旅路
「……す、すげえ……」
「あれが、Sランクの冒険者なのか……?」
「…………」
ルートス、アランが口にし、ミーシャに至っては呆然と、言葉もなくただ眺めるだけだった。
「アルスレンド様……まだ左手首が治っていないというのに……」
呆れるようにそう呟くのは、アルの従者であるウォル。
そう。今、アルとアルファというSランク以上の冒険者二人が模擬戦を行っていた。
もちろん、都からずいぶんと離れた街道から、更に離れた場所で行われている。
アルも、左手や本来の力を封じているとはいえSSランクの名を持つ以上負けるわけにはいかない。
だからこそ、久々に行うアルファとの模擬戦では、魔力を使って力を少しだけ解放していたりする。
「大丈夫なの? なんか、アルってば、力の一部を開放してるみたいだけど」
「アルファさんを相手にわりと本気になってますよね、あれ」
「あー……俺もアルさんと模擬戦やりたい」
アリュスフィア、ユウキ、レイの順番で、彼らも口々に言う。
「あの、アルスレンド様のお身体はまだ完全ではないんです。無理はさせないでいただきたいのですが」
「いや、そんなこと言われてもな。もともと、模擬戦を申し込んでいったのはアルさんだし」
「それはそうですが、止めるのをそちらも手伝っていただきたいのです」
「あー……なるほど。じゃあ、しばらくはお預け……?」
「…………」
納得しているレイの横では、彼の息子であり、純血のハイエルフであるロイがミーシャと同じ……あるいはそれ以上に呆然としながら、自分が今まで憧れてきた存在を見つめる。
それは自分が想像していたよりも遥か上の存在であり、今のまま自分が本気で戦っても何もできないままに殺されてしまうだろう。
それを、本能的に……いや、確実に、圧倒的にと感じ取らせてしまうほどの衝撃を、この模擬戦がロイに与えたのだ。
アルとアルファの模擬戦はもはや模擬戦とは呼べない戦闘になっていたが、これでも彼らはかなり加減しているのだ。自分たちが本気を出したらここら一帯にどれだけの被害をもたらすか、それを理解しているからこそだった。
「あっ」
そう声を上げたのは、この中で長年、一番剣術に慣れ親しんできたアリュスフィア。
当然というべきか、二人の勝負の決着がつくということがわかったからだ。
当然サブとして剣を使うウォルもそれなりに剣術の腕があるのは間違いなく、アリュスフィアの数瞬ほど後に自分の主が勝つと確信した。……もっとも、自らの心酔する主が、左手を封じているからといって誰かに負けるとは全く思ってはいなかったのだが。
ともあれ、アリュスフィアが声を上げた数秒後には、今までほとんど動きが見えていなかった彼らの前にアルとアルファの二人が姿を現す。
……そう、アルが、対戦相手であるアルファの首に右手の黒刃を突きつけて。
「そこまでです、お二人とも」
ウォルが彼らに……正確にはアルに駆け寄りながらそう言う。
アルは剣を降ろし、アルファに笑みを浮かべて言った。
「また腕を上げたな。……いや、四十年あれば少しは変わるか」
「あー……駄目だったか。万全な状態ではないとはいえ、強いよ。お前は」
「当り前だ。俺はいつになってもお前に負ける気はない」
「俺だって。いつか……少なくとも俺が死ぬ前にはお前に一度でも勝ってみせるからな」
獰猛な笑みを互いに向けながら会話をする二人だったが、その中には確かに友情が存在していた。
当然、ライバル心といったものも存在していたが、負の感情が現れることなどあるはずもなく、近づいてきた仲間たちによってその会話は中断された。
「アルスレンド様、お手を」
「いや、大丈夫だ。今回は全く使ってなかったし」
「そういう問題ではありません。少なからず左手は動かしておられるのですから、確認くらいはした方が良いですよ」
小さく笑みを浮かべながらウォルの言葉を聞くアルだったが、黒刃を鞘に納めると包帯に覆われた左手を差し出す。
ウォルは目礼をすると、一度包帯を外す。そしてその間に、会話が一段落したと思ったのか、ロイがキラキラとした目でアルへと話しかけた。
「あ、アルさん! すごかったです! アルファさんを負かせるなんて、ほんとに、ほんとにすごいです!」
子供であるが故に語彙力はないが、それでもアルはロイの言いたいことをしっかり理解したのかアルは嬉しそうに笑みを浮かべながら、頭を撫でる。
「えへへ」
撫でられているロイもまた、嬉しいのか笑みを浮かべて大人しく撫でられる。
「アルさん、左手、大丈夫……?」
少し不安そうに尋ねてきたのは、意外にもレイだった。ロイの父親であり、父親の不安そうな表情にロイも影響されたのか、彼の顔を見てロイもまた不安そうな顔になった。
「大丈夫だ。今のところは痛みも……痛っ」
「アルスレンド様、動かないでください」
痛いのは当たり前です、と言いたげに告げるウォル。それに対してアルは眉を顰めながら、レイに視線を向ける。
「まあ、こんな状況だ」
「あー、うん。とりあえず、無理しないでくださいよ?」
「わかってる」
ウォルがアルの手首の状態を見終わると、彼らは昼食の準備に取り掛かった。
アルとアルファの二人が近場の魔物の肉を求めて旅立ち、女性陣とウォルで食事の準備を始め、レイとロイは薪を使って炎を起こす。
アラン、ルートスの二人はというと、アルが置いて行った机や椅子を並べ、皿を並べるといったことをしていた。
そんなようにして準備を進めていると、十数分後にはアルとアルファの二人がオークを十匹も狩って戻ってきた。
「こ、こんなにどうしたのよ? ……って、アルがいる時点でそこらへんは解決するわよね」
「当然です。アルスレンド様の探索能力は世界一です」
「大袈裟だ、ウォル」
自らの忠臣とも言うべき従者に自分を上げられ、恥ずかしそうに顔を覆うアル。そこはやはり、まだ年頃の精神年齢のままであることの弊害なのだろう。
そうして少しだけアルの手を借りて料理を作り上げると、その後はアルがウォルによって強制的に席に座らされ、アルファも同様にアリュスフィアやユウキに座らされ、料理が運ばれてくるのを待つ。
本来ならこんな魔物が出てくるようなところでのんびり料理など作って堪能してはいられないだろう。
だが、彼らは質が違う。
世界一と言われるSSランク冒険者、世界的に有名なSランクパーティ、世界一と言われるSSランク冒険者と常に行動を取るBランク冒険者。
更に人だけではなく、Sランク相当の魔物二匹に、SSランク相当の魔物が一匹もいるのだ。
相手の力量をある程度感じ取る魔物なら、彼らに襲いかかる者はいないだろう。逆に言えば、相手の力量も測れない者は襲いかかって来るのだが。
だがそう言った者はゴブリンなど知能の低い魔物であり、その程度の相手に彼らがどうにかなるはずもない。
そんなわけで、普通の冒険者には豪華すぎる昼食を楽しむアラン達だった。
『ねえ主。今度さ、新しい従魔生んでよ』
「は? 白夜、お前、何を……」
『冗談でもなんでもなくてさ、中で一番年下なのは私なんだよ。年下の弟とか欲しいね』
「おい、こら。あれがどれだけ大変な儀式だと……」
『そうだぞ、白夜。ま、お前は一番年下だからの。主がどれだけ大変な思いをしてお前を生み出したかなど、わかるはずもないの』
『失礼だね。わかってるよそんなこと。けどね、こっちだってそろそろ年下やってんのは落ち着かないんだよ』
アルの両肩に陣取った二匹がそんな会話をしているのを聞きながら、アラン達は水狼に視線を向ける。
「そんなに大変なのか?」
『当り前だ。Sランク以上の魔物を……それも、そこらのSランクとは比べ物にならないほどの存在生み出しているのだぞ? 主が我らを生み出していた時は、それこそ魔力量の数値が一になるまで使い果たしていたのだからな』
「うわ、それは死ぬ寸前じゃないか?」
『うむ。だから、極夜と白夜を生み出したときは、我が主へ魔力を注いで少しでも目覚めるまでの時間を早めておったのだ。極夜も白夜も、当時は正真正銘の子供だったからな、そこらのことはまだ理解できていなかったが』
「水狼は?」
『我が生み出された時には姉や妹が何とかしておったのだ。極夜と白夜が生まれたのは、主が家族を一度失った時だった』
水狼の言葉を聞いて、納得の声を上げる三人。
一度家族を失ったアルは、独りになった。正確には水狼もいたのだが、当時は水狼も人の言葉を話すことができない頃だった。
水狼がいるだけでいくらか満たされてはいたのだろうが、それでも寂しさが完全に消えるわけではない。だからこそ、アルは極夜と白夜という従魔……いや、友人を生み出した。
完全に自分の魔力でできた彼らだったからこそ、そしてまだ生まれたばかりの子供だったということもあり、心の底から信頼をできる相手だった。
そして今も、こうして自分に付き添ってくれている。種族は違っても、彼らはアルの分身体なのだ。主の隣意外に自分たちの居場所はないと、水狼達三匹は考えていた。
『まあ、今は他の者にも出会えて、今までで一番幸せそうではあるのだがな』
しみじみと呟かれる水狼の言葉。
なんだかんだと言って自分たちの主は甘いのだ。
今白夜に頼まれている事柄にしても、今は拒否しているもののそのうち承諾してしまうだろう。
「お、アルが従魔を生み出すとこ、俺も見てみたいな」
「アルファ……お前、俺が何日も寝込むんだぞ? それでもいいのか?」
「え、本当か?」
「当り前だ。従魔を生み出すのに、俺の魔力を死ぬ寸前まで持って行かれるんだ。三日くらいは軽く寝込むぞ」
「……ルミナに怒られるな」
「ああ」
そう言えば、とアランは思う。
最近時々出てくる、ルミナとゼロという名前。
レイは、昔のパーティメンバーで今はコペル王国にいると言っていたが、アルとはどんな関係があるのか、と。
確かにアルは今もアルファ達のパーティメンバーらしいから、ルミナとゼロという二人ともパーティメンバーという関係はあるのだろうが……
「アルファさん、ルミナさんにゼロさんって、昔のパーティメンバー、なんですよね?」
「ん? ああ、そうだけど?」
「えっと、アルとは、どういう関係なんですか? ただのパーティメンバーって感じじゃない気がするんですけど」
アランがそう言うと、アルファはアルへと視線を向ける。すると、わずかに頬を染めてそっと視線を逸らす。
そのことに首を傾げたアラン達だったが、アルファは苦笑を浮かべて彼らを振り返る。
「ルミナとゼロは、アルの奥さんなんだ」
『は?』
アルの奥さん。それはつまり、結婚相手、妻、パートナーといった存在だろう。アルほどの美貌を持っていれば恋人くらいいるだろうとは思っていたアラン達だったが、まさか二人もいるとは思っていなかったのだろう。
だが、一夫多妻が普通の貴族なら、アルもまたそれに当て嵌まるのではないかとも思う。
しかし、平民にとってはあまり聞かない話だけに、驚くのも仕方なかった。
だが、今までかなり長い間を生きてきたアルだと知っているだけに、疑問もある。
「……その、過去にも恋人とかいたんじゃ……?」
アルは情が深い。それだけに、一度恋人が出来ればその思い入れはかなり強く、深いものになるだろう。
そうなれば、恋人は一度できたらもうできないのではないか。そう思ってルートスが問うのだが、寿命の短い人間だけにそこらの事情は分からない。
「アルはずっと昔に初恋の相手がいたんだけど……酷い形で裏切られたのよ」
不意に、アラン達の後ろを歩いていたアリュスフィアが会話に割り込んでくる。
アルにだって初恋の相手はいた。これだけ顔立ちの整った男がいれば、女性からの人気も高かっただろう。選ばれる側ではなく選ぶ側として、優しく温厚な性格をしているだけに選択肢は多かったはずだ。
だが当時のアルにも恋い慕っていた相手がいたのだ。
しかし、予想外の形でその相手に裏切られ、以後アルは人を信じなくなった。家族を失った時よりも大きなショックを受け、無口な性格になった。
それでも人の世に残ったのは、やはりまだ名残惜しさがあったのかもしれない。
寂しがりな性格をしているだけに、その想いは余計に強かったのだろう。
女が苦手だというのは今も変わらないが、数少ない例外はここにいるアリュスフィアやユウキ、所属ギルドの団長リアナや家族であるルミナにゼロ、そして娘たちだろう。
そんなアルだけに、女が苦手だという情報を持った者たちは、自分がアルを落とすことが出来たらとんでもない出征ができると意気がって擦り寄って来るのだが、物理的な意味ではないが即座に切って捨てられる。
そう言った、自分をあからさまにアピールしてくる女がアルは大嫌いなのだ。
だがそれを、彼と関わりのない者たちが理解できるはずもなく、結局はアルは苦労することになっている。だからこそ、街では頭巾を被って顔を隠すような真似までしているのだから。
「結局、これだけ長く生きていても三人しか恋人が出来なかったんだよ。ま、その内二人は現在進行形だけどな」
「ちなみに、アルって今何歳なんだ? 前から気になってたけど」
ルートスがついでに、とばかりにアルへと尋ねる。アルファ達も聞かなかったわけではない。むしろ、興味があって以前に訊いたのだ。だが、その時の答えは……
「百から数えてない」
である。
アラン達も一瞬呆然とするが、この見た目で百歳以上というのは詐欺に等しいだろう、と突っ込みたい気持ちでいっぱいだった。
アルファ達が訊いた時でも同じ答えだったのだから、少なくても一五一年以上は生きていることになる。……実際は、それとは比べ物にならないほど生きているのだが。
まあ、今のアラン達がそれを知る術などないが。
「……百からって、もう少し数えなかったの?」
「面倒だ。正確な年齢なんて正直どうでもいい。人間と違って、そこら辺の価値は気にしないんだよ。それに、人間の歳上を敬えみたいな習慣が気に入らなくて、数えるのを止めたんだ」
アルはその見た目故に、若い冒険者に舐められることが多い。特に二十代や十代後半の若者は、どう見ても十代半ば程……あるいはそれ以下にしか見えないアルから金を巻き上げようとする。
歳上は敬うべき。
その言葉を使ってくる者が昔から多くいたのだ。今も変わらないのだが、そこらはウォルの存在で昔よりはだいぶ減ったのも事実だ。
そう言う意味でも、アルはウォルに感謝していたりする。
「まあ、アルは子供にしか見えないからな」
アルがこれ以上の成長――身体的にも精神的にも――は臨めないということを知っているアルファだけに、少し丸い表情でそう言う。
だが、本人もそう言われて面白いはずがなく、子供のように頬をぷくっと膨らませて言い返す。
「そう言うアルファだって、未だに恋人がいないとかどうなってんだよ?」
「うっ……そ、それは、だな」
アルファは既に六十年以上生きている。理由は然濃族の血筋による長命種族の血だった。然濃族は魔力が存在していないが、その分身体能力が高く戦闘力は高い方だ。
そのお陰なのか、普通の人間よりも寿命が遥かに長い。
……もっとも、然濃族というのはもともと、光源族という光属性の魔法を得意とした者たちの中の天才たちの子孫なのだが。
その天才が、とある大きな魔法の実験に大失敗して、理由は定かではないのだがその時の影響で魔力が消えたことが原因だ。
光源族の集落を愚か者として追い出され、子供にも魔力は宿ることがなく、最終的には今の然濃族となっている。
彼らが世界に広がらなかったのは、やはり集落を追い出されたこともあり、魔力がないこととして他の者に差別されるのを嫌ったからだろう。
魔力が無くなっても天才は天才だ。何とかして目の色を変えるという技を生み出し、習得し、今に至っている。
そんな歴史のある然濃族だが、アルファには未だに恋人が出来ていない……というわけではなかった。
「お兄ちゃんてば、集落に許嫁を置いてきたのよ? 旅するんだー、って言って」
「は?」
アルがきょとんとした視線を送る。
長く生きているためか驚いても滅多に感情を変えないアルだけにアルファは少し面白いものを感じたが、今はそれどころではない。
「あー……えっとー……そのー……」
言葉に詰まるアルファだったが、彼が言葉を見つける前にアルは叫ぶ。
「馬鹿かお前は!」
「すいませんでしたあ!」
反射的に謝ったアルファだったが、滅多に大声を出さないアルを後ろの面々は珍しそうに眺めているのだった。




