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水の聖者~20の柱~  作者: 森川 悠梨
第一章 冒険篇、白の魔術師
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武闘大会 開催編

 行って来い、といきなり言われても、今すぐ行列に並んで受付をして来いと言っているようにしか思えない。実際にそうなのだが、何が言いたいのかというと、要は、やり方は自分たちで学べということだ。それを理解したがために、アラン達は固まった、と。

 今までに、村で行われていた小さな大会には出ていたが、人口が少ないのでみんながみんな顔見知りであり、今回のような大きな大会のように申し込むといったことはしなくて良かった。

 だからこそ、田舎生まれの田舎育ちは、大会に参加するための手続きのやり方を知らない。


「ん? どうした? さっさと行って来いよ」

「いや、その、アル、やり方を教えてほしいんだけど……」

「自分たちで考えろ」


 素っ気なく、突き放す。

 知らないことを自分たちだけで学ぶこともまた、冒険者として必要な技能だ。

 それを理解しているアルの家族たちは、苦笑いを浮かべていたが。


「父さん、本当に参加しちゃ駄目なのか?」

「馬鹿。お前が出たら優勝するだろうが」

「なあ、俺も出ちゃ駄目なのか?」

「当り前だ」


 体を動かすことを喜びとするユア――アルの長男で、ルミナの息子ある"白髪に青い目を持つ子リ・ミ・レイヴァ・クラント"の青年――とコクが、自らの父へそう訴えかけてくる。

 だが、アルはそんな二人に見向きもしないまま即答していた。

 不満そうな表情を浮かべる二人だったが、それでも自分たちの慕う父親に言われては引き下がるしかなかった。

 そんな息子、もしくは兄の姿を見て、ルミナとリアがくすくすと笑う。


「……むぅ」


 ユアの大人びた顔立ちが不意に子供のように歪み、不満を表す。


「まあ、今回ばかりはパスしときなよ。闘技大会が終わったらきっと、お父さんが厳しく訓練してくれるからさ」

「おい、確定事項か」


 思わずといった様子でアルが突っ込むが、最初からそうするつもりだったのかその後は特に何も言わない。

 ルミナの言葉を聞いて、ユアとコクは喜びで満面の笑みを浮かべる。それこそ、先ほどまでの不満顔はなんだったのかと思うほどに。

 そんな家族の仲睦まじい光景を眺めていたアラン達三人。だが、アルはそんな三人を振り返って告げた。


「ほら、行け。行けばわかる」

「……わかった」


 不承不承といった様子で彼らはうなずき、列の最後尾に並んでいった。


「じゃあ、お前らは観客席に行ってろ。俺は別の場所で見るから」

「なら、私も行っていいかしら?」


 腰まで伸びた長い黒髪をなびかせながら、アルの長女であるリアがそう言ってきた。


「あー、まあ、良いか。ルミナとゼロはガキどももいるからそっちを頼めるか?」

「……わかった」


 ルミナやゼロもアルと一緒にいたかったのか、本人にそう言われて少し残念そうな顔をする。だが、当然アルが気づかないはずがなく、優しく笑みを浮かべてルミナとゼロの頭にそっと手を載せた。……ルミナとゼロの方が若干身長が高いのだが。


「ほら、終わったらちゃんと付き合ってやるから、今回は譲ってくれよ。な?」

「言ったね!? 帰ったら存分に甘えてやるんだから!」

「私もだよ!」

「お、おう」


 ルミナとゼロの勢いに押されて返事がそうなるアルだったが、彼女らはそんなアルの様子など気にした様子もなく喜ぶ。

 父の隣に控えた娘は、頬をぷっくりと膨らませて、父の袖を引っ張る。


「……パパ、私もだからね」

「わかったわかった、わかったから、怒るな」


 アルは小さく苦笑いを浮かべながらそう言う。すると、リアは誰もが見惚れるような笑みを浮かべた。


「じゃ、早速席を取っちゃおうか。じゃないと、これだけの人数が座れなくなっちゃう」


 ルミナがそう言うと、全員が手を振って観客席のある場所へと向かって行った。

 ユア、リオン、レン、ユイにはそれぞれ子供が一人ずついて、二人が五歳、一人が三歳、一人が二歳である。

 子供がいない――正確にはまだ生まれていない――のはリアだけであり、現在ではルミナと同じく腹に抱えている。……それも、三つ子を。


「……にしても、お前、なんで相手が俺なんだよ」

「しょうがないじゃない。だって私、家族以外の男には興味ないんだもの」

「それが問題だって言ってるんだよ。まさか腹の中にいる子を殺すなんてつもりは毛頭ないが、父親と娘の子供なんて久しく聞いてないぞ」

「あら、前にもいたの? 私が初めてじゃないの?」

「ああ。俺が最後に聞いた話は、億年単位前だ」


 ……そう。リアが身籠ったのは父との子供だった。

 滅多にある例ではなく、コクとハクの母親であるカヤのように父親が違う双子を産むといったことには及ばないものの、珍しいことに変わりはない。

 アルやリアの体が成人したばかりの少年少女と変わりがないので、それも原因の一つではあるのだろうが。

 こうなってしまったら、リアの子供からすればアルは父親なのだろうが、母の父親でもあるので祖父でもあるという認識でしかない。

 色々と、複雑になるだろう。


「……まあともあれ、時間かかりそうだな」

「そうね。私は永遠にこの時間が続いたって構わないんだけど」

「おい、こら」


 アルにとって時間というのは、過ぎ去るのが短いからこそ大事なものだ。誰にとってもそうだろうが、アルの場合は、大好きな仲間()()と過ごすという意味では他の者達よりも時間というものの存在を大事にしている。

 もちろん娘と二人きりになるのが嫌というわけでは決してない。むしろ歓迎すらしていた。

 だが、リアも含めた他の仲間たちと過ごしている時間というのは、彼にとって最も大きな刺激なのだ。


「まあ、今日は楽しもうじゃないか。アラン達や、アルファ達の戦いを見ながら。何か食べるか?」

「食べる!」


 喜色満面といった笑顔を浮かべ、尻尾を振るリア。食べ物に限らずとも、大好きな父親に何かを買ってもらうといったことは嬉しさしかない。たとえ嫌いな食べ物だったとしても、アルに買ってもらったものなら躊躇うことなく口に運ぶだろう。

 その後は適当に串焼きを買って、それに舌鼓を打ちながらアラン達の帰りを待っていた。




「名前は?」

「アラン」

「ルートスです」

「ミーシャです」


 三人がそれぞれの名前を受付の男に告げ、男がそれぞれ名簿に名前を書いてはチェックしていく。


「ん? この三人ってこっちの名簿に確か……あ、あった」

「本当だ。……って、"森炎魔"の推薦者!?」


 男が大声を上げたことで、周りの注目が集まる。だが、それも当然だろう。コペル王国や周辺の国では間違いなく有名で、知らない者の方が少ないほどの有名人なのだから。

 若手のAランク冒険者にして国中に名を馳せ、"森炎魔"の異名すらも持つ『対極魔法士リバース・マジシャン』。

 高ランクの冒険者で、性格も良いという噂があり、国民の人気も高い。一種の英雄的な存在でもあるのだ。

 そんな英雄に推薦された者達となれば、当然民衆の注目も集まる。それを理解したアラン達の頬が引き攣るが、半径十メートルほどは静まり返り、特に誰かが騒ぐことはない。


「……えーっと、君たちは大人の部に参加で、良いのか?」

「え? アルは子供の部に出ろって言ってたよな?」

「ああ。まあ、まだ十五だから」


 この世界において、成人する年齢は十六だ。アラン達では、まだ一歳足りない。だが、"森炎魔"――Aランク冒険者――の推薦者だ。そうなれば、年齢など気にしていられない。


「でも、"森炎魔"は大人の部に参加させろと言ってたんだが……」

「……あー、なるほど。要は、Aランク冒険者の推薦者を子供の部に出すわけにはいかないと」


 他の子供たちが、彼らの存在によって上に上がれないというのもあるのだろうが、観客の期待を仰ぐような者達を子供の部だけで済ませるわけにはいかないのだろう。

 少なくても、大人の部でも良い成績を残すだろう。それを理解したルートスがアランとミーシャにそう説明を入れると、二人は納得の表情を浮かべていた。

 だが、アランは不安そうに顔を歪める。

 自分たちのような子供が、アルに鍛えられたとはいえ、大人たちと渡り合えるかどうか。渡り合えたとしても、いい成績が残せるかどうか。

 そうも思ったが、ルートスはそんなアランのことなど気にした様子もなく話を進める。


「大人の部で、お願いします」


 もちろん彼にも不安がないわけではないが、自分たちの実力を確かめるには大人と戦った方がわかりやすい。

 どこまでいけるかはわからないが、今の自分の実力を確かめるという意味では確実だった。

 負けたら負けたで、力不足。それまでだ。

 そういった考えから、ルートスとミーシャはあっさりとその答えを出す。そんな二人に従い、アランもまた自分の意思を固めた。


「わかった。なら、この札を持って九時の鐘が鳴る頃までには控室に行っていてくれ」


 番号の書かれた札を受け取り、アラン達は列から離れていく。その際に浴びていた注目の視線も、しっかり無視して。




「……あれ? アルは?」


 リアの姿を見つけて近づいて行ったのだが、そこにアルやルミナ達の姿はなかった。

 ルミナ達の方は今朝、別行動するという話を聞いていたので観客席に行ったのだろうと予想はできた。だが、アルはこの場にいるはずだ。だが代わりにリアの隣にいたのは、六歳ほどの男の子だった。

 アルにそっくりな……というより同じ顔立ちだが、狼の耳と尻尾は存在せず、ただ先の尖った耳と小さな牙を携えた男の子だ。サイズが大きすぎて服やズボンの袖を捲り、丈の長い外套は器用に縛られて調節されていた。

 目の色は赤く、アルと同じ白銀の髪を携えていながらもどこか印象が違った。

 アルが静かに波を立てる海だとしたら、目の前にいる男の子はうねりを立てた海。獰猛な笑みを浮かべながら腕を組むと、いきなり生意気な口調で話し始めた。


「よう。初めまして、だな。この体じゃ」

「は? ……誰だ?」


 どう考えてもただの子供じゃない。そう悟ったルートスが、全く遠慮せずに尋ねた。

 相手は自分たちを知っているようだが、自分たちは相手を知らない。だからこその、この反応。だがリアと一緒にいるということで信用できないはずがなく、特に警戒する様子はない。

「ああ。前に話しただろ、人魚族の話」

 周りには防音結界と、民衆の視線を集めない魔術を使っているために、口にすることを躊躇うこともしないままそう告げる男の子。

 やはり彼はどう考えても、子供ではない。むしろ、アルのように長年生きている人物のようにも思えた。


「あ、ああ。それが、どうした?」


 少し意表を衝かれたように答えるルートスだったが、脇でもアランとミーシャは首を傾げていた。

 男の子はにやりと笑みを浮かべると、面白そうに笑う。そして、そのままの表情を崩さないまま、あっさりと告げた。


「俺の名前はスイ。アルスレンドに体を借りて表に来てる。アルスレンドの体に居候してる、人魚族の魂だよ」

『なっ!?』


 驚く三人。

 話には聞いていたが、こうして裏の人格――人魚族の魂――を見るのは初めてなので、驚くのは当然だ。

 ということは、見た目はだいぶ違っても、スイと名乗った目の前の男の子は普段アラン達が見ているアルの体なのだろう。

 スイは指を鳴らす。すると、体の周りに煙のようなものが現れ、視界を覆った。だがそれはすぐに晴れ、普段のアルの姿がそこにあった。

 捲られていた袖を元に戻し、瞑られていた目を開ける。そこにあった目の色は、変わらず赤色だ。


「俺がこっちにいる間はこいつの魔力を使うからな。今回は俺が気まぐれで顔を出しただけだから、気に留めておいてくれればいい。じゃ、そういうわけでよろしくな」

「は?」


 アランが思わず声を上げたが、スイが目を瞑り、再び開けた時には、いつものアルの瑠璃色の目になっていた。

 アルは少しまばたきをして戸惑ったようにしていたが、やがて状況を察したのかため息を吐く。


「……スイの奴、勝手に……」

「あ、アル?」

「ああ。俺だ」


 呆れ顔のままアルはそう答える。いつものアルの雰囲気を感じ取った三人は、さっきのはなんだったのだとばかりに混乱していた。


「悪いな。スイは俺の中にいる人魚族の魂だ。気まぐれで顔出しただけだから、とか言ってただろ?」


 ピンポイントでスイの最後の言葉を当てたアル。一瞬戸惑っていたような様子があっただけに、それに対して少し驚いたアラン達だったが、気を取り直し改めてアルに問う。


「まあ、言ってたけど、良いのか? なんか、俺たちがこんなこと知ってしまって」

「いや、別に構わないぞ。スイが望んだんなら、特に。俺は」


 リアに視線を向け、笑みを浮かべるアル。すると、リアも笑みを浮かべてうなずいた。


「スイが自分から望んで自分の顔を出したんだもの。私達がどうこう言える立場でもないのだし」

「……そっか」


 アランは信頼されていることに嬉しさを感じてそう呟く。ルートスとミーシャにしても同じであり、アルの裏の人格にまで信頼されて、アルをまた知った気がして、嬉しかった。

 普段から憧れの存在だった"白の魔術師"の顔を見るようになったが、憧れが信頼に変わって、尊敬に変わった。

 だからこそ、そんな相手に信頼されれば、どことなく安堵感を覚えるのは不思議ではないのだろう。


「ともあれ、受付は済ませたな。さっさと待合室に行って、瞑想や準備運動でもしてろ。俺達は試合会場の中にいるから、困ったことがあったら訪ねると良い。ただし、九時の鐘が鳴る三十分前までだ」

『わかった』


 三人ともがうなずき、彼らはそのまま手を振って去っていった。


 *


『さあ、今年も始まる武闘祭、そして武闘大会! みんな、盛り上がってるよなあ!』

『うおおおおおおおお!!』


 雄叫びを上げる観客達。試合観戦のために集まった観客達は、司会の男の言葉に大いに反応し、会場を更に盛り上げた。

 これから始まるであろう試合を楽しみにして彼らはここにいるのだから、それは当然だった。

 司会の男は風の魔法を施された魔道具である《反響機エコー・マイク》を使っており、広い会場内全体に広がっていた。

 武闘祭の参加者は当然多く、今回の参加者人数は五百を超えた。予選では大人数で同時に戦い、その中で生き残った三人がトーナメント戦に出られる。

 予選では十個の組に分けるので、計三十人でトーナメントを作る。そして、勝ち上がっていった上位三人が表彰され、国から……正確には国王から望む物を与えられる。

 誰もがそれを狙い、国中からの名声も狙う。

 闘技大会で優勝、準優勝した者は数年の間名が広がり、話題の中心ともなる。

 それだけこの大会の注目度が高く、期待が大きいという証拠でもあった。


『みんな聞いてくれ! 今回呼ばれた特別ゲストはなんと、なんと! 世界でも有名で稀少なあの人物たちだぞ!』


 司会の男のもったいぶるような言葉を聞いて、民衆はざわめく。あの人物たち、と言ったからには、個人ではなく、団体で活動するパーティだろう。その中でも稀少な、という言葉で、その答えはかなり限られてくる。

 それを理解した民衆たちは、視界の男へと期待の視線を送る。

 そして、その期待は大当たり。なにせ、今回の武闘大会に呼ばれたのは、世界にたった二つしか存在しないSランクパーティの一つ、『皓月千里』なのだから。


『さあ、登場して頂こう。五十年前のあの惨劇でも活躍し、数多の戦場を駆け抜ける。長命種族で結成された、世界で二つ存在するSランクパーティの一つ、『皓月千里』のメンバーだ!』

『うおおおおおおおおおおおおおおお!!』


 先ほどよりも大きな盛り上がりを見せる観客達。Sランクのパーティというのは、一生に一度姿を見られるか否かと言った存在だ。

 ましてや、かの英雄"白の魔術師"が所属していたといった噂のある『皓月千里』に、誰も注目しないはずがなかった。

 "白の魔術師"と違って表舞台に立つことが多い彼らは、"白の魔術師"ほどではないにしろ民衆の憧れの的だ。

 だからこそ、老若男女関係なく大きな盛り上がりを見せた。

 そして、ついに『皓月千里』のメンバー……アルファ、アリュスフィア、ユウキ、レイ、そしてロイの五人が会場の舞台に姿を現す。

 民衆の中には"白の魔術師"も一緒に姿を現すのではないかと期待を抱いた者もいたのだが、残念ながら、アルは今回自分の姿を民衆の前に晒すつもりはない。

 それ故にがっかりした者も少なからずいたのだが、Sランクパーティの姿を見れただけでも幸運だと理解しているために、その感情はないに等しいものと化した。

 そして、司会の男は舞台の中心で民衆に手を振っているSランクパーティの一言をもらいに行くため、歩み寄っていった。


 ――コペル王国……いや、世界最大の武闘大会の幕開けである。


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