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水の聖者~20の柱~  作者: 森川 悠梨
第一章 冒険篇、白の魔術師
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街の散策

『……はて、主は女ではないぞ?』

「…………」


 街の中を歩きながら、アランは水狼エクロスの言葉を頭の中で繰り返し再生していた。

 名も知らぬ、美しく白い花畑。

 水狼の言葉は、はぐらかしているようにも聞こえた。だが、彼の言っていることは紛れもない事実であり、アルが自分の初恋だった女の子だという確証はない。

 それに、アルには狼の耳があるが、アランの見た少女にはそう言った代物はなかった。ただ顔や雰囲気がかなり似ているという面だけは決して否定できないのだが、花畑で見た少女は一言も喋らなかった。

 Sランクの魔物である翼狼だってそうそういるとも思えず頭を悩ませるアランだった。

 すると、ペシッと頭を叩かれて我に返る。


『何をぼーっとしてんだい。ちゃんと前向きな』

「あ、ああ、ごめん」


 白夜の九本の尾で後頭部を叩かれたアランが反射的に謝る。


『あっ、串団子だ』

「ん?」


 嬉々とした声が聞こえ、白夜の視線を追ったアラン。そこにあったのは、甘いたれを満遍なく塗った串団子。餡子を載せたものや、草餅や桜餅などを串に刺したもの、更には秘伝のたれを団子に付着させたらしいものまで売っていた。


『ねえアラン、主が後で金を払ってくれるって言ってるからさ、買っておくれ』

「は? 大丈夫なのか?」

『アラン、悪いけど買ってやってくれないか? ちゃんとその分は払うからさ』


 いきなり苦笑気味の声が耳に……いや、脳に聞こえてきて、アランは軽く目を見開く。


「あれ、アル?」

『ああ。白夜を通じて今お前と話してる。そのまま頭で言葉を返してくるだけでも聞こえてるから、そうした方が良いぞ』

「あっ」


 そうだな、と思い、アランは口を閉じた。


『今の所持金は?』

『……まあ、こないだの依頼でそれなりには残ってるけど』

『そうか。……それなり、か。じゃあ、極夜に運ばせるから、それでなるべく買えるだけ買ってしまっていい』

『え? あ、うん。ありがとう?』

『ははっ、悪いな。白夜はたれが好きなんだ。多めに買ってやれ』

『ああ、わかった』


 団子が好きだなんて可愛い奴だな、と思っていると、白夜に前足で頬を思いきり突かれる。


「いった!?」


 それなりに大声を出したためか周りから一瞬の注目を浴びるが、その後は特に気にした様子もなく視線が逸らされる。

 そのことに安堵の息を吐くアランだったが、いきなり頬を突かれては面白いはずもない。


「白夜、何すんだ!」

『可愛いってね、あんた、私をそこらのちっこいのと一緒にするんじゃないよ』

「あっ、そうか、すまん」


 白夜に対して可愛いは禁句だったと思い出し、アランはそっと視線を逸らしながら謝る。


『まったく、我をこき使いおって』

『それがあんたの役目だろうが』


 いつの間にか来ていた極夜に、白夜が正論を返す。

 もともと極夜も含めたアルの従魔三匹は、彼の使い魔として生み出された魔物だ。そのすべてが希少種という極めて珍しい例だが、アル本人がそれをしっかり狙っていたなどということは今のアランがわかるはずもない。

 極夜はアランに主人から預かった金を渡すと、さっさと戻って行ってしまった。

 そのスピードは鷲という猛禽類を元にしており、更に四枚の羽があるだけあって凄まじいものだった。

 ともあれ、アランはさっそく白夜の注目していた団子屋へ向かい、金貨を使うほどの買い物をさせられることになる。

 ……もっとも、その金はアルのものなのだが。


『アラン、一つおくれ』

「はいはい」


 買った団子の一つを、アランはそのまま白夜に差し出す。結局アランは巾着の中に入れられた数枚の金貨をほとんど使い果たすほどの買い物をした。……正確にはアルの金だが。

 だが、そんな目立つ買い物をすれば、周りで様子を窺っている者たちは、アランがそれなりの金を持っているということを悟るだろう。

 特に、九尾の子供などという魔物を連れていれば、それなりの注目を浴びる事にはなっていたのだから。


「なあ兄ちゃん、ちょっと付き合ってくれや」


 そう言ってアランの前に現れてのは、数人のガラの悪そうな冒険者だった。どう見てもその目は欲望に染まっており、視線を浴びることに慣れていないアランでもそれはすぐに分かった。


『やめな』

「うおっ!」


 いきなり口を開いた九尾――の子供――……白夜に、目の前の男たちは驚いたように声を上げる。


『悪いねえ。この子は私の主の連れなんだよ。今買ってもらった団子、あれ、私の主の金なんでね。今のこの子はそんなに高い金額は持ってないんだよ。痛い目に遭いたくなかったら、さっさとそこ退きな』


 遠慮なく言い散らかす白夜だったが、言葉を喋る魔物がどれだけの知能を持っているかというのは、見れば明らかだ。

 そして九尾の子供だと思っていた魔物がいきなり喋ったのだ。それはつまり、子供ではないことを示している。

 大きさが小さいのは何故かはわからないが、白夜の周囲に鬼火があるのを見れば自分たちが危険だというのはわかる。


「ひっ! し、失礼しましたあ!」


 誰かがそう叫び、冒険者たちは走り去っていった。そして、当然のようにアランを狙っていた者もそっと視線を逸らすか、ばれないようにその場を去るだけだった。


『ふんっ、ああいうチンピラに限って実力もないし大物になれんのさ』


 そもそも、実力があるのなら子供から金を巻き上げなくても自分で稼げるのだ。

 だから、こうして他人から奪うことしかできない輩は、実力がないが故に自分で稼げない。稼げたとしても日々生きていくために最低限の賃金を稼げるだけなのだ。

 自分の周りに浮かばせていた鬼火を消しながら、白夜が呆れたようにそう呟くのだった。


「あ、ありがとう、白夜」

『ただムカついただけさ。主も見た目がああだからね、今みたいに、私らを狙ってくることがよくあるのさ。特に、主自身も髪の色とかが』

「あー……」


 アランは、白夜の言葉を聞いて納得の声を上げる。

 アルは、頭巾を被っていればそこらの新人冒険者と見た目がほとんど変わらない。それこそ、純粋な魔法使いと見られてもおかしくはないのだ。

 彼自身の手も、指の半ば程から上が露出した所謂オープンフィンガー・グローブといった代物を装着しており、白く細い指先が見えるのだ。とても戦いの中に身を置いているとは思えない柔らかい手なので、そのイメージは強固なものになるだろう。

 そして、頭巾を外せば女顔としか表現できない顔立ちが露わになる。それはアルが男だと知らない者なら口説き始めるのではないかと思われるほどに。

 白夜曰く、実際にアルは今までに何度も男に口説かれそうになったとか。

 細く華奢な体つきは外套の上からでもわかるので、ウォルのように完全に戦士風の男が傍にいなければ、絡む者は今より増えていたことだろう。

 普段は頭巾を被っているので小さく整った顎しか見えないが、それでも見る者によっては、見えないからこそその整っているだろう顔立ちを想像する者は少なくないのだろう。

 実際、アラン達が都に来た時に絡んできた冒険者も、アルを整った顔立ちを持っているだろう女という認識を持っていたのだから。

 更に、滅多に人目に晒すことはないが彼は青目を持つレイヴァだ。

 もちろん、最高峰の魔力保持者の証明でもあるので、レイヴァでなくても数は少ないのだが、レイヴァでも青目を持つ者は非常に少なく、″白髪に青い目を持つ子リ・ミ・レイヴァクラント″という名前まである。

 アルはそれに当て嵌まるものの類で、特に華奢なその体を見れば是が非でも手に入れたいと思うのは当然のことだった。特にアルの場合はレイヴァの中で比べても類稀なる美貌の持ち主だ。

 通常のレイヴァよりも、他の″白髪に青い目を持つ子″よりも、奴隷として売れば一生遊んで暮らしても使いきれないほどの金が手に入るのだ。

 見た目は獣人そのもので、そういった人間以外の種族を亜人という差別用語で呼び忌み嫌っている者も多いが、その場合は耳や尾を切り離してしまえばいい。

 獣人族にとって耳や尻尾というのは周りの音を拾うことや体のバランスを取るという面ではとても大切な器官だが、別に働かせる以外にも道はあるので構わないだろう。

 そんな風に、アルの耳と尻尾のない姿を想像したアランだったが、すぐにその切り落とされる瞬間が頭を過ぎってすぐに頭を横に振る。


『こら、変なこと想像してんじゃないよ』


 九尾は、人の考えていることを読むことができるらしい。そんなことをずいぶんと前に聞いたことがあったアランだったが、まさに心を読まれたような気分になる。

 九尾である白夜は、アランの表情を見て何を想像しているのか気になり、覗いてみたらアルの耳と尾を切られているところを想像している絵図だった。

 主に忠実であり、その主が自分の親でもある白夜にとって、当然それは面白い事ではなかった。


「九尾って、本当に人の心を読めるのか?」

『は? 何言ってんだい、当り前だろう?』

「な、そんなに当然、みたいな言い方されても、こっちにとってAランクの魔物ってのは未知の存在なんだよ」

『ふうん。ま、私は私以外の九尾を何度も見て来たけど、みんなたいしたことなかったねえ。九尾としての誇りが廃るよ』


 しみじみと呟く白夜だが、そもそも彼女自身アルの莫大な魔力によって生み出された特殊な存在だ。他の九尾達からすれば、ふざけるなと言いたくなるだろう。

 そもそも、九尾は身体構造上言葉を話すといった真似はできない。当然Aランクという高ランクである以上人の言葉くらいは理解できるのだが、人に化けでもしない限りは言葉を話せない。

 人に化けるにしたって何度も練習する必要があるし、連続で化けているには魔力も消費する。それこそ、半永久的に人に化けているには白夜ほど生きていなければならないだろう。

 白夜が人に化ければアルにそっくりな見た目になるのだが、ここ最近では人に化けていないのでアランはそれを知らない。

 しばらくは、白夜と雑談をしながらも買い物を続けるアランだった。


 *


「アル?」

『待ちな、アラン。主は今熟睡してるよ』

「……いいのか、それ?」

『極夜がいるからね』

「ああ、なるほど」


 扉をノックしながらアルへと話しかけたアランだったが、白夜のその言葉で納得の声を上げる。

 だが、次の瞬間には扉がそっと開かれた。

 出てきたのはアル……ではなく、ウォル。


「アラン殿。ずいぶんと早かったのだな」

「ウォル? 買い出しに行ってたんじゃ?」

「アルスレンド様がお目覚めになっても従者がいなかったら、問題だろう」


 何が問題なのかいまいちわからなかったアランだったが、それでもウォルならとなんとなく察せざるを得ない。


「それより、何か用でも?」

「いや、白夜のために買った団子、今すぐに食べない分は預かってもらおうと思って。それに、お釣りの方も」

「なるほど。では、私が預かります」


 アランはうなずいて、素直にウォルへと団子と釣りを渡した。

 白夜がいたということもあり特に中身は気にせず預かると、ウォルは再び視線を向ける。


「……この後はどうするのだ?」

「適当に街を歩こうかなって。明日には出るんだろ?」

「……まあ、そうだが。白夜と適当に時間を潰していてくれ。他には用はないな?」


 ウォルの確認の言葉に、アランはうなずいた。そしてウォルが扉を閉めるのを見送ると、再び白夜と共に街へと繰り出していった。




「そうか、おめでとう」


 あっさりと祝福の言葉を吐くアル。

 ルートスとミーシャからの水狼を通じて合格の報告を受けた彼は、ただ一言そう放ったのだ。

 現在は昼より少し前の時間帯であり、アランと白夜を通して《念話テレパシー》をしてからそれほど経っていない頃だった。


『アランと《連絡コンタクト》して、簡単な依頼にさっそく行ってもいいかな?』

「旅立ちの準備が終わってるなら、それで構わない。水狼エクロスや白夜はそのままつけさせるから、気をつけて行って来いよ」

『ありがとう、アル。じゃあ、ちゃんと休めよ?』

「わかってるよ。勝手に宿から出るなんて真似したら、ウォルに思いきり怒られる」

『ふふっ、そうだね。じゃあ、お休み』

「ああ」


 その言葉を最後に、ルートスとミーシャの声が聞こえてくることはなかった。

 ふっ、と短く息を吐くと、アルはベッドに潜る。


(左手首……くそ。回復魔法が効かないって、不便すぎるだろ。なんで使えるのに効かないとか……いやまあ、原因はわかってるんだけど)


 不満げに内心で呟くアル。

 魔術師の領域に入った魔力量の持ち主は、基本回復魔法が効かない。……いや、効きにくい、と言った方が正しいか。

 原因は血液の流れだ。人間の体内に秘められている魔力の多くは、血液に含まれている。そうして全身を回っているのだから。

 そして、保有魔力が多いほどその密度が高くなるのは当然で、その密度が高いほど魔力が通りにくいのだ。最高峰の魔力を持つアルやウォルの傷や怪我を治したかったら、彼らの持つ魔力を越える量を一気に流し込むしかないのだ。

 だが、彼ら以上に魔力を持つ者などそうそういるはずがない。

 同じ青目でも、それはあくまでもレベルの段階という風に考えたほうが良い。アルは青目の中でも上の上に位置するし、ウォルの場合は中の上といったように同じ青目は青目でも、その量自体は大きく違う。

 だから、ウォルでもアルの怪我を治すことはできない。……当然、多くも少なくもない自分アルでも、怪我を治すことは不可能だった。


「…………」


 じっと、自分の左手……より正確には、手に巻かれている包帯を眺めるアル。

 昨夜の戦い……襲撃の件の影響で、ウォルにがっちりとでも表現できる硬さで固定されてしまった。

 こうなってしまえば、アルでも簡単には外せない。……いや、逆に言えば、少し弄れば簡単に外せるようになるということなのだが。

 ともあれ、今の彼にはそんなつもりはないのでどうでもいいこととして、そんなわけである。


「……極夜」

『む』

「魔術師、って。レイヴァ、って。なんで、奴隷にされなきゃいけないんだ? ……なんで、見ず知らずの強欲な奴らのために戦わなければならない?」


 アルは、不意に昔を思い出しながら極夜に尋ねる。

 彼とて、自分の問いに意味がないことはわかっている。だが、問わずにはいられないのも事実だった。

 この世界では高い戦闘力こそ優先される。もちろん顔立ちの整った美しい女や、エルフやダークエルフといった希少な種族も、傲慢な者が見つければぜひ手に入れたいと考えるだろう。

 だが、そういった者達よりももっと手に入れたいと思う存在は、やはり集めて青目を持つレイヴァ、魔術師、才を持つ子(シャラスト)といった戦闘の才能を持つ者たちだった。その三つのどの種族の血も持つアルへ、今彼を追ってきている組織のように手を伸ばしてくるだろう。

 更に言えば、レイヴァの場合は第一に優先される戦闘力の他エルフやダークエルフのように、顔立ちが整った者が多い。

 アルはそんなレイヴァの中でも平均を遙かに超えるほどの美貌の持ち主だ。性別は男ではあるが、趣味を堪能したいなら、女の子の服でも着せればいい。年下趣味の女性ならそのままでもいい。

 そして、戦力としては護衛として傍に置いてもいいのだし、戦場に投入しても問題はない。

 それこそ、使い道の選択肢は多いだろう。


『……ふむ、高い戦闘力は、権力を持つ者にとって美味いのだろうの』


 アル自身も自分がそんな存在だと理解しているからこそ、SSランク冒険者としても、あまり表舞台には立たないようになったのだから。

 今回、この国の皇帝でありアルの友人であるこうこうに誘われたパーティーに参加しなかったのも、すぐに都を出るからという理由だけではなく、これも含まれていた。

 すぐに返ってきた返事では、アルの気持ちを汲み取ってくれた紅も快くそれを受け入れてくれたのだ。

 余談だが、アルは詫びとしてしゅう王国限定の和菓子を送っておいた。


『それは、この世界で主が最も理解しているのだと我は思うのだがな』

「そうだな。けどさ、理解はできても、納得はできない」


 力が欲しいなら、自分で努力すればいい。それこそ、交渉するなり私兵を鍛えるなりすればいい。そういった努力をせずに最初からある戦力を確保して甘えるような者には、アルは決して従うつもりはない。

 ……もっとも、相手がどんなに良い条件を提示して交渉を持ちかけて来たとしても、誰かの下に就くようなことは好まないので即座に断るのだが。

 いつかアルの家族を人質に取ろうと目論んだ者はいたが、アルが家の周辺――自分の敷地内――に結界を張って家族を守っているし、彼の血筋を持つ子供だ。そう簡単に……いや、大人しく人質に取られるようなことはない。


『主、そんなことより、眠るが良い』

「あっ、こら……何を……っ」


 極夜がアルの目の前に来ると、催眠術をかけて無理矢理眠らせるのだった。その効果はすぐに表れ、アルは一秒とせずにクタッとし、ベッドの上で寝息を立て始めた。


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