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水の聖者~20の柱~  作者: 森川 悠梨
第一章 冒険篇、白の魔術師
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異世界の息子

「……アル、これは……?」


 呆然と、ミーシャが尋ねる。だが、当然だ。今自分の手元にあるのは、短剣。アランの手には、長剣。ルートスの手には、槍。

 どれも無駄な装飾はなく、だがそれでもそこから感じる不思議な魅力は、素人目で見ても高価なものだとわかる。


「見ての通り、お前たちへの贈り物だ。一応の合格点は超えたから、そろそろ渡してもいいかなって思ったんだ。……武闘大会も一週間前だしな」


 そう、アルがアラン達三人に渡したのは、貴重な素材の使われた高価な魔道具。素人が使っても宝の持ち腐れだが、アラン達がここに来て訓練を始めてからすでに二週間ほど経っている。そろそろ武闘大会の時期であり、合格点も超えたことから武器に慣れる訓練をしようと思ったのだ。

 一週間で完全に武器に慣れることができるとは思っていないが、それでも早めに使ってみることに越したことはない。

 一般人が自分だけで高い能力を持つ武器を使いこなそうとしてもいつまで経っても使いこなせはしないが、ここにはアルがいるのだ。

 好奇心旺盛で負けず嫌いな性格をしているアルはいくつもの武器を使いこなす。それこそ、全てではないにしろどの武器を取っても熟練の戦士と同等……もしくはそれ以上だろう。

 まだ見たことも聞いたこともない武器だったとしても、その武器の形や重さ、特性などを見たり聞いたりしてある程度理解することさえできれば、数分後にはある程度使いこなしているだろうと予想できるほどの才能を、アルは持っている。

 そうでなくても、今回は長剣、槍、短剣だ。全て使い手もそれなりに多いし、アルもこれらの武器使う上で熟練の戦士以上の腕と経験を持っている。そんな彼に教われるのだから、アラン達はどう考えても幸運でしかない。


「ともあれ、今までのお前たちの動きや癖を見て使いやすいように調節しておいたから、それなりにはできると思うんだが……一回使ってみてくれ。それでおかしいところがあったらまた調節するし」

「い、いや、待てよ! こんなに高そうなもの、貰えないって!」


 剣の刃を再び鞘に収めたアランが、慌ててそう言ってくる。隣のルートスも、ミーシャも、こくり、こくりとうなずく。


「いいよ。というか、貰え。いらないなら売れ。俺は俺で自分の武器があるんだから。……ああ、言っとくけど、それをお前らに渡したのは、ただの武器じゃ闇族には対抗できないからだ。俺が付与をしておいたから、使えるはずだぞ」

「ちょっ……」


 何か貰えるというのは、知っていた。アルファがアルからのプレゼントを預かっていると言っていたのだから、それは当然だろう。

 だが、まさか高価な魔道具をくれるとは毛頭思っていなかった。

 アルは、話は終わりだとでも言いたげに手を振り、廊下を歩いて行ってしまった。




「……ああ、この子達が、ね」


 ルミナが納得の声を上げる。そして、ゼロもぽかんと口を開けており、そのまま閉じなかった。


「……確かに、お父さんに似て、るよね? ハク君の方は」

「面影はある」

「本当に、ママとルミナさん以外にママがいたんだ」


 白銀の髪に赤目を持つアルに似すぎているとも言える青年と、顔は同じだが黒い髪に青い目を持つ青年が短くそう返す。そして、黒髪だが毛先が白い少女が最後にそう答え、コクとハクを見つめる。


「えっと……よろしく」


 珍しく、コクが言葉に詰まりながらそう告げた。

 見れば彼らがアルの子供……自分たちの異母兄弟だということはわかる。コクの場合はスイの血を一部しか持っていないが、それでも血が繋がっていることに変わりはなかった。


「うん、よろしくね。話は聞いてたけど、なんか会ってみると兄弟って感じはするよな」


 ハクと同じ白銀の髪に赤い目を持つ青年が、にこりと笑ってみせた。他の二人も同じように笑みを浮かべ、二人に歩み寄る。


「俺はリオン。同じ双子同士、仲良くしようぜ」

「双子……?」

「ああ。顔は似てるけど髪と目の色が違うってよく言われるよ。こっちは双子の弟のレン。その脇にいるのは妹のユイだ」


 ユイと紹介された、毛先が白い少女は笑みを浮かべて小さく手を振る。

 全員顔立ちは整っていて、アルのように幼い顔立ちではあるが美しい少年少女だった。


「あ、ああ。改めて、俺はコク」

「僕は双子の弟のハク。よろしくね」


 二人も、笑みを浮かべてそう言った。


「あともう二人いるんだけど、あいつらは今依頼に出てるんだったか?」

「うん。なんか、二人に指名依頼が入ったとかで」


 アルはうなずくと、笑みを浮かべてコクとハクに視線を向けた。


「パトロスは来てないのか?」

「……いや、少なくても近くにはいなかったよ。たぶん、彼は来てないんじゃないかと思う」


 ハクが答える。アルは少し残念そうな顔をしたが、すぐに切り替えて二人へ言った。


「来てくれ。この機会に、俺の……いや、俺たちのことを話しておこうと思ってな」


 そう言ったアルに対し、コクとハクは顔を見合わせる。そして、うなずいた。


「お前ら、ガキどもの世話は?」

「あ、うん。じゃあ、そう言うわけだからこれで。じゃあな」

「ああ、またな」


 コクが返事をし、ハクも笑みを浮かべて手を振ると、三人は奥へと去っていった。




 アルに呼ばれ、向かった先はアルの研究室だった。そこにあるのは万……下手をすれば何十万にも及ぶ本の数々だった。

 ハクが興味深そうに視線を向けていたが、アルがソファに座るように促すと視線を逸らして勧められるままに座る。


「ウォル」


 誰かの名前を呼び、すると中に入ってきたのは青髪に青色の目を持つ、顔立ちの整った青年だった。


「茶を出してくれ。……俺の血筋について、話す」

「……よろしいので?」

「ああ。あいつらにだけ話して、こいつらに話さないのは不公平だしな。……俺が、話したいと思ったから」


 双子に視線を向け、アルはしみじみと呟く。するとウォルは笑みを浮かべ、頭を下げて去って行った。

 アルはソファに座ると、頭巾を外して話し始めた。


「さて、まず、以前に俺は色んな種族の血が混じってるって話をしたと思うんだけど」

「ああ。戦闘や才能に特化した血筋、だったよな?」


 父親のことはしっかり覚えているのかコクがそう告げる。

 そのことに嬉しさを感じるアルだったが、付き合いが長い者でなければ気づかないほどの笑みを浮かべて、すぐに真顔に戻る。


「そうだ。こっちの世界特有の種族がほとんどでな。例えば、ハクの耳と牙。それは人魚族の特徴の一つだ。水中で息が出来たり、生活が出来たりするのもそうだ。人魚族ってのは、まあ、人魚って言われると上半身人間で下半身魚とか、そう言うイメージがあるだろ?」


 違うのだろうか? とでも言いたげな視線をアルに向ける双子。それを受け、アルは一つうなずいて指を鳴らした。

 すると彼の頭上に現れたのは、《空中投影ディスプレイ》の画面。そしてそこに映っているのは、誰もがイメージするだろう人魚の姿だった。

 コク達が暮らしている世界にはそう言った技術がないので一瞬驚きの表情を浮かべるが、すぐに自分たちの父親ならば……と納得してしまう。


「こっちの世界では、まあ、伝説に語られる人魚のイメージはこうだ。けど、こっちの人魚は人前には決して姿を現さない。昔、永遠の命を手に入れられるというその迷信を信じた人間が、人魚たちの血や肉を求めて狩られすぎたからだ。そんな中で出来たのが、人魚と人間のハーフ……現在の人魚族」


 コクとハクがイメージしていた人魚の画像から、人間の姿をした者の姿へと、画面が切り替わった。先の尖った耳に小さな牙を持つ人型の種族だ。説明されなければとても、人魚だとは思わない。


「……? 人間じゃないか」


 納得できない、とでも言いたげにコクが声を上げる。


「見た目だけじゃわからないんだ。ハクのように耳の先が尖っていて、牙が生えてるだけじゃ。体の表面は、普段は哺乳類のように毛で覆われているけど、水に触れると、魚のように透明な鱗と人のように体毛で覆われるようになる。ハクの場合も同じなはずだ」


 確かに、ハクの皮膚の表面はどう見ても人間のものだった。だが、水に触れると透明色で美しい鱗が現れる。見えにくいが、それでも目を惹くような魅力がそこにはあった。

 水を被っても体どころか服も濡れないし、眼球は開いたままでいられる。人魚族の血を強く引き継いでいる証だった。


「まあ、俺の場合は、正確に言えば血というよりは魂なんだけどな」

「え? 魂?」


 アルは体の中に人魚族の魂を宿している。時々気まぐれで表に出てくるのだが、その間の記憶は、アル自身には残っていない。


「二重人格ってやつの一つでな。生まれつきのものなんだ」


 へえ、と声を上げる双子。

 その後も"才を持つ子(シャラスト)"の話や、"白髪に青い目を持つ子リ・ミ・レイヴァ・クラント"にレイヴァの話、"虹目"に"片目シュイ"の話もした。途中でウォルが紅茶を持ってきて、その後もアルの秘話は続く。……そして。


「最後に、これだけは絶対に誰にも言うな。これは、お前たちの血にも多分に含まれている」


 ごくり、と。コクが喉を鳴らした。


「……聖族。誰も知らない、神の眷属だ」




「……えっ、コクとハクって、アルの息子だったのか!?」


 驚きの声を上げたのは、アラン。

 他の面々も驚きの表情を浮かべており、アルの発した言葉が心底意外だとばかりに目を見開いていた。


「ああ。ルミナ達には話していたんだけど、お前らには言ってなかったと思ってな」


 全部話したら話が長くなると思ったアルは、ただそれだけを伝えた。実際はコクの方がアルの血の割合は低いのだが、それでも彼の血を引いていることは間違いないので特に何も言わない。

 コクとハクの母親、カヤは、スイという名を使ってコクとハクの暮らす世界で活動していたアルともう一人の男に同時に恋をし、父親の違う双子を身籠った。

 かなり特殊な例だったが、この家系は更に特殊だった。

 コクはもう一人の男が父親だが、十分の一の割合でアルの血も持っているし、ハクも同じ割合でもう一人の男の血も持っている。

 アルがコクとハクは自分――正確には自分ともう一人の男――の息子だと話すと、アルファ達の話し方も接し方もかなり柔らかいものになった。

 アルの友人ということで信頼できるとは言っても、あくまで他人だったために硬い部分があったが、自分たちの恩人の血を引く息子だったならただの他人ではないと判断したためだ。

 アラン、ルートス、ミーシャにしても、最初から友好的に接するつもりだったので笑みを浮かべて話について行っていた。


「アルさんのこども!?」


 そんな中、ロイがユウキの膝の上で、興奮した目をコクとハクに送る。ユウキから簡単な説明を貰って、そう理解したらしい。

 リオン達の件でも同じような反応は見られたのだが、今回は予想外の事態だったために期待は大きいのだろう。

 "白の魔術師"を最高峰の存在として見ているロイにとって、それに連なる者というのは最も興味を示すような案件だった。

 ユウキの膝の上から飛び降りて、コクとハクに駆け寄る。


「ねえねえ、アルさんのこどもってほんと?」

「ああ。まあ、俺は……」

「そうだよ。ちゃんと父さん……いや、アルの血を引いてるんだ」


 コクの言葉はロイには難しすぎると判断したハクが、兄の言葉を遮ってそう告げる。

 それをわかっているのかいないのか、照れたように頬を掻くコク。ロイの相手をしているハクは表情には出していないが、そんな兄に呆れるような思いを抱くのだった。

 まあそれはいつものことと、特に気にしていないのだが。


「ともあれ、そういうわけだ。仲良くしてやってくれ」


 アルはそういって、手をひらひらと振りながら部屋から出て行ってしまった。

 先ほど、初めて自分たちの父の泣きそうな顔を見たコクとハクは、少し複雑そうな顔をしていたが。




「……アル」


 部屋を出て廊下を少し歩くと、目の前にはルミナとゼロがいた。

 少しだけ膨らんできた腹を無意識に撫でながら、ルミナがアルを心配する色を携えた目で問う。


「あの子たちに、話したの?」


 何を指しているのかは、明らかだった。

 要は、コクとハクに自分たちのことを話したのか、ということだ。


「……ああ。いつまでも黙ってるわけには、いかない」


 アルも、覚悟を決めた視線をルミナに向ける。

 親の過去や秘密を知らない子供というのは、それを不意に知った時の衝撃が大きい。

 それを、身を以て知っているアルは、コクとハクに自分のような辛い思いをしてほしくはなかった。

 それに関するアルの過去を知っている二人からすれば、彼の気持ちがわからないでもない。ましてや二人も暗黒大戦に参戦するということになれば、彼らも不意に父親の秘密を知ることになるだろう。

 知るということが、早いか遅いかの問題でもある。

 以前に会った時には、自分の多くを語らないまま別れた。

 それだけに、双子にとっては今回の話は充実したように思えただろう。

 ハクに、何故今回それを話す気になったのかと問われて、流してしまった涙。息子の前で泣くといった情けないことはしていないが、それでも泣き出しそうになるのを堪えることができなかった。

 普段表情を表に出さない、あるいは感情の起伏は激しいが滅多に荒波を立てないアルにしては大変珍しく、驚愕の事実でもあった。

 震える息を吸い、吐いた。溢れ出してきそうな感情を抑え込み、溢れ出してきそうな熱いものを無理矢理押し込む。


「アル。おいで」


 ゼロがそう言った。

 今のアルは完全に、精神的に弱くなっている状態だ。繊細な性格なだけに、過去の出来事というのはどうしても今になっても付き纏ってくる。

 それを理解しているゼロとルミナは、少しでもアルの気持ちに寄り添えたら……と思う。

 人にとって五十年の月日は長い。けれど、アルにとっての五十年というのはほんの数年、あるいは数か月、下手をすれば数週間といった感覚でしかないのだ。


「くっ……」


 堪えきれず、下を向くアル。愛妻二人はそんな夫に寄り添い、彼をそのまま部屋へと連れて行った。


 *


 武闘大会、当日。

 四年に一度、夏の終わりにコペル王国で行われる武闘祭は世界でも有名で、国中から参加者が集まる。時には周辺の国、更に他の国からも参加者が集まってくるのだ。

 観客もまた、然り。

 共通語が使われているこの世界では、訳など必要もない。

 だがだからこそ、文化の違いから人々の間では揉め事が絶えない。


「んだと!? やんのかおらぁ!」

「ああやってやるよ。その喧嘩、売り返してやるぜ!」


 怒りの血相で、体格のいい男が二人、争う。


「どけどけ! みんな離れろ!」


 そんな中、警備兵が割り込んで入っていく。武闘大会の間は警備兵に休みなどなく、街中に配置されている。そのため、こういった諍いにはすぐに気づけるし、対応できるのだ。

 傾向的に騒ぎが多い所にはベテランを配置させており、そのベテランは自然と仕事が多くなるので、当然疲れる。

 止めに入った警備兵もベテランであり、今回騒ぎが起こったこの広場も毎年騒ぎが多い場所だった。


「で? 自国を馬鹿にされたことが気に食わなかったと」

「ああ! この野郎め、ミーズ王国が貧乏だのなんだのと言いだしやがって!」

「事実だろうが。なんだ、あの小さな王都は。この偉大なコペル王国に比べ、あの王都は都会ではなく田舎じゃないか!」

「ああ!? んだと!?」

「はーいはい。そこまでだ。繰り返すな」


 ベテランとして慌てることなく、警備兵は再び喧嘩を始めた男たちを止める。

 王都の警備兵は技量が高い。この警備兵にしてもこの男たち程度の実力なら一人でも止められるだけの腕と自信はある。それに、もう一人同じくらいの技量を持った警備兵が一緒にいるのだから、喧嘩がこれ以上激しくなるといったことはないだろう。


「確かにコペル王国よりもミーズ王国の王都は田舎に見えるかもしれないが、あそこはあそこで、その場の文化というものがある。コペル王国は先進国だろう? それが、自分たちの文化で発展しているミーズ王国を馬鹿にして何になる?」

「そ、それは……」


 言葉に詰まるコペル王国の男。自国を馬鹿にされたと怒っていたミーズ王国の男は、にやりと笑みを浮かべていた。


「お前もだ。自分の国を馬鹿にされて怒るのはいいが、暴力に発展させるのはやめておけ」

「ぐっ……わ、悪かった」


 そんなこんなで、王都での騒動は収まっていた。

 今日も騒がしい王都を歩くのは、アラン達一行だった。

 総勢十三人以上で歩いている集団なので、非常に動きにくい。途中で別れる予定ではあるが、それでも面倒なものは面倒だった。

 ただでさえ王都は人が多くて毎日混雑しているのに、武闘大会で人が更に増えて通り場はほとんどない。

 それをどうやって移動しているかというと、流れが同じ場所を淡々と移動しているだけだった。

 王都には必ずと言っても良いほど、人の流れが同じ場所がある。それをじんせん、人の川と人々は呼んでいる。

 それに乗って彼らは移動しており、迷うことは滅多にないだろう。

 ちなみに、アルファ達は武闘大会に呼ばれているということもあって朝早くに王宮へ向かって行った。……ロイはアルと一緒に行動したがっていたが、彼も立派なパーティメンバーなので行かないわけにはいかなかった。

 パーティメンバーという意味ではアルもそうなのだが、今回はパスしていた。何故なら、アラン達を大会に出すのだから、彼らの試合をしっかりと見ていなければならないからだ。


「さ、行って来い」


 そうして受付の行列を指差して、アラン達にそう告げるのだった。


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