるようになる。舞台は四つあるが、四つの舞台を真ん中に寄せて大きな舞台を一つ作るといった仕組みだ。
地面は魔法的に改造されており、舞台の移動は自由だ。
やがて準備が整うと、選手たちが入場してくる。
本戦に出場する選手の人数は三十人。一から三十までの番号が振られた札を引き、対戦相手を決める一般的な仕組みだ。
Aブロックの選手からJブロックの選手まで順番に引いていき、衝立に貼られたトーナメント表に記入されていった。
「ああ、あの者だ」
「……長い外套に頭巾を被った?」
トロフィに示され、アルが疑問の声を上げる。その人物は、アルと同じように、丈の長い外套を纏い、頭巾を目深く被っていた。いかにも謎といった単語が似合う姿であり、その佇まいは強者の持つそれだった。
アルはそれを見て、思わず表情を引き締める。周囲に常に視線を巡らせており、明らかに何かを探しているように見えたからだ。
「お主なら、あの者の実力も読み取れるだろう。……予選では、自分から敵に向かうことはなかったが、華奢な体格を持っているが故に狙われることが多かった。しかし、そのどれもがあの者によって返り討ちにされておる。……楽しみだな」
しみじみと呟かれるトロフィの言葉。アルも特に反論はなく、ただうなずいた。
謎の選手からは負の感情は感じられず、特に危険なこともしないだろうと判断したからだ。
「ともあれ、そろそろ始まるな。では、私は開会式の挨拶をしに行かねばならぬ。シノン、またな」
「ああ。俺はここにいるから、いつでも来てくれよ」
変わらず対等な話し方のまま、アルが"才を持つ子"で、二つの顔を持っているということを知らない従者たちもいるということもあって"白の魔術師"の名を呼んだトロフィは、満足そうにその場から去っていった。
従者たちも頭を下げて、主の後を追うのだった。
「さて……今日ものんびり見学と行くか」
ロイは既にレイとユウキの下に戻っており、一人になったアルは、そう小さく呟くのだった。
『では、選手たちよ。熱き戦いを期待するぞ』
『うおおおおおおおおおおお!!』
トロフィの最後の言葉に、人々は喚声を上げる。コペル王国国王の信頼は絶大であり、支持率も高い。頼りになる、慕われる王というのは、小さな一言でも国民たちに大きな影響を与えるのだ。
そして、期待されている選手たちは、一国の慕われる大王にそう言われて嬉しくないはずがない。
アルの友人だとは知らないアラン達からすれば、トロフィという存在は遥か上空の存在だ。そんな人物にそのように言われては自然と頬が緩むのも仕方ないだろう。
「よし、頑張るぞ」
両頬を叩き、気合を入れ直すアラン。予選では思った以上に力を発揮できたからか、そこには緊張の類はほとんどない。
全く緊張していないというわけでもないのだが、少しは緊張しているといった具合がちょうど良い。
ルートスとミーシャも同様で、程よい緊張感を持ってこの大会に臨め。アルに言われた言葉であり、励ましの言葉でもあった。
今朝食べたシチューが少なからず影響しているようで、今日も元気なアラン達は、名前が呼ばれるのを待つのだった。
「……二十九番、か」
番号札を引いてから戻ってきたルートスが、そう呟いた。
「二十九番って。ずいぶんと後だな」
「試合は今日じゃないね」
ルートスの言葉を聞き、アランとミーシャも口々にそう返す。
三十を半分にすると十五なので、第二回戦では勝ち上がりとなる番号だ。ただし、第一回戦で勝てなければ意味はないのだが。
ともあれ、ルートスは他よりも試合回数が少ない番号を引いたということだ。強くなりたいなら楽をするなとアルに強く言われているルートスとしては、あまり面白くはなかったのだが。
その後ミーシャ、アランの順番で札を引き、アランが二番、ミーシャが九番という、少なくとも第三回戦にならなければ当たらないといったポジションになった。
「……これはこれで、なんだか嫌だな」
アランの対戦相手は日焼けした黒い肌を持つ、曲刀の使い手だった。おそらく、乾燥地帯のあるスリシタン王国かレイジル王国の出身の男だろう。着用している服も、砂漠で暮らすような服にターバンを巻いている。
三十代ほどの男で、あちらもアランの方へ視線を向けては様子を窺っていた。
二番と言えば一回戦の中でも初戦であり、これによって観客達の機嫌の高低が決まるといっても良い。……まあ、だからこそ、最初に特別ゲストと一般人の試合が行われるのだが。
ともあれ、それぞれがそれぞれの対戦相手の顔を窺い様子を見合う中、抽選が終わり、司会の男が号令をかける。
『さあ、本格的に武闘祭も盛り上がってきてるな! じゃあ早速、第一回戦開始の準備だ!』
『おおおおおおお!』
再び響く喚声。それに呼応するかのように、中心の選手たちも両手を上げて雄叫びを上げる。
『よーし! 武闘祭本戦、盛り上がっていくぞお!』
『おおおおおおおおおおお!!』
先ほどよりも大きな声を上げて盛り上がる会場。
こうして、今日も武闘祭は本戦を迎えるのだった。




